「女性マネジャーに何ができるのか」冷ややかな視線を浴びてもめげなかった理由
プレジデントオンライン / 2021年5月14日 11時15分
■アルバイト先で予想外の転職
2016年秋、アメリカを代表するITベンダーDellとEMCが統合し、Dell Technologiesを設立した。日本における事業を展開するデル・テクノロジーズで、通信と金融・グローバルのSEチームを率いるのが藤森綾子さんだ。キャリアのスタートは2000年、第2新卒でEMCに入社したが、実は思いがけない成り行きだったらしい。
「自分でも『あれは偶然、それとも運命?』という不思議な流れでした。転職活動中にアルバイト目的で登録していた派遣サイトから、半日の仕事が入ったんです。EMCのマネジャーが採用面接のトレーニングをするのに、応募者の役を務めるという内容でした。私も転職活動の模擬面接のつもりで、緊張もせずに受けたところ、次の日にEMCから連絡があって『うちへ来ませんか?』と(笑)」
■顧客に叱られながら、営業活動に励む日々
グローバルな企業で働きたいと考えていた藤森さんは、外資のEMCでチャレンジしてみようと決意。アソシエイトSEとして入社し、Presales Account SEチームに所属する。プリセールスとは、インフラシステムのソリューションやサービスをクライアントに提案、販売する際に、営業担当と一緒に、SEとして技術的な観点でのサポートをする仕事。大学を卒業してからの3年間は、ソフトウエア開発の企業でプログラマーとして働いていた藤森さんにとって、営業活動はまさに未知の世界だった。
「最初の数年はもうがむしゃらにやっていた感じです。技術的なこともあまりわかっていなかったので、お客さまに厳しい言葉をかけられることもありましたし、営業先で、他のハードウエアのベンダーさんが20人くらいいる中で、うちの説明をしなければいけないこともあって、試練続きの日々でした。大変だった分、度胸はつきましたね」
ただ、経験を重ねるほどに技術的なことは身についていったが、そもそも「ビジネスとは何か」を、自分は理解できていないと痛感する場面が何度かあった。そこで入社7年目にチャレンジしたのが、MBA(経営学修士)の取得だ。
学生時代にアメリカ留学も経験している藤森さんは、海外のビジネススクールで学ぶことを選んだ。一年間休職すると、オーストラリアへ留学し、猛勉強の末にMBAを取得。マネジメントへの興味も湧いて、「マネジャー」になりたいと思うようになった。
■年上男性からの冷ややかな目線
復職後の2008年にリーダー職となり、2011年にはマネジャーへの昇進がかなう。SE職は女性が少なく、部署内では初の女性管理職に。自分が思い描くマネジャー像を目指そうとしていた。
「すべてのことに明確な答えを持ち合わせ、的確に指示ができるだけでなく、論理的な説明で他部署との調整もスムーズにこなしていく。そんなふうに、何事にも強い姿勢で臨むマネジャーであらねばと思っていたのです」
だが、チームは年上の男性ばかりで、メンバーとの関わりは難しかった。新任の女性マネジャーに何ができるのかと冷ややかな目線を感じ、自分の指示にも反応は希薄だった。数カ月経つと、同期で親しいメンバーも「会社を辞める」と言い始め、大きなショックを受けた。
■「強いチーム」をつくるために
何事もうまくいかず、どうしたらいいのかと思い悩んだ藤森さん。「自分はマネジャーに向かないのでは」。進むべき方向も見えなくなってしまった。そんな一年を過ごすなかで、藤森さんは等身大の自分に戻り、自身のあり方を見つめ直したという。
「メンバーの役に立たない限り信頼は得られないと気づき、自分が得意なことは何かと思い返したのです。それから、困っているメンバーがいたら、誰よりも早くレスポンスすることを守りました。他部署の人たちとの調整の間に入って助けたり、提案書づくりに悩んでいたら、自分が知っている情報や昔使っていた提案書を渡したりと、さり気なく手助けするように心がけたんです。また、相手の心を開くには、私自身もオープンに接することが大切ではと考え、プライベートなことも話すようになりました」
もともと雑談が苦手で、あまり社交的ではなかったという藤森さん。それでも少しずつ部下と距離を縮めていくことで、ようやく自分のペースができていき、その先にマネジャーとしてやりたいことも明確になった。
「個の力を強くするのはもちろんのこと、その力をチームとして結集させないと組織はうまく回らないことを知りました。だから、強いチームを作りたいと思うようになったんです」
藤森さんが心がけたのは、助けが必要なときは手をさしのべられるようにメンバーと個別の面談を重ねること。また、チームの結束を固めるため、全体の情報を共有して、連携できるような仕組みづくりもした。
■部下育成で心がけるようになった「期待値」の共有
さらに部下育成では、「期待値」をはっきりさせることも心がけたという。
「はじめて、日本人以外の部下をもったときに気づかされたのですが、彼らは自分の昇進やキャリアに対してアグレッシブで、『キャリアアップするにはどうすればいいのか』と自ら積極的に聞いてきます。そのときに、こちらはその人に何を求めているのか、何を期待しているのかをはっきりと伝えた上で、こういうスキルを身につけた方が良いのではとアドバイスをするのですが、それは日本人の部下を育てるためにも必要なことでした」
外資系企業においても、日本人の部下は遠慮がちで昇進の相談をされることがほとんどなかった。むしろキャリアをどうしたらいいかわからない、現状維持のままでいいと考える人も少なくないことを、藤森さんは案じていた。
「自分でも肝に銘じているのは、『現状維持は後退の始まり』ということ。同じことをずっとやっているだけでは、社会や組織が変わっていく限り、周りから立ち遅れてしまう。何か新しいことにチャレンジするか、もしくはアプローチを変えてみるように部下へ働きかけるようになりました」
■チャンスをつかむのに必要だったこと
2016年にDellとEMCが統合。組織も再編されて、藤森さんが所属するSE部門の中に2つの本部ができた。そのうち一つの本部において日本で新たな本部長が抜擢されることになったとき、アジア地域を統括する上司から「挑戦しないか」と声をかけられた。
藤森さんは「チャレンジしたい」と伝え、その上司も推してくれたが、選考に関わる他部署のキーパーソンとの関係性がなかったことから、最終的には彼らが昔から知っている人が採用され、藤森さんの希望はかなわなかった。今までは望めばかなってきたことが、かなわなかったことで、藤森さんは、ある学びを得たという。
「あのとき痛烈に感じたのは、今までの枠を超えて何かに挑戦しようと思うなら、自分が置かれているポジションで結果を出していくだけでは駄目だということです。自部署のみならず、役割以外でも、イニシアティブをとった実績やそこで築く人脈によって、自身のブランドをいかに確立していくかが重要なのだと知りました」
希望するポジションには就けなかったものの、そのあと通信分野でのSE部長職を新たに任された藤森さん。これも新たなチャレンジだと、できる限りのことを推進していく。そして、自身のブランド力を高めるために、さらに幅広いエリアでの人脈作りや活動を行うことも意識していった。その中で、顧客と一緒にビジネスを創出していくグローバルプロジェクトに積極的に参画したことで、社内外含めたグローバルな人脈が広がり、今までには経験がないほどの大きな枠組みでのアライアンスビジネスを、実践を通じて学ぶことができたと話す。この経験から、さらなる自信も生まれたそうだ。
■部下の「理想のキャリア」を進めるために
2019年には、通信分野での実績が認められ、通信と金融の両方を担当するチームの本部長に昇進。それまでの経験を通して、管理職としての意識もより高まっている。
「部下のキャリアアップをかなえる、または進めるためにも、チームメンバーのブランド力を上げていく重要性を感じています。メンバーの実績やそのポテンシャル、その存在価値を常日頃から広めておくことで、チャンスが来たときにつかめる可能性が高まるからです。だからこそ、メンバーとは、どんなことに挑戦したいか、将来的にどう進みたいか、そのためにはどういう実績を成していくべきかなどを話し合い、私もマネジャーとして支援できることを尽くす。自分自身も何か挑戦したいことがあれば、周囲に伝えることを意識しつづけています」
■学びがあれば、失敗は失敗じゃなくなる
確固としたリーダーシップはいかに培われてきたのかと思っていると、「もともと体育会なので」と藤森さん。実は中学、高校とバレーボールの部活に励み、全国大会まで進出した強豪校の選手だったそう。しかもエースのスパイカー、副キャプテンを務めていたと聞き、選手時代の勇姿が目に浮かぶ。まさにチームプレーから学んだことが、今も自分の核になっているという。
「楽観的というか、前向きなところは変わらないと思います。ネガティブな言葉や考え方が嫌なので、何事も前向きに考える。どんな失敗や挫折も学ぶことがあれば、『失敗』じゃなくなると思っていて。常に新しいことにチャレンジしていたいですね」
それでも気持ちが落ち込むときは、家族に泣き言を聞いてもらうことで、翌日はすっきり仕事に向かえる。休日にはヨガやエクササイズなど運動を楽しんで気分を切り替えているそうだ。
「部下にはよく怖いとかいわれますけど」と本人は苦笑するが、じっくり話を聞くほどに、姉御肌で頼もしい人柄が伝わってくる。周りの部下に聞けば、やはり人望は厚いそうだ。
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ノンフィクションライター
1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。
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(ノンフィクションライター 歌代 幸子)
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