「髙田明の娘」と言われるのが嫌で他人を装っていた私が、父の跡を継いだワケ
プレジデントオンライン / 2021年4月30日 8時15分
■出身地を聞かれるのもイヤだった
2021年Jリーグも開幕から2カ月が経過し、いよいよ勝負が本格化しつつある。2024年には長崎市内に新しいホームスタジアムが開業する予定のJ2チーム、V・ファーレン長崎は、「今季こそ1部リーグ昇格を果たす」という目標を掲げて始動した。
そのクラブを率いるのが、Jリーグ唯一の女性経営者である髙田春奈社長(43)。テレビショッピングでおなじみの「ジャパネットたかた(現ジャパネットホールディングス)」創業者・髙田明氏の長女だ。
ジャパネットは2012年からV・ファーレン長崎のメインスポンサーになっていたが、経営危機に陥ったチームを2017年に子会社化。2019年まで髙田明氏がクラブ社長を務めていたが、2020年に春奈氏が社長を引き継いだ。
「10代の頃の私は、父の仕事や知名度と自分を結び付けられることを嫌っていました。髙田明がテレビショッピングで有名になったのは、私が進学で実家を離れた後なんですが、大学時代には『もしかして髙田明さんの娘?』と言われることが増え、嫌でしょうがなかった(苦笑)。『違います』『親戚です』と嘘をついたりもしていました。出身地を聞かれるのもイヤで、聞かれると長崎ではなく『九州です』と答えるなど、他人を装っていました」
■プライドよりも大事なことがある
春奈氏は国際基督教大学を卒業後、ソニーに入社。主に人事畑で4年間働いたが、そこで考えが徐々に変わっていった。
「家族は仲がいいので、ジャパネットの組織が大きくなるにつれ採用や育成に苦労しているという話はたまに聞いていました。特に副社長だった母が総務全般を担当していて、大変そうな話を聞くことが多かったんです」。しかし、両親から直接「手伝ってほしい」と言われたことはなかったという。
当時の春奈氏は、ソニーでの人事の仕事にやりがいは感じていたものの、自分はソニーでは何千人もいる社員のうちの1人に過ぎない。本当に助けるべきは誰なのかを自問自答することが増えた。「自分のプライドよりも、今は家族を助けることの方が大事なんじゃないかという気持ちになったんです」。ソニーを辞めてジャパネットの人事を手伝うと伝えたとき、両親には驚かれたという。
■20代で起業し社長に就任
春奈氏はソニーを退職し、2005年にはジャパネットの人材開発を担う「ジャパネットソーシャルキャピタル」を設立。起業という形をとることで、将来はジャパネットから独立することも見据えた。そして社員1人1人の個性やキャリアを見つめ、グループ内の人事制度の構築などを手掛けることで、家族の会社の成長をサポートしようとした。
さらに2010年には、ジャパネットから独立した「エスプリングホールディングス」を立ち上げてソーシャルキャピタル社の業務を子会社化。合わせて広告代理店業務の会社も設立した。つまり、2020年にV・ファーレン長崎の社長に就任するまで、彼女は15年間社長として手腕を振るってきている。「突然経営を任された2世社長」とはワケが違うのである。
とはいえ、ジャパネットの子会社になった直後の2017年にJ1初昇格を果たしたV・ファーレン長崎にとって、明氏は功労者であり「顔」。どうしても「髙田明の娘」と見られることは避けられないが、学ぶべきところは学び、バランスを取りながらチームを盛り上げている。
■父から学んだフラットな姿勢
ジャパネット時代から15年間一緒に仕事をする中で、父のコミュニケーション力やリーダーシップから得るものは大きかった。
「『人との接し方』は父から学んだものの1つです。クラブの社長だった時も目上の人から新入社員まで年齢に関係なく気さくに声をかけていましたし、サポーターにも『同じサッカーを楽しむ仲間』として接していました。そのフラットな姿勢は、無意識に私も踏襲しようとしているかもしれません。
スポンサーさんとの関係でも、年輩の経営者は父と話す方がスムーズでしょうし、若い経営者は私の方が近い存在ですよね。そうやってうまく線引きしながら一緒にクラブを盛り上げていけたらと思っています」
社長を退いた後の髙田明氏は「サッカー夢大使」という肩書で活動し、ホームゲーム全試合に足を運んでいたが、今季からは自身の会社「A and Live」(エーアンドライブ)としてオフィシャルパートナー(練習着スポンサー)に名乗りを上げた。
「最初は冗談かと思っていたんです。でも一応『じゃあ、営業担当から資料を持って説明に行かせるから』と返したら、本気だったみたいで」と春奈氏。「父は心底V・ファーレン長崎が好きですし、スポンサーとして試合に来ることを喜んでいる。本当にありがたいですね」
■サッカー経験がない社長が、どう運営するか
髙田親子は、それぞれを尊重しながらクラブ運営に関わっている。とはいえ、娘は娘で立ち向かわなければならないこともある。Jリーグは基本的に男社会。広報や営業、ホームタウン活動などを担うフロントスタッフには女性も増えてきたが、監督やコーチ・選手は男性ばかりだ。その世界をサッカー経験のない社長が取りまとめていくのは、やはり簡単なことではない。
春奈氏にとって最初の難題は、昨年2020年末の手倉森誠監督(現ベガルタ仙台)の去就問題だった。2016年リオデジャネイロ五輪代表監督・2018年ロシアワールドカップ日本代表コーチという実績を引っ提げ、2019年に就任した指揮官は「2年以内のJ1昇格」を公約にしながら、2020年J2で3位に甘んじ、あと一歩でJ1を逃した。その彼の去就は、難しい判断だった。
「V・ファーレン長崎の組織では、親会社であるジャパネットホールディングスの社長を務めている弟(髙田旭人氏)が強化責任者になっているので、彼と強化担当者が中心となって判断を下す形を取りました。
ですが、私もクラブの社長ですから意見を言うべき立場にいます。手倉森さんは強いリーダーシップを持った方ですし、いいチームを作られたと思いますが、2024年に新スタジアムがオープンするまでにはJ1常連になっていなければならない。それを視野に入れると、もっと選手が自らアクションを起こせる組織にならないといけないのではないかと、個人的には感じていました」
■新監督を信じて託したい
後を引き継いだ吉田孝行監督も、4月25日現在で9位とスタートダッシュは叶っておらず、今のところは芳しい結果を残せていない。通常はJ2の中から2チームがJ1に自動昇格し、3~6位がJ1昇格プレーオフ参戦に参戦、2チームがJ3に降格するが、コロナ禍の今季はJ1昇格が2チーム、J3降格が4チームという特別ルールが設けられている。最高峰リーグへの切符獲得は、いつもよりハードルが高いのだ。
「2021年こそ絶対にJ1」と意気込むクラブにしてみれば不安は尽きないが、春奈氏は「新監督を信じて託したいし、選手たちに寄り添って支えていきたい」という思いを強めている。
「吉田監督のキャリアが浅いこともあって、開幕前からV・ファーレン長崎はJ2の順位予想で下の方に位置付けられることが多かったと思います。でも誰だって最初からキャリアを持って舞台に立っているわけじゃない。だからこそ、みんなで支えなければいけないと考えています」
■私は“強いリーダー”ではない
2012年にジャパネットがV・ファーレン長崎のメインスポンサーになるまで、ほとんどサッカーを見ていなかったという春奈氏だが、専門家の声に耳を傾けながら物事を進めれば、必ず結果を得られると考えている。
「ほかの業務、例えば社内のシステム開発でも、分からないことがあったとしても判断はしなくてはならない。だから、勉強したり、人の意見を聞いたりして判断材料を集めます。サッカーの現場に関しても同じ。私はサッカーの専門的なことは分からないですが、強化担当者やアカデミーダイレクターなどの意見を聞いて、自分なりの判断ができるようにしています」
「もともとサラリーマンにも、経営者にもなりたくなかった」という春奈氏だが、「儲けるためではなく、世の中の役に立つための手段として、会社という存在がある」と話す。
「特にスポーツチームは、非常に公共性が高い。さらにスポーツの場合は勝ち負けがあり、必ずしもやったこと全てが結果に表れない難しさがあります。社長である自分が頑張ってもどうにもならないこともある。そういった苦しいことも、人と一緒に乗り越えていけるのがスポーツの醍醐味だなと感じています」
社長としての自分は「1人でみんなを引っ張っていくような、強いリーダーではない」という春奈氏。「その時その時にできることを、みんなで協力しながらやっていく」というスタンスで、社長就任直後に襲ったコロナ禍も、かじ取りをしてきた。そんな彼女がJリーグに新たな風を吹かせ、V・ファーレン長崎をJ1常連クラブに育て上げる日を楽しみに待ちたい。
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V・ファーレン長崎代表取締役社長
1977年5月、長崎県佐世保市生まれ。国際基督教大学卒業後、2001年にソニーに入社。主に人事の仕事に携わる。2005年にジャパネットたかたの人材開発を担うジャパネットソーシャルキャピタルを設立。2010年にもエスプリングホールディングスを発足させ、広告業務も請け負う。2015年にはジャパネットホールディングス取締役となり、同グループの人事、広告業務等を担当。2018年からV・ファーレン長崎上席執行役員を兼務し、2020年には父・明氏から同クラブ社長を引き継いだ。
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(V・ファーレン長崎代表取締役社長 髙田 春奈 文=元川 悦子)
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