「いつまで中国への配慮を続けるのか」アメリカの圧力から日本は逃げられない
プレジデントオンライン / 2021年4月27日 15時15分
■中国との緊張がエスカレートするのを慎重に避けた
4月16日に行われた日米首脳会談について、日本メディアには菅首相がバイデン大統領にとって最初に迎える外国要人であること、両首脳が「ヨシ」「ジョー」とファーストネームで呼び合ったこと、全米オープンゴルフで優勝した松山英樹選手が首脳間の話題にのぼったこと、さらに東京五輪やコロナ対策での協力など、日米の緊密さにフォーカスする論調が目立った。
これを反映してか、今回の首脳会談に関しては、主に保守派の間で評価が高いようだ。共同声明で尖閣諸島が日米安全保障条約の適用範囲であることが改めて確認されただけでなく、52年ぶりに台湾についての言及があり、さらに香港や新疆ウイグル自治区での人権問題への懸念が盛り込まれたことなどが、その理由だろう。
さらに、中国企業が大きな存在感をもつ情報通信分野に関して、日米が5Gの共同開発を推し進めることに合意したことも、技術的優位を確保して中国ぬきのサプライチェーンを目指すデカップリング戦略の布石と評価される。
しかし、共同声明を細かくみていくと、こうした評価が日米首脳会談の一面にすぎないことがわかる。つまり、日本政府がこれまで以上に米国の中国政策に協力的な態度をみせたことは間違いないが、それと同時に中国との緊張がこれ以上エスカレートするのを慎重に避けたことも確かだからだ。
言い換えると、米中に両足をかける従来の方針は大きく変わっていないものの、米中の距離がこれまで以上に離れるなか、日本政府はその足をいっぱいに広げた曲芸に近い外交を演じたのであり、この温度差がある以上、米国は今後ますます日本に立場を鮮明にするよう求めてくるとみてよい。
■米国メディアの報じ方は分裂しているが…
これに関してまず、米国で日米首脳会談がどのように報じられたのかをみていこう。
米国にも「緊密さ」を強調する報道はある。例えば、米国を代表するメディアの一つワシントン・ポストは17日、「米国の同盟関係のショーケースである日本は中国への対応を決定」という見出しで、「菅首相はこれまでの日本の首相と異なり、中国に対してハッキリとコメントした」「両首脳は中国への対応で固い決意を共有した」と報じた。
保守的メディアの代表格で、かつてトランプ政権支持が鮮明だったフォックス・ニュースも17日、「日米首脳は中国や北朝鮮の挑戦を一致して退けると述べた」と強調している。
これに対して、もっと冷めた見方もある。その代表はニューヨーク・タイムズだ。同紙は16日、「5G分野で日米が協力して技術的優位を保つこと」の合意にフォーカスした記事を掲載したが、そのなかでは「日本が米中対立に巻き込まれるのを避けるため共同宣言での表現を和らげることを試みた」とも指摘している。
これに近いのが政治専門サイト、ディプロマットで、19日の論評でやはり両首脳の温度差に触れたうえで、「コロナ対策と景気対策が順調といえないなか、菅首相は米国からのワクチン供給と好調の米国市場をあてにしたい一方で、今年10月の衆議院の任期満了まで外交に入れこむことのリスクを考えている」と評した。
■米国にも、中国にも配慮せざるを得ない日本の苦悩
このように米国の主要メディアでも見方が分かれるのは、いわば当然ともいえる。日本政府が米中それぞれの許容範囲いっぱいにまで足を広げたことで、見方によっては米国にこれまで以上に協力的に映るし、角度を変えれば中国との関係を悪化させないようにしたこともうかがえるからだ。
このうち以下ではまず米国との関係についてみていこう。今回の首脳会談で最大の焦点の一つになったのは、そもそも共同声明を出せるかだった。
とりわけ、これまで日本政府が慎重に避けてきた台湾問題に触れるかは政権内部で意見が割れたため、外務省も事前に共同声明を出すかは未定と述べていた。英ロイター通信は16日、米政府高官の「日本が全面的に支持しないどんな声明も出すつもりはなかった」という談話を紹介したうえで、共同声明を出せたこと自体に意味があったと示唆した。
従来の日本政府の態度は、米国政府も承知のうえだ。だからこそ、欧米を中心とする中国包囲網の形成を目指すバイデン政権にとって、「日本もこれに参加した」というメッセージを発すること自体が当面の最重要課題になったとみてよい。だとすると、中国の最も触れられたくない台湾だけでなく、香港やウイグル自治区にまで言及する共同声明を出せたことそのもので、米国は一応満足せざるを得なかったといえる。
■共同声明の曖昧さ
その一方で、ニューヨーク・タイムズなどが指摘するように、日本政府の希望に沿って共同声明の文言がよりマイルドになった痕跡は隠しようもなく、この点にバイデン政権が不満を抱いても不思議ではない。
例えば、最大の焦点となった台湾について共同声明には「日米両国は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」とある。一見、台湾問題に深く立ち入った文言であるようにみえるかもしれないが、内容としてはこれまでの確認事項にすぎない。「台湾問題の平和的解決」は1979年の米中国交正常化の際に合意された項目の一つで、中国側も公式には受け入れていることだ。
日米首脳会談の2日前、4月14日にバイデン政権が高官3人を非公式に台湾へ派遣し、台湾海峡での有事に備えて支持を鮮明にしたことからすると、共同声明の文言が抑制されたトーンだったことは確かだ。
また、香港や新疆ウイグル自治区などに関して「人権状況への深刻な懸念を共有する」と記されているが、「懸念」とは「心配して注意深く見守る」ことであって、そこに明確な非難や批判の意味はない。米国政府がウイグル問題を「大量虐殺」と呼んだことに比べれば、温度差は大きい。ちなみに、「懸念」は日本政府が中国に対してすでに直接伝えていることでもあり、これまでより踏み込んだ表現ではない。
さらに、共同声明では5Gの日米共同開発について確認された一方、米国が進める中国通信企業の締め出しについては盛り込まれなかった。中国企業の参入を妨げない限り、日米が技術協力すること自体は世界貿易機関(WTO)のルール上、中国が公式に文句をいえる筋合いではない。
以上を要するに、共同声明からは、バイデン政権が加速させる中国包囲網の形成にこれまでより歩調を合わせながらも、尖閣諸島の領有など譲れない部分を除き、中国との対立激化を避けようとする日本政府の姿勢がうかがえるのだ。
ブッシュ政権の下で国家安全保障会議(NSC)メンバーであった米国屈指の知日派、ジョージタウン大学のマイケル・グリーン教授は16日、フランス24のインタビューに対して、「バイデン政権は中国に奪われたアジアの失地回復に躍起だが、日本には進もうとする道があるようだ」とコメントしている。
■中国メディアの反応…批判の矛先は米国に集中
こうした日米の温度差は、中国も理解しているようだ。
日米首脳会談を受け、中国政府は17日、「台湾、香港、ウイグルは中国の国内問題」であり、「中国の核心的利益に属する問題に、いかなる干渉も許されない」という談話を発表した。この強い反応は、日米両政府にとって想定内のものであったろう。
むしろここで注目すべきは、日米首脳会談の共同声明を受け、中国メディアから日本批判の大合唱が発生していないことだ。中国メディアの老舗、新華社通信は17日、「日米首脳が共同声明を発表した」と淡々と事実のみを伝えただけで、これといったコメントを加えなかった。中国中央電視台(CCTV)に至っては、Facebookのページに両首脳の写真と簡単な説明を掲載しただけで済ませている。
例外的に詳細な論評を掲載したのは、中国の英字紙グローバル・タイムズだった。「曲げられた菅の中国政策」と題した18日の社説では、「バイデン政権に丸め込まれて米国の尻馬に乗った」と日本を批判したうえで、「中国の発展は止まらない」「注意しなければ20~30年後に日本はその結果を見ることになる」と警告している。
つまり、この論評では「日本は主体的に中国包囲網に加わろうとしているわけではない」といったニュアンスで捉え、日本の「不注意」をけん制しながらも、むしろ批判の矛先は米国に集中しているのだ。
グローバル・タイムズは同じ18日にもう1本の「中国は競争相手でも、ましてや敵でもない」と題する社説を掲載しているが、このなかで米国に対して「相手を一方的に貶めて低く扱うのではなく対等に扱うべきだ」と強調する一方、日本に関しては「日本にとってあまり関係のない問題を含む、多岐にわたるテーマを含んだ共同声明に、菅首相が距離を置きたがっていたことが目についた」と評するにとどめている。
■日本は米中の間で立場の選択を迫られる
グローバル・タイムズの論評は、いわば「中国政府の第二の声明」とも呼べるものだ。そのため、内容に政治的目的があるのはいつものことで、この場合は日本にブレーキをかけさせる意図があっても不思議ではない。つまり、中国包囲網がきつくならないようにしたいという目的だ。
しかし、そうだったとしても、多少のニュアンスの差はあれ、「日本政府が米国だけでなく中国との関係にも配慮した」という論評の趣旨そのものはニューヨーク・タイムズなどと大きな差はない。だとすると、少なくともこの件に関して、中国メディアから「釘をさす」以上の日本批判が出てこないこともまた当然といえる。
日米の温度差が鮮明になるほど、「中国包囲網は形だけ」という印象を与えるだけに、米国にとっては都合が悪い。そのため、今後さらに日本を本格的に中国包囲網に組み込もうとしてくるとみてよい。
菅首相は今回の日米首脳会談で従来の方針を大きく変更せずに乗り切ったともいえるが、米中の間で立場の選択を迫られるのは、これからが本番といえるだろう。
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国際政治学者
1972年生まれ。横浜市立大学文理学部卒業、日本大学大学院国際関係研究科博士後期過程単位取得満期退学。国際政治、アフリカ研究を中心に、学問領域横断的な研究を展開。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『対立からわかる!最新世界情勢』(成美堂)、共著に『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)。他に論文多数。政治哲学を扱ったファンタジー小説『佐門准教授と12人の政治哲学者 ソロモンの悪魔が仕組んだ政治哲学ゼミ』(iOS向けアプリ/Kindle)で新境地を開拓。
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(国際政治学者 六辻 彰二)
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