「サボる人と働きすぎの人に分かれる」社会学者が見たリモートワークのリアルな弊害
プレジデントオンライン / 2021年5月10日 11時15分
※本稿は、山田昌弘『新型格差社会』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■最も恩恵を受けたのは「ひとり暮らしの人」
リモートワークの導入が容易な業種で働いていても、狭い家に住んでいた場合、快適に仕事をすることはできません。図らずも、住居の格差が仕事や家族関係にも影響を及ぼす結果になっています。
ある調査では、リモートワークの導入で最も恩恵を受けたのはひとり暮らしの人だったそうです。子どもを持つ人は、特に昨年の緊急事態宣言で学校が休校のときに、相当ストレスを感じたそうです。また、就活中の大学生の子どもがいる共稼ぎ夫婦の中には、コロナ禍においてオンライン就職面接を受ける息子と、夫と妻双方のオンライン会議の時間がぶつかってしまうことがあったとも聞きます。「狭い家で3人がそれぞれオンラインで会話していると、うるさくて仕方がありません。だから、カフェや漫画喫茶に出かけて会社の業務をしています」と語る人もいました。
■リモート普及前は「仕事中は平等」だった
このように、家族構成が同じでも家の広さで新たな格差が生まれ、しかもそれは簡単に解決することができません。サラリーマンの居住環境が業務成果や家族のストレスにこれほど影響を及ぼすなんて、2020年になるまで誰も予想できなかったのではないでしょうか。
東京では、4人家族が2LDKで60平方メートルほどのマンションで暮らしている例は珍しくありません。いわば、中流家庭として遜色なかった家族形態が、リモートワークやオンライン授業に変わったことで「不都合」や「不足」が表れてきているのです。つまり、リモート普及前は、授業を受けたり仕事に行ったりしている間は「平等」な環境下にいられたわけです。リモートによって、各々の生活の格差が、授業中や仕事中にも顕在化したのです。
歩くスペースが限られ、しかも変化の少ない家庭内にずっと居続けることは、職場とは別の種類のストレスを生み出します。外部刺激はおしなべて少なくなり、運動量は明らかに減ります。これは正規雇用者のリモートワークに限らず、パートやアルバイトで働く者にとってもまったく違いはありません。たとえば、週に数回パートに出ていた主婦層にとっても、その時間は報酬のためばかりでなく家事や育児で自然に溜まってしまうストレス発散の機会になっていることが珍しくありません。
■「外で発散」できないことが精神的ダメージになる
スナックやキャバクラは世の多くの夫や男性にとっての息抜きの場、流行りの言葉でいえば「サードプレイス」でしたが、職場の同僚やアルバイト仲間と話すことがストレス解消になっていた人にとっては、コロナ禍で職場に行けないこと自体が精神的なダメージにつながりやすいのです。
リモートワークといえば、スナックやキャバクラなどの接客商売の中には「オンライン飲み」を売りにして、自宅でお酒を飲みながら画面で女性と話せるサービスを始めるところがありました。そうしたサービスもいっときは話題になりましたが、非常事態宣言が解除されるとまったく聞かなくなりました。
夜の街に繰り出す男性客にとって、そうした店は単にお酒を飲んで女性と話すだけではなく、非日常の空気を味わうことが目的だったはずです。家族の目がある自宅で、わざわざお金を払ってクラブの女性とオンライン飲みをしたいと思う男性は、そんなにいないだろうと思われます。
実際、キャバクラなどには客が戻ってきているようです。私が今行っているパイロット調査では、2020年の1月と比べ、キャバクラやクラブに行く人の割合は多少減少が見られましたが、ほとんど変化はありませんでした。外でストレスを発散する誘惑には勝てないということが、この数字からは読みとれます。
■「目に見えない貢献」が評価されなくなった
リモートワークの普及で生じた働く人にとってのデメリットは他にもあります。新たに生まれた弊害の一つに、仕事の評価が「目に見える成果」に偏ったことが挙げられるでしょう。オンラインでは、部下が働く姿を上司はリアルに目にすることができません。そのため、数や成果物で表れる仕事の実績のみで個々人を評価する傾向が格段に強まりました。
その結果、コロナ以前には評価されていた、職場で人間関係の調整役を務めていたような社員や、雰囲気を良くすることでみんなの仕事の効率を上げていたような「目に見えない貢献」をしていた社員が、まったく評価されない状況に陥っています。
■労働時間のオンとオフが曖昧になる
就労時間に関する問題も生まれました。自宅で仕事を行うリモートワークは、労働時間のオンとオフが曖昧になりやすく、かえって長時間労働になってしまうというものです。無理もありません。これまでの一般的なスタイルは、会社で「勤務」することが就労の基本でした。1時間ほどの通勤時間をかけて職場に着くことで仕事のスイッチが入り、就労が終わって職場を離れてからは自由、という時間感覚が身体に染みついています。
リモートワークによって自宅が職場になったことで、際限なく仕事をしてしまったり、あるいは逆にまったく仕事のやる気を失って、昼間からこっそり酒を飲んだりというような、“リモートノーワーク”の人も増えているようです。
雇用主側にとっての危惧は、このようにリモートワークを導入したせいで、社員の生産性が落ちてしまうことです。そのためこの新しい働き方の広がりとともに、新たな「管理」の方法も模索されだしています。
■社員の顔を撮影する「遠隔監視サービス」が登場
その一つが、社員の「遠隔監視」です。
たとえば「リモートワーク中の社員の勤務状況を一目で把握できます」というITサービスが生まれ、「リモートワーク導入による会社の業績低下を感じている経営者向けのサービス」だと謳っています。パソコンのカメラを通じて社員の顔をAIが認識し、PCの前に座っていた時間を自動的に記録するという仕組みで、映像はサーバーに記録され、画面も同時に録画されることで情報漏洩を防ぐというものです。
ランダムなタイミングでPC画面が撮影されて上司のもとに送られることから、勤務中に無関係なネットサービスを閲覧することなどを防止でき、自宅にいる従業員の「見える化」ができる、というのが売りでした。
リモートワーク中の従業員を遠隔監視できるITサービスは他にもいくつかあり、大手企業を中心に導入する会社も増えているようです。確かに給料を払っている経営者からすれば、自宅で働く社員にも緊張感を持ってもらい、仕事に集中してもらいたいと考えるのは理解ができます。
しかしリモートワーク中の社員からすると、自宅にいるときも「サボっているかどうか」を常に監視されている状態というのは、相当にストレスフルであるのは間違いありません。自宅というプライベートな空間にも上司が入り込んでくるような気分になり、ストレスでかえって生産性が落ちてしまうことも考えられます。
■「会議の頻度も、不要な打ち合わせも増えた」という声
リモートワークは実際に対面しないだけに、お互いの考えていることが「空気で伝わらない」というのも見過ごせない難点です。メールやチャットなどの文章でやりとりすることも増えるため、リアルな会話であれば問題にならなかったことでも誤解を招いたりする可能性が増大します。
実際、リモートワーク導入が進んだことで、「リモートハラスメント」という新しいパワハラが増えているという報道も目にしました。オンライン会議において、同居する子どもの声や生活音について不快感を上司や同僚から示されたり、リアルな会議よりも時間調整がつきやすいことから会議の頻度が増し、リモートワーク導入前よりも必要のない打ち合わせが増えて困るという声です。
■「リモートワークスタイル」の確立には時間がかかる
このように、リモートワークも決して良いことばかりではないのです。現在は日本企業にリモートワークが本格的に導入されてから日がまだ浅く、その運用法も試行錯誤中の会社が多いと思われます。社員、雇用者ともに余計なストレスを抱えないリモートワークのスタイルが確立するまでには、まだしばらくの時間がかかるでしょう。
リモートワークがこのまま定着していけば、子どもたちの職業観にも大きな影響を与えます。親が自宅のモニターで、英語を使って外国人とやりとりする姿を見る子どもは、自分も将来はそんなふうに外国語とIT機器を使いこなしながら働くのだろう、と自然に思う可能性が高まります。一方でリモートワークができない業種で家計を支えている家は、親の働く姿を子どもが見る機会がなかなかありません。仕事というものに対する感覚が、両者では大きく分かれていくことが今後予想されます。
■「リモートワークできる人/できない人」の格差が広がる
リモートワークの進展は、住宅や土地に関する人々の意識も変えていくと考えられます。これまで日本の地方では、若者が地元の大学や専門学校を出た後、東京や大阪、名古屋などの大都市に本社がある企業に就職してお金を稼ぐというのが、「中流の生活」を手に入れるための一つの選択肢でした。
しかしリモートワークが普及することによって、「学校を出たら都会に行って稼ぐ」というモチベーションが下がることが予想されます。今回のパンデミックが顕わにしたことの一つが、「人が密集して暮らす都市は感染症に弱い」という科学的な事実です。実際、新型コロナの感染拡大によって発生した死者・重症者の多くは、東京や大阪などの都市部に集中しています。地方にいながらもリモートワークでお金が稼げるようになれば、感染症のパンデミックや大規模な地震などの災害リスクが高い都市に住居を構えることは、避ける選択が増えていくことでしょう。
とはいえ、一朝一夕には変わりません。都市部には人がたくさんいて、その生活を維持するためのエッセンシャルワークの需要も大きいことから、大都市に住み続ける人もいるはずです。「リモートワークができる人」は都市近郊の田舎に移り住むようになり、「リモートワークができない人」は都市に密集して暮らし続けるといったように、人口の再編成が起こっていく可能性があります。
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中央大学文学部教授
1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主著に『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『「家族」難民』『底辺への競争』『結婚不要社会』(朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社)など。
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(中央大学文学部教授 山田 昌弘)
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