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「猫3000匹の殺処分を止めたい」借金500万円でも体を張って猫を助ける女性の訴え

プレジデントオンライン / 2021年4月28日 11時15分

環境省の「ノネコ管理計画」

■捕獲目標は年間300匹、引き取り手なしなら「殺処分」

環境省が奄美大島で進める“ノネコの殺処分計画”(正式には「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画」)は、2018年7月にスタートした。

奄美大島の山林には生け捕り用のわなが設置され、捕獲したノネコはまず一時収容施設(奄美ノネコセンター)で飼育される。飼育期間は捕獲から一週間が目安。その間に飼い主を募り、引き取り手が見つからなければ「殺処分」が認められている。

<譲渡できなかった個体は、できる限り苦痛を与えない方法を用いて安楽死させることとする>(「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画」より>

捕獲目標は年間300匹で、それを10年間続けるという。

この計画を行う理由について環境省は「近年、ノネコが国内希少の野生動物であるケナガネズミ、アマミノクロウサギなどを捕食していることが自動撮影カメラや糞分析により確認され、生態系への被害が明らかなため」などと述べている。

計画の詳細や、その是非については2019年に、「週刊文春」(4月18日号)で発表した特集記事「奄美大島 世界遺産ほしさに猫3千匹殺処分計画」や、同年6月の文春オンライン「世界遺産のために猫を殺すのか――奄美大島「猫3000匹殺処分計画」の波紋」(♯1~♯4)に記したのでそちらを参照してほしい。

この記事では捕獲された猫たちの“その後”を追う。

■獣医師「野良猫とノネコの違いは、私にはわかりません」

さて、まずは「ノネコ」とは何だろうか。

国内ではペットとして飼われている猫を「飼い猫」、集落で人から餌をもらっている猫を「野良猫」、人手を離れて自然の中で自立している猫を「ノネコ」と定義している。つまり“野生化した猫”がノネコであるのだが、それはパッと見ではわからない。

獣医師の齊藤朋子さんも「推測する程度」と話す。

「あまみのねこ引っ越し応援団」を立ち上げた獣医師の斎藤先生
「あまみのねこ引っ越し応援団」を立ち上げた獣医師の齊藤朋子さん(撮影=笹井恵里子)

「足の裏が茶色ければ家の中にいた飼い猫ではなく、屋外で土の上を歩いていたんだろうな、と。それから便をみて、バラエティに富んだ寄生虫がたくさんいれば、野生の環境でネズミやカエルなどいろんなものを食べてきたんだろうなと思います。ただ、それなら野良猫とノネコはどう違うのかと言われれば、私にはわかりません」

実際に、野良猫とノネコに明確な線引きはない。

動物愛護法では猫を「愛護動物」とみなし、みだりに殺したりすれば2年以下の懲役か罰金が科される。一方で、ノネコは鳥獣保護法の「有害鳥獣駆除」という形で自治体が捕獲することが可能になる。行政が野良猫を殺処分すれば「殺処分数」としてカウントされるが、ノネコとして捕獲し、殺処分する形なら殺処分数にカウントされない。

■「野生化したノネコ」なのに、避妊去勢手術を受けている

保全生物学を専門とする川口短期大学の小島望教授は、「ノネコ扱いにして処分すれば、環境省が掲げるペット由来の猫を極力殺処分しないという方針とも調整がとれるのです」と、解説する。

殺処分計画が始まった2018年7月から、奄美大島で捕獲されたノネコの総数は195匹だ(2021年4月20日現在)。

いまだ殺処分は行われていない。どの猫も、奄美市から認定された「譲渡認定人」の誰かが引き取っているからだ。譲渡認定人の数は現在12人。ノネコが捕獲されると、「捕獲ネコ新規収容のお知らせ」と題したメールが「譲渡認定人」のもとに届く。その一人である服部由佳さんが言う。

「『やむを得ない場合は殺処分』となっていますが、やむを得ない理由とは何でしょうか。奄美ノネコセンターにある50個のケージはいっぱいになったことがありません。つまり捕獲した猫を置いておける場所はあるはずなのに、“1週間の期限”がある。また野生化したノネコとして捕獲されたにもかかわらず、人に慣れていたり、耳カット(避妊去勢手術を受けた印として耳の先端をカット)された猫であることもおかしい」

奄美大島で見かけた耳先をカットされた猫。
撮影=笹井恵里子
奄美大島で見かけた耳先をカットされた猫。 - 撮影=笹井恵里子

■これまで129頭のノネコを島外の里親に譲渡

前出の獣医師の齊藤さんを中心とした有志は、奄美大島のノネコの殺処分を避けるため、「あまみのねこ引っ越し応援団」を立ち上げて譲渡団体になった。捕獲されたノネコを島外へ輸送し、里親をこれまで探す活動をしている。同団体を経由して129頭のノネコの“新しい家族”が決まった。

齊藤さん自身、「初めてノネコを引き取る時、とてもドキドキした」と打ち明ける。

「東京の野良猫だって餌をあげようもんならバッシーンとされますし(笑)、噛まれてぶら下がられることもしょっちゅうです。だから奄美大島のノネコを引き取る時、どれだけ凶暴なんだろう、と。でもぜんぜん怖い猫ではなかった。東京の野良猫のほうが人にいじめられたり、車で怖い思いをした経験があるからか、よほどすれています。奄美大島は野良猫も人なつっこい、かわいい猫が多い気がします」

岩﨑さんと服部さん
撮影=笹井恵里子
「ケットシー」を開いた服部由佳さん(右)と、「預かりさん」を務める岩崎日登美さん(左) - 撮影=笹井恵里子

ノネコ管理計画がスタートして一年が過ぎた頃、服部さんは「譲渡型保護猫カフェ」の立ち上げを思い立った。それまでは個人で猫を引き受け、里親を探してきたが、奄美大島の猫の捕獲数が増える状況で、「このままでは殺処分される猫が出てきてしまう」と危機感を覚えたという。

「以前から保護猫カフェをつくることが夢でもあったんです。もともと動物が好きで、11年前に黒猫を駐車場で保護してから猫中心の暮らしになりました。そして4年前くらいから猫のボランティア活動を始めたんです」

■個人で500万円を借りて、毎月7万円超を6年かけて返済

「野良猫が人の住むエリアで子猫をたくさん産んでしまえば、保健所に連絡がいき、特に子猫は即刻、殺処分になります。そこにボランティアが介入することで、子猫の里親探しをするのです。ただ、“個人間のやりとり”では、譲渡できる数に限界があります。保護猫カフェならたくさんの猫を預かり、新しい家族につなげることができると思いました。奄美大島のノネコ問題は、そのきっかけでした」(服部さん)

2019年12月、服部さんが保護猫カフェの開業費としてクラウドファンディングで300万円を募ると、500人が参加し、1カ月もたたないうちに目標金額を達成した。しかし、月20万円の家賃やテナント契約金、内装費などを含めると開業資金には足りない。服部さんは個人で銀行から500万円の融資を受けた。月7万1000円、6年間で返済するという計画だ。

服部さんの500万円の借用書
服部さんの500万円の借用書

「『あまみのねこ引っ越し応援団』をはじめ、殺処分させたくないと、同じ気持ちで集まってくれる仲間がいたから頑張れました。実際に動き出したら、次々に『手伝うよ』と声をかけられました」(服部さん)

■譲渡型猫カフェ「ケット・シー」をオープン

オープン前の2020年1月、私は服部さんに取材したが、その際「アルバイトじゃなくボランティアを集める」と聞き、心配になった。ボランティアがちゃんと“労働”してくれるのだろうか。とはいえ、人件費にお金をかけられない。不安そうな顔をする私に、あの時の服部さんは力強くこう言った。

「私は美容師なので、毎月の借金やテナント料はいざとなればお店から返します。それでも足りなかったらバイトをすればいいですから」

2020年4月5日、服部さんは譲渡型猫カフェ「ケット・シー」をオープンした。店名のケットシーはアイルランド民話に由来するもので、日本語に訳すとケット(Cait)=猫、シー(Sith)=妖精という意味があるという。カフェの裏側に15のケージを入れ、昼間は室内で猫を解放し、夜はケージに入れてそれぞれの部屋のような形で猫を休ませる。

開業前の様子(左)「ケット・シー」開業後の店内(右)
撮影=笹井恵里子
「ケット・シー」開業前の様子(左)、開業後の店内(右) - 撮影=笹井恵里子

「ケット・シー」がオープンした頃、世の中は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため緊急事態の最中だった。

「初日のカフェのお客さんは、ゼロ人でした」

その時の模様を思い出したように、服部さんが笑う。

■「美容院の収入もないなぁ、バイトするしかないかなぁ」

「だってもうこの通りの前は誰も歩いていませんでした。オープンして最初の一週間は1人か2人、来店した程度だったんじゃないかなぁ」

不安でしたか? と私が問いかけると「ちっとも」と、服部さんが言う。

「猫に囲まれて幸せでした。オープン時はボランティアの方が7人いて、力になりましたし、勇気づけられました。昼間、経営する美容院にもお客さんが来ないから、私はカフェの床に寝っ転がっていたんです。美容院の収入もないなぁ、バイトするしかないかなぁってぼんやり考えてましたね(笑)」

奄美大島のノネコが、「ケット・シー」を通じて新しい家族に出会えるまでの流れはこうだ。

奄美大島でノネコが捕獲される
→服部さん(ケット・シー)が引き取ることが決まる
→現地のボランティアがマッチング(お見合い)を代行
→奄美大島で避妊去勢手術を受ける
→空輸を手配し、羽田空港までボランティアが迎えに行く
→2カ月間、「預かりさん」(ボランティア)の家で過ごす
→「ケット・シー」(保護猫カフェ)へ
→希望者と服部さんが面談し、試し飼い(トライアル)期間を経て、正式に譲渡

ボランティアの「預かりさん」は猫の飼育に慣れている人が請け負う。

この1年間に「ケット・シー」を通じて譲渡された猫120匹の写真。このうち42匹は奄美大島のノネコである。
撮影=笹井恵里子
この1年間に「ケット・シー」を通じて譲渡された猫120匹の写真。このうち42匹は奄美大島のノネコである。 - 撮影=笹井恵里子

■健康な猫であれば初期医療費は2万5000円で済むが…

「羽田空港に着いたら、マイクロチップ、ワクチン接種、エイズや白血病の検査、虫駆除、爪切りなど初期医療を済ませます。ただエイズや白血病は感染から2カ月以内だと簡易検査キットでは陽性判定が出にくく、最初陰性でものちに陽性判定となる場合が稀にあるといわれているんです。完全に“シロの状態”で『ケット・シー』に入れるため、預かりさんの家で2カ月飼育してもらった後、もう一度検査をして陰性を確認してから入れるようにしています」(服部さん)

それらの医療費はどこから出しているのか。

「猫を譲渡する際、譲渡金として4万円をいただいていますので、そこから出しています。初期医療費は2万5000円くらいですね」と服部さん。だから健康な猫であれば、十分に譲渡金で賄える。

しかし昨年10月、試練が訪れた。2匹の猫が「FIP(猫伝染性腹膜炎)」という病気を発症したという。発症して何もしなければ数週間で死に至るが、近年、新たな治療法が登場したのだ。しかしその額、1匹あたり150万円――。(続く。第2回は4月29日11時公開予定)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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