「1年以内に鉄道会社の半分が潰れる」コロナ禍に進行する"交通崩壊"の深刻さ
プレジデントオンライン / 2021年5月13日 11時15分
■コロナ禍で経営危機に直面する公共交通
鉄道やバスなどの地域公共交通は、いっけんコロナ禍以前と変わりなく運行しているように見えますが、現在の利用者数ではまったく採算がとれません。地域公共交通総合研究所が昨年秋に行った調査では、「2021年度末までに5割の企業で事業継続ができない可能性」が示唆されました。
じつは先進国の中で、コロナ禍によって公共交通の経営が危ぶまれているのは日本だけです。なぜなら、欧米では鉄道やバスが赤字なのは当たり前で、もともと公的資金で経営を支える仕組みになっているからです。公共交通は日常生活を支えるエッセンシャルサービスだから、税金で支えるのが当然だという認識なのです。
日本では、地域公共交通も収支が見合うこと、つまり赤字にならないことが求められます。したがって収入が減ったときは、事業者自身で対応しなければならないのが原則です。
しかし、人口が減少に転じた今日、地域公共交通は、自助努力だけではやっていけない状況です。理不尽な運賃の値上げやサービスカットを避けるためにも、従来の交通行政のあり方を早急に見直す必要があります。
■鉄道を見直す世界、道路に固執する日本
日本は昨年、第2次補正予算で総額32兆円という大規模なコロナ対策を打ち出しました。そのうち、地域公共交通関連の予算は、感染予防対策として140億円弱の予算が計上されただけです。
一方、ドイツは、連邦政府の経済対策1300億ユーロ(約16兆円)のうち、ドイツ鉄道向けに50億ユーロ(約6000億円)、地域公共交通向けに25億ユーロ(約3000億円)を振り向けています。
アメリカのバイデン大統領も、公共交通の整備に8年間で850億ドル(約9兆4000億円)、都市間鉄道のアムトラックに800億ドル(約8兆8000億円)を投じると発表しました。両国ともに自動車大国ですが、脱炭素の時代を迎え、鉄道などの公共交通にシフトしていこうという姿勢が明確です。
日本では、運輸部門のCO2排出量の8割が自動車からのものです。しかし、道路関係予算は、国土交通省の2021年度の当初予算で4兆4000億円(事業費ベース、住宅都市環境整備分を除く)、一方、地域公共交通確保維持改善事業等の予算は200億円、鉄道局の都市・地域鉄道関連を合わせても1000億円程度です。
道路も大切ですが、道路予算のうち1%を公共交通に振り向けるだけでも、かなりの公共交通が生き返るはずです。
■「通学定期の割引コスト」は誰が負担しているのか
もう一つ、今すぐにでも手を打つべきだと筆者が考えているのが、通学定期の割引販売に対する公的支援です。
日本の地域鉄道は、利用者に占める通学者の割合が多いのが特徴です。地方に行くと、電車に乗っている人はだいたい高齢者か学生ですね。しかし、収益という観点でみると、学生は実際の利用者数ほど貢献していません。
なぜなら通学定期がとても割安だからです。もっとも、通学定期の料金は学生や保護者にとって死活問題ですから、おいそれと値上げするわけにはいきません。
![通勤・通学の時間帯の渋谷駅](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/b/670/img_2b4b7755ded618b4daa465d2fc56619b345603.jpg)
通学定期の割引コストを負担しているのは、現行の制度では、各公共交通の事業者です。したがって、事業者は、収支を合わせるために通学定期の割引分を普通運賃に上乗せすることになります。つまり、その負担は、車を運転できない高齢者など、他の利用者にしわ寄せられるのです。
■「通学コスト格差」が生み出す問題
そもそも通学定期の割引制度は、明治時代に、国の教育政策の一環として、当時の鉄道省傘下の国鉄が導入したのが始まりです。そこで、民間の鉄道やバスも、これに追随する形で、割引率を少し抑えた通学定期を導入しました。
現在でも通学定期の割引率は各事業者の自主判断となっています。あまり知られていませんが、JR各社に比べて他の鉄道会社やバスの通学定期の割引率は低くなっています。
私事になりますが、筆者は茨城県の水戸市の出身でバスで通学していました。当時からバスの通学定期の料金はとても高く、一方で、国鉄(現在のJR東日本)を利用している友人の定期代があまりに安いことに驚愕した記憶があります。
最近では、料金が高い地域公共交通の利用を避けて、親の車で通学する学生も増えているそうです。その結果、学校の周辺で渋滞が発生して、問題になっています。
■「割引コスト」は文科省が負担せよ
住んでいる場所によって交通費が異なるのは仕方がないとはいえ、交通手段の違いで負担額に大きな差が出るようでは、教育の機会均等の問題にもなりかねません。
実際、交通費の多寡は学校の選択にも影響を与えています。そもそも通学定期の割引販売が教育政策の一環として始まったことを考えれば、その割引コストは交通事業者が負担すべきものではなく、文部科学省の教育予算でカバーすべきものではないでしょうか。
![宇都宮浄人『鉄道復権』(新潮選書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/f/200/img_2f3b99fc8e3caffdbb8040e196209b22150298.jpg)
コロナ禍が公共交通の経営を直撃し、利用者減による減収を補うため、すでに値上げに踏み切った事業者もあります。このままでは、エッセンシャルサービスであるはずの公共交通がますます利用しにくいものとなり、車を運転できない学生や高齢者にしわ寄せがいってしまいます。
この機会に、全ての公共交通の通学定期割引をJR並みとし、その負担は、教育予算として公費で負担することを提言したいと思います。筆者の知る限り、通学定期の割引コストを民間の事業者に押し付けている国はありません。
欧州にも手厚い学生割引がありますが、すべて教育のための公費で支えられています。これは、かねてより交通経済学の教科書レベルでも指摘されている問題ですし、大きな法改正なども必要ないはずです。今すぐにでも政府に動いてほしいと思います。
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関西大学経済学部 教授
1960年生まれ。京都大学経済学部卒業。1984年に日本銀行に入行し、一橋大学経済研究所専任講師、調査統計局物価統計課長、金融研究所歴史研究課長を経て、2011年に関西大学経済学部教授に就任。2017年4月より2018年3月までウィーン工科大学客員教授。京都大学博士(経済学)。主な著書は『路面電車ルネッサンス』(第29回交通図書賞受賞、新潮新書)、『鉄道復権』(第38回交通図書賞受賞、新潮選書)、『地域再生の戦略』(第41回交通図書賞受賞、ちくま新書)、『地域公共交通の統合的政策』(第42回国際交通安全学会賞受賞、東洋経済新報社)など。
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(関西大学経済学部 教授 宇都宮 浄人)
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