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「スタッフ50人は全員無給」横浜の保護猫カフェに集まる人たちの合言葉

プレジデントオンライン / 2021年4月29日 11時15分

この1年間に「ケット・シー」を通じて譲渡された猫120匹の写真。このうち42匹は奄美大島のノネコである。 - 撮影=笹井恵里子

■「1匹あたり150万円」の難病を2匹が発症

(第1回から続く)

環境省の計画によって、奄美大島ではノネコの捕獲がつづいている。捕獲から1週間がたち、引き取り手がいないノネコは「殺処分」されてしまう。

そんなノネコを救うため、美容師の服部由佳さんは1年前、銀行から500万円を借りて、横浜に譲渡型猫カフェ「ケット・シー」を開いた。この1年で42匹のノネコが新しい家族(里親)をみつけ、殺処分を免れている。

しかし運営は大変だ。服部さんは「これほど医療費がかかるとは思いませんでした」と打ち明ける。

「下痢など調子が悪くなって病院に行くたびに数千円。治療に一週間かかることもざらにあります。歯周病などになって歯を抜くとなると、手術で数万から数十万円かかります。幸い親しくしている獣医師の先生のご厚意で、少し安くしていただいたりもしますが、それでも昨年10月にFIP(猫伝染性腹膜炎)という病気を猫が発症した時には焦りました。3カ月間の治療が必要で、1匹あたり150万円かかるのです」

■「お金はあとからでも何とかなる」

獣医師の齊藤朋子さんによると、FIPは「もともと猫の半数以上がもつウイルスが変異し、病気を発症する“不治の病”」であったという。猫同士の感染は低いといわれるものの、発症すれば1~2週間で命を落とす。それがおよそ1年前に新薬が登場。これを84日間投薬すれば、治癒が見込めることになったのだ。

「もちろん(お金を)出しました」と、服部さん。

「治せるとなると、それをするか、しないかの二択。私はやってあげたいと思いました。FIPを発症した2匹を私とボランティアさんの自宅で預かり、獣医師の先生の指示通りに毎晩同じ時間に投薬しました。昨年10月から今年の2月くらいまでですね。投薬時間がずれないように気をつけて、クリスマスもお正月もずっと家にいましたよ(笑)」

こういう時、服部さんは「お金はあとからでも何とかなる」と繰り返す。開業費として500万円の借金をする時だってそう言っていたのだ。「お金は人が働けばどうにかなる。けれども、命は、取り返しがつかない」と。それにしても、高額だ。

■服部さんを含め、全員が無給のボランティア

「猫同士が“助け合う”感じですね」

私の心配を察知したように、服部さんが言う。

「譲渡金は4万円ですが、最初のワクチン接種や検査などの初期医療は、2万5000円あれば足ります。つまり健康な猫なら、譲渡金4万円からおつりがくる。そのあまりを、他の猫が体調を崩した時の治療費にまわすんです。餌代? ああそれはもちろんかかりますね。でも、餌などの物資を寄付してくださる方もいますから。もちろん、なかなか譲渡されず、長くこの『ケット・シー』にいる猫ほど、餌、トイレ、光熱費など日々の生活でお金がかかってしまいます。でも今は、月間の活動支援金が50万円くらいありますから大丈夫」

猫カフェでもあるケット・シーの入場料は1時間1100円。これが「サポートマネー」(活動支援金)になっているが、収益は月20万円程度。組織運営の要となるのは、1匹4万円の「譲渡金」である。

だが、テナント料(家賃)が月20万円、銀行から借りた開業費500万円の返済額が月7万1000円だから、通常のビジネスとして考えれば赤字だろう。

なぜケット・シーはまわっているのか。それは“人件費ゼロ円”だからだ。服部さんを含め、全員が無給のボランティアなのである。

■ノネコを2カ月ほど自宅で飼育する「預かりさん」

開業時に7人だったボランティアは、今では50人に増えた。そのため服部さんも美容師の仕事時間を増やせるようになり、店に関わるのは猫の譲渡など重要な場面だけになっている。

ケット・シーを支えるボランティアとはどんな人たちなのだろう。奄美大島のノネコを2カ月ほど自宅で飼育し、カフェに預けられる状態にする「預かりさん」を務める岩﨑日登美さんは、服部さんと2018年11月に出会った。服部さんが奄美大島にいた野良猫4匹の飼い主をSNSで募集していた時だったという。

岩﨑さんと服部さん
撮影=笹井恵里子
「ケット・シー」を開いた服部由佳さん(右)と「預かりさん」を務める岩﨑日登美さん - 撮影=笹井恵里子

「募集を見て、そのうちの1匹を飼いたいと思い、面談を申し込みました。でもその時、主人の膝にほかの猫たちがのっていたんです。選べなくて、4匹まとめてわが家で引き取りました。黒と白の猫たちで“オセロ兄弟”と名付けられていたんですよ。その後、交流が続いて、服部さんがこのカフェをやりますと言ったので、協力したいと思いました。“幸せな猫”を増やしたい、と」

「オセロ兄弟」とふれあう岩﨑さんご夫婦
写真提供=岩﨑日登美さん
「オセロ兄弟」とふれあう岩﨑さんご夫婦 - 写真提供=岩﨑日登美さん

■「このカフェにいる猫はみんな幸せ」

岩﨑さん自身も個人で、全国で殺処分されそうな猫の里親を探す活動をしていた。けれどもそれでは救える数に限界がある。ケット・シーのような場があれば、それだけ救える猫の数が増やせる。私はそれを聞いた時、「幸せでない猫」とは何だろうと感じた。岩﨑さんはきっぱりこう答えた。

「外にいて食べものに困っている、行き場のない猫です。保護猫はかわいそうという人がいますが、保護された猫はかわいそうではありません。このカフェにいる猫はみんな幸せ。環境が整っていて、病気になれば医療にかかれるのですから」

幸せでない猫を見た経験がありますか? と尋ねると、「はい」と、岩﨑さんの目が少し潤む。

■「最初はカフェにお客さんとして来ていた」

岩﨑さんが9歳の頃、登校中の道沿いにある公園で、ダンボールが置いてあった。中には、ネズミのような小さな猫が3匹、入っていた。

(学校の帰りに助けてあげよう)

そう思い、岩﨑さんは学校へ行く。そして下校時にまた公園に立ち寄ると、猫は3匹ともダンボールの中で死んでいた。

「オセロ4兄弟」がご飯を食べる様子(写真提供=岩﨑日登美さん)
「オセロ4兄弟」がご飯を食べる様子(写真提供=岩﨑日登美さん)

「何もされなかったら子猫はこんなに早く死んでしまうんだ、こんなに儚い命なんだ、と感じました。その死骸は家に持ち帰って、お庭に埋めましたが、それ以来、『(捨て猫を)見たらすぐに助けなきゃ』というのが自分の芯にあるんです」

岩﨑さんのような「預かりさん」のほか、カフェで猫の面倒をみるボランティアもいる。その一人が、菊地麗子さん。

「最初はカフェにお客さんとして来たんです。うちでは猫を2匹飼っていてこれ以上増やせないのですが、もっと猫に触れ合いたいと思いました。初めて来店した時に奄美大島のノネコのことを聞いて、ひどい話だと怒りを覚えました。きっとこのカフェは家賃もかかるだろうし、人件費はかけられないに違いない。私もボランティアとして手伝いたいと申し出たんです」

■猫が幸せになる瞬間を近くで感じられる

菊地さんは、今では50人いるカフェのボランティアのとりまとめ役をこなし、服部さんの右腕的存在だ。

「もともとコツコツした事務作業が好きなんです。相性の良さそうな人同士を組み合わせるシフトを作ったり、組織マネジメントやイベント関連の企画も得意ですね。一周年記念ではケット・シーを通じて譲渡した120匹の猫の記念動画を作ったんです。5日間、ほぼ徹夜のような状態でしたが、これによって私たちの活動を応援してくれる人が増えると思えば、大変でもがんばれます」

服部由佳さんと、カフェでボランティアをする菊地麗子さん
撮影=笹井恵里子
服部由佳さんと、カフェでボランティアをする菊地麗子さん - 撮影=笹井恵里子

とはいえ、菊地さん自身も別の仕事で勤務を続ける多忙な身。モチベーションはどこにあるのだろう。

「ここにいる猫への申し込みがあって、トライアル(試し飼い)期間を経て正式に譲渡になりました、というのを聞くと本当に良かった! と思います。過酷な環境の中で暮らしていた猫たちだから、清潔なトイレがあって、安心して眠れる場所があって、おいしいごはんが毎日食べられて、かわいがってくれる家族がいて、あぁ良かったって。猫が幸せになる瞬間を近くで感じられるんです」

■有償の「仕事」のほうが質が良くなるとは限らない

事務仕事でさえも、「広い意味で猫のためになることだから苦にならない」と菊地さんは話す。

服部さんも「ここで働くメリットは、猫の譲渡が決まった時に、みんなに知らせて、わーっと喜ぶくらい」と笑う。

繰り返しになるが、ケット・シーに関わる全員が無給のボランティア。私は今回の取材で、ボランティアの役割を改めて考えた。お金をもらう「仕事」のほうが質が良くなるように思えるが、そうとは限らないという。

「ケット・シー」の店内に掲示されているノネコの啓発ポスター
撮影=笹井恵里子
「ケット・シー」の店内に掲示されているノネコの啓発ポスター - 撮影=笹井恵里子

「“思い”でここに来ているボランティアなら猫の体調を気にする。でもお金をもらって来ている人なら、決まった時間に餌をあげればいい、トイレをかえればいい、やることやっていればいいとなるかもしれない」(菊地さん)

いつの間にか来なくなる人もいれば、オープン以来ずっと続いているボランティアもいる。来ている人は、何らかの満足感があるのだろう。根底にあるのは間違いなく猫への愛情だ。

その愛情ゆえ、ボランティアのスタッフ同士で対立することもあった。

■ボランティアのスタッフ同士で対立することも

オープン当初、トラブルになりやすいのは、猫の具合が悪い時だった。病院や投薬のタイミングは人それぞれ違う。「これだけ具合が悪いのに、なんで病院に連れていかないんだ」という人もいれば、「病院に連れていくほうが猫のストレスになるから、1~2日は常備薬で対応しよう」という人もいる。

2カ月間、自宅でノネコを飼育した「預かりさん」が、カフェに猫を渡した後、クレームをつけることもたびたびあった。

「2カ月間、自分で面倒を見ている間に、“自分の猫”という感覚になってしまうんですね」と、岩﨑さんが言う。

「ケット・シー」の店内の様子
撮影=笹井恵里子
「ケット・シー」の店内の様子 - 撮影=笹井恵里子

「自分がお世話した、かわいい猫をここに預けたんだから、自分が思ったようなお世話、ケアをしてもらいたいという人もいました。預かりさんが、カフェのボランティアに対して“こんなお世話じゃダメ”と文句を言うわけです。するとカフェのボランティアさんは萎縮してしまう。でもね、さっきも言ったように、ここに来た猫はみんな幸せなんです。そしていろんな問題が起きた時、ここの場所は誰のものか? 考えないといけない。殺処分されそうな猫のために、服部さんがつくった場所なんです」

■「全ての生き物に心から優しい国になってもらいたい」

今だから言うけれど、みんなからいろいろ言われて悔しくて泣いたこともあった、と服部さんが言う。

開業前にロングだった彼女の髪は、一年後の今はボブになっていて、そこに服部さんの強い意志を私は感じた。

ケット・シーをオープンする直前、服部さんは私にこう話してくれたのだ。

「奄美大島のノネコを中心に救っていきますが、全ての生き物に本当に心から優しい国になってもらいたい。殺処分がなくなるまで頑張っていく」(続く。第3回は4月30日11時公開予定)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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