代替肉、培養肉、ゲノム編集魚…「不自然な肉」を食べる時代がまもなく到来する
プレジデントオンライン / 2021年5月4日 11時15分
※本稿は、成毛眞『2040年の未来予測』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■人口が増えて、食肉が足りなくなる
日本の人口は減少しているが、世界規模では人口増加が続く。1950年に26億人だった世界の人口は2020年には78億人になった。そして、2040年には90億人に達するシナリオもある。
そこで問題となるのが食料だ。途上国が経済成長をすると、食生活はどう変わるか。
それは、肉を食べるようになることだ。
世界の食肉の消費量は、2000~2030年の間にそれまでのおよそ70%、2030~2050年の間にさらに20%拡大すると予測されている。しかし、農地や畜産など食料生産に使える土地は限られている。牛肉1キロの生産に必要な穀物は、8キロ程度だ。
氷に覆われていない地球の土地の4分の1は、すでに家畜用の牧草地だという。おまけに、現在子牛から育てて食肉となるのには2、3年かかる。供給を増やすのにも限界がある。
そういった中、環境や動物愛護の観点からも、欧米諸国で開発が進むのが、「代替肉」だ。植物性の大豆などを原料にしたもので、ベジミート、大豆ミートなどの名前で日本でもスーパーなどで代替肉の「ハンバーグ」や「ソーセージ」などが売られている。
■急成長する代替肉市場
代替肉の世界的な市場規模は、2018年で46.3億米ドル(約5150億円)、2023年には64.3億米ドル(約7152億円)に達するという推定がある(※)。
アメリカでは代替肉専業企業がすでに台頭し始めている。
ビヨンド・ミートは、代替肉の企業として初めて2019年5月に株式上場した。
同社は2009年に設立された。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏や俳優のレオナルド・ディカプリオ氏など著名人が出資している。アメリカで代替肉への関心が高いことへの裏返しだろう。
また、2019年3月に米調査会社テクノミックが6000業者のメニューを調査したところ、米飲食店の15%が代替肉バーガーを提供していたという。
欧米人ほど肉を食べない日本人には想像しづらいが、彼らの間では肉を食べることは、地球環境や人の健康に悪影響を与えることに直結していると思っている。こうした罪悪感を抱かせないのが、植物でできた代替肉だ。低コレステロールなど健康にもいい。
みなさんは、代替肉を食べたことがあるだろうか?
もしかして、そんなにおいしくないと感じたかもしれない。しかし現在、肉の分子構造を分析し、より肉に近くしようという開発が進んでいる。植物性プロテインやでんぷん、その他の材料を操作することで、肉の食感を徹底的に再現しようとしている。食感のみならず、焼いたときの音や焼き色まで本物の肉に近づけている。
これら、食品をテクノロジーで開発する分野は「フードテック」と呼ばれる。現実を考えれば、食文化は科学技術で下支えしなければならない。
※米調査会社のマーケッツ・アンド・マーケッツ調べ
■本物の肉を培養する「培養肉」も大注目
とはいえ、「結局は本物の肉でないと満足できない」という声はある。
そこでもうひとつ、「培養肉」というのがある。その名のとおり、肉の細胞を培養したものだ。動物の筋肉の幹細胞を取り出し増殖させる。細胞をほんの少し採取するだけでできるため、動物を大量に飼育する必要も、屠畜する必要もない。培養肉だと原理的には1年で数十トンという肉の量産が可能となる。
培養肉が広く知られるようになったのは、2013年にオランダの生理学教授であるマルク・ポスト氏が開いた培養肉バーガーの試食会だ。ちなみに、このハンバーグ1個に使われた培養肉140グラムをつくるのに33万ドルかかっていた。ハンバーガー1個が日本円にして3000万円以上だ。
培養肉はまだ実証段階で、店頭には並んでいない。しかし、確実に未来に大きな利益を生む。だから、世界中の企業が製造コストの大幅な削減を急いでいる。現時点では培養した牛肉のハンバーガーを、1000円台半ばで提供できる可能性も報じられており、2020年代前半には市場流通が始まるとみられている。
■最大のハードルは「不自然さ」への恐れ
日本でも東京大学が、日清食品ホールディングス(HD)、科学技術振興機構(JST)と共同で、牛から採取した細胞を培養して、ステーキ肉をつくる研究を進めている。筋肉の細胞をコラーゲンを混ぜた液の中で培養し、長さ1センチ程度のサイコロステーキ状の筋組織をつくることに成功した。
もちろん、ステーキ肉は筋肉や脂肪、血管など多くの組織によりできている。今後は、脂肪も一緒に培養して大きくする技術などを開発し、本来の肉に近づける方針だ。
2040年、世界の食肉市場は1兆8000億ドルとなり、うち35%を培養肉が占めるとの見通しがある。
培養肉が定着するかは、何といってもまず、コスト低減だ。たくさんつくれることがカギになる。そのためには、現状からもう一段の技術開発が必要だ。
しかしながら、一番のハードルになるのが、消費者が培養肉という人工物に対して「不自然さ」を抱くことだろう。商品化しても不安を抱かれれば購入してもらえない。
「培養肉に関する大規模意識調査」の結果によると、「培養肉を試しに食べてみたい」との回答は27%にとどまっている。ただ、培養肉が環境負荷の軽減や食料危機の解決に貢献する可能性があると情報を提供すると、その割合は50%まで増えた。
現時点では、多くの人にとって地球規模の食料問題や温暖化問題は、遠い世界の出来事に思えるかもしれない。しかし、全世界の人口増は確実に訪れる未来だ。世界を取り巻く状況を考えれば、テクノロジーによる新しい取り組みが普及するはずだ。
■水産業で期待される「ゲノム編集魚」
肉と並んで重要な食品といえば魚だ。マグロやサケ、エビなどで培養肉の開発が進んでいる。だが現時点では、牛肉に比べると完成度が劣る。シンガポールでショーク・ミーツ社が開いたエビの培養肉の試食会では、ほとんどの人が味の完成度の低さに食べることができなかったとの報告もある。もともと、肉は飼料に莫大な環境負荷がかかるが、魚類はそこまででもない。
ただ培養魚は、魚の乱獲を防ぐことが期待されている。水産物は全体の3割が過剰に漁獲されていて、水産業の持続の可能性が危うくなっている。魚肉の培養肉は、5~10年後への実用化が見込まれている。
魚の分野で期待が高まるのは、ゲノム編集、つまり遺伝子組み換え技術だ。
ゲノム編集は特定の遺伝子を組み換え、その機能を変える技術だ。医療分野のみならず、穀物や野菜、魚などの食料を改良する技術としても世界的に関心が高まっている。しかも、ちょっとした機能をピンポイントで素早く変えられる。たとえば、魚の遺伝子のある部分をピンポイントで変えることで、一匹あたりの肉の量や栄養を高められる。気候変動にも魚の生育が左右されなくなる。
たとえば、京都大学では筋肉の量を抑える機能を壊し、肉の量を多くしたマダイや短期間で肉厚に成長するトラフグなどの開発が進められている。
■食品の品種改良はもともと不自然
さて、あなたは「遺伝子組み換えでない」という表示を見て、食品を買ったことがあるだろうか?
世界中の期待を集めるゲノム編集農水産物だが、広く普及するには、培養肉と同じ課題がある。もちろん、消費者の理解だ。規制については世界各国で議論されているが「遺伝子組み換え食品」への抵抗はもともと強い。
遺伝子組み換えについてのアンケートで、「農作物や家畜へのゲノム編集に関する一般市民の意識調査」によると、「ゲノム編集された農作物を食べたくない」と答えた人は4割だった。魚や家畜ならばなおさらだろう。すでに2019年から、ゲノム編集で開発した食品の販売や、流通に関する届け出の制度が厚生労働省で始まっているが、反応は鈍い。この届け出は、消費者の不安を取り除くのが狙いだが、届け出も表示も任意で、義務ではない。
ただ、我々は少し考える必要があるだろう。遺伝子組み換え食品について、本当に正しい理解は、「短期間で起こした変異だから、いいかもしれないし、悪いかもしれないし、わからない」である。遺伝子の変異は、自然界でも長い時間をかけて起こっているものだ。そして、あらゆる食品の品種改良は、この変異を人為的に長期間で行っているものだ。ゲノム編集は、同じことを短期間で起こしているに過ぎない、という発想もできる。
■違和感は時間が解決する
人工肉だけでなく、昆虫食もこれから普及するだろう。
昆虫食は、欧米を中心に食品の販売が始まっているが、コオロギやミルワーム(甲虫の幼虫)を使うものが多く、見た目や独特の風味のため敬遠する人も少なくない。
確かに、気持ち悪いと思ってしまうのはしかたないだろう。そうした意見を踏まえて、味のクセが少なく、うまみがあるカイコのサナギをフリーズドライ製法で粉末にし、ドレッシングやスープなどにする開発も進んでいる。
まとめると、2040年には世界の肉の60%が、動物本来の肉ではなく、培養肉や植物からつくられた人工肉に代わる。動物由来でも、遺伝子操作による可能性も大きくなる。不自然に見えるかもしれないが、おそらくそれは時間が解決するだろう。2020年時点の畜産や魚の養殖も、100年前の人にしてみれば不自然かもしれないことを忘れてはいけない。
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HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大学商学部卒業。自動車部品メーカー、アスキーなどを経て、1986年、日本マイクロソフト入社。1991年、同社代表取締役社長就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社インスパイア設立。2010年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。
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(HONZ代表 成毛 眞)
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