コロナ禍の人事部に寄せられた相談内容「ナンバー1」の中身
プレジデントオンライン / 2021年5月13日 9時15分
■在宅勤務などの方針決定に、文句や不満を言う人が必ずいる
コロナ禍2回目の新年度が始まっています。
私は産業医として、2020年は1250人の働く人と面談をしてきました。そしてもちろん、会社の人事担当者からもたくさんの相談を受けました。今回は、頻度の多かった人事の相談内容から、新常態の中で、会社がどのように変わっていくべきかについて解説したいと思います。
人事から一番多く寄せられた相談内容は、在宅勤務や出社などの方針決定をすると必ず文句や不満を言いにくる人がいるというものでした。
これを解決することはなかなか難しいと思われます。私がコロナ禍の産業医面談を通じて再認識したことは、同じ会社、同じ部署でも、同居人や家族構成、住まいの場所や広さ、通勤時間等により、不満や不安など、ストレスの原因は本当にさまざまだということだからです。
リモートワークの環境が整えられている会社でも、在宅勤務の閉塞感や運動不足をストレスに感じる人もいる一方、自宅で集中できることや通勤時間がない分、趣味や自己投資の時間が増えたと喜ぶ人もいました。また、販売系の業務で自宅では仕事ができないにもかかわらず出社することを求める会社を批判する人がいる一方、出社することで給与がなくなる不安が解消されると喜ぶ人もいました。
■会社に対する帰属感が変化している
会社の方針に不満がある場合、その矛先は人事部に行くことが多いようです。会社の判断に対する批判や不満、コロナ禍の不安、やり場のないストレスなど、いろいろな声を聞かされてきたと多くの人事たちから聞きました。
その人事担当者ですら、コロナ禍で会社が決定した働き方に対して、必ずしも納得していない場合もあり、彼らがメンタルヘルス不調にならないか心配になりました。
次に多かった、そして産業医的により大切と感じる相談は、昨年後半から増えた内容でした。
それは、出社しない働き方に不満や不安を感じていない社員たちの、会社へのエンゲージメントの変化を心配する相談です。
エンゲージメントとは、「仕事に対するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる。特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」(ウィキペディアより)とあります。私なりに解釈すると「仕事や会社に対する帰属感、連帯感、充実感」からなる気持ちでしょう。
■「出社しなくても仕事はできる」と気づいてしまった
エンゲージメントに変化が見られるようになった理由は、新型コロナ感染症、緊急事態宣言等々の非日常の中で、改めて自分の働く意味・意義を考える機会があったことや、リモートワークで同僚たちとの関わり合い方が従来と変わってきたことがあげられます。新常態への変化が、多くの人に少なくない影響をもたらした結果と言えるでしょう。
当初は不便や不満もあったリモートワークにも慣れて、むしろ、出社しなくても仕事は十分できることや、同僚たちとも毎日顔を合わせる必要がないことに気づいた社員たちの中に、コロナ後も「どうして出社する必要があるのか?」「上司や同僚たちと同じ場所で顔を合わせて働かねばならないのか?」「成果が出ているのだから……」という素朴な疑問が生じているという声が多かったのです。
自分の意に沿わない出社(または在宅業務)命令が続くようであれば、この人たちは転職を考えます。会社にとっては人財(人材)の損失となりかねません。
■給与や福利厚生でエンゲージメントが高まるわけではない
このようなことに悩む会社は、元々、社員のエンゲージメントを高める施策に熱心です。ストレスチェックテストと同時にエンゲージメント調査をしたり、賞与や給与、有給休暇日数を増やす、福利厚生を充実させる等々で、従業員満足度をアップしようと頑張ります。
しかし、それが社員のエンゲージメントを高めることには必ずしもつながりません。その理由は、各社員の感じている素朴な疑問への答えは1つではないからです。
大切なのは、おのおのの社員が何に対する満足を期待して会社に所属しているかなのです。
■「満足を引き起こす要因」と「不満足を引き起こす要因」がある
アメリカの臨床心理学者である、フレデリック・ハーズバーグが提唱した二要因理論(衛生要因・動機付け要因)によると、仕事における満足度は、ある特定の要因が満たされると上がり、不足すると下がるわけではありません。仕事への満足を引き起こす要因と、不満足を引き起こす要因は、それぞれ別なのです。
仕事の満足に関わる要因とは、仕事や同僚たちとの達成感、承認、責任増大(昇進)などで、動機付け要因とも言われます。これを満たすためには、仕事でできることを増やすことや、チャレンジングな仕事の機会を提供するなどが効果的と考えられています。
一方、仕事の不満に関わる要因とは、会社の方針や職場環境、人間関係、給与などで、衛生要因とも言われます。衛生要因が不十分であると、仕事の不満が増加すると考えられています。大切なのは、衛生要因が改善しても、社員たちの満足度は上がるわけではないということです。衛生要因の改善は単に不満足を減らす(予防する)効果しかないのです。その理由は、衛生要因は皆すぐに、「慣れて」しまい「当たり前」になってしまうことだと思います。
給与が上がると誰でも喜びます。もっと働こう、会社のために頑張ろうと感じるものです。しかし、数カ月もすると、その給与に慣れてそれが当たり前になります。
衛生要因は、いくら取り除いても、決して満足感を高め続けることにはつながらず、仕事の満足度を引き出すためには動機付け要因を提供しないといけないのです。
■社員がどこに「動機付け」をおいているかがポイント
では、会社としてはどうやって満足度を高めることができるのでしょうか。
労働条件がいい(働く場所が自分の好み、労働時間や残業時間の量が許容範囲内、働き方が好き)、やりがいの満足(自己成長を感じられる、いいチームワークがある)、人の満足(会社の人間関係がいい)等々の動機付け要因が考えられます。会社(人事)は、それぞれの社員がどこに動機付けをおいているのか、まずは知ることが大切でしょう。
■コスパ最強の方法は「働き方の柔軟性」を与えること
では、どうやってそれを知るのか?
個々の社員に聞くしかありません。しかし、その質問にしっかりと答えられる人ばかりではありません。在宅勤務に「上手に適応してしまった」社員たちはそのようなことを考えたこともないからです。
そこでお勧めなのは、必要以上に干渉を受けずに出社勤務やリモートワークを選べる働き方の柔軟性を社員たちに与えることです。1日の中で出社や退社時間に柔軟性を与える働き方をフレックスタイム制と言いますが、これを1週間、1カ月間などの長めの時間軸で考えてみるイメージになります。
独立した個人として働く時間と場所を尊重された社員は、きっと、働き方が変わり、生活が変わります。その結果、それぞれがもつ価値観にしっかり向き合うことになるでしょう。その価値観がかなう働き方のできる会社こそが、その社員がもっともエンゲージメントを感じるのだと思います。福利厚生を充実させたり、給与水準を上げるよりも、コストはかからず、コスパのいい方法です。
■今こそ会社のポリシーを表明しよう
そのためには、会社がコロナ禍、コロナ後の働き方のポリシーを決める必要があります。社員たちにこびる必要はありません。会社としてのポリシーを表明し、それに納得のいく人たちと歩んでいくことが大切です。
コロナ禍、AIの発展、デジタルトランスフォーメーション等々、いろいろな意味で今は大変革期です。多くの人事から受けた相談内容は、まさに会社のこれからの課題でもあります。考えてもすぐに答えは出ないかもしれません。しかし、考えなければ、答えに近づけないことも事実です。
考える会社には、大変革の時を組織として上手にしなやかに、生き残ってほしいと思います。私も産業医として企業とともに、その答えを一緒に見つけていきたいと思うのです。
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医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)
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