米軍予想「中国の台湾侵攻は6年以内」に自衛隊が準備する防衛作戦の中身
プレジデントオンライン / 2021年5月12日 11時15分
■米軍司令官は「台湾侵攻は6年以内」と明言した
菅義偉首相とバイデン米大統領による初の日米首脳会談後の共同声明に「台湾」の二文字が52年ぶりに書き込まれ、にわかに注目される台湾有事の発生。米国のインド太平洋軍司令官は、中国による台湾侵攻を「6年以内」と明言する。コトは遠い未来の話ではないようだ。
共同声明には《台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する》とあり、日米が連携して抑止する、つまり台湾有事の未然防止に努めると解釈できる。その一方で抑止が破られた場合、台湾海峡の《平和と安定》のために武力の行使も厭わないと読むこともできる。
この共同声明に対し、中国は「強烈な不満」を表明した。いまや米中の対立は、冷戦が始まったころの米国とソ連の関係を彷彿とさせる。
当時の米ソは対話がなく、相手への不信感を高めて核兵器を大量保有するに至った。緊張が頂点に達したキューバ危機が今回の台湾をめぐる情勢に近いだろうか。
日本は2021年度過去最大の防衛費5兆3422億円を計上したが、米軍は毎年80兆円もの国防費を使って最新の兵器を揃え、実戦に備えている。いざという場面で米軍の足手まといと思われがちな自衛隊だが、実は米軍との間で対中国を想定した共同訓練を繰り返している。
■「大半の人が考えているよりもはるかに近い」
自衛隊の活動は後述するとして、なぜ台湾有事は「6年以内」なのだろうか。注目の発言は3月9日、米国の上院軍事委員会であった。
インド太平洋軍のフィリップ・デービットソン司令官は「中国は21世紀の安全保障にとって最大の長期的な戦略的脅威だ」と指摘し、「台湾への脅威は今後、6年以内に明白になるだろう」と期限を区切って台湾有事の発生に言及した。
また、後任の司令官に就任するジョン・アキリーノ海軍大将は3月23日、やはり上院軍事委員会で、中国が台湾に侵攻する可能性がある時期について「大半の人が考えているよりもはるかに近いと思う」と語った。
中国を管轄区域内に持つ2人の司令官の見解は「台湾有事は迫る」で一致する。それには理由がある。
■少なくとも2027年までは中国軍の優勢が続く見通し
中国は1996年、台湾独立派とされる李登輝総統が当選した選挙に合わせて、台湾近海に向けてミサイルを発射し、李氏の当選阻止を試みた。しかし、米国が2隻の空母を台湾近海に差し向けると軍事力に劣る中国は、たちまちのうちに威嚇をやめた。
この台湾危機を受けて、中国は米国に対抗する「接近阻止・領域拒否」(A2/AD)を掲げて軍事力の強化を図り、軍の近代化の達成目標を2027年とした。
一方の米国は中東におけるテロとの戦いに明け暮れ、宇宙・サイバー・電磁波といった現代の戦争で中国に大きく後れを取る結果になった。また冷戦期にソ連との間で締結した中距離核戦力全廃条約(INF条約)の制約により、1発の中距離ミサイルも持っていないのに対し、中国は1250発の中距離ミサイルを保有している。
米軍は懸命に対中戦略や兵器体系の練り直しを急いでいるが、少なくとも2027年までは中国軍の優勢が続く見通しだ。
■習近平国家主席は「武力の使用は放棄しない」と明言
米国のインド太平洋軍司令官が、中国による台湾侵攻を「6年以内」と明言したことには、政治的な要因もある。
中国の習近平国家主席は2019年1月2日、将来の台湾統一に向けた方針についての演説で「武力の使用は放棄しない」と明言。2020年5月22日には李克強首相が全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、台湾との再統一に触れた政治活動報告から初めて「平和的」との文言を削除した。
台湾統一に武力行使も辞さないとする習近平氏の国家主席任期は、2018年の憲法改正で2期10年の制限が撤廃され、2期目の終わる2022年以降も国家主席の続投が可能となった。その場合、3期目の終わりは2027年となる。一方で、中国共産党総書記の任期が切れるのが2027年秋。これに2027年8月の人民解放軍の創建100年が重なる。
こうした背景と中国軍が米軍に対し優位に立つ期間も2027年までであり、これが「6年以内」の根拠とみられる。
■尖閣諸島と台湾を交換条件にするのは対等な取引とは言えない
とは言え、バイデン政権は就任後、トランプ前大統領がめちゃくちゃにした内政と外交の立て直しを急ぎ、新型コロナウイルス感染症対策と成長戦略に400兆円を投じることを決めたばかり。はっきり言って戦争どころではない。
単独で中国と対峙するのは困難を極めることから日本や韓国を引き込まざるを得ない。一方、日本の関心事は中国との間に争いがある尖閣諸島に対し、米国が日米安全保障条約の適用範囲と認めることにある。
日米共同声明では、米側が日本側の要求を飲んで《東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する》と尖閣問題を取り入れた。その見返りとして《台湾海峡の…》が盛り込まれ、日米は尖閣、台湾の両方で連携することになった。
だが、日本側から見れば、無人の岩にすぎない尖閣諸島と台湾を交換条件にするのは台湾が重すぎて到底、対等な取引とは言えない。共同声明には他に米政権から同調を求められた項目も目立つが、菅首相はどんな覚悟をもって会談に臨んだのだろうか。
中国は、台湾問題を中国の主権や領土保全に関わる核心的利益として「譲れない一線」と公言している。日米連携による抑止が効果的に働くとは考えにくく、台湾有事に発展した場合、遠方にある米国と違って日本はたちまち巻き込まれてしまう。
■自衛隊は中国を仮想敵にした多国間訓練を実施中
日本を守る自衛隊は今、何をしているのだろうか。
すでに動き出していて、インド洋や南シナ海まで進出し、中国を仮想敵にした日米共同訓練や多国間訓練を繰り返している。この訓練について、海上自衛隊のホームページには「地域の平和と安定に貢献する」とあり、専守防衛の枠を踏み越え、インド洋や南シナ海の「平和と安定」の維持に努めるまでになった。
海外で活動する根拠は、安倍晋三政権下で制定され、2016年3月から施行された安全保障関連法だ。過去に政府が「行使できない」としてきた集団的自衛権の行使が解禁され、米軍の後方支援もほぼ全面的に実施可能となった。
安全保障関連法が施行されて5カ月後の2016年8月、当時の安倍首相はケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)で、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を提唱した。
インド洋と太平洋でつないだ地域全体の経済成長を目指す構想だが、安全保障面での協力こそが本丸だ。巨大経済圏構想「一帯一路」を通じてインド太平洋や中東、アフリカ、欧州で影響力を強める中国を牽制する狙いがある。
■南シナ海での対潜水艦戦訓練では「本番」を前提
FOIPを受けて、海上自衛隊は翌2017年から米軍とインド軍の共同訓練「マラバール」に毎年参加するようになり、この年のマラバールには護衛艦「いずも」「さざなみ」と米印の空母が参加して、インド洋で対潜水艦戦を想定した訓練が行われた。
マラバールとは別に海上自衛隊は翌2018年から毎年、インド太平洋方面派遣訓練部隊を編成し、2隻から3隻の護衛艦部隊をインド洋と南シナ海に差し向けている。
派遣日数は2018年が65日間、2019年が72日間、2020年が41日間といずれも長期に及び、中国が内海化を図る南シナ海を中心に自衛隊による単独訓練、日米共同訓練、日米に豪州やインドなどが加わった多国間訓練を繰り返している。
注目されるのは、対潜水艦戦に特化して建造された護衛艦「いずも」と「かが」を交互に送り込み、2018年には潜水艦「くろしお」、2020年に潜水艦「しょうりゅう」を派遣して、南シナ海で護衛艦部隊との間で対潜水艦戦の訓練を実施したことだ。
潜水艦を発見して攻撃するには、潜水艦が発する微弱なスクリュー音を探知するほかない。音の伝わり方は、潮流、海水温、塩分濃度などによって変化する。南シナ海で行われる対潜水艦戦の訓練は、この海域での「本番」を前提にしている。
■中国海軍の戦力をそぎ、南シナ海の内海化を阻止する狙い
南シナ海の海南島には、弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)はじめ、通常動力型潜水艦などが集まる中国海軍の潜水艦基地がある。基地の目の前の海域で行う海上自衛隊の対潜水艦戦の訓練は、中国の潜水艦への対処を想定していると考えるほかない。
一方、米海軍は空母打撃群や単独行動する駆逐艦を南シナ海に派遣し、環礁を埋め立てて軍事基地化を進める中国に対して「航行の自由作戦」を展開している。
南シナ海に海上自衛隊や米海軍などの戦闘艦艇が入り込めば、中国海軍の艦艇の行動は制限される。海域に他国の潜水艦がひそむと分かれば、中国は対潜水艦戦を余儀なくされ、空母、駆逐艦、潜水艦などの資源を自由に活用できなくなる。
つまり、海上自衛隊の南シナ海派遣は、中国海軍の戦力をそぎ、南シナ海の内海化を阻止する狙いがある。昨年から豪州も加わったマラバールは、日米豪印4カ国の「QUAD」が連携して中国を封じ込める構図が鮮明になった。
■ガキ大将のような中国の振る舞いに「けんか腰」でよいのか
こうした中、英国政府は4月、新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群のインド太平洋派遣を発表した。ドイツも9月にはフリゲート艦を派遣する。フランスは2018年から空母打撃群など海軍艦艇のインド洋派遣を続けている。
日米豪印の域内国と英仏独の欧州勢が入れ乱れるインド太平洋は、第2次世界大戦の前夜、欧米が連携して日本に圧力をかけた当時の様相に酷似してきた。今回、輪の中心にいるのはもちろん中国だ。
中国は、国際法を無視して南シナ海の内海化を図り、管轄海域を特定しない海警法を制定するなどやりたい放題が目立つ。台湾に対しては防空識別圏内に軍用機をたびたび差し向けて脅している。
経済成長に伴って軍事力を強め、インド太平洋においては米軍に対抗できる攻撃力を持つに至った中国軍。とはいえ、図体ばかりでかいガキ大将のような中国の振る舞いをただすのに「けんか腰」でよいのだろうか。
■インド太平洋を「戦場」にしないために軍事力一辺倒の見直しを
台湾問題は、多国間が協調する枠組みを利用して、米中の対立を軟着陸させる方法を選べないだろうか。
米国にすれば、日本や韓国といった同盟国を味方に付けなければ対中包囲網に穴が空き、米国の対中政策はおぼつかない。日韓はその利点を生かさない手はない。
一方の中国に対しては武力による台湾統一を断念させるため、国際秩序を重視するステークホルダーとしての立場を自覚させる必要がある。
たいへんな時間と労力がいるだろう。だが、インド太平洋が「戦場」になることを避けるためには軍事力一辺倒を見直し、各国が連携して米中の橋渡し役となるべきだ。そして米中は信頼醸成に努め、相互理解によって問題解決を図らなければならない。
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防衛ジャーナリスト
1955年年生まれ。元東京新聞論説兼編集委員。獨協大学非常勤講師。法政大学兼任講師。2007年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。著書に、『安保法制下で進む! 先制攻撃できる自衛隊 新防衛大綱・中期防がもたらすもの』(あけび書房)、『検証 自衛隊・南スーダンPKO 融解するシビリアン・コントロール』(岩波書店)、『「北朝鮮の脅威」のカラクリ』(岩波ブックレット)、『零戦パイロットからの遺言 原田要が空から見た戦争』(講談社)、『日本は戦争をするのか 集団的自衛権と自衛隊』(岩波新書)、『僕たちの国の自衛隊に21の質問』(講談社)、『「戦地」派遣 変わる自衛隊』(岩波新書)=2009年度日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞受賞、『自衛隊vs北朝鮮』(新潮新書)などがある。
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(防衛ジャーナリスト 半田 滋)
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