「医療保険さえあれば、がんになっても安心」を信じる人の落とし穴
プレジデントオンライン / 2021年5月11日 11時15分
■相談者が驚く「医療保険よりがん保険を残す」の一言
筆者のもとへマネー相談にくる人に「あなたの場合は、がん保険だけ残して、医療保険は解約するといいですね」とアドバイスすると、「えっ、残すのは医療保険ではないのですか?」と意外な顔をされることが多い。
医療保険よりもがん保険を優先すべきと考えるのは、年々入院日数が短期化しているからだ。国は国民医療費の削減を目的として入院の短期化の政策を取り、加えて医療技術の進歩により入院せずに外来でできる治療が増えている。
厚生労働省の患者調査によると、入院患者の半数以上が10日以内で退院し、30日以内で退院する人は、実に9割近くにもなるのだ。
■外来でできる「がん治療」が増えている
民間医療保険は、原則として「入院」か「手術」をしたときに給付金が受け取れる。通院保障があったとしても入院が前提になっていることがほとんどで「退院後〇日以内の通院」など支払い条件が細かく決められているため、通院で多額の医療費がかかったとしても、医療保険ではカバーできないことが多いのだ。
がん治療は、医療技術の進歩により外来でできるものが増えていることはぜひ知っておきたい。がんの3大治療は、「手術」「抗がん剤治療」「放射線治療」。手術は入院を伴うケースがほとんどであるが、抗がん剤と放射線治療については近年外来で行うのが主流となってきている。
実は筆者は、6年前に乳がんを罹患した。早期発見だったため、約1年の治療を経て、現在は年1度の定期健診のみで寛解状態である。乳がんの治療中、いつどのように治療費がかかったかをまとめておくと、読者や相談者の役に立つと思い、当時治療の合間にせっせとエクセルに入力していた。
治療が一段落したときに作ったのが、図表1である。
■医療保険でカバーできる部分は少なかった
がん治療の費用は、部位や進行度、受ける治療、年齢などによって異なる。筆者の場合は、「乳房温存の部分切除」の手術で11日間の入院、病理診断の結果を受けて再発予防の抗がん剤と放射線の治療を外来で受けた。
「抗がん剤」と「放射線」の治療のための通院期間が実に長かった。抗がん剤治療は、3週間に1度の投与が3カ月、毎週投与が3カ月、トータル6カ月間。放射線治療は、なんと月曜日から金曜日まで毎日照射を受けるために通院する。それが6週間にわたった。放射線治療の際は、交通費の節約のために1カ月定期券を買ったくらいだ。
治療の場面ごとに「かかるお金」と、出費を補てんする「頼れる制度」「医療保険」「がん保険」を図にまとめてみると、医療保険でカバーできる場面は少ないのが一目瞭然だ。入院・手術をしないと給付金は受け取れない。
■がん診断給付金はウィッグ購入に充てた
現在の治療の実態を鑑みると、抗がん剤と放射線の治療費は医療保険ではカバーできず、月々の収入や貯蓄から捻出することになる。だとすると、病気の治療費の備えは、貯蓄を基本としつつ、外来での治療が長引くがん治療の費用が心配な場合は、がん保険で備えるのも一法だ。
がん保険の多くは、がんになると100万円などまとまった金額が一時金で受け取れる「がん診断給付金」がついている。何に使ってもいい一時金があると、入院費用にも使えるし、外来での治療費にも使える。
筆者の場合は、がん診断給付金をウィッグ購入に役立てた。抗がん剤の副作用で毛髪がすっかり抜けてしまったのでウィッグはマスト。仕事を続けていたので、自然に見えるウィッグを買う必要があったのだが、いいものはお値段もそれなりに高い。加入のがん保険から100万円の一時金を受け取ったので、その一部で満足のいくウィッグを購入することにした。
■そもそも「医療費の自己負担」には上限がある
さて、病気に備えるための保険は、医療保険よりもがん保険を優先すべきと述べたが、みなさんは民間保険に入る前に「すでに持っている保障」があることを知っておきたい。
「すでに持っている保障」とは健康保険の「高額療養費制度」。入院でも外来でも治療費が高額になった時、とても頼りになる制度なのである。
病院の窓口負担は69歳まで3割だが、「高額療養費制度」により所得区分に応じた限度額があり、超過した分は後日払い戻しがされる。つまり、医療費の自己負担は青天井でかかるわけではなく、一定の上限が設けられているのだ。
■入院にかかるお金は10万円前後が目安
たとえば、表中の「所得区分(ウ)」に該当する人が大腸がんの手術のために3週間入院し、医療費(10割)が100万円かかったとすると、窓口では3割の30万円を支払う。
高額療養費制度の計算式に当てはめると、限度額は8万7430円。30万円支払ったとすると、差額の約21万円が払い戻される。食事代の自己負担(1食460円)や雑費を含めても、入院にかかるお金は10万円前後が目安となる。この程度の金額なら、医療保険に頼らずとも貯蓄で賄える人が多いのではないだろうか。
■会社員と公務員は「付加給付」が受けられる場合もある
健康保険組合加入の会社員、公務員の場合は、「付加給付」といってさらに上乗せの給付が受けられる場合がある。
例えば、金融機関やマスコミの健保組合は、収入の多寡に関係なく「1カ月の自己負担額は2万円」としているところが多い。電機メーカーや自動車メーカー、通信業界の健保組合は、限度額を2万~4万円としているところが多数だ。
公務員が加入する共済組合は、一般所得者は月2万5000円、上位所得者は5万円を限度としている。私立大学、高校に勤務している人が加入する私学共済は、公務員の共済組合に準じる金額に設定しているところが多いので、限度額は2万5000円、または5万円となる。
限度額が月2万円の健保組合に加入しているなら、がんで高額な治療費がかかっても2万円で済むわけだ(健康保険診療が対象)。まさに「知らなきゃ損」である。
■「付加給付」の有無はどうやって調べるのか
「高額療養費制度は聞いたことがある」という人は増えてきた実感があるが、「付加給付」があることを知っている人は本当に少ない。相談に訪れた人に「付加給付があるかもしれないから、一緒に健保組合のHPを見てみましょう」と言って、サイトを開く。
「医療費が高額になったとき」のページに、高額療養費制度(法定給付)の表があり、その下に「当健保組合では上乗せの給付があります」と記載があれば、それが付加給付だ。「2万円を控除した金額を給付」などとあれば、「月2万円が限度額」という意味だ。さっそく健康保険証にある健康保険組合名で検索をして、付加給付の有無を確認してみよう。
■「入院リスク」は人によって異なる
多くの人が「病気にかかるお金に備えるには医療保険に入ること」と思っているが、これまで見てきたように入院は短期化し、がん治療はほぼ外来で行うようになったことで、昔ほど医療保険はありがたいものではなくなっている。
そもそも「入院リスク」は、人によって異なるものなので、どういう人は入院リスクが高く(=入院すると経済的に困る)、どういう人が低リスクなのか、それぞれの要素を見てみよう。
フリーランスや派遣社員の人は入院すると、収入は激減またはゼロとなる。シングルで1人暮らしだと、収入がなくなっても家賃を自分で払わなくてはならない。こうした人は、入院リスクが高いので、「入院したときのための貯蓄」が100万円確保できるようになるまでは、保険料の安い医療保険に入っておくのが安心だ。別途、がん保険にも入ると、その分の出費が増えてしまうので「がんに手厚い医療保険」を選び、貯蓄も増やしていくのがいい。
一方、正社員や公務員は雇用が安定しているし、有休休暇等の福利厚生もあるので、入院しても経済的リスクは低い。付加給付が充実していて、貯蓄もあるなら、がん保険も不要かもしれない。共働きなら、世帯収入がゼロになることはないので心強い。
■民間保険は「制度や貯蓄で賄えないリスク」に備えるもの
民間保険は、その経済的リスクが自分の身に起こった時、制度や貯蓄で賄いきれないときに入るものと覚えておこう。自宅が火災や災害に遭ったときの再築費用や、自動車事故を起こしてしまったときの賠償責任には数千万円など高額になるケースが多いので、火災保険・地震保険、自動保険は必ず加入する。しかし、病気治療は高額療養費制度のおかげで医療費は1カ月10万円くらいが目安。付加給付があるなら、2~5万円で済む。
貯蓄が少ない時期だけ保険料を抑えた医療保険、がん保険を利用し、お金が貯まったら保険から卒業することを目標としたい。
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ファイナンシャルプランナー
独立系FP会社・生活設計塾クルー取締役。「すぐに実行できるアドバイスを心がける」がモットー。著書は『サラリーマンのための「手取り」が増えるワザ65』など多数。
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(ファイナンシャルプランナー 深田 晶恵)
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