「日本禁煙学会の理事長が刑事告発された」その背景にある"トンデモ訴訟"の一部始終
プレジデントオンライン / 2021年5月7日 15時15分
■「タバコの副流煙のせいで受動喫煙症に罹患した」
過激な反喫煙活動で知られる「日本禁煙学会」だが、この団体のトップを務める作田学理事長(医師)が、自らの行き過ぎた反喫煙活動に絡んで、刑事告発されてしまった。
この刑事告発に至るまでの経緯が、少々複雑なのだが、この点を正確に踏まえておかなければ、この一件の本質が見えてこないと思われるので、簡単に振り返っておきたいと思う。
そもそものきっかけとなったのは、ある損害賠償請求訴訟だった。その訴訟が提起されたのは、2017年のこと。
横浜市内に住む男性が、その居住する部屋の一階上に住む3人家族から訴えられてしまったのだ。その訴訟の具体的な内容としては、男性(以下、「Aさん」)の部屋から漏れているとされるタバコの副流煙が原因で、3人家族(以下、「B家」)の全員が受動喫煙症(広義の化学物質過敏症)などに罹患(りかん)してしまったとして、4500万円の損害賠償金と、自宅での喫煙禁止を求めるというものだ。
この部分だけ聞くと、ヘビースモーカーのAさんが自宅ベランダなどの屋外で喫煙を繰り返したため、近隣住民から訴えられた、というような状況をイメージしてしまうことだろう。実を言うと、筆者もその一人だった。
しかし、実際の状況はまったく違っていた。
■喫煙していた場所は気密性の高い音楽室だった
まず大前提として、Aさんは間違ってもヘビースモーカーにカテゴライズされる喫煙者ではなく、自宅で吸うタバコの量は、一日に数本程度だったというのだ。しかも喫煙場所は、ベランダではなく、自宅内、正確には防音装置が施された音楽室だったというのだ。Aさんの職業はミュージシャンで、喫煙していた音楽室は仕事部屋で、気密性が高い部屋であると同時に、高性能の空気清浄機も設置されていたという。
ところがB家サイドは、Aさんのそうした喫煙が、B家3人の受動喫煙症が発症する原因となった、と主張したのである。しかもB家の主張はそれだけではない。B家の室内の壁が変色したのも、鉢植えの植物が枯れたのも、すべてAさんの喫煙が原因だ、と主張してみせたのだ。
■トンデモ訴訟で振りかざされた“診断書”の内容
もはやここまでくると、ある種のホラーとしか言いようがない。とは言っても、民事訴訟である以上、何をどう提訴するかは、基本的に原告の自由だ。そして提訴しさえすれば、裁判は確実に開かれる。
しかし裁判に勝つためには、原告(B家)、被告(Aさん)ともに、それぞれ自己の主張を裏付け、それを証明する「証拠」を裁判官に示す必要がある(もちろん裁判官が納得するだけの「証拠」が必要だ)。
そして以下の点が極めて重要になってくる。
B家サイドは、有力な「証拠」として、日本喫煙学会の作田学理事長が作製・交付した、原告となるB家3人の“診断書”を提出したのだ。
その後の裁判の流れを見ると、原告(B家)がこのトンデモ訴訟で勝つための最大のよりどころとしていたのが、この“診断書”だったことは明らかだ。
この“診断書”には、B家家族が罹患(りかん)した病名について、「受動喫煙症」あるいは「化学物質過敏症」とはっきり記載されている。
加えて“診断書”ではその原因を、「団地の1階からのタバコ煙」とはっきり特定し、しかもその発生源については、「団地1階」に住んでいる「ミュージシャン」だと断定しているのだ。
いずれにしても、この裁判で最も大きな争点になったのが、作田学理事長が作製したこの“診断書”で指摘された、Aさんの喫煙とB家家族の病気との間の因果関係だったと言えよう。
常識的に考えれば、Aさんの喫煙とB家家族の病気との間の因果関係は極めて薄いとするのが一般的な受け止め方だろう。しかしその分野の専門医が下した判断の持つ意味は、極めて重い。この種の裁判では、それはなおさらだ。
![タバコの煙](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/2/670/img_62d97f908474173eaf5d46bdd22aa9fd320679.jpg)
■“診断書”は医師法に違反する形で作成されていた
Aさんサイドが勝訴するためには、“診断書”の指摘を全面的に否定し、その上でそのことを裁判官に納得してもらうことが必要だ。しかしそれは決して簡単な作業ではない。むしろ専門医というある種の権威が下した判断を、裁判所の中で全面的に覆すというのは、相当に困難な作業になることが予想された。
ところがそうした状況は一変する。それというのも、この“診断書”の信用性そのものに大きな疑義が生じかねない、重大な問題点が見つかったのだ。
その問題点とは、医者である作田理事長が、B家家族を直接診察することなく診断書を書き、交付していたことが明らかになってしまったことを指す。
そもそも、医師が患者を直接診察せずに診断書を交付することは、医師法20条で禁止された行為だ。つまりこの“診断書”は、医師法に違反する形で作製されたものに他ならない。
こうなってくると、原告サイドの主張を立証する上で決定的な証拠となるはずだった“診断書”の信用性が限りなくゼロになってしまった以上、とうてい原告、つまりB家にとって勝ち目は無かった。
■裁判所もはっきりと違法性を指摘
改めて指摘するまでもなく、裁判(第一審、横浜地裁)は、Aさんサイドの全面勝訴。
その判決文には、以下のくだりが出てくる。
「作田医師は、原告について、『受動喫煙症レベルIV、化学物質過敏症』と診断しているが、その診断は原告を直接診断することなく行われたものであって、医師法20条に違反するものと言わざるを得ず―以下略―」
つまり裁判所は、判決文という公的文書の中で、作田理事長の行為は違法であるとはっきりと認定してしまったのだ。
そのことの持つ意味は、極めて重いと言わざるを得ないだろう。
作田学理事長は、その本業である医師としての適格性に疑義が突き付けられたと言っていい。
そもそも作田氏が理事長を務める「日本禁煙学会」は、「学会」を自ら名乗ってはいるものの、世間一般に認識されているような「学会」ではない。具体的には、日本学術会議の認定を受けた「学会」ではないのだ。このため過去、日本学術会議サイドから、「学会という名称を使うな」とのクレームがたびたび入っているという。
ならば、この「日本禁煙学会」なる団体の目的とは、いったいいかなるものなのだろうか。
同団体のホームページを見ると、その目的は大きく2つあることがわかる。
一つ目は、禁煙および受動喫煙防止に関する学術研究・調査の推進。
そしてもう一つが、禁煙および受動喫煙防止を推進すること。
このことからもうかがえるように、作田理事長および日本禁煙学会としては、前述の裁判が二つ目の目的を実現する上で役立つと捉えたのだろう。
■喫煙しているだけで誰しも訴えられる可能性があるという恐怖
つまり喫煙者に対して高額の賠償金を請求する訴訟を提起することを通じて、世の中の喫煙者を強く牽制する目的、狙いがあったのではないだろうか。
もしそうだとすると、これほど恐ろしいことはない。
喫煙者はタバコを吸っているという理由だけで、「日本禁煙学会」もしくは作田理事長の思惑一つで、いとも簡単に高額訴訟の被告席に座らせられてしまうこともあり得ることを考えると、喫煙者にとってはまさに恐怖だろう。
しかもその“証拠”として、意図的に捏造(ねつぞう)された“診断書”なるものが、裁判所に提出されたら……。
今回のこの一件は、決して人ごとではない。
こんなことを許していたならば、日本の裁判制度は崩壊してしまうことになるはずだ。
そうした状況を防ぐためにも、作田理事長の違法行為は厳しく断罪されるべきだと思うが、いかがだろうか。
結果的に作田理事長によって被告にされてしまったAさんは、その作田理事長の刑事告発(詐欺罪及び虚偽公文書行使罪)に踏み切った。
さて、検察庁はこの告発をどのように判断するのだろうか。今後の動きには、要注目だ。
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ジャーナリスト
1961年東京生まれ。日本大学経済学部を卒業後、金融専門紙、経済誌記者などを経てフリージャーナリストとなる。民主党、自民党、財務省、金融庁、日本銀行、メガバンク、法務検察、警察など政官財を網羅する豊富な人脈を駆使した取材活動を続けている。週刊誌、経済誌への寄稿の他、「サンデー!スクランブル」、「ワイド!スクランブル」、「たかじんのそこまで言って委員会」等TVでも活躍。『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』(新潮文庫)、『内需衰退 百貨店、総合スーパー、ファミレスが日本から消え去る日』(扶桑社)、『サラ金殲滅』(宝島社)など著書多数。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)
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