「中国とロシアの反対で国連は動けず」ミャンマー国軍の虐殺が野放しでいいのか
プレジデントオンライン / 2021年5月8日 11時15分
■ASEAN会議に国軍トップが出席し、「選挙は不正」と主張
ASEAN(東南アジア諸国連合)が4月24日、インドネシアの首都ジャカルタで特別首脳会議を開催し、ミャンマーで起きたクーデターについて話し合った。ASEANはミャンマー国軍に暴力の即時停止を強く求めると同時に国軍と、アウン・サン・スー・チー氏率いるNLD(国民民主連盟)の双方に対し、平和的解決を目指す対話を促した。
東南アジアの10カ国で構成するASEANの一番の原則は、「内政不干渉」にある。加盟国が多様な政治体制をお互いに認め合い、干渉しないことを是としてきた。だが、今回は国軍の市民に対する実弾を使った弾圧から民主主義と自由を取り戻すために一歩踏み込んだ姿勢を示した。
しかし、である。驚いたことに、ASEANの会議には2月1日にクーデターを強行したミャンマー国軍最高司令官のミン・アウン・フライン氏も出席して次のように述べ、クーデターとその後の統治の正当性を強く主張した。
「昨年11月の総選挙で不正が行われ、その結果、NLDが圧勝した」
「ASEANの人道支援に反対しない。われわれは前向きに関与していく」
「デモが国の安定を脅かしている。われわれは治安維持のために行動している」
■現在の死者数は1000人に及ぶ可能性
会議にはNLDからの出席はなかった。本来ならスー・チー氏の出席を求めるべきなのだが、ミャンマー国軍は事実の公表を恐れてそれを拒否したのだろう。スー・チー氏は国軍によって自宅に軟禁され、しかもでっち上げられた6件もの罪で起訴されている。
NLDからの出席者はスー・チー氏に次ぐ実力者でも良さそうなものだが、これも国軍がOKしなかったのだと思う。いずれにせよ、NLDからの出席者を迎えられなかったところにASEANの限界がある。
ASEANの特別首脳会議が開かれる前、ミャンマー国軍の弾圧に強く反発する市民たちは抗議デモで正月休暇(4月13日~19日)の祝賀行事を取りやめ、暴力と銃弾に倒れた死者を追悼するよう呼びかけた。国軍の無差別攻撃のような弾圧下ではとても新年を祝うことはできない。当然の呼びかけである。
この時点で死者数は700人を超えていたから、現在の死者数は1000人に及ぶ可能性がある。
■事前の警告もせず、デモの参加者を実弾で狙っている
デモが始まった当初、国軍側はゴム弾を使ってデモ隊排除に動いた。だが、いまでは実弾による銃撃が続き、事前の警告もせず、デモの参加者を狙って水平に撃つこともある。SNSには、自動小銃を使用した動画が多数、拡散している。デモ参加者の病院への搬送を行う非営利組織の事務所に押し入って破壊したり、救急車両を停めさせて救急隊員に暴行を加えたりする映像も流れた。どう見ても無差別の攻撃である。
一方、在ミャンマー日本大使館は5月3日、最大都市のヤンゴンで拘束されたフリーの日本人ジャーナリストの北角裕樹さん(45)について「虚偽の事実を流布した罪」などで起訴されたことを確認した。
北角さんは、国軍が外国人ジャーナリストを起訴した初のケースとなったが、ミャンマーは日系企業や日本人が多く、いつ日本人に死者が出ても不思議ではない。日本政府が本気になってミャンマーが自由と民主主義を取り戻せるよう、その外交手腕を発揮する必要がある。ASEANの力だけでは心もとない。日本をはじめとする民主主義の国々がとともに動くことで解決の糸口が見えてくるはずである。
ちなみに、北角さんは日本経済新聞の記者を辞めて大阪市の公募校長制度に応募し、2013年に大阪市立中学の民間人校長を務めた。その後ミャンマーに渡り、ジャーナリストとして活動を続けていた。
■19歳の女性の遺体を墓から掘り出す国軍の恐ろしさ
ミャンマー第2の都市、マンダレーでこんな悲惨で恐ろしい事件も起きている。
3月3日、デモ中に頭を銃で撃たれ亡くなった19歳の女性の遺体を国軍側が「検視を行うためだ」との名目で墓から掘り起こし、その後、国営テレビが「検視の結果、摘出された銃弾は警察のものではない。警察がいた方向からは撃たれていない」と報道したというだ。
この報道に対し、SNS上には「だれが信じるか」「墓まで掘り起こす国軍は恐ろしい」との書き込みが相次いだ。
女性は警察と前線からデモ隊に指示を送っていたところを撃たれた。彼女の死は新聞やテレビ、ネットで広く伝えられ、デモ隊はその姿をイラストして掲げなど女性は抗議活動の象徴的存在となっていた。
■中国とロシアは「内政問題」として扱い、「クーデター」とみなさない
この女性だけではない。数多くの若者たちが命を絶たれている。
欧米は強く非難し、独自の制裁を始めている。しかし、その効果は薄い。ミャンマー国軍は武器や生活物資を中国とロシアに頼っており、欧米依存度が小さいからである。
国連安全保障理事会が2月4日に出した「深い懸念」を示す報道機関向けの声明には、国軍を「非難する」文言は入っていない。声明には全会一致が原則で、中国とロシア同意が必要だからだ。中国とロシアは「内政問題」として扱い、「クーデター」とはみなしていない。中国とロシアは国軍寄りなのである。
ここはもう日本が出ていくしかない。沙鴎一歩はいまこそ日本の外交力の見せどころだ、と思う。
■中国とロシアを巻き込むにはどうすればいいのか
4月27日付の読売新聞の社説は「ASEAN ミャンマー軍を抑えられるか」との見出しを付け、中盤でこう指摘する。
「『内政不干渉』を掲げるASEANが、問題の平和的解決に向けて積極的に動き出したのは、地域を揺るがす危機に対処できなければ、存在意義が問われるという懸念が高じたからだろう」
「だが、今回の議長声明で軍の行動が実際に変わるかどうかについては疑問が残る。声明は、混迷を生んだ軍の責任には言及せず、暴力の停止を求める対象を明記していない。軍に対する民主派解放の要求も盛り込まれなかった」
「存在意義が問われるとの懸念」、つまりASEAN加盟国は自分たちの立場を優先して動いたのだ。しかも肝心な声明に「軍の責任」や「民主派解放の要求」が欠如している。これでは先が見えている。
ASEAN加盟国には東南アジアの民主主義と自由、そして平和というものの在り方を自覚してほしい、と強調したい。
読売社説は最後に主張する。
「欧米や日本はASEANを支援し、中国やロシアも巻き込みながら、問題解決に向けて関与を強める必要がある」
問題は中国とロシアを巻き込むにはどうしたらいいかである。読売社説にはその具体的な方法を指摘してほしかった。
■「スー・チー氏の解放」と「NLDの出席」こそが肝要
4月28日付の産経新聞の社説(主張)も「ASEANの仲介 国軍に遠慮が過ぎないか」(見出し)と批判的である。
後半でこう指摘する。
「対話により問題解決を目指すというのなら、当事者が国軍とNLDであることを明示し、その前提としてスー・チー氏らの解放を要求すべきである」
「本来は会議にNLDの代表も招くべきだった。ミャンマーの代表として出席した国軍総司令官に対し、一連の行動について厳しく問いただしたのか。国軍に遠慮した印象は否めない」
「スー・チー氏の解放」と「NLDの出席」こそが肝要なのである。
産経社説は訴える。
「総司令官がASEAN首脳会議出席を権力の正当化に利用する可能性もある。国軍の言い分を追認することになっては、むしろ逆効果である」
■国軍のトップらは、反民主的な行動だと自覚している
ミャンマー国軍最高司令官のミン・アウン・フライン氏が出席した動機は、まさにここにある。国軍はクーデターとその後の反発する市民への暴力行為を正当化したいのだ。裏を返せば、国軍のトップらは、反民主的な行動だと自覚しているのだ。ASEANはその辺りをうまく突くべきだ。
産経社説は最後に「先進7カ国(G7)や国連が圧力を強めれば、ミャンマーがよりどころとするASEANの存在感は増し、仲介の困難は少なくなる。日本はこれら別々のアプローチの調整役の役割も果たすべきだ」と主張する。
「別々のアプローチ」とは、「G7および国連の圧力」と「ASEANの仲介」を指すのだろう。少々分かりにくい書き方だが、いずれにせよ、ミャンマーと古くから関係の深い日本が本気で調整に乗り出す必要があることには、沙鴎一歩も同感である。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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