「日本はスマホに支配された異常な国だ」天才哲学者がそう断言する理由
プレジデントオンライン / 2021年5月5日 11時15分
※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、髙田亜樹訳『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです(本稿の一部の翻訳は、大井美紗子氏が担当)。
■「日本人は共同体を重んじる」はウソ
日本人は先進国の中で最も社会的に孤立しているというデータがあるそうですね(ミシガン大学による「世界価値観調査」)。社会的に孤立するとは、家族、友人、同僚以外の人と会う機会が少ないということです。
日本人を含むアジア人は共同体を、ヨーロッパ人は個を尊重するという悪しきステレオタイプがありますが、この調査結果は、このステレオタイプを否定する社会学的証拠になり得ます。
データによるとドイツは全体で下位から5位、ヨーロッパ全体だと同じく4位のようですね。実際、ドイツ人は(日本人よりも)群れで行動する傾向があると思うのです。ドイツ社会では、人と一緒にお酒を飲んだり、散歩をしたりすることが非常に重要な役割を果たしています。これをドイツ語では散歩を意味するSpaziergangと呼びます。このような文化はドイツ全土に見られます。
また、ドイツ人のソーシャメディアに対する態度は、日本人とはまったく異なります。ドイツ人が人との直接の社会的接触を、デジタルな接触に置き換えることは非常に稀です。
一方、日本では様々な理由でデジタルな交流がずっと普及していると認識しています。
その原因の一つは、東京の住環境と人口の多さでしょう。ある基準によれば、東京は狭い面積に人がひしめく世界一の大都市であるわけです。このような状況が人を孤立化させています。
■日本はスマホに支配されたサイバー独裁国家
日本はおそらく最もデジタルなインフラに対する批判が少ない国だと思います。中国でもデジタル化が進んでいますが、監視国家が国民にデジタル化を強制しているのであって、国民が自ら望んでいるわけではありません。ところが日本と韓国、特に日本は、常にサイバー独裁の最先端を行っていたのです。
2012年か2013年に、私が初めて日本を訪れたときに最初に感じたことがこれです。「なんということだ、この国は完全なサイバー独裁だ!」と思ったのです。すべての人が完全にスマートフォンに支配され、行動を統制されている。たとえ偶然であっても、他人の体に一切触れてはならないというルールがあるように感じられました。
■冷静に議論ができない日本人
日本人のコミュニケーションの特異な点を、もう一つ挙げましょう。
日本人は互いに意見が対立したとき、他の地域とはずいぶん異なるやり方でマネジメントします。対立の合理的な解消のプロセスや本物のディベートを導入する余地は、もっとあるはずです。日本人の一般的な生活の中に、そういったものを増やすべきだと思うのです。対立を避けようとするのではなく、むしろ対立を増やす、対立にさらされる機会を増やすべきです。そして、しっかりディベートを行うのです。
![若い男性と女性がカフェで議論](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/d/670/img_ddb4228bc2fd378ad824549f9518aa8b574448.jpg)
ユルゲン・ハーバーマスの社会論に、大変いいアイディアがあります。冷静にディベートをしたかったら、ディベートの時間・空間をきちんと設定するべきだというのです。スペースがあれば、対立が起きても完全に個人的な対立にはなりません。物騒な衝突に発展するかもしれないような重要な問題も、冷静に語り合う力強いディベートが必要です。
それには、クラブやメディア、会議、イベントなど、何らかのプラットフォームが必要になります。正反対の意見を持つ二人の人間が同じスペース内で怒声を浴びせ合うのではなく、相反する提案を掲げる二人が、どちらが正しいのかを決めるための対話に入る、そういう理由でディベートは行われるべきです。哲学のディベートは、まさにそのようにして行われます。
■「お前のいうことは間違い」という理不尽
私は今、現代の最も興味深く最も素晴らしい論理学者の一人である、グレアム・プリースト(ニューヨーク市立大学特別教授)と共著を作っており、プリーストはドイツに一カ月滞在していました。もしわれわれ二人が、「相手が論理のレベルで何か間違いを犯した」と互いに思ったら、我々の間には対立が生まれます。私は反論するでしょうし、彼も反論してくるでしょう。プリーストが「お前は間違っている」と言い、私は「お前こそ間違っている」と言い返す。
![マルクス・ガブリエル『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/200/img_03517f5f00193a2d01c42c769591cce9320565.jpg)
でもわれわれは科学者、哲学者です。そうやって怒鳴り合う代わりに、二人で椅子に腰かけてこうやって話すことができるでしょう。
「さて、君は何と言った? なぜそう思ったんだい? その意見を裏付けるものは? 君が間違いを犯したと僕が思うのは、こういう理由からだよ。裏付けはこうだ」。それから賛否をリスト化して、最後にそれを二人で眺め、合理的な根拠を検討するのです。そのようにして導き出される結論は、お互いの妥協点のどこかに落ち着くでしょう。
彼の信じることには私の見解より優れたところがあるでしょうし、私の信じることにも彼の見解より優れたところがあるだろうからです。それを統合したら、よりよい信念のシステムが生まれます。これが哲学的なディベートの仕組みです。
もし議論がただの反論になってしまったら──例えば「あなたみたいな人たちは、いつも同じことを言う」──こんな言葉は、ディベートの場で出すべきではありません。「あなたみたいな人たち」という時点で、お話にならない。こうしたやり取りは、すべてロジカルな議論の基本法則に基づいて行われなければなりません。
人格攻撃論法は許されるべきではない。人格攻撃というのは、「お前が言うことは間違いだ。なぜならお前が言うからだ」という考え方ですが、それが正しいことは決してありません。ただの誤謬です。
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1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。さらに「新実存主義」、「新しい啓蒙」と次々に新たな概念を語る。NHKEテレ『欲望の時代の哲学』等にも出演。新著『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)が好評発売中。
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(哲学者 マルクス・ガブリエル)
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