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日本政府が「ミャンマー軍の市民虐殺」に沈黙を続ける根本的理由

プレジデントオンライン / 2021年4月27日 15時15分

在日ミャンマー人とその支援者による東京都内でのデモ。(2021年2月14日) - 写真=AP/アフロ

ミャンマー情勢が緊迫している。欧米諸国が経済制裁などに動く一方、日本政府の動きは鈍い。東京外国語大学の篠田英朗教授は「ミャンマー問題は、さまざまな日本の外交問題を照らし出している。日本の外交スタイルは世界標準からかけ離れている」と指摘する――。

■強調される「独自のパイプ」とは何なのか

緊迫するミャンマー情勢に直面し、歯切れの悪い日本外交の姿が露呈している。「日本はミャンマーに独自のパイプがある」といった、言語明瞭・意味不明の言説が頻繁に語られている。しかし2月1日のクーデター勃発から3カ月がたち、これらの言説に実行が伴っていないことは明らかになってきている。そもそもこれらの言説は、具体的にはいったい何を意味しているのか。

4月9日に、駐ミャンマーの15大使が共同声明の形で公表したミャンマー軍を非難する共同声明に、日本は加わらなかった。アメリカの同盟国で加わらなかったのは、日本と、エルドアン大統領のトルコやドゥテルテ大統領のフィリピンくらいであった。

「日本は軍の利益になる援助を止めろ」、といった国内外からの声に対して、日本の外交当局が「対応は検討中です」とだけ述べて、あとはじっと無言で耐え続ける、という図式が続いている。茂木外相が「北風がいいか、太陽がいいか」といったナゾナゾのようなことを国会答弁で述べたことは、日本の奇妙な外交スタイルとして国際的にも広く報じられた。

こうしたすっきりしないやり取りの中で頻繁に語られているのが、「パイプ」という謎の概念だ。日本の外交当局が「パイプ」なるものに異様なまでのこだわりを見せている。しかしそれが何なのかは、一切語ろうとはしない。

いったい「パイプ」とは何なのか。

ここでは「金」の面から、日本が持つ「パイプ」について考えてみたい。

■「援助」と言いつつ実態は「投資」

日本のメディアは、同じ情報源から聞いてきたことをそのまま各社が引用しているかのように、「日本はミャンマーに巨額の援助をしているので影響力がある」、と伝え続けている。残念ながら、そのような報道は海外メディアでは見ることがない。日本の存在は、上述の「北風か太陽か」自問自答のように茶化されたりする文脈で報道されることはあっても、真面目にミャンマー軍に影響力を行使できるパワーとしては扱われない。

実際に、日本がミャンマー軍に影響力を行使しているような様子は全く見られない。それでは、どれだけ日本のメディアが日本において日本語で日本人向けに「日本は影響力がある」と主張してみたところで、海外では全く相手にされていないのは仕方がない。

出所=JICA「2019年度(平成31年度)円借款案件応札結果情報【本体契約】契約金額10億円以上」
出所=JICA「2019年度(平成31年度)円借款案件応札結果情報【本体契約】契約金額10億円以上」

なぜなのか。その理由は、援助の中身を見れば、推察できる。日本は毎年1000億円を超える額のODAをミャンマーに投入し続けているが、そのほとんどは円借款である。これはつまり投資である。これは0.01%の40年償還という好待遇であるとはいえ、貸付金である。他の東南アジア諸国のように経済発展が進むと、円借款の金額は返還されてきて、むしろ日本は利息分の利潤すら得ることになる。

■「アジア最後のフロンティア」の夢

日本はミャンマーを「アジア最後のフロンティア」と見込んで、官民一体になったいわば旧来型の護送船団方式の経済進出を行ってきている。円借款を実施するプロジェクトを日本企業に受注させ、それを梃子にして日本が抱え込んでいる経済特区に集中的に日本企業を進出させる、といった具合である。それがミャンマーに対する戦略的計算だけでなく、他の東南アジア諸国における成功モデルの再現を期待する経済的願望による行動でもあることは当然だろう。

果たしてこの護送船団方式のODAを媒介にした経済進出は成功したのか。実情としては、まだ成果が出ていない。日本が集中的に進出した「ティラワ経済特区」を例に取れば、多数の企業の進出に耐えられるインフラの不足が解決されておらず、電力網の整備などを日本のODAを通じて実施している段階だ。当然ながら、数千億円にのぼる貸付金は、まだ全く返還されてきていない。

■2013年には4000億円の債務を帳消しに

実は日本ほどではないとはいえ、他の諸国も、2011年の民主化プロセスの開始後、ミャンマーに対する援助額を増加させてはいた。他国と同様に、軍政期には援助額を停滞気味にさせていた日本は、他を圧倒するようなODAの増額を果たすために、それまで累積していたミャンマー向けの貸付金を一気に帳消しにするという作戦に出た。多額の未払金が残ったままでは、新規の援助の大幅増額が困難だったからだ。

そこで2013年に、約2000億円の債権放棄を行った。さらに手続き上の理由から債権放棄ができなかった約2000億円について、同額の融資を一気に行い、それを原資にして即座の名目的な返還を果たさせるという離れ技まで行った。

つまり日本政府は、ミャンマーで焦げ付いていた約4000億円の貸付金を、日本の納税者に負担させる形で一気に帳消しにして、さらなる融資の工面に乗り出した。それもこれも全て、ミャンマーを「アジア最後のフロンティア」と見込んだ経済的願望があればこそであった。

■軍部を擁護してきたかいはあったのか

その後もODAという名目でミャンマーに貸し付けた資金は回収されていない。むしろ今回の事件で回収が困難になってきたという印象は否めない。そもそも市民を殺戮してまで権力にしがみつくミャンマー軍幹部が、日本から借りたお金をコツコツと返却するために努力するような人物であるようには見えない。借金は返還できなければ、以前のように踏み倒すだけだろう。

国家と国家の間の貸し借りで、返還がなかったからといって、差し押さえなどの措置を取ることはできない。日本ができるのは、市民に銃を向けて殺戮している虐殺者たちに、ただただひたすら返金をお願いする陳情をすることだけだ。それどころか、以前にように、新たな融資でとりあえず名目的に補塡(ほてん)させるしか手がないなどといったことになれば、再び日本の納税者を借金地獄に引き込むしか手がなくなるだろう。

現在、ミャンマー軍幹部に標的制裁をかけている欧米諸国に対して、日本では「欧米はミャンマーと付き合いが浅いから簡単にそういうことができる」といった言い方をする方が多い。しかしこれは見方を変えれば、ミャンマー軍が権力を握り続けた民主化プロセスに懐疑的だった欧米諸国に対して、事あるごとにミャンマーを擁護する立場をとり続けてきた日本のリスク管理の甘さが問われている事態だとも言えるわけである。

このような事情を持つ「金」で成立している「パイプ」を、いかに日本人が日本国内で日本語で日本人向けに誇示しようとも、国際的には同じようには認められないのは、致し方のないところもある。

■在日ミャンマー人が「日本ミャンマー協会」前でデモをする意味

現在、日本にいるミャンマーの人たちを含む人々が、「日本ミャンマー協会」の前でデモを行ったりしている。市民を虐殺している軍を利する「パイプを断て」、と要請している(*1)

「日本ミャンマー協会」とは何か。同協会の会長である渡邉秀央氏は、ミャンマー軍との間に特に「太いパイプ」を持ち、軍司令官であるミン・アウン・フライン氏とも過去に24回会っているという緊密な関係を続けている。渡邉氏がキーパーソンなのは、日本のODA業界にミャンマー向け巨額円借款の恒常化を実現した人物だからだ(*2)

元郵政大臣である渡邊氏は、当然ながら日本のエスタブリシュメント層に「太いパイプ」を持ち、日本ミャンマー協会の役員には、政・財・官界の大物がずらっと並ぶ。「最高顧問」の麻生太郎副総理をはじめとする大物政治家のみならず、ODA契約企業リストにも登場する財閥系の企業名が目立つ(*3)

仮にミャンマー向けの円借款が焦げ付いて日本の納税者が負担を強いられるとしても、契約企業が損失を受けるわけではない。これに対して、ミャンマー軍が市民を虐殺しているからといって実施中のODAまで止めてしまっては、これらの迷惑をかけてはいけないところに多大な迷惑がかかってしまう。日本の外交当局が「対応策を慎重に検討する」のも無理もないということは、こうしたリストを見るだけでも容易に推察できるだろう。

■「選挙は公正だった」となぜ言えないのか

なお在日のミャンマーの方々を含む人々は、日本財団ビルの前でもデモを行ったりする。「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」の肩書も持つ笹川陽平氏が、同財団の会長を務めているからだ。笹川氏は、日本政府代表として、日本政府の予算で、昨年11月のミャンマー選挙の監視団を率いた。選挙直後こそ、選挙は公正に行われた、と発言していた。しかしミャンマー軍が「選挙には不正があった」と主張してクーデターを起こしてからは、沈黙を保っている。

デモをしている人々は、「せめて選挙は公正だったので、クーデターは認められないと発言してほしい」と懇願しているのだが、笹川氏は反応していない。言うまでもなく、笹川氏も、ミャンマーに深く関わる日本社会の大物だ。

■「パイプ」の論理にだけ身を委ねていいのか

日本は、ミャンマー軍幹部らと「パイプ」を持つ。ただそれを、外交官が秘密の外交術で特殊技能を発揮して海外で作り出したパイプ、といったふうに勝手にロマン主義的に捉えるとすると、状況を見間違えるかもしれない。「パイプ」は、個々の外務省職員のような存在を超えて、日本国内各所に「金」とともに太く縦横無尽に伸びている。「パイプ」とは、個々の外交官が、個人的意見で論じていい政策論を超えたものなのである。

だが果たして、だからといって「パイプ」の論理にだけ身を委ねていれば、日本は絶対に安泰だろうか。日本の納税者が不当に損をする事態は絶対発生しない、と保証している人物がどこかにいるだろうか。

ミャンマー問題は、さまざまな日本の外交問題を照らし出している。旧来型の護送船団方式のODAの「パイプ」のあり方も、その問題の一つであろう。

(*1)東洋経済ONLINE「沈黙する『日本ミャンマー協会』が抗議浴びる訳」(尾崎孝史、2021年4月22日)
(*2)ロイター「特別リポート:急接近する日本とミャンマー、投資加速の舞台裏」(2012年10月5日)
(*3)「日本ミャンマー協会 役員名簿」

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篠田 英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保』(風行社)、『ほんとうの憲法―戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)など。

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(東京外国語大学教授 篠田 英朗)

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