「コロナ禍では例年より飲食店主の自殺が少ない」協力金バブルの功罪を考える
プレジデントオンライン / 2021年4月27日 11時15分
■特に「若者と女性」が自ら命を絶っている
警察庁の調べによると、2020年の自殺者数は2万1081人で、前年より912人増加した。
09年以降、一貫して減少し続けていた日本における自殺者数が、11年ぶりに増加に転じたことになる。
特徴的なのは男性の自殺者は19年よりも減少した一方で、女性の自殺者数が増えていること。
そして、50代以上の高齢者の自殺者数が減少傾向にある一方で、40代以下の自殺者数が増えていることである。
特に60代が107人減少しているのに対し、20代は404人増加している部分は目を引く。
いわば「若者と女性」が自殺に追い込まれているのである。
20年と言えば、やはり新型コロナウイルスの影響を無視して何かを語ることはできない。自殺が増えた原因はここにあるのだろうか?
■飲食店主の自殺者数は減少している
当初新型コロナウイルスの問題が報じられた20年の上旬は例年を下回るペースであった。しかし、後半から徐々に自殺数が増え始め、10月に増加した。このあたりは緊急事態宣言など、数カ月で事態が収束すると思われた新型コロナが、収束しなかったことに対する失意があったのかもしれない。
また、新型コロナの影響で、飲食店などの営業が大幅に制限された。ならば当然自営業者、特に飲食店主の自殺が増えているだろうと考えた。
しかしデータを見ると2019年の飲食店主の自殺者数は134人だった一方で、2020年の飲食店主の自殺者数は92人。自営業全体としても、19年が1410人に対して20年が1266人と、新型コロナの影響があった今年のほうが減っているのである。
飲食店主の自殺者数が減っている一方で、学生・生徒の自殺者数は増えている。19年は888人だったのに対して、20年は1039人だった。
さて、こうしたデータをどのように読み解くべきだろうか。
まず、若者と女性中心に自殺者数が増えていることには、思いつく論点がある。
■「非正規労働者の減少」が関係しているのか
それは非正規労働者の減少である。
ここ数年は正規・非正規共に雇用数は増える傾向にあったが、20年については非正規男性が▲26万人、非正規女性が▲50万人と、大幅に減ってしまっている。
産業別で見るとやはり新型コロナで営業時間が制限されている、宿泊業、飲食サービス業が▲29万人と減らしている一方で、医療、福祉が19万人とその数を増やしている。
飲食のアルバイトなどの働く先やシフトが減り、お金が続かなくなったり、奨学金などの返済に行き詰まったことで、自殺者が増えたのだろうか?
20年における自殺の原因動機別のデータを見ると、確かに若い人の経済・生活問題での自殺者数は増えている。健康問題のほうが増加数は多いので単純に経済だけの話ではないが、少なくとも新型コロナの問題が若者や女性の自殺者数増加に影を落としているとは言えるだろう。
■コロナショックは若者たちにとって初めての壁だった
さて、実は最近の若者というのは「景気の落ち込みを経験していない」という話がある。
ずっと景気の落ち込みを実感しているわれわれからは信じがたいことだが、日本で明確に「景気が悪化した」と言えるのは、今から12年以上前、08年のリーマンショックまでさかのぼる必要がある。
実はこのときの落ち込みからこちら12年以上、少なくとも株価は低空飛行ながら右肩上がりだし、期間だけでいえばいざなぎ超えの経済成長を見せている。
もちろん諸外国が日本よりも著しい経済成長を見せているので、相対的に見れば日本経済は世界からどんどんおいて行かれているのだが、日本国内だけを見ていれば、さも景気が良くなっているように思える。
そうした「順調な若者たち」が直面した1つの大きな壁が今回の新型コロナではないだろうか。
大学に進学した学生たちは実家から離れて、学業はもちろん、サークル活動やアルバイトに精を出す未来を予想していたはずだ。
しかし授業はリモート中心で学校に行く機会は非常に少なくなり、思い描いたキャンパスライフがまったく始まらない。中には独り暮らしも始まらず、実家で授業を受けている学生もいる。
すでに人生経験を積んだわれわれから見れば、少し大学で遊べないだけのことに見えるのかもしれないが、自分の思い描いていた光景と異なる景色を受け入れることができず、日々わずかずつ苦悩を積み重ねてしまう若い人はかなり多くいるのではないか。
実は僕もそれと同じような「目の前が暗くなるような状況」を経験したことがある。それはバブル崩壊である。
■幸福な未来を描くことのできない若者たち
金銭的な余裕によって生まれていた自分たちの行く末に広がっていた楽しげな光景が瓦解(がかい)し、たどり着いた場所にはあの光景がなく、ただむき出しのむなしい現実に包まれたときに、人は「漠然とした不安」を抱くのだろう。
新型コロナの騒ぎは収束しては再流行を繰り返している。そうした行政の無策の中で、若者たちは自分たちの幸福な行く末を描くことのできない状況に追い込まれているのではないか。
それまでに停滞していない人生を送ってきた若者にとって、そしてそれは80年代という経済成長の時に、順風満帆な思春期を過ごした僕たち就職氷河期世代にとっても、その苦痛は耐えがたいのである。
では、そうした「漠然とした不安」を解消する手段はないだろうか。
もう一度自殺の話に戻りたい。
先に記したとおり、僕が不思議に思っているのは飲食店主の自殺者数が減っていることだ。
飲食店主は新型コロナで大幅な営業制限を受け、大変なことになっていると思っていた。しかし、自殺までに至った人は昨年よりも減った。つまりコロナ禍が苦悩につながっていないのである。
■政府の経済的支援で自殺者は減らせる
そこで思い出したのが1日に6万円が支給される「時短営業協力金」の存在である。
繁華街の、本来であれば飲み客でごった返す、大規模なお店からすれば「1日6万円なんてはした金」かもしれないが、世の中には1日数万の利益しか出ないような、商売の規模が小さい店も多い。
特に繁華街から離れた自宅を兼ね、地元の人しか相手にしていないような店にとっては、まさにぬれ手で粟(あわ)の「協力金バブル」である。
それを「不公平だ」と不満を言う人も多い。普段稼げてない店が、コロナに乗じてもうけるのはおかしいのではないかと。
しかし、それはつまり、本来であれば売り上げが伸びずに、ひたすらキツい状況に追い込まれていた小さな商いの飲食店が、時短営業協力金をはじめとする行政から出てきたさまざまな支援策という名前の社会保障を受け取ったことで、一時的であれ、経済的な問題からは逃れることができたということである。
今後はどうなるかは分からないが、少なくとも20年という1年間において、飲食店主の自殺者が減ったのは行政が飲食業に対してお金をいろいろと出したからである。
要は、行政がちゃんとした再分配を行うことで、自殺者数はそれなりに減らせるのである。
■自殺の特効薬は「景気の良い状況」
自殺というのは、極めて個人的な問題である場合も多い。
心の問題や人間関係のこじれなどから自殺をする人に対して、他人が手を差し伸べるというのはかなり難しい。
一方で健康問題であれば、医療の発達で治ることもある。治らないにしてもQOLを高めるような方向性を示すことは可能だ。
さらに経済問題であれば、ちゃんとした社会保障さえあれば9割方は問題を解決できる。実際、20年に飲食店主の自殺者数が減ったというのはそういうことである。
だから、若い人たちの自殺に心を痛めている暇があるなら、行政に対して「若者や女性にちゃんとお金を出せ」と要求すれば良い。
布マスクを配っても不安はパッとは消えないが、漠然とした不安であれば、お金があればある程度は消える。
もらったお金を勉強のために使うのも良し、投資の資金にするのも良し、消え物に使って気晴らしするも良し。若い人がお金を使えば使うほど経済は回るのである。
自殺には「景気の良い状況」が特効薬である。
それは決して株価の数値や、いざなぎ超えのような国の景気の話ではない。
自分たちの生活の中にしっかりとお金が降りてきて、少なくとも金銭的な不安を持たなくても自分たちの生活が営める。また新しいことにチャレンジできる。そんな状態を確信させてくれる状況こそが「景気の良い状況」だ。
あー、もちろん若い人ばかりではなく、非正規労働にしか就けなかったり、正規でも安く買いたたかれてに苦しんでいる、僕たち就職氷河期世代も忘れないでほしい。
参考文献
労働力調査(基本集計) 2020年(令和2年)平均結果
自殺者数|警察庁Webサイト
令和2年中における自殺の状況 資料
令和元年中における自殺の状況 資料
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フリーライター
1975年栃木県生まれ。2007年にフリーターとして働きながら『論座』に「『丸山眞男』をひっぱたきたい――31歳、フリーター。希望は、戦争。」を執筆し、話題を呼ぶ。以後、貧困問題などをテーマに執筆。主な著書に『若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』などがある。
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(フリーライター 赤木 智弘)
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