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「新型コロナの知られざる国籍問題」リスクを押し付け、感染を拡大させる政治・行政の不作為の罪

プレジデントオンライン / 2021年5月8日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

■正確に把握されない外国人感染情報

新型コロナウイルス感染症のクラスター(感染者集団)発生場所としては、病院や高齢者施設に加え、飲食店やカラオケ店などが指摘される。一方、世に知られることなく、少なからずクラスターが起きていると思われる場所がある。外国人実習生や留学生の住居や就労先がそうだ。

新型コロナ感染者の国籍は、政府の方針で公表されていない。厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症の国内発生動向」によれば、2021年5月5日時点で「日本国籍が確認されている者」が11万1539名に対し、「外国籍が確認されている者」は5001名とある。しかし、両者を合わせても累計感染者数の2割程度にすぎず、このデータだけでは在日外国人の感染実態はよくわからない。

また、実習生や留学生がクラスターに含まれていても「従業員」などとしか報じられず、会社名も企業側が同意しなければ、自治体は基本的には明らかにしない。

だが、筆者のもとには外国人の感染情報が次々届いている。とりわけ目立つのが、ベトナム人の感染だ。

たとえば、2021年4月に西日本の食品加工工場で起きた県内最大規模のクラスターである。新聞などには「事業所の寮で感染が広がった」といった程度の情報しか載っていないが、会社関係者によれば、感染者の大半は「ベトナム人実習生」だったのだという。

2月には、やはり西日本の日本語学校の留学生寮でもクラスターがあった。この学校の留学生はベトナム人が多く、感染者にも相当数含まれていたと見られる。

■日本で感染し、母国に持ち込むケースが

日本ほど感染が広まっていないベトナムからも、気がかりなニュースが届いている。ベトナム保健省によれば、同国では4月12日からの1週間で89人の新型コロナ感染者が確認された。全員が海外からの入国者だが、うち4割以上の39人が日本から帰国したベトナム人なのだという。

ベトナムと日本の間では定期便の運行が停止していて、ベトナム人帰国者は皆、チャーター便の利用者だ。在日ベトナム人たちの話では、チャーター便は4月中旬には週2〜3便が飛んでいた。その乗客の「39人」が感染していたとすれば、割合は決して小さくない。

在日ベトナム人の数は2020年末時点で44万8053人に達し、12年から8倍以上に増えている。その数は、在日外国人として中国人に次いで多い。出稼ぎ目的で、実習生や留学生として来日するベトナム人が急増した結果である。コロナ禍(か)で帰国を希望しているのも実習生や留学生が多い。チャーター便でベトナムに到着後、感染が判明したのも実習生らが中心だったはずだ。

■同じ日本で日本人よりはるかに感染リスクが高い現場

元留学生で、現在は東京都内の「監理団体」で企業へ実習生を派遣する仕事をしているベトナム人のタンさん(20代)が言う。

「コロナのクラスターは今、日本人にもあちこちで起きています。でも、実習生や留学生たちは、一般的な日本人よりもずっと感染リスクが高いことは間違いない。仕事は肉体労働ですから、リモートワークなどは無理。しかも寮などで共同生活をしている。私が担当している実習生も先日、建設現場で働く5人が感染しました」

幸い感染した実習生たちは軽症ですんだという。仕事を休んだ間の給料も保証された。実習生よりも悲惨なのは、コロナに感染した留学生たちである。

■アジア人留学生が直面する現実

新型コロナ「第3波」が全国的に広がりつつあった2020年12月、関東地方の専門学校で日本語教師を務めるAさん(女性・30代)からこんな連絡があった。

「教え子のベトナム人留学生たち数人がコロナに感染しました。夜勤のアルバイトをしていて感染したようです」

Aさんによれば、留学生たちが働く2つの工場でクラスターが相次いで発生したのだという。1つは食品関連の工場で、もう1つが化粧品メーカーの工場だ。どちらの工場も24時間体制で稼働していて、日本人の働き手が集まらない夜勤を中心に多くの留学生バイトが働いている。

化粧品メーカーの工場には私も馴染(なじ)みがある。数年前、日本語学校に通うベトナム人留学生に密着取材した際、留学生のアルバイト先の1つがこの工場だったのだ。工場までの通勤を見届けるため、留学生が乗った人材派遣業者の送迎バスをレンタカーで追いかけたことがあった。

その留学生は、オックさん(当時27歳)という女性だった。彼女は日本語学校の初年度分の学費や寮費などで、150万円程度の借金を背負い来日していた。

その借金を返済し、加えて翌年の学費を工面するためには、留学生に許されている「週28時間以内」のアルバイトでは不可能だ。そのため、彼女は2つのアルバイトをかけ持ち、法定上限に違反して働いていた。アジア新興国出身の留学生たちの多くに共通する現実である。

■借金まみれの留学生が人手不足を埋める実態

勉強そっちのけでバイトに明け暮れる留学生も少なくない。だが、日本語学校に在籍できる最長2年では、借金の返済に追われ、出稼ぎの目的は果たせない。だから彼らは専門学校などに進学してバイトを続けようとする。

そんな留学生をターゲットにして、日本語能力を問わず、学費さえ払えば入学を認める専門学校や大学が増えている。Aさんの勤務先も、そんな学校の1つである。

オックさんの化粧品工場でのアルバイトは、週3回、午前0時から8時までの夜勤だった。同僚は留学生ばかりだ。

工場のラインに並んで立ち、流れてくる商品にラベルを貼り、箱に詰めていく作業を延々と続ける。肉体的にも、精神的にも厳しい作業である。とはいえ、日本語の不自由な留学生ができるアルバイトは、夜勤の単純労働に限られてしまう。

「簡単な作業なので、何か考えていないと眠くなってくるんです。無理して眠らないようにしていると、だんだん頭がおかしくなってくる」

そう語っていた彼女の言葉が、今も鮮明に残っている。

■日本人が嫌がる夜勤の送迎バスで感染…

私が追いかけた人材派遣業者の送迎バスは、30人ほどの留学生バイトでいっぱいだった。工場は郊外にあるため、通勤時間は40分ほどかかった。日本語教師のAさんが言う。

「(化粧品工場の)状況はオックさんの頃と同じです。日本人が嫌がる夜勤は今も留学生バイトが担い、通勤には送迎バスが使われている」

防護服を着てバスの中を消毒する人
写真=iStock.com/valentinrussanov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/valentinrussanov

この送迎バスが、クラスターの原因になったようだ。地元紙はこう伝えている。

<感染が確認された12人のうち、11人が派遣会社のバスを利用していて、車内は比較的密接した状況だったうえマスクを着用していない人もいた。>

バスを使っていたのなら、やはり感染したのは留学生だろう。仮にマスクを外して会話に興じていたのであれば、留学生たちは不注意だった。しかし、きつい夜勤の前後に気が緩んだとしても、筆者には彼らを責める気になれない。

新聞では「12人」となっている感染者は、後に30人以上に拡大したことが確認されている。だが、実際の感染者は、もっと膨らんだ可能性がある。

■過酷な住環境でリスク増大

勤務先の専門学校からAさんには、「1人の留学生がコロナに感染したので、休校にします」という簡単な連絡があっただけだ。アルバイト先でクラスターが起きたことも伝えられていない。自ら留学生たちから情報を集め、数人の感染がわかったのだ。

Aさんと同じ市内に住むベトナム人留学生のダン君(24歳)はこう話す。

「(Aさんの)専門学校の感染者は、ベトナム人やネパール人留学生ら約20人に増えたと聞いています。他の日本語学校でも、10人くらいの留学生が陽性になっている」

化粧品工場などのクラスターが、他の留学生にも広がった可能性がある。事実、留学生が感染すると、実習生にも増して広がりやすい。原因となるのが彼らの住環境だ。

オックさんが通っていた日本語学校の寮では、1部屋に6~7人の留学生が詰め込まれていた。30平米程度の部屋に、2段ベッドを並べてのことである。この学校の留学生を筆者は最近、再度取材してみたが、寮の状況は以前と変わらず、留学生1人から月3万円の寮費が取られていた。

寮の部屋は、近隣の相場では月6万円ほどの物件だ。そこに留学生7人が入居すれば、学校には月20万円以上が入る。こうして寮に多くの留学生を詰め込み、相場をはるかに上回る寮費を取るやり方が、全国各地の日本語学校で横行している。

■日本語学校の「ボッタクリ」で被害拡大

実習生の場合、受け入れ先の企業は「1部屋2人以下」の住居を提供する義務がある。しかし留学生の寮にはルールがなく、学校による寮費のボッタクリがまかり通ってしまう。

寮で共同生活をしていれば、バイト先からの感染が広がるリスクは高い。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会も、「狭い空間での共同生活」がクラスターにつながると2020年10月時点で警告している。

日本語学校などの寮は典型的なケースといえるが、法律で規制がかけられる気配は全くない。学校によっては、ボッタクリまでしているというのにだ。

■クラスターになれば「クビ」

留学生たちは寮を出た後も、節約のため複数でアパートをシェアする。ダン君も同胞の留学生と一緒に狭いアパートで暮らしている。ルームメイトのバイト先は、化粧品工場と同時期にクラスターが発生した食品工場だ。ダン君が働くお菓子工場でも、やはり留学生バイト5人ほどの感染が判明している。

「僕のバイト先はクラスターとは認定されなかったので、仕事を続けています。でも、バイト先がクラスターになると大変です。工場が止まってしまい、留学生たちはバイトができなくなってしまいます」

クラスターの工場は一時的に操業を停止するが、しばらくすれば再開する。だが、Aさんの教え子たちはバイトに復帰できていない。

「PCR検査で陰性だった子までも、留学生は全員が“バイト切り”されてしまったのです。『留学生は危ない』と思われているのか、クラスターが起きていない職場であっても、バイトを失う留学生が増えている。留学生たちからは『学費が払えない』との相談が相次いでいます」

■「使い捨て」の労働者発、日本全体へ

留学生のアルバイトといえば、コンビニや飲食チェーンの店頭で働く外国人を思い浮かべがちだ。しかし、店頭で働けるのは、一定レベルの日本語能力を身につけた“エリート”に限られる。それよりずっと多くの留学生は、工場などで夜勤の肉体労働に就いている。

出井康博『ルポ 日本絶望工場』(講談社+α新書)
出井康博『ルポ 日本絶望工場』(講談社+α新書)

そんな「最後の砦」とも呼べるバイトを失えば、彼らの生活はたちまち行き詰まり、学費の支払いもできなくなる。事実、Aさんの学校では、コロナ禍になって以降、学費の支払いから逃れて不法就労しようと、学校から姿を消す留学生が続出している。

外国人であれ日本人であれ、新型コロナ感染は罪ではない。仕事や住環境で“密”を強いられる点で、むしろベトナム人留学生たちは犠牲者といえる。しかも「労働者」や「留学生」として都合よく利用された末、使い捨てられようとしている。

コロナ禍が長引けば、制度の犠牲者となるベトナム人もさらに増えていくことだろう。そして、その政治・行政の不作為の罪が、結果として日本人にも跳(は)ね返っていくことになるのだ。

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出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)などがある。

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(ジャーナリスト 出井 康博)

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