ホームレスを「おっちゃん」と考える人は、本当のホームレス問題を知らない
プレジデントオンライン / 2021年5月1日 11時15分
■なぜホームレスの「暴行殺人事件」が起きるのか
2020年3月、岐阜市の河川敷でホームレスの高齢男性が少年らに襲われて死亡する事件があった。同年11月には渋谷でホームレスの高齢女性が中年男性に暴行を加えられ死亡した事件が続いた。
これらの事件は大きなニュースになったことから記憶している読者も少なくないだろう。なぜ、こうした痛ましい事件が繰り返し起こるのか。背景には、ホームレスをはじめとする社会的弱者への無理解・偏見がある。
われわれは社会的弱者に転落するリスクと無縁ではない。家族、地域、企業などこれまでの社会を支えてきた基盤はどんどん不安定になっていて、貧困や失業のリスクは増している。コロナ禍の広がりはそのことを一層実感させた。それにもかかわらず、ホームレス問題をどこか縁遠いものと捉えていないだろうか。
現在、日本の政府が把握しているホームレスの数はおよそ4000人。ホームレス問題を20年近く研究してきた筆者にはかなり少ないと感じられる。バブル経済の崩壊を受け、1990年代中頃には仕事と住まいを失い、ホームレス状態を余儀なくされた人々が溢れた。東京や大阪の都心部に近い公園、河川敷などではブルーシートでこしらえた小屋などで暮らす人が目立った。
■統計上、ホームレスはこの20年弱で「6分の1」に減っている
1998年に大阪市で実施された調査では8600人ものホームレスが確認されている。この時点では国のホームレス対策はほとんどなく、ボランティア団体が生存を支えるための支援を講じることがやっとの状態だった。
2000年代に入るとホームレス問題の解消を目指す社会運動の成果もあり、ようやく国の対策も一定程度進むようになった。以来、ホームレスの数は右肩下がりに減少し、2003年に全国で2万5000人いたホームレスは、2012年に1万人弱まで減少した。厚生労働省によれば、2021年1月時点の全国のホームレス数は3824人(男性3510人、女性197人、性別不明117人)。2003年の調査開始以来、最少になったという。
1990年代から2000年代はじめにかけて、ホームレス問題の主たる要因は失業だと考えられていた。事実、ホームレスを対象にした各種調査によれば、直前職が非正規雇用の者が多く、とりわけ建設業に従事する中高年の日雇い労働者が目立った。ホームレスに対して「おっちゃん」のイメージが色濃いのはそのためだ。
■統計には出てこない「流動するホームレス」が増えている
政府が把握しているホームレス数の推移を見ていると、日本のホームレス問題は解消に向かっているかのようだ。しかしそれは事実とは異なる。
日本では20年ぐらい前までは路上でブルーシートを張って暮らすホームレスの存在が目についたが、近年はこうした行為への取り締まりも強化されているし、住所不定者に対する生活保護の適用も進んできた。したがって現在の日本ではホームレスという存在は、きわめて見えにくいものとなっている。
不可視化したホームレスは当然、統計上にも現れにくくなっている。なぜなら、国のホームレスの統計は目視で調査した結果だからだ。特定の拠点で定住しているホームレスが減り、流動するホームレスが増えるようになると、その数は把握しづらくなる。
筆者も支援団体の夜回り活動に参加することがあるが、特に市街地にいるホームレスは場所を転々としていたり、深夜営業の店舗で夜を過ごしていたりすることから、周囲からホームレス状態なのか否かが判別しにくい。このように流動するホームレスは固定するホームレスに比べて発見されにくく、介入も難しい。
■国の調査では「ホームレスの96%は男性」となっているが…
また生活保護を利用するなどしてホームレス状態から脱却しても、それは問題の一部が解消しただけの場合が少なくない。というのも屋根のある暮らしは確保できたとしても、社会関係が極端に希薄で、自分の困りごとを話せる他者がいない(社会的孤立)、自分の存在を肯定してくれる仲間がいない(承認の不在)といった、諸課題が横たわっているからだ。
「ハウス」(物理的な居住空間)は何とかして確保できたとしても、「ホーム」(あたたかな社会関係)から排除されている人たちは少なくないのだ。
筆者が「ホームレス問題は本当に解消に向かっているのか?」と疑問を呈するのにはもう一つ理由がある。厚生労働省による調査で把握されているホームレスと、民間の支援団体で把握されているホームレスとの間にギャップがあるからだ。
2016年に実施された厚労省の調査(ホームレスの実態に関する全国調査<生活実態調査>)によると、ホームレスに占める男性の割合は96%を超えている。また、平均年齢は61.5歳と高い。ホームレス歴が10年以上の者も全体の35%を占めている。これらのデータからは、長期間ホームレス状態で暮らす中高年男性の姿が浮かび上がる。一般的なホームレス像もこれに近いだろう。
一方、民間の支援団体で把握されているホームレスは幾分様相が異なる。
■民間調査では20%以上が女性、平均年齢は40.1歳
例えば大阪市北区でホームレス支援をおこなっている認定NPO法人Homedoorでは相談者の低年齢化が年々顕著になっている。2019年度の実績では相談者の平均年齢は40.1歳。10代から30代の相談者が全体の半数を占めた。また、相談者に占める女性の割合も20%以上となった。
ここから伺えるのは、日本に存在する2つのホームレス像だ。一つは厚労省の調査で把握されているようなホームレス期間が長い高齢男性。もう一つは一般的にはホームレスとはみなされないような若年の男女だ(中には性的マイノリティも含まれる)。彼・彼女らの多くはホームレス状態の期間が短かったり、安宿や知人宅を転々としていたりする。安定した住居を持っていないという点においてはこうした人々もホームレスなのだが、一般的にはその存在はほとんど認知されていない。
つまり統計上で把握されるホームレス(狭義のホームレス)は減っているが、不安定居住層・不安定就労層(広義のホームレス)は増えていると考えられる。それもそのはず。日本社会の雇用の流動化は広がるばかりであり、地縁・血縁も弱体化しているからだ。
■公的なホームレス対策は万能ではない
このように社会的つながりから排除されがちなホームレスに対して、Homedoorはネットカフェなどの深夜営業店舗やフリーWi-Fiの利用できるコンビニのイートインコーナーにポスターを掲示したり、ホームページを分かりやすく制作したりすることで、接点を生み出す工夫を凝らしている。
ここで読者は国や地方自治体のホームレス対策はどうなっているのだろうかと疑問に思われたかもしれない。確かに生存権を保障する役割を担うのは国や地方自治体である。しかし、公的なホームレス対策が万能かといえばそうではない。
当たり前の話だが、ホームレス化の経路は人によって大きく異なる。したがってホームレス状態からの脱却に向けた方法も千差万別だ。だが、公的なホームレス対策は個別のニーズに丁寧に対応することが難しい。どうしてもリジッドに設定されたルールに縛られがちなのだ。だからそれにうまくはまらないホームレスは早々に制度からこぼれてしまう。
■「支援する人」と「支援される人」の壁をできるだけ低く
一方、民間のホームレス支援は個別のニーズに丁寧に寄り添いながらオーダーメードの支援を組み立てやすい。とりわけ自由度の高い財源で事業をおこなっている場合は、どれくらい宿泊しながら心身を整えるのか、いつぐらいから就職に向けた取り組みを進めるのか等々、利用者のニーズに応じて柔軟にアレンジすることができる。
もちろん公的なホームレス対策で救済される人々も多くいるが、そこからこぼれがちな人々をHomedoorのような民間の支援団体が丁寧にカバーしている。
また、民間のホームレス支援団体は行政の隙間を埋めているだけではない。世の中のホームレス観の転換をもたらす機会を積極的に作ってもいる。
例えばHomedoorの場合、定期的に夜回り活動をおこなっているのだが、そこにはホームレス支援を日常的に担うスタッフの他、ホームレス経験者、学生や社会人のボランティアなど、多様な属性の人々が混じり合って活動している。
公的なホームレス支援においては支援する者と支援される者の関係が固定化されがちだが、民間のホームレス支援団体はその垣根を低くすることに腐心している。なぜなら水平的な関係が偏見を取り払う重要な機会にもなっているからだ。
■使い捨てカメラで、自由に写真を撮影してもらう意味
ボランティアなどを通じてホームレス状態で暮らす人々との接点を持つ。このことが偏見を取り除くきっかけとしては最も手っ取り早い。しかし、直接的な支援活動はハードルが高いことも事実だろう。
現在Homedoorで企画されている写真集のプロジェクトは、間接的にホームレス問題に触れられるものとして注目に値する。この企画は、Homedoorと関わりのあるホームレス状態の人々(元ホームレスを含む)に使い捨てカメラを手渡し、自由に写真を撮影してもらうというものだ。集められた写真には個々に意味を持っているが、それらは明文化できるものもそうでないものもあるだろう。いずれにせよ、撮影者にとっては撮るに値する何かが込められているはずなのだ。
これまでホームレスを対象にした写真集は数多く刊行されてきた。一方、今回の写真集のプロジェクトは、ホームレス状態の人々によって撮影された写真をまとめる画期的な試みだ。この取り組みは写真撮影を通じてホームレス当事者が自己を表現したり、省察したりする貴重な機会となるだろう。
一方、それを見る私たちはこれまでとは異なるホームレス観をもつ契機となるだろう。ホームレスは特定の属性をもつ似通った集団のように捉えられがちだが、そのような状態になった経路、日々の経験、価値観など実に多様だ。写真集という「口数の少ない媒体」に知られざる当事者のリアリティが滲み出ることを期待したい。
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関西学院大学人間福祉学部 准教授
1979年奈良県出身。2008年、関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得退学。博士(社会学)。社会福祉士。専門は福祉社会学、ホームレス問題、質的調査法。著書に『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(中公新書)、『宗教の社会貢献を問い直す』(ナカニシヤ出版)がある。
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(関西学院大学人間福祉学部 准教授 白波瀬 達也)
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