「日本でも海外でもカーシェアは縮小中」話題のCASEにダマされてはいけない
プレジデントオンライン / 2021年5月15日 9時15分
■自宅近くの3台のカーシェアが姿を消した
先日、自宅近くを歩いていてある異変に気がついた。自宅から2分ほど歩いたところに15台ほどとめられるコインパーキングがあるのだが、そこに置いてあったカーシェア用の車3台が姿を消したのだ。一体どうしたのだろうか。
自宅は湘南エリアの駅から徒歩10分ほど、戸建て住宅とマンション・アパートが混在した場所にある。ほとんどの戸建て住宅とマンションには駐車スペースがあり、車を保有している世帯が多いエリアである。
そのためか、カーシェア用の車は週末にはそれなりに稼働していたが、平日は駐車スペースにとどまっていることが多かった。平日は電車通勤で、車を所有していないマンションやアパートの住人が休みの日に利用する、というパターンが多かったのではないかと思われる。
カーシェアといえば、自動車産業の大変革を示すキーワードであるCASEの「S」であり(「C」はコネクテッド、「A」は自動運転、「S」はシェアリング、「E」は電動化)、今後自動車の利用形態の主流になるといわれているものである。
私はCASEのすべてに疑問を感じており、そのことは昨年の記事「2030年代に入っても『EVが主流になることはない』これだけの理由」にも記した。今回はあらためて「S=シェアリング」について考えてみたい。
■最大手タイムズカーの保有台数はマイナスに転じた
日本におけるカーシェア事業のトップを走るのはタイムズカーである。なんと日本のカーシェア主要6社のうち、4分の3以上を占める。そこでタイムズカーの保有台数を調べたところ、2021年3月現在で2万6534台であった。
1年前の2020年3月の数字を見ると2万7836台で、なんと1302台も減少しているのである。ステーション数も1万3277箇所から1万3061箇所と1年間で216箇所も減っている。業界全体(主要6社)で見ても、保有台数は3万6188から3万4887台と1301台減っており、その大部分はタイムズカーであるとしても他社も全く伸びていないことがわかる。
カーシェアが話題になり始めた2010年代前半は30%を越える伸び率だったが、近年伸びが鈍化し、今年になってマイナスに転じたという状況である。コロナ禍の影響で利用が減ったのが原因なのだろうか。
■アメリカ、イギリス、中国からは完全撤退
海外に目を転じるとどうだろうか。CASEという言葉を提唱したのはドイツのダイムラーであり、ダイムラーはいち早くカーシェアビジネスに参入、2008年にCar2goというサービスをドイツのウルムで開始した。BMWも2011年に追随し、レンタカー会社のSixtと組んでDriveNowというサービスを開始した。
両社とも拠点数を拡大し、Car2goはヨーロッパ各国のほか北米や中国にも進出、グローバル展開を目指した。拠点数は大きく増え、特にアメリカでは13都市で展開した。
しかし利用者は思うように伸びず、2018年にはCar2goとDriveNowは合併しSHARENOWという新会社となった。さらに事業を全面的に見直すこととなり、2020年初頭までにアメリカ、イギリス、中国からは完全撤退することになった。
進出した43都市の中で、現在も営業を続けているのはドイツ7都市を中心に欧州8カ国16都市のみである。ドイツ、イタリア以外は各国1都市のみで、どれもその国を代表する大都市である。この16都市で展開している車両数は合計1万1000台あまりで、タイムズカーの半分以下である。GMが2016年から北米で展開しているMavenというカーシェア事業も、2019年に展開していた17都市のうち8都市で撤退した。
カーシェア会社の所有の車ではなく、個人所有の車を貸し出す形のカーシェアビジネスもいくつか誕生しているが、その代表格であるアメリカのGetaround社(ソフトバンクも300億円以上出資している)も世界各国に会員数500万人を誇るが、2020年初頭には経営難となり、従業員の25%を解雇している。
このように欧米では、自動車メーカー自ら設立したものをはじめ多くのカーシェア業者が生まれたが、コロナ禍(か)の前にカーシェアビジネスは大きく縮小してしまっているのだ。
■レンタカーとの比較で実際は…?
このように考えると、日本のカーシェア市場の伸び悩みもコロナ禍はきっかけに過ぎず、構造的に伸び代が少なくなっていたと考えるべきではないだろうか。それでは、なぜカーシェアビジネスはうまくいかないのだろうか。
カーシェアとは本質的にはレンタカーの新しい形態である。従来からあるレンタカーとどう違うのか。そもそも、カーシェアが今後爆発的に普及するといわれている所以(ゆえん)は、料金の安さと利用しやすさである。
まず料金を比較してみたい。
タイムズカーの場合、個人であれば毎月880円の基本料がかかる。この基本料はカーシェアを利用すれば相殺される。
利用料は一番安いベーシックグレードで15分220円、1時間で880円である。6時間までの最大料金は4290円、12時間だと5500円だ。この料金には車両も含めた保険代と燃料代も含まれる。
一方、ニッポンレンタカーで借りる場合は、同等車種の最安料金で12時間まで5500円である。ただし燃料代は含まれず、対物・車両保険を免責ゼロにするためには1日1100円の追加料金が必要だ。また最短の時間単位は6時間で、短時間のレンタルであっても6時間ぶん支払う必要がある。
このように、特に短時間の利用の場合、カーシェアの料金は非常に魅力的だ。また借り受けるための場所の選択肢もカーシェアのほうが圧倒的に多い。タイムズカーシェアのステーションが1万3000以上もあるのに対し、ニッポンレンタカーの営業所は789箇所(2021年4月1日現在)しかない。
料金と利便性は圧倒的にカーシェアが勝る。
■ビジネスは料金と利便性だけでは決まらない
一方、カーシェアの問題点は何か。
まずステーション数は多いものの、2~3台程度のところが多く、希望時間に借りられるとは限らない。
また、カーシェアが低料金を実現しているのは、ステーションには係員はおらず人件費がかからないからである。逆に言うと、貸し出しが終わったあと車の管理をする人がいないということも意味する。
従って借り受けた時に車はひどく汚れているかもしれないし、燃料も空に近いかもしれないのである。当然除菌などもされていない。そのため借りた人が給油や洗車をした場合には30分ぶんの料金が割引になるが、時間と手間がかかることも事実で、急いでいる場合などでは不都合が発生する可能性もある。
そもそも、誰が乗ったかわからない車を、そのまま掃除も除菌もせず使うことに抵抗を感じる人は多いだろう(特にコロナ禍においては)。
レンタカーであれば清掃・除菌され、燃料満タンの貸し出しが常識である。需給面でも、ある営業所の車が足りなくなれば別の営業所から車を調達するだろう。レンタカーの営業所は駅前や空港など便利なところにあり、公共交通機関との組み合わせで使う場合の利便性も高い。
![ドイツ・ハンブルクのカーシェアリング駐車場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/670/img_747fcc6873e560354b769b5923b6b351306329.jpg)
■カーシェアは一部の大都市居住者向け
多くのカーシェアは毎月の基本料金があるので、月1回以上使わない人には料金面でのアドバンテージも薄れる。カーシェアに向いているのはそれなりの頻度で車を使うが、所有するコストは負担したくない、という人ということになる。
しかし私のように郊外に住んでいると、毎日の買い物などにも車は必須であり、いちいち予約したりステーションに借りに行ったり返しに行ったりするのも面倒である。自宅に駐車スペースがあれば所有してしまったほうが、コスト的には不利でも圧倒的に便利である。
汚れていても、自分が汚したものであればそれほど気にならないであろう。SHARENOWは清掃・消毒済みの車を利用者の自宅まで届ける有料サービス(30ユーロ)を始めたが、それではコスト的アドバンテージはなくなってしまう。
このように考えると、カーシェアの利用者は都市中心部など、駐車場代等の保有コストが高いエリアに住みながら車をある程度の頻度で使いたい、という人に限定されるのだ。日本でも海外でも、カーシェアのステーションが大都市に集中しているのはそのためだ。
しかし大都市では公共交通機関が発達しているため、全く車を利用しなくてもさほど不便ではないし、手を上げれば止まってくれるタクシーもたくさん走っている。つまり、冷静に考えると、カーシェアの需要というものは極めて限定的なのである。しかもステーション数は多いとはいえ、家のすぐそばにステーションがある人は限られる。
一方で、郊外や過疎地では所有のほうが圧倒的に便利ゆえ、需要が少なくステーション数も車も少ない。借りるためには遠くまででかけなければならないことになり、ますます需要は高まらない。
■自動運転技術が追いつかない現実
それではなぜ、CASEといってカーシェアが将来の車社会のキーワードとしてもてはやされるようになったのか。
その理由としては、車は所有から利活用に変化するだろうという予測がある。所有するのではなく、必要な時だけ利用するようになるというわけだ。
大都市中心部では、すでに車を所有するよりタクシー利用のほうが利便性でも経済的な面でも有利である。しかし郊外では、タクシーはほとんど走っておらず、現状のカーシェアは不便だ。
郊外でも安い料金で車を使いたい時にすぐ使える状態にするためには何が必要か。その必要条件がCASEのA、つまり自動運転なのである。
完全自動運転が実現できれば、ステーションから自宅まで無人で車は動き、利用後も自宅で降りたあとは車が勝手にステーションに帰っていく。こうなれば、郊外でも利用が一気に進むだろう。
ドライバーが不要なので自宅まで配車しても人件費がかからず、低料金で利用できるだろう。ステーションもたくさん設置する必要がなくなり、集中化すればステーションに清掃要員を置くことも可能となり、清潔な車が利用できるだろう。
完全自動運転車であれば、そもそも運転の必要が無く、免許のない子供や高齢者も利用できるようになるかもしれない。こうなれば需要は一気に高まり、車両の回転率も上がってさらにリーズナブルな料金で利用できるようになり、車を所有する人は激減するかもしれない。つまりSとAはセットなのである。
■道のりは遠い
自動運転は、つい先日世界に先駆けてホンダがレベル3を実用化したばかりで(誤解している人が多いがテスラは未だレベル2である)、使用場面は高速道路で50km/h以下で走行している時(つまり渋滞時)に限られる。
![山崎明『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/f/200/img_4f2edbf25108b74c82f76040ca8bdacb227562.jpg)
つまり現状では歩行者や自転車がおらず信号もなく、周囲の車との速度差もない状態ですぐに止まれる速度で走っている時にのみ、自動運転が可能なのである。一般道路での完全自動運転までの道筋は、レベルが上がるに従って難易度がより高いものになる。
おそらく自動車単体では不可能で、道路からの情報や歩行者の持つ通信機器などとの連携システムが必要となるだろう。そのためには車だけでなく、インフラも含めた総合的なConnected(CASEのC)の実現も必須条件だ。
こう考えると、完全自動運転をすべての道路で実現するのはまだまだ遠い未来であろう。
現在、道路の老朽化補修や白線の引き直しレベルでも対応が追いついていない状態で、インフラレベルでの整備の実現のハードルはきわめて高いだろう。おそらくそれが実現するまで、大都市以外でカーシェアが普及することはなく、車の個人所有が続くだろう。
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マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118d、1966年式MGBの3台を愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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