二度と「うっかりミス」をしたくないなら、スマホを机の上に置いてはいけない
プレジデントオンライン / 2021年5月4日 9時15分
※本稿は、飯野謙次、宇都出雅巳『ミスしない大百科 仕事は速くてもミスがなくなる科学的な方法』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■ド忘れ、不注意、勘違いが生じるワケ
「心ここに在(あ)らざれば、視(み)れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず」(『大学』より)
「心」在らざれば、すなわち「注意」がなければ、ちゃんと物事を認識すらできません。「注意」がミスをなくすために大事なことはよくおわかりでしょう。
なので、人はミスをすると「これからは注意しよう!」と思いますが、これではミスはなくなりません。なぜならわれわれの脳が持つ「注意」の数に限界があるからです。なんでもかんでも注意を向けられるわけではなく、ヌケ・モレが出てしまうのです。
このことを世界に知らしめた認知科学の実験があります。ハーバード大学の心理学部で行われた実験ですが、何人かの人がバスケットボールをパスし合っている30秒程度の動画を見て、そのパスの数を数えるというものです。
なお、動画には白いシャツを着たチームと黒いシャツを着たチームの2つのチームが登場し、白いシャツを着たチームのパスだけを数えます。あなたがもしこの実験動画を見ていなければ、すぐにできるので、次ページを読む前に今すぐ見ることをお勧めします。
■「注意」に余裕がなくなれば、大きなゴリラさえ見落とす
さて、実験動画をご覧になったでしょうか?
そうです。この実験はパスの数を正確に答えられるかどうかに関する実験ではありません。
ゴリラは中央で胸を叩いて存在をアピールするほどなのですが、半数以上の人はゴリラの存在に気づきません。ボールよりもはるかに大きいゴリラを見落としてしまうのです。
なぜ、画面の真ん中を堂々と横切るゴリラを見落としてしまうのか? 「いくら、ボールに気を取られていても、さすがに気づくのでは?」と思うかもしれません。確かにただ、ボールの行方を追いかけるだけであれば、ゴリラに気づいたでしょう。
でも、この実験では、それだけでなく、黒シャツチームのボールを無視しつつ、白シャツチームのパスの数を忘れずに覚えておいて、足し算していく必要がありました。これが限られた「注意」を奪い、その結果、ゴリラに向ける「注意」がなくなってしまうのです。
「たったそれだけで注意はなくなるの?」とびっくりされるかもしれませんが、われわれの脳が持つ「注意」の数はせいぜいその程度。その「注意」がなくなると、あっさり大きなゴリラでさえも見落としてしまうほど、脳は「ミスを起こしやすいメカニズム」なのです。
■ミスをなくすには「注意を有効に使う」ことが必要
ミスをなくすために必要不可欠な「注意」。その一方で、限られている「注意」の数。実際は「気をつけよう!」ではなく、「『注意』を有効に使おう!」が正解です。
では、どうすれば「注意」を有効に使い、ミスをなくせるのか? そこに入る前にもう1つ、「注意」を必要とする重要な働きを知っておきましょう。
それは「ワーキングメモリ」。何かの目的のために情報が一時的に記憶され、処理される領域です。
先ほどの実験では、バスケットボールのパスを数えるため、それまで行われたパスの数を記憶し、パスが行われるたびに1を足していく処理が必要となりますが、それを行っているのが「ワーキングメモリ」です。
この「ワーキングメモリ」を支えているのが「注意」です。これを実感してもらうために、今、以下の数字を覚えてもらえますか?
「5」・「3」・「9」・「1」・「7」・「2」・「6」・「4」・「9」……。
どうでしょう? 最初は楽に覚えられても、だんだんと頭が一杯になり、きつくなったのではないでしょうか? まさに今、あなたは「ワーキングメモリ」に情報を一時的に記憶したのですが、これは、一つひとつの数字に「注意」を向け、つかむことで記憶しています。このため、「注意」の限界が「ワーキングメモリ」の限界になります。もし「注意」がほかのことに奪われ、離れてしまったらすぐに忘れてしまいます。「注意」に余裕がなければ、覚えようにも覚えられないのです。
このように、「注意」は、「ワーキングメモリ」を通してわれわれが普段当たり前に行っている行動に使われ、それを支えています。このため、脳が使える「注意」は慢性的に不足しています。「気をつけよう!」と言って、「注意」を新たに向けてミスをなくそうとする前に、「注意」が足りなくなって多くのミスが生まれている現実を見つめましょう。
たとえば、「あ、メールを出すのを忘れていた!」という「うっかり忘れ」のミス。「メールしなければ……」と、そのことに「注意」を向けてつかんでいるうちは、ワーキングメモリの中にあり、あなたは「メールを出さなければならないこと」を覚えています。
しかし、別の用件が急に入ってきたり、だれかに話しかけられたりして、ほかのことに「注意」を向ける必要が生まれると、もともとの用件から「注意」が離れてしまって「忘れていた!」というミスが起こるのです。
■SNS、リモートワーク…脳の「注意」を奪われミスが起こる
特に今の私たちを取り巻く環境のように、メールやSNSなどで様々な連絡が入ってきたり、様々な仕事を同時並行で行うマルチタスクが求められる環境では、様々なことに「注意」は奪われ、ワーキングメモリの余裕は少なくなります。
また、リモートワークになり、自宅で仕事をしていると、さらに余裕がなくなる危険があります。「最近掃除してないな」とか、「今はテレビで何をやっているんだろう」などと、プライベートなことに「注意」が奪われ、仕事に使える「注意」が減ってしまうからです。
そのほか、様々なミスをよく見ると、そこには「注意」が必ずといっていいほど絡んでいます。たとえば、「え? そういうことだったんですか!」と後で気づく勘違いのミス。
これも聞いている人が、話を聞きながら「○○かあ、あのことだなあ」と推測・想像したことにグッと「注意」が向いてハマりこんでしまい、肝心の相手の話に「注意」が向かなくなったため、起こったミスと言えます。
また、「あれ? なぜあんな判断をしたのだろう?」と後で悔やむような判断ミスも、「こうに違いない」といった固定観念に「注意」が奪われたり、都合のいいところにだけ「注意」が向いていて、他の可能性やデメリットに「注意」が向かなかったことによるミスと言えるでしょう。
このように「ミス」の原因を探っていくと、そのほとんどが脳の「注意」に行き着きます。このため、ミスをなくすためには、限りある「注意」のムダ遣いをなくして余裕を生み出すこと、そして、自分の思い込みなどにハマることなく、「注意」を向けるべきところに向けていくことが必要なのです。
■まずは「注意」のムダ遣いをなくそう
では、ミスをなくすために具体的にどういう対策を取っていけばいいのでしょう?
まず、これまでのミスの経験から、どこに「注意」を向けるとミスがなくなるか、できるだけ具体的に絞り込んで明確にすることで、限りある「注意」を有効に活用できるようになります。
また、必要なタイミングに忘れず「注意」を向けられるような仕組みも有効です。スケジュールアプリなどにある「アラート」機能などはその一例です。さらに、コンピュータ、そして進化の著しいAI(人工知能)を活用して、できるだけ人間を介在させず、そもそも「注意」を向けなくても済む仕組みにしていけば、一気に脳への負荷を下げることができます。
ただ、こういった個々の具体的対策を実行し生かすために、今すぐできることがあります。
そのための方法は次の3つです。
① 脳が「注意」を使っているモノを手放す
② 脳から「注意」を奪うモノから離れる
③ 脳が「注意」を使わないレベルまで体得する
■<方法その1>脳が「注意」を使っているモノを手放す
メモを使わず、頭の中で覚えようとしたり、頭の中であれこれ考えているときは、「注意」を使って言葉を記憶し、処理しています。これでは「注意」が足りなくなってしまいます。できるだけ「注意」を手放せるものは手放しましょう。たとえば、気になっていることを「書き出してみる」。パソコンや携帯のメモ帳に入力する、ToDoリストに入れるなど。
すると、「注意」が解放され、実際に頭が軽くなったような気分になるでしょう。こうやって、知らず知らずのうちに「注意」を使っているモノ・コトを書き出していくと、「注意」が解放されて余裕ができるため、向けるべきところに「注意」が向きやすくなり、ミスはしにくくなるのです。
ほかにも、
・気になることは、人に話を聞いてもらって吐き出す
・「やらなければ……」と思っている未完了のことは、完了してしまうか、いつやるかを決めて、いったん手放す
・「これ、やったらいいかも?」と思ったら、すぐ行動する
こういったことも、「注意」を解放し、「注意」に余裕を生み出してミスを減らす方法です。
■<方法その2>脳から「注意」を奪うモノから離れる
仕事が大変なときに、わざわざ「注意」不足を招くような環境を私たち自身がつくっていることもよくあります。「注意」のムダ遣いをしないためには、今必要なもの以外は、目に入る場所に置かないことです。
すぐできて効果絶大なのは、まず「スマートフォンを手元に置かない」ことです。
北海道大学の実験で、机の上にスマホが置いてある状態と置いていない状態で、ある課題を出したところ、スマホが置いてあるときのほうがスピードが落ちたという結果が出ています。
これは1つの象徴的な例ではありますが、スマホがあるとそれだけで「LINEにメッセージが来ているかな」「ああ、あのゲームをやりたいなあ」などと貴重な「注意」を使ってしまいます。
こういった「注意」のムダ遣いを防ぐために、スマホは引き出しやカバンにしまうといったことだけでも、脳は集中しやすくなり、ミスが減ることはもちろん、仕事の生産性が上がります。
■<方法その3>脳が「注意」を使わないレベルまで体得する
クルマを運転する方は思い出してほしいのですが、運転し始めた頃は、ハンドル操作やミラーのチェックなど、とにかく運転することだけで一杯一杯だったのではないでしょうか。
助手席の人から話しかけられると、それだけでムッときたり……。それはなぜかというと、運転に慣れていないと、「次は何するんだっけ?」とか、「次、曲がるときにウィンカーを出さなければ……」といちいち意識して行う必要があるので、そこに「注意」を取られるからです。
このように「注意」をいろいろなことに取られて余裕がない状態で、横から話しかけられれば、そちらに「注意」を奪われるため、「話さないでよ!」となるわけです。しかし、慣れてくると、普通に助手席の人と話せたり音楽を楽しめるようになります。
身体で運転の手順を覚えているため、特に「注意」を向けなくても、ハンドルを動かせるし、ミラーも見ることができる。すると、余裕がある分、これまでできなかったことに「注意」が使えるようになるわけです。
「これからは注意しよう」というのではなく、こうやって「注意」のムダ遣いをなくし、向けるべきところに「注意」を向けることがミスをなくすことにつながるのです。
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トレスペクト教育研究所代表
「記憶」の専門家。1967年生まれ。東京大学経済学部卒、ニューヨーク大学でMBAを取得。コンサルティング会社、外資系銀行などを経て2002年に独立。『「名前が出ない」がピタッとなくなる覚え方』ほか著書多数。
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(トレスペクト教育研究所代表 宇都出 雅巳)
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