「無実の日本人を50人で拘束」異常な蛮行を繰り返すミャンマー国軍の本当の狙い
プレジデントオンライン / 2021年4月28日 11時15分
■裁判も受けずに収監された
ミャンマーで国軍がクーデターを起こし、国家権力を「掌握」してからまもなく3カ月が経つ。民主化を求める市民らを抑えようとする国軍の弾圧は日々エスカレートし、4月下旬には死者数は少なくとも700人超に達している。そんな中、日本人フリージャーナリストの北角(きたずみ)裕樹氏(45)が当局により拘束。現在もなお、現地刑務所での拘留が続いており、同氏が1日も早く無事に解放されることを祈りたい。
いきなり刑務所に入れられるほどの罪を犯したのか。救出の手立てはあるのか。現地の人々の声から分析してみたい。
北角氏は4月18日夜、「うその情報を流した疑いなど」を理由に、ヤンゴン市内の自宅アパートで逮捕、連行された。「同じアパートの住人全てが当局者の聞き込みを受けた」との情報もあることから、拘束は偶発的なものではなく、当局が北角氏を狙って約50人の部隊員を動員し、身柄確保に及んだ可能性が高い。
拘束された北角氏は、裁判を受けることなく、ヤンゴン市内にあるインセイン刑務所に収監された。現地の日本大使館が当局に折衝を進め、同氏との接触を図ったところ、23日午後、電話での会話が認められた。同氏と話した丸山市郎駐ミャンマー大使によると、「健康状態に問題なく、暴力なども受けていない」ということだ。
ただ、人権を蹂躙することで悪名高い同刑務所の看守らが収容者に対し「穏当な扱い」ができるかどうか疑問に感じる。
■正規の司法手続きを踏んだとは思えない蛮行
国営テレビは、同氏の罪状について改めて「うその情報を流すことなどへの罰則を規定した法律にもとづいて訴追」と報じてはいるものの、正規の司法手続きを踏んだとは思えず、恣意(しい)的な当局の対応に日本政府も抗議の構えを見せている。
北角氏は、本当に国軍に不興を買うような「偽情報」を流していたのだろうか。同氏のFacebookアカウントは閉鎖されることなく閲覧可能な状態(4月26日現在)となっている。
拘束直前に上げられた情報としては、「東京の増上寺で行われたミャンマー人の犠牲者法要」の動画へのリンク、その前は「在日ミャンマー人がミャンマーの民主派が設立した国民統一政府(NUG)への支持を表明」といったものだ。過去の書き込みを見ても「国軍の蛮行」を知る第三者が見ればさもありなんという内容で、「フェイクニュースを乱造して公開している」といった状況とは程遠い。
■反体制派が収容される悪名高い場所
インセイン刑務所は、ミャンマーの人々には「多くの政治犯を長期にわたって拘留した場所」として負のイメージで語られることが多い。現在、国軍に身柄を確保されているアウンサンスーチー国家顧問もかつて同刑務所に収監されていたことがある。発表されている収容人員は5000人で、そのほとんどが反体制の政治犯とされる。
今回の事件を探る中で、事件の証人としてインセイン刑務所に出向いたことがある40代自営業男性の話を聞くことができた。
「インセインの敷地はまるでひとつの街のよう」と話す男性は、北角さんは刑務所に収監されていると報じられているが、「実刑となって牢屋に入っているわけではないと思います」と推定。「インセイン刑務所の敷地には、日本でいう警察署の留置場のような場所があって、起訴前段階の容疑者がそこに入れられるようです」。北角さんはそういった場所にいるのかもしれない。
ただ、もし「偽情報の流布」という罪状で刑が確定してしまうと、最長で禁錮3年が科されることになる。そうなると、かつて政治犯らが苦渋をなめた独房に入れられる可能性もゼロとはいえない。
■食事が与えられないことも
ミャンマーの民主化を支援する国際交流基金アジアセンターによると、かつての政治犯らが語るインセイン刑務所での日々は、極めて過酷なものだったという。コンクリート製の独房は約2.7メートル四方という狭さで、刑務所では政治犯に対する人権侵害が日常的だった。軽犯罪の囚人には食事が与えられないなど、人道的に極めて問題のある施設であることが窺(うかが)える。
一方、加藤勝信官房長官は19日の閣議後会見で、北角氏に関する今後の対応などについて次のように言及した。
「(現地報道により)ミャンマー刑法に基づき措置がとられた旨の言及があったが、この措置が日本における起訴を意味するのかは不明。違反行為の内容や具体的手続きなどについて引き続き現地の大使館を通じ確認を行っている」
その上で、「刑の確定前に刑務所に拘束されることも含め、わが国として、こうした対応は受け入れられるものではない。ミャンマー側に抗議するとともに、早期面会、早期解放を求めている」と政府の考えを明らかにした。
■どう裁かれるのか?
ミャンマー当局が北角氏を拘束するに当たり、日本人を標的にしたのか、ジャーナリストが標的だったのか、その意図はいまひとつはっきりしない。ただ、北角氏は2月26日にもデモ取材中に拘束され、その時は数時間後に解放されている。
2度目の拘束となったことで、「当局は前回と同じように簡単に解放しないだろう」と悲観的な予測も聞こえてくる。
一方で同氏の自宅は、国軍が敷いた戒厳令の適応区域の外にあるため、一応はミャンマーの法律で裁かれる期待もある。もし戒厳令が発効した地域で逮捕された場合、軍法裁判にかけられ、弁護人なしの恣意的な判決を受ける可能性が高いが、同氏のケースは戒厳令の対象になっていない分、いくらか望みが高そうだ。
ただ残念なことに、国軍に対抗する連邦議会代表委員会(CRPH)からは、北角氏の解放を呼びかける声は聞こえてこない。CRPHは国民民主連盟(NLD)を軸とする2020年11月の総選挙で選出された議員らで構成される民主派組織だが、目下、出口のない国軍による暴力行為の阻止や、政権の不当性を訴えるのを主眼としているからなのだろうか。
■「国軍政権」が崩壊すれば、日系企業に大きなダメージか
北角氏は「偽情報を流したジャーナリスト」として拘束されているが、国軍が訴えようとしているメッセージはそんなに単純なものではないと考えるべきだ。
4月16日、アジアの時間帯では17日早朝にかけて日米首脳会談がワシントンで行われた。菅義偉首相がバイデン大統領にとって「顔を合わせての初の会談相手」となったわけだが、日米両国だけでなく各国メディアが注目する中、「中国からの挑戦に対する連携」そして「台湾海峡における和平と安定」について言及し、今までにない外交姿勢が示された。
中国を取り巻く人権問題については「深刻な懸念を共有」という形に収まったものの、中国への一定した圧力にはなっているだろう。
会談結果を見る限り、ミャンマー問題については表向きな言及はなかった。とはいえ、具体的な経済制裁に踏み切っている米国としては、日本に対し何らかの「意思確認」を迫ったかもしれない。米英そして欧州連合(EU)はすでに国軍のフロント企業2社などに対し、取引停止という明確な制裁を加えている。
一方、日本は長年にわたって途上国開発援助(ODA)の形で、国防省や国軍のフロント企業に莫大な利権をもたらしている。もしも「国軍政権」が崩壊したら、これまでの日系企業による大型案件の多くが泡と消えるリスクがある。
■「殺虫剤をまいてでも雑草を根絶やしに」
こうした背景を考えると、国軍は、日本人として積極的にミャンマー事情を伝えていた「目立つ人物」を拘束することで、日本の対緬関係の出方を見極めようとしている可能性がある。
もしも、国軍が今後も日本関連の利権を維持できるよう、北角氏を文字通り「人質」にとって日本政府に決断を迫ってきたらどう対処するつもりなのだろう。日本が「対緬制裁で英米欧に追随する」とでも言った途端、北角氏の状況はより厳しいものになる懸念がある。
国軍にとって、外国人を人質にとって自分たちの立場を有利にするシナリオを作るのは簡単なことだ。国軍による人権無視の言動としては、軍の最高意思決定機関「国家統治評議会」のゾー・ミン・トゥン報道官のこんなコメントがある。
同氏は9日、抗議活動を行う市民らを念頭に「木を育てるためには、殺虫剤をまいてでも雑草を根絶やしにしなければならない」と述べた。これは明らかに武力による弾圧を容認するもので、異常という以外に適当な言葉が見つからない。
50年近くにわたって軍事政権が続いていたミャンマーは、2011年に民政移管され、市民らはそれ以来、自由な暮らしを謳歌してきた。「あの暗黒時代に戻すわけにはいかない」と、デモ活動は軍による弾圧に耐えながらこの先も続くことだろう。
こうしたミャンマーの人々の願いを後押しする意味でも、北角氏の解放に向けた日本政府の舵取りはより正確なものでなくてはならない。「開かれたアジア太平洋」を標榜する菅政権はこの難問にどんな回答を導き出すのだろうか。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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