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突然、家に公安局員が…超便利社会に生きる中国人が引きかえに"失ったもの"

プレジデントオンライン / 2021年4月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockcam

中国ではパスポート申請からデリバリーまで、あらゆることが通信アプリ「ウィーチャット(微信)」で済ませられる。だが、フリージャーナリストの姫田小夏氏は「中国の便利社会は、個人情報を差し出すことで発展してきた。国民は知らず知らずのうちに監視社会に取り込まれている」と指摘する――。

※本稿は、姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)の一部を再編集したものです。

■「微信」がないとパスポート申請もできない

中国のデジタル社会はここ数年で急速な発展を遂げた。スマホさえ持てば果てしなく便利な生活を追求できるそのしくみは、もはや日本や欧米先進国を凌駕する。翻せば、スマホがなければ日常生活が送れないことを意味する。

今どきの中国人は通信アプリ「ウィーチャット(微信)」がないと生きてはいけない。中国では、今やありとあらゆるサービスをこのプラットフォームが提供する。名刺交換も、ウィーチャットのID交換にとって代わられるほどである。ウィーチャットユーザーは自分のアカウントと銀行口座を紐づけることで、キャッシュレス決済も行える。住所、氏名、身分証の番号、会社名、仕事内容、銀行口座番号など、さまざまな個人情報を入力することで、多種多様なサービスを享受することができる。

上海では今、このウィーチャットアカウントを持っていないとパスポート申請もできない。上海在住の日本人女性・畠田瑞穂さん(仮名、40代)は最近こんな光景を目撃した。

■「高齢者を気にしていたら中国は発展しません」

「その日、中国人の夫のパスポートを更新するために公安局の出入国管理事務所を訪れました。中に入ると、突然『老人は海外へ行くなというのか! 俺はスマホも持っていないし、ウィーチャットも知らないんだ!』という怒鳴り声を耳にしました。見ると、おじいさんが事務所の担当者と喧嘩していたんです。担当者は『家族か友人を呼んで出直して来い』と冷たく言い放って、相手にしない様子でした」

現在、多くの企業や地方自治体が、ウィーチャットのアプリ上でサービスを提供している。上海市も、公安局がパスポート申請の際の予約や整理番号の配布に、ウィーチャットのアプリを利用しており、アプリがなければ、公的機関が交付する文書ですら手に入れられないという状況なのだ。

筆者は、政府系企業に勤務し、ITソリューションに詳しい張さん(仮名、30代)に、この状況をどう思うか意見を尋ねてみた。すると返ってきたのは、「高齢者を気にしていたら中国は発展しませんよ」というシビアなコメントだった。「人口の2割を切り捨てるのが中国のやり方です」と実にあっけらかんと言い放つ。IT弱者などはお構いなし、ということか。

■家に公安が押しかけてきて…

日本での生活が20年になる麗麗さん(仮名、40代)は、「ウィーチャットを使って本音を発信すると、とんでもないことが起こる」という。中国に在住する親戚が、ある騒動に巻き込まれたというのだ。

「彼の住んでいる住宅の隣接地でマンションの建設が進められているのですが、その開発事業者についてウィーチャット上でちょっと文句を言ったら、すぐに、彼の自宅に公安が飛んできて、彼に向って『余計なことを言うな』と凄んだそうです。ウィーチャット上の情報発信は公安から見張られているんです。その話を聞いて、思わず背筋が寒くなりました」

手錠や指紋
写真=iStock.com/BlakeDavidTaylor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BlakeDavidTaylor

中国政府がネット上の情報発信を厳しく監視していることは周知の事実だ。「共産党」「天安門事件」「人権」などが“特定キーワード”として監視されているという。北京の地元紙『新京報』は「2013年の時点で、200万人を超える監視従事者がいる」と伝えていたが、2017年にサイバーセキュリティを強化するための法律「インターネット安全法」が制定され、さらに監視が厳しくなった。

市民のたわいのないチャットでさえも監視されている。山東省では、若い女性が「疫病が発生したようだから豚肉や鶏肉を食べないようにしなければ」という内容をウィーチャットに書き込んだら、6~7人の公安局員が自宅に踏み込んできた。

■アカウント凍結で電子マネーも使えない

拘束には至らないもののアカウントを凍結されるケースもある。「甥がウィーチャットのアカウントを凍結された」と話すのは、上海の大手商社(中国企業)に勤務する李さん(仮名、50代)だ。

「甥は友人とのチャットで、うっかり“特定のキーワード”を使ったため、即刻ウィーチャットのアカウントが使えなくなってしまいました。気の毒だったのはその先で、ウィーチャットペイにプールしているお金も動かせなくなってしまったのです」

中国政府による監視は今や国境を越える。筆者は、中国以外の国でも使えるグローバル版のウィーチャットを使って、上海在住の日本人とメッセージをやり取りしているが、中国の政治の話だけはしないで、とクギをさされている。

デジタルのバイナリコード
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

中国では、友人と連絡をとるにも、支払いをするにも、デリバリーを頼むにも、何をするにもウィーチャットを使えば素早くできる。多くの市民はこれこそが「生活水準の向上」だと受け止めている。逆に、ウィーチャットがなければすべてが立ち行かないのだとしたら、こうした「言論の不自由」も受け入れるしかない。

中国の人々は「便利だ、便利だ」と言いながら、結果として、監視社会という大きな鳥かごの中に知らず知らずのうちに取り込まれてしまっているのだ。

■西側諸国は敵わない中国のスピード感

中国では、国家主導のもとで巨大なデータベースが構築されようとしている。データ収集が企業や国の競争力に直結する昨今、いとも簡単に個人情報を吸い上げて、ビッグデータを構築する中国には、西側先進国も敵わない。

当然のことながら、個人情報の扱いに対して、欧米日など西側先進国は慎重だ。日本経済新聞によれば、2019年夏、米フェイスブックが個人情報を不正に流出させた事件をめぐり、米連邦取引委員会は同社に50億ドル(約5400億円)を課した。ドイツでは同年2月、フェイスブック利用者からのデータ収集を「競争法で禁じる優越的地位の乱用にあたる」と判断し、個人情報を保護するため、データ収集に対して制裁を課した。

一方で、コロナ禍という非常時に、中国の国民が「国家に捧げた一部の個人の権利」は、社会全体を「ウイルス封じ込め」に導くための重要な助けになった。個人が譲歩することは、社会主義国家の国民にとって当たり前であり、振り返れば、中国が短期のうちに高速発展を遂げたのも、「個人の主張」を優先しない社会であることが大前提となっている。

そしてこのまま国民が個人の権利を主張しなければ、中国は将来のデジタル社会においてもさらにスピーディな発展を実現することになる。すなわち、ビッグデータをめぐる世界競争に勝ち、デジタル覇権を握ることが可能になるというわけだ。

■「個人の権利を尊重すれば社会の効率は下がる」

中国で多くの視聴者を集める動画に「一勺思想」がある。学術界の著名人が数分の枠内で自身の思想を語るシリーズもののネット配信チャンネルだが、2020年5月、退役少将で軍事作家の喬良氏がこれに登壇し、次のように語った。

「こんにち、“個人のプライバシーの譲渡”はあらゆるシーンで行われているが、インターネット上でもそれは同様で、すべてのアプリにおいて、『同意』しなければそのサービスが使えないというしくみになっている。

逆に、プライバシーを保護しようとしたり、個人の権利の譲渡を拒否したりすれば、社会全体の効率は低下してしまう。個人の一部のプライバシーを譲渡して社会発展に使えば、社会の安全性も保たれ、また『効率』という社会全体の進歩を獲得することができる。プライバシーを重視しない中国人の在り方は、新しい時代の価値観に合致するのだ」

効率ありき、社会ありき、国家の発展ありき――そのためには個人は権利を譲渡せよというメッセージであるかのように聞こえる。中国のデジタル覇権国家への暴走を許せば、14億人の中国人は超監視型の社会の中にがっちりと組み込まれることになる。中国が構築し世界に示そうとするモデルの根底には、まさしく自由や民主への挑戦がある。

■「国家の覇権」のために利用されている

近年、中国で「中国の社会秩序は完全に西側とは異なるものだ」という主張をよく耳にするようになった。それが最も顕著に現れたのがコロナ禍で、中国のインテリたちは異口同音に「個人は自分の権利と補償ばかりを主張し、自己の義務や犠牲には目を向けなかった」と、西側の国家制度や社会文化の違いに言及した。

姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観‐覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)
姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)

その反対に、「人々が団結し社会に対して一定の譲歩を行い、政府に個人の権利の一部を与え、短期のうちにウイルス封じ込めに成功したのが中国だ」という。コロナ対策で、プライバシーや個人の権益を犠牲にした中国の国民は、「社会全体の安心安全」を得た。

情報を公開しないことによって守られる個人の権益がある一方で、情報を公開することで社会を守ることもできる。コロナ禍の中国では、「個人の権利の一部」を譲ることで「社会における安全性の確保」を可能にした。だが、このまま突っ走るのは危険だ。ややもすると「技術の進歩」や「国家の覇権」のために国民が利用されることにもなりかねない。本末転倒な社会になってはならないと筆者は強く感じている。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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