若き天才哲学者が「SNSのアカウントはすぐに削除すべきだ」と真剣に訴えるワケ
プレジデントオンライン / 2021年5月2日 11時15分
※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、髙田亜樹訳『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■SNSが民主主義を破壊する
私は以前から、「人はソーシャルメディアなどの米国製品を消費しながら楽しんでいると思っているが、実際には窒息している」と述べています。
消費者行動を操作するソーシャルメディアのアルゴリズムは、基本的にわれわれを他人と対抗させる機能を持っています。インスタグラムやツイッターなどのプラットフォームには、それぞれできることとできないことを規定する枠組みがありますが、この枠組みが人の行動を変化させているのです。
簡単な例を挙げましょう。
グーグルのサーチエンジンは、「ダックダックゴー(DuckDuckGo)」とは違って、人が検索したくないものを、無理に検索させる機能を持っています。ダックダックゴーは完全にプライバシーを重んじるサーチエンジンです。ダックダックゴーでは探したいものを探すだけですが、グーグルとダックダックゴーの違いはAIです。グーグルは個人の検索行動を利用してその人の行動を操作し、より長い時間、オンラインに止まらせようとするのです。
この点はすべてのソーシャルメディアに共通しています。
似たような技術を用いてユーザーを分極化し、できるだけ彼らがオンラインに止まる時間を延ばそうとしているのです。トークショーのような伝統的なメディアでは討論が必要です。トークショーも人と人を対抗させるという意味では似たようなロジックを用いていますが、異なる意見を視聴者に提示した上で合意点を求めて論争を解決しようとする倫理的側面があります。ですからトークショーで私を侮辱する人がいたら、その人を訴えることもできます。
一方、アメリカのソーシャルメディアでは、このような組織的制御がまったく機能しないのです。
ネット上で誰かに中傷されても自己防衛の術(すべ)がありません。それはとりわけソーシャルメディアを過剰に使用している若者たちに深刻な影響を及ぼします。端的にいうと、アメリカのソーシャルメディアは自由民主主義を弱体化させる危険なドラッグなのです。自由民主主義の失墜とソーシャルメディアの台頭には相関関係があるだけでなく、ソーシャルメディアが民主主義の破滅をもたらす主因だと思っています。
■誤った自己を押し付けされ、行動が変容する
ソーシャルメディアの問題は、人を変えてしまうことです。ソーシャルメディアで人の行動が変わるということは、ソーシャルメディアがわれわれに自己を与えているということです。
しかしフェイスブックに私が何者であるかを決める権限などありません。とんでもないことです。そんなことに時間を費やすよりも、ソフォクレスやシェークスピアの作品を読んだり、友人と話をする方がよっぽどいい。
私がいっているのは、「元の自己」があって、ソーシャルメディア上に「歪んだ自己」があるということではありません。その反対で、ソーシャルメディアは人に、「本人が望まない自己」を押し付けているということです。しかもそのプロセスが不透明なのです。ソーシャルメディアは人に新たなアイデンティティを売り付けて大儲けしているのです。
ちなみに、「元の自己など存在しない」ということは、すでにソクラテスが言及しています。
彼は「自分は何も知らないことを知っている」と言ったことで有名で、そのために賢人中の賢人といわれています。しかし、後者のギリシャ語の意味は、「自分は何も知らない自分を認識している」ということなのです。これは「自分は何も知らないことを知っている」とはまったく違います。ソクラテスは自己認識のことを言っていたのです。自分に確固たる本質があるという観念から脱却しなければならないという考え方は、仏教その他の宗教にも見られます。
ソーシャルメディアは自分がもともと持っていなかったアイデンティティを押し付けてくるのです。あなたはアフリカ系アメリカ人だとか白人だとか、左翼だとか右翼だとか、若いとか歳をとっているとか、環境派だとかそうでないだとかを勝手に決め付けます。自分になかったアイデンティティを創り出すのですが、それは幻想に過ぎません。
こうしてアイデンティティを押し付けられると、人は誤った自己概念に基づいて行動するようになります。私は、「確固たる自己がある」という考えを捨てることが自己を見つけることだという仏教の考えに賛同します。私という人間は極めて複雑なプロセスの塊なのです。
■デジタル・デトックスしよう
若い日本人の女子プロレスラーが、SNSでの誹謗中傷が原因で自殺したと聞きました。どんな対策を講じても、このようなサイバーいじめはなくなりません。SNSが生み出すストレスは、日本でも相変わらず大きな問題のようですね。
私たちは本当にデジタル・デトックス(解毒)を始める必要があると思います。そのプロセスを魅力的な観光旅行のようにすれば良いのです。富士山の近くなどで3週間過ごし、その間美味しい食事をして、ネットには一切接続しない。それが第一のステップです。
パンデミックの最中、私はすべてのソーシャルメディアのアカウントを削除しました。フェイスブックやツイッターのアカウントを持っていたのですが、パンデミックが発生すると、ただちにこれらをすべてキャンセルしたのです。
驚いたことに、何の不自由もありませんでした。例えばフェイスブックでアメリカ人の友人とコミュニケーションが取れないのは困るだろうと思ったのですが、そんなこともなかった。麻薬はやめたら離脱症状が現れますが、ソーシャルメディアはやめてもちっとも困りませんでした。
ですからソーシャルメディアの利用は最低限にとどめることをお勧めします。フェイスブックのサービスの一部は維持しても良いでしょう。友達の近況を知ったり、写真をシェアしたり、他の人と交流することには何ら問題ありません。LinkedIn などはビジネスにも利用価値があるでしょう。ソーシャルメディアには便利な面もたくさんあるのです。
■新しいSNSが必要だ
一方、ソーシャルメディア上ですべきでないこともあります。
政治的な議論や、哲学的・科学的議論はすべきではありません。本当の議論にはならないからです。政治的な議論は、もっと時間をかけてすべきものです。書面形式でするか、人と人が対面してすべきです。書面形式とは、本のように、優良な出版社が品質管理できる形式が望ましいという意味であって、検閲するためではありません。ソーシャルメディアではうまくいかないのです。
あるいは、非常に斬新なアイディアとして、新たなソーシャルメディアを作ることを提案します。今あるソーシャルメディアの問題点がわかっているのですから、それよりも優れたソーシャルメディアを作ったら良いのです。
新たなソーシャル・ネットワークを作ることは良いビジネスになると思います。民主的で倫理的なオンラインのプラットフォームを作れたとします。私のアイディアは、それをアゴラ(古代ギリシャの広場)と呼び、アイディアの市場にすることです。アゴラにかけて「Egora(E-ゴラ)」という洒落た名前をつけてはどうでしょう。E-ゴラは民主的行動を培う場です。そこでは人を侮辱することは許されません。われわれはE-ゴラで良い友人を作ることができるでしょう。
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1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。さらに「新実存主義」、「新しい啓蒙」と次々に新たな概念を語る。NHKEテレ『欲望の時代の哲学』等にも出演。新著『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)が好評発売中。
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(哲学者 マルクス・ガブリエル)
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