ダルビッシュ有が「魔球の投げ方」を動画で全世界に公開するあっぱれな狙い
プレジデントオンライン / 2021年4月26日 11時15分
MLBの「Baseball Savant」が公表しているダルビッシュ選手の投球(左打者への投球。画像左・3月31日対マーリンズ戦/画像右・4月2日対ダイヤモンドバックス戦)出典:baseballsavant.mlb.com
■乱立するSNS、スポーツ選手はどう活用するべきか?
新年度がスタートして、新たにSNSを始めたという人もいるだろう。一方で、近年はさまざまなSNSが乱立しており、話題についていけない人もいる。
代表的なものだけでも、交流系SNSのFacebook(フェイスブック)やTwitter(ツイッター)、メッセージ系SNSのLINE(ライン)、写真系SNSのInstagram(インスタグラム)、動画系SNSのYouTube(ユーチューブ)がある。
さらに若い世代で人気を集めているショートムービーSNSのTikTok(ティックトック)。今年に入り音声SNSのClubhouse(クラブハウス)も脚光を浴びている。他にもさまざまなSNSサービスがあり、個人だけでなく、企業もPRに活用しているのはご存じの通りだ。
プロやアマに限らずスポーツ選手もSNSを使いファンと交流するケースが増えているが、思わぬリスクの落とし穴に苦しむことも少なくない。芸能人並に知名度が高いこともあるスポーツ選手はSNSをどう活用するといいのだろうか。
■オープンイノベーションを実践しているダルビッシュ有
SNSを巧みに使いこなしている代表格といえば、メジャーリーガーのダルビッシュ有(パドレス)だろう。ツイッターのフォロワーは約255万人で、最近はユーチューブでの活動も注目されている(メインチャンネル登録者数52万人)。
メジャーリーグで最多といわれる11もの球種を投げ分け、昨シーズンは日本人初の最多勝を獲得し、サイ・ヤング賞のナショナルリーグ2位になったダルビッシュ。彼のあっぱれなところは「オープンイノベーション」を実践しているところだろう。
プロ野球選手は個人事業主である。よって、マル秘扱いの投球術などはなかなか他人や同業者に教えないものだが、それを惜しげもなく公開しているのだ。
今年2月にアップした〈伊藤智仁さんのスライダー試し投げしたらマジで使えるかもしれないブルペン解説動画ラプソードデータ付き〉と題した動画は188万回も視聴されている。
これまでの多くの球種を動画のなかで披露。ボールの握りや投げ方だけでなく、高性能カメラで解析されたデータ(球速、ボールの回転数、回転軸と方向、変化の大きさ、軌道など)も具体的な数値を明かしている。
昨シーズンの開幕直前に公表したストレートに近い球速で右方向へ曲がりながら落ちていく「スプリーム」というダルビッシュが編み出した“新球”に関しては、すべてをオープン。数カ月後には完全マスターした他球団の投手も現れた。現役メジャーリーガーもダルビッシュの動画で勉強しているのだ。
■ダルビッシュ有「すべての球をすべての投手が投げられるように」
4月14日に放映された『クローズアップ現代+』(NHK)のインタビューで、ダルビッシュは以下のように語っている。
「こういう(投げ方の)ミスをしたら、こういう(ボールの)回転軸になるとかがどんどんわかってきて、それでメモをし続けて、自分が投げている球がなんとなくイメージしやすくなって、さらにいろんな球を投げられるようになった。ちゃんとした正解があるので。絶対、変化球って」
「誰かが投げられているという事は、自分でも同じような体の動きをしたり、ボールのどこに、どういうふうな形で力を与えるか、どういうふうに出してくるかということをわかれば、それは誰だって投げられる球なので。そこをより言語化して、具体的にして、すべての球がすべての投手に投げられるようになるのが僕の夢」
SNSで日々の感想をささやくだけでなく、こうした“有益”な情報を公開することで、業界全体のレベルがアップする。自分のことだけでなく、業界全体を底上げし、ファンをもっと楽しませたい。そうした利他の心がダルビッシュの価値をより高めている。
東京五輪男子マラソン日本代表内定の大迫傑(Nike)も、自身の公式アプリをリリース。有料ながら最新ニュースはもちろん、オリジナルコンテンツとして自身のトレーニングの様子などをみることができる。こうしたアスリートのSNSでの発信は今後も増えていくだろう。
■テレビでは格闘家ユーチューバーが大活躍「稼ぎは……」
ユーチューブに関しては、ダルビッシュ超えのアスリートもいる。
最近はテレビのバラエティ番組では、朝倉未来、朝倉海、那須川天心、シバターというユーチューブで人気を集める格闘家の出演が目立つ。彼らのメインチャンネル登録者数は順に、177万人、91万人、65万人、121万人となっている。
面白いのはアスリートとしてのキャリアや知名度では劣るスポーツ選手がユーチューブの世界では“下剋上”を起こしていることだ。特に、シバターは格闘家としての戦績(総合格闘技は7勝9敗1分け)はさほどではないが、ユーチューバーとして名を上げて、テレビでも活躍するようになった。SNSから顔と名前を売った形だ。
コロナ禍で多くのアスリートがユーチューブに“参戦”しているが、動画で儲けるのは簡単ではない。まずユーチューブの収益化には、「チャンネル登録者数1000人」「公開動画の総再生時間4000時間」という2つの条件をクリアしなければならない。
一般的には「1再生あたり0.1円前後」が目安だといわれている(実際は1再生あたりの広告収入は幅がある)。つまり1万回の再生で約1000円の収益になる計算だ。
株式会社BitStarが開発したインフルエンサーマーケティングの分析ツール「Influencer Power Ranking(IPR)」によると、日本国内の【2020年総括 チャンネル総再生数】では朝倉未来が3億0363万回で20位。スポーツ選手ではトップだった。
ユーチューブを駆使してファンを増やして、アスリートとしての“価値”を高めていくという新たな流れができている。
■アスリートがSNSをやるメリット、デメリット
スポーツ選手がSNSで発信することのメリットはこうした収入を得ることだけでない。自分を応援してくれるファンから熱いメッセージをエネルギーにすることができる。
例えば、女子マラソンの松田瑞生(ダイハツ)だ。彼女は、ファンの存在がどん底から這い上がるキッカケになったという。松田は2020年1月の大阪国際女子マラソンを好タイムで制して、東京五輪の代表内定を手中に収めかけた。しかし、同年3月の名古屋ウィメンズマラソンで一山麻緒(ワコール)が国内最高記録を出して日本代表に内定。松田は補欠にとどまり、代表発表会見では涙を流した。
それでも無数のファンが松田の背中を押した。「私はツイッターもインスタグラムもほとんど投稿していない。それなのに励ましのメッセージがめっちゃきた」と、代表落選後にツイッターのフォロワーが一気に4000人近くも増加。再起に向けて動き出した松田は2021年3月の名古屋ウィメンズマラソンを独走して、強さを見せつけている。
テレビや新聞などのメディアに提供するコメントではなく、純度100%の言葉でファンや関係者に直接「気持ち」を伝えることができるのもSNSのいい点だろう。
■女性アスリートは卑猥な画像やセクハラまがいの言葉を送りつけられる
一方、デメリットもある。まず、自分の気持ちを表現するのはそう簡単ではない。文字ベースのSNSなら誤字脱字もありうるだろうし、意図せず誤解を招く表現になってしまうこともある。ツイッターは140字という文字制限がある。言葉足らずになり、うまく説明できないこともあるからだ。
何かしらの意見を投稿した場合、99人が賛同したとしても、1人の否定的なコメントが気になってしまい練習に影響が出てしまう人もいる。投稿内容が気に入らないアンチから“攻撃”を受けることもあり、それが加熱すると“炎上”につながっていく。なかには信念もなく反射的に挑発的な書き込みをする者もいる。マジメな選手ほど、きちんと返信する傾向があるため、心身ともに疲労してしまう。
また、名前が広く知られた存在になると、SNSでの投稿がネットニュースに取り上げられることがある。賞賛される記事ならいいが、曲解されたり、叩かれたりすることもある。
競技での結果が悪かったときや、競技とは無関係のトラブルなどに巻き込まれたときには、最新の投稿に対して、罵詈雑言のリプライが書き込まれるリスクもある。そんな状態になると平常心を保つのは難しくなるだろう。
とりわけ女性アスリートの場合はSNSのダイレクトメッセージなどから卑猥な画像や、セクハラまがいの言葉を送りつけられることがある。投稿写真から自宅を特定される危険性を指摘する人もいる。
■「利他の心」を持って業界に還元するダルビッシュ有がお手本
こうしたリスクに関しては、一般的には無名なアマチュア選手もよく認識した上でSNSでの発言をするべきだろう。例えば、正月の箱根駅伝のような高視聴率のスポーツ中継で一躍ヒーローになるとフォロワーが急増する。喜ばしいことだが、悪意あるアンチに過去の投稿を掘り起こされ、「こんな発言をしていた」などとトラブルに発展することもある。
最近はチーム内の“戦略”漏洩防止のため、実名でのSNSを禁止するチームもある。
さらに複数のSNSを使うことで、投稿・管理に多くの時間をとられてしまうことにも注意が必要だろう。特にユーチューブを個人でやろうとすれば、編集作業に多くの時間が必要となる。競技に「集中」することを第一に考えると、SNSは控えたほうがいいかもしれない。
日常生活は「選択」の連続だ。意思決定は時間だけでなく頭のエネルギーも使う。限られた“資源”を、「仕事」に集中投下することで、結果はおのずと変わるだろう。
SNSには良い面、悪い面がある。スポーツ選手の理想的な使い方は、競技に関することをメインにして、プライベートな投稿は少なめにするのが無難だ。
SNSのフォロワーは支持者が大半だが、一定数でアンチも混ざっている。誹謗中傷は気にしないのが一番だ。現役中にフォロワーを増やして、引退後にさまざまな意見を言えるような状態を整えておきたい。
SNSを自身の味方につけるだけでなく、ダルビッシュ有のようにうまく業界に還元できるようなかたちになるとスポーツ界はもっと盛り上がる。アスリートの皆さんにはSNSを賢く使っていただきたい。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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