頑張ることができない「ケーキの切れない非行少年」の人生は自業自得なのか
プレジデントオンライン / 2021年4月29日 11時15分
※本稿は、宮口幸治『どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■頑張れない人は、どうすれば?
「頑張ったら支援します」
ある会社の社長が元受刑者にそんな言葉をかけているのをテレビ番組で見たことがあります。かつて罪を犯した人たちの出所後の生活や雇用の世話をしているそうです。とても素晴らしい取り組みで、頭が下がる思いでした。元受刑者の方々もチャンスを与えてもらって生き生きと頑張っている様子でした。
しかし同時に私の脳裏には別のことも浮かんでいました。
“彼らがもし頑張れなかったらどうなるのだろうか?”
“頑張ろうとしても頑張れない人たち、どうしても怠けてしまう人たちはどうなるのだろうか?”
この疑問は『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)を書いた頃からずっとありました。一般的には、頑張らず怠けてしまったら仕事をクビになります。つまり、怠けず頑張らないと支援が受けられなくなるのが普通です。しかし、クビになったら生活に困って再犯してしまう可能性が高まります。
もちろん元受刑者の方が頑張れなくてもその社長がすぐにクビにするようなことはないとは思いますが、“そもそも頑張れない人たち、怠けてしまう人たちにこそ、本当は支援が必要ではないか”と考えずにはいられませんでした。
■ケーキの切れない少年たちも同じだった
学校や家庭でも同じようなことがあります。みなさんも親や先生から「頑張ればきっと報われる」と言われたことがあるかも知れませんが、一方で、“もし頑張れなかったらどうなるのか、そもそも頑張れない子どもはどうなるのか”については、未だ明確な答えを聞いたことがありません。概して現在の社会では頑張らないと報われないのです。私がこれまで出会ってきた、ケーキの切れない非行少年たちは、まさに“頑張ってもできない”“頑張ることができない”少年たちでした。
これは病院の児童精神科外来でも同じでした。発達障害などがある子どもは、病院に来れば適切な支援につながる可能性があります。しかし、本当の意味で支援の必要な子どもたちは、そもそも病院の外来などには来なかったのです。支援してくれる人がおらず、誰も連れてきてくれないので、病院には来ることができないのです。
同じような問題は他にもあります。子どもを虐待する親が現在、大きな社会問題となっています。それを踏まえ、地域で子育てセミナーなどが開催され、若い母親が小さな子を連れて笑顔で参加したりしています。それ自体は大切な取り組みです。
■支援に繋がらない人は大勢いる
しかし、私にはいつも別のことが気になります。虐待してしまう親はそのようなセミナーに参加したがるだろうか。本当に支援が必要な親は、集団が苦手であったり、引きこもっていたりして、そもそもセミナーに参加できない親たちなのではないか、ということです。
もちろん何もしないよりはした方がいいに決まっています。ただ、その裏で本当は支援が必要にもかかわらず、支援に繋がらない人たちが大勢いる、という事実があります。子どもを虐待してしまった親は、時には支援者に攻撃的にすらなります。支援者が罵倒されることもあるかもしれません。
そういった場合、支援者としてもどうしてもネガティブな気持ちになり、あまり関わりたくない、支援したくないといった感情が出てくるのも無理からぬところでしょう。しかし、真実を言えば、“支援したくないような相手だからこそ支援しなければいけない”のです。
■「やる気がなければほっておけ」でいいのか
大学でも似たようなことがあります。実は私も、大学で学生につい「勉強したい気があればいくらでも資料を提供します」と声をかけてしまいますが、それを聞いて積極的に申し出てくる学生はほとんどいません。そもそも勉強したい気がある学生は、こちらから言わなくても自分で資料を探しますし、私が声かけをしなくても向こうから「何かいい資料はないですか?」と聞いてくるのです。
“勉強したい気があればいくらでも資料を提供する”の逆は、“やる気がなければ放っておかれる”ですが、本当に頑張ってほしいのは、放っておかれるやる気のあまりなさそうな学生なのです。矛盾していることは分かりつつも、とても難しい問題だと感じています。
成績優秀者に給付される奨学金制度もしかりです。頑張って奨学金を取れる学生は、それはそれでいいとしても、頑張ってもそういった奨学金を取れない学生がアルバイトに明け暮れ、学業が疎かになり、単位を落としたりして、ますます悪循環に至っているのを知るにつけ、むしろ奨学金を取れない学生にこそ奨学金を与えて支援したほうがいいのではないか、と密かに感じています。
■怠けている人ほど応援しなければ
先日も高校を中退した少年の話を聞くことがありましたが、高校は義務教育ではないので、学校に来ないと退学させられてしまいます。しかし、本人には高校に行きたくても行けない何らかの理由があることが多いのです。
まさに、学校に来られない生徒ほど実は支援が必要な生徒であることは、高校の先生方も十分に分かっているはずです。それでも、彼らは結果的には中退となり、切り捨てられることになってしまって、ますます支援から遠ざかってしまう現実があります。
また“頑張っている人を応援します”はよく聞くキャッチコピーですが、“怠けている人を応援します”とはなかなか聞かないでしょう。一方で、実際は頑張っても頑張れないので、どうしても怠けてしまっているように見えているケースもあります。この場合も同様に、“怠けているからこそ応援しなければいけない”のです。
■現実は矛盾だらけでも…
そういった人たちへの支援をどうしていけばいいのか、については、現代社会においてこれから考えていかねばならない課題だと思います。現実が矛盾だらけであることは承知していますが、やはり“頑張れない人たちにも頑張ってほしい”という気持ちがあります。
頑張れない人たち自身にも、頑張って“社会から評価されたい”気持ちもきっとあるはずです。元受刑者を受け入れている会社の中には、彼らが頑張れなくても何度もチャンスを与えて、決して見捨てることなく伴走し支援されている方々もおられます。何度も何度も裏切り続けた少年を決して見捨てることなく、更生に導いた幾つかの取り組みもあります。こうした事例を知るにつけ、頑張れない人たちもいつかは頑張れるようになるのではと希望を抱かずにはいられません。
■問題の当事者は「親子」だけではない
4月に出版した『どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2』(新潮新書)では、こういった頑張れない人々について、本人たちはどう感じているのか、周りの支援者が少しでも工夫できることはないか、ちょっとした声かけや配慮で改善できることはないか、また支援者が良かれと思ってやっていることで逆効果になっていることはないか、大切なものを見失っていることはないか、支援者自身も頑張るためにどうすればいいか、といった観点から、私の考えを述べてみました。
なお、ここでいう「支援者」とは、仕事として援助職についている人に限定せず、さまざまな形で頑張れない人たちや頑張れない子どもたちの周りにいて、支援している保護者、家族、友人、学校の先生、会社の上司などすべての人たちを指します。
本の中では、支援される側は大人や子ども、障害の有無に関係なく「相手」や「本人」「対象者」と表現しています。ですので、恐らくみなさんの周りにいるもう少し頑張ってほしいと願う相手、つまり親から子どもへ、教師から生徒へ、上司から部下へ、先輩から後輩へ、といったすべての働きかけ(支援)を含み、みなさんにとっても身近な問題となるでしょう。
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児童精神科医/立命館大学産業社会学部教授
京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「コグトレ研究会」を主宰。医学博士、臨床心理士。
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(児童精神科医/立命館大学産業社会学部教授 宮口 幸治)
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