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「名古屋入管で30代女性が死亡だけじゃない」政府がひた隠す「外国人留学生の不都合な真実」

プレジデントオンライン / 2021年5月16日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yuriz

■体調悪化にもかかわらず収容を続けた入管…

2021年3月、収容先の名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で、元留学生のスリランカ人女性(当時33)が亡くなった事件が波紋を広げている。体調を悪化させていた女性に面会した支援者が生命の危険を察し、仮放免するよう求めていたにもかかわらず、収容を続けた名古屋入管の姿勢が問題視されてのことだ。

事件は国会でも野党議員が取り上げ、上川陽子法相が答弁に立っている。事件の真相究明を求め、5月1日には女性の遺族もスリランカから来日した。

女性は2017年に留学生として来日し、千葉県内の日本語学校へ入学した。だが、学費が払えず退学となり、在留資格を失った。その後、不法残留が発覚し、2020年8月から入管に収容されていた。

大手紙で最も詳細に事件を報じている東京新聞によれば、女性は「仕送りが途絶えて」(2021年4月7日電子版)学費が払えなくなったのだという。

ただし、本当に仕送りを受けていたかどうかは確かめられていない。また、「母親が家を抵当にローンを組み」(2021年4月16日電子版)留学費用を工面していることからして、当初から女性には留学ビザ取得に十分な経済力がなかった可能性がある。

■留学生の実態は「借金を背負った低賃金労働者」

私費留学生のビザは、家族が借金を背負うことなく、母国から仕送りを受けられる外国人に限って発給される。留学生には「週28時間以内」のアルバイトが認められてはいるが、バイトなしでも留学生活を送れることがビザ発給の条件なのだ。

しかし、この原則を守っていれば留学生は増えず、政府が国策として推進している「留学生30万人計画」も達成できない。そのため近年は、原則無視で経済力のない外国人にもビザが発給されてきた。彼らを「留学生」として受け入れたうえで、低賃金の労働者として利用する目的からだ。

そんな「30万人計画」の推進役を果たしてきたのが、名古屋入管を統括する法務省出入国在留管理庁(入管庁)である。亡くなったスリランカ人女性も、本来は留学ビザの発給対象にならない外国人であったのかもしれない。だとすれば、単に非人道的な長期収容という問題にとどまらず、入管庁が招いたより根深い悲劇といえる。

事実、これまで私は取材を通じ、アジア新興国から多額の借金を背負い来日した留学生たちの悲劇を数多く目の当たりにしてきた。

■問題だらけの「学び・稼ぐプログラム」

世に知られることもなく、日本で亡くなった留学生も少なくない。その1人が、1年半以上も昏睡状態を続けた揚げ句、2020年4月に息を引き取ったブータン人留学生のソナム・タマンさん(享年28)である。

ソナムさんも、名古屋入管で亡くなったスリランカ人女性と同じ2017年、日本語学校の留学生として来日した。ブータン政府が主導して進めた日本への留学制度「学び・稼ぐプログラム」(The Learn and Earn Program)の一員としてのことだ。

ブータンといえば、日本では「幸せの国」として知られるが、若者の失業が社会問題となっている。観光以外に目立った産業がなく、ホワイトカラーの仕事は公務員くらいしかないからだ。

そこでブータン政府は、失業対策として「学び・稼ぐプログラム」を始めた。

■「幸せの国・ブータン」にも悲劇が拡大

政府と連携し、プログラムの応募者を募っていた現地の斡旋(あっせん)業者は、こんな言葉で若者たちを勧誘していた。

「日本へ行けば、ブータンでは考えられないほどの大金が稼げる。留学生には週28時間までしか働けないという法律はあるが、違反して働くことは難しくない」

ブータンに先駆け、出稼ぎ目的の留学生を万単位で日本へ送り出していたベトナムやネパールの斡旋業者をまねた勧誘方法だ。プログラムの名称は「学び・稼ぐ」だが、明らかに「稼ぐ」が強調されている。業者はこうも述べていた。

「ブータンで大学を卒業した人であれば、日本語学校を修了すれば日本で大学院にも進学できる。進学せずに就職したければ、日本のエージェントが仕事を斡旋してくれる」

そして、日本語学校に在学中はアルバイトで年に約180万円、就職すれば約480万円が稼げるといった話もしていた。ブータンの賃金水準は、エリートの若手公務員で月3万円ほどにすぎない。ブータン人がプログラムに殺到したのも当然だ。

プログラムは2017年から18年にかけ実施されたが、人口わずか80万人弱のブータンから、700人以上の若者が日本へと渡っていくことになった。

■逮捕された斡旋業者の経営者

留学生のアルバイトで稼げると宣伝されていた年180万円は、1カ月あたり15万円である。

「週28時間以内」のバイトで稼ぐためには、時給1200円近い仕事に就かなければならない。日本語に不自由な留学生の場合、時給の高い都会で、夜勤の肉体労働をしてやっと稼げる賃金だ。そうしたアルバイトの中身、また就職や大学院進学に必要となる日本語能力にしろ、業者からの説明はまったくなかった。

ブータン政府主導のプログラムとはいえ、留学先となる日本語学校の学費など費用はすべて自腹だ。その額は110万円以上に上った。留学生に払えるはずもなく、ブータン政府系の金融機関が年利8パーセントで貸し付けた。

日本側でビザ発給の可否を審査する入管当局は、留学希望者の経済力を確かめるため、親の年収や預金残高の証明書を提出させている。ブータン人留学生たちが提出した証明書は、斡旋業者が捏造(ねつぞう)したものだった。親の年収などが、実際よりもずっと多く記されているのだ。こうした捏造書類を使ったビザ取得も、アジア新興国出身の留学生の多くに共通する。

ブータンではあり得ない収入額が載っているのだから、入管当局が捏造を見破ることは難しくない。しかし、当局は問題にせず、ビザを発給した。ちなみに、捏造の事実は後にブータン捜査当局の調査で明らかになり、斡旋業者の経営者が逮捕されている。

■日本で待っていた「低賃金」と「ピンハネ」

「学び・稼ぐプログラム」のブータン人留学生たちは、全国各地の20以上の日本語学校に振り分けられた。ソナムさんが入学したのは、福岡県内の学校である。彼女は来日前、母親にこう告げていた。

空を見上げる女性のシルエット
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

「日本に行って1年で借金を返済し、2年目には仕送りでブータンに土地を買い、家を建ててあげるから」

ソナムさんの一家は貧しく、母親が道路工事の現場で働きなんとか暮らしていた。親孝行な彼女は、膝(ひざ)の悪い母を気遣い、肉体労働から解放してやりたかったのだ。

留学時に背負った借金は、月約2万円ずつ5年で完済するスキームだった。1年で返し終えようとすれば、返済額は当然大きくなる。ソナムさんは来日当初からアルバイトに明け暮れた。彼女と同じ日本語学校に通っていたブータン人留学生の1人は、私の取材にこう話してくれた。

「ソナムはパンや弁当の製造工場などで、3つのアルバイトをかけ持ちしていました。ブータン人たちは大半が2つのアルバイトをしていましたが、3つのかけ持ちは珍しかった。彼女が『早く借金を返済したい』と口癖のように言っていたことを覚えています」

この留学生は、ソナムさんと一緒にパン工場でバイトをしていた。仕事は夜8時から翌朝5時まで続き、工場までは日本語学校の寮から電車を乗り継ぎ片道2時間もかかった。

時給は、わずか800円だった。福岡県の最低賃金は当時814円である。22時以降は深夜給として最低でも1017円が支払われるはずだが、バイトを斡旋した業者が200円以上をピンハネしていたのだ。

■脳死状態に陥った留学生

ソナムさんはパン工場で週3日、他にも弁当工場で週3~4日の夜勤に就いていた。さらに日中のアルバイトもやり、日本語学校の授業に出席する。まさに寝る間もない生活だ。

そんな暮らしを1年も続けた末、ソナムさんは結核性髄膜炎(ずいまくえん)を発症した。そして脳死状態に陥(おちい)ったのである。

この頃、ブータン人留学生の間では、結核を発症する者が相次いでいた。その数は、私が確認しただけで30人に上った。ブータンでは結核の感染者が少なくないが、発症には免疫力の低下などが影響する。日本での暮らしが発症を促した可能性は高い。

ブータン人たちは日本語学校の狭い寮で共同生活を強いられ、しかも夜勤のアルバイトに明け暮れていた。

自然豊かなブータンで生まれ育った彼らには、まさに想像を絶する生活だ。しかも借金があるので、母国へ逃げ帰るわけにもいかない。肉体的にも精神的にも、どんなにつらかったことか知れない。

■ブータン人留学生の自殺で真実が次々明らかに

私は、ブータン人留学生たちへの取材を2018年3月から始めていた。そして同年8月、外国人労働者問題を連載している新潮社の国際情報サイト「フォーサイト」に、「学び・稼ぐプログラム」のデタラメぶりと日本で苦しむ留学生たちの実態を寄稿した。ソナムさんが病に倒れる前月のことである。

しかしブータンのみならず、日本の一部大手メディアまでもプログラムを礼賛(らいさん)し続けた。まるで拙稿の内容を打ち消そうとするかのように、留学生の送り出しに深く関わった現地日本語学校の日本人経営者を持ち上げたり、留学生たちは皆、日本で幸せに暮らしているといった報道ばかりなのだ。

流れが変わったのは18年12月、ブータン人留学生の1人が、福岡で自殺してからだ。青年は借金返済に苦しみ、将来を悲観して自ら命を絶ったと見られる。

この事件は、ブータンで大きく報じられた。すると、それまで政府に遠慮して批判を口にしていなかった留学生の親たちが真実を語り始め、プログラムを進めた業者や政府担当者への責任追及の動きが起きていく。

そして斡旋業者の経営者に加え、プログラムを推進した政府高官も逮捕されることになった。

■娘を亡くしたブータン人の母親の慟哭

その間も、ソナムさんの意識が戻ることはなかった。2019年7月にはブータンから母親が来日し、11月まで福岡に滞在した。ブータン人留学生のアパートに身を寄せ、娘の入院する病室を訪ねる毎日である。

母親は病室に入ると必ず、ソナムさんに脈があることを確かめた。そして反応のない身体を愛おしそうにさすっていた。

母親が帰国する前、病院側から病状についての説明があった。回復の見込みがないと告げられ、脳死判定をするかどうかの決断が迫られたのだ。日本の病院では、家族の同意があって始めて「脳死」の判定が下される。また、判定があっても、家族が希望すれば延命措置は続けられる。

しかし結論は出ず、母親はブータンへ帰国した。そして医師でもあるロテ・ツェリン首相との面談を経て、脳死判定に同意した。

母親は2つのことを望んでいた。1つは、体調の悪化した彼女に代わってソナムさんの弟が来日し、生命維持装置の取り外しに立ち会うこと、もう1つが遺体をブータンへ持ち帰ることだ。

窓の前に座って意気消沈した女の子
写真=iStock.com/kaipong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kaipong

しかし、2つの願いともかなわなかった。弟の来日は、ちょうど始まった新型コロナウイルスの感染拡大で困難になった。遺体の空輸にも高額な費用がかかるため、ソナムさんは日本で火葬されることになる。

■日本は留学生を食い物にしたままでいいのか

ソナムさん以外のブータン人留学生たちは、日本語学校を卒業すると多くが帰国していった。アルバイト漬けの毎日で、進学や就職に十分な語学力が身につかなかったのだ。留学時に背負った借金を抱えたまま帰国した者も少なくない。

彼らの人生は、日本への留学で台無しになってしまった。

ソナムさんの悲劇、そしてブータン人留学生たちの不幸は、「留学生30万人計画」の闇を象徴している。同計画によって、アジア新興国では出稼ぎ目的の“留学ブーム”が巻き起こった。ブータンに至っては、政府ぐるみで若者を日本に“売った”ほどだ。結果、留学生たちは日本で過酷な現実に直面した。

ソナムさんらは借金返済に加え、日本語学校に支払う翌年分の学費を貯める必要もあった。だから法律違反だとわかっていても、身体を酷使(こくし)して働かざるを得なかった。そして今も日本には、同じ境遇にあるアジア新興国出身の留学生たちが10万人単位で存在している。

3月に亡くなったスリランカ人女性が、そんな留学生の1人だったかどうかは知れない。しかしスリランカ出身の留学生に、多額の借金を背負い来日している者が多いことは紛(まぎ)れもない事実である。

■外国人留学生の悲劇と入管庁の罪

留学生たちが捏造書類でビザを得ていたとしても、彼らだけを責めるのは酷(こく)だろう。批判されるべきは、ビザの発給対象にならない外国人までも「留学生」として受け入れ、日本人の嫌がる仕事で利用した揚げ句、稼いだ金を日本語学校などの学費として吸い上げるという日本側のシステムだ。

その点で、入管庁の罪は極めて重い。同庁がビザの審査を適正に行ってさえいれば、ソナムさんの悲劇が起きることはなかった。スリランカ人女性にしろ、同じことがいえるかもしれない。

出井 康博『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

コロナ禍(か)の影響でアルバイトを失い、生活に困窮する留学生が急増している。

その一方で、入管当局からビザの更新を却下される留学生が目立つ。更新ができなければ、彼らは日本に留まれない。つまり、入管庁は自らビザを発給しておきながら、労働力として不要になると一転、留学生たちを日本から追い出そうとしているわけだ。

名古屋入管がスリランカ人女性の仮放免を拒(こば)んだ背景にも、そんな事情があるのではないか。以前から入管庁は、スリランカをベトナムやネパールと並び不法残留となる留学生が多い「問題国」の1つとみなしている。だからなおさら、女性に非人道的な対応を取ったように私には映る。

留学生たちの悲劇は、今後もさまざまなかたちで起きるに違いない。それに伴い、入管庁が犯した罪も露(あら)わになっていくことだろう。

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出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)などがある。

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(ジャーナリスト 出井 康博)

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