「ここは絶対にやめたほうがいい」介護施設の面接官が50代男性にそう言ったワケ
プレジデントオンライン / 2021年5月18日 11時15分
※本稿は、真山剛『非正規介護職員ヨボヨボ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■見学してから実際に応募した人は2割以下
介護職員養成スクールを卒業し、さっそく仕事を探した。鹿児島市の北東部に位置する吉野町地区には老人施設がたくさんある。
市内中心部から車で20分程度の高台にある場所だが、この一帯にはまだ畑地や田園が広がり、老人施設にはうってつけの環境である。その中から通勤圏内の施設数軒にアタリをつけ、ハローワークの相談員から連絡してもらった。
すると最初の求人先の担当者から、私と直接話がしたいと言われ、相談員から受話器を受け取った。
「応募、ありがとうございます。面接する前にひとまず施設の見学に来ていただけませんか? それから判断されたほうがいいと思いますよ。せっかく書いた履歴書が無駄になりかねないですからね」
声から、かなり年配と思われる相手の女性はきっぱりと言った。
「えっ? どういうことですか」
「じつは今まで見学した方で、それでも応募した人は2割にも満たなかったのです。うちは想像以上にすごいですよ。大丈夫ですか?」
その当時は、まだ介護施設や障碍者(しょうがいしゃ)施設の実態を私もよく理解していなかった。あとで聞いた話だが、その施設はかなり重度の利用者がいて、噛みつかれたり、便を投げつけられたり、自傷行為があったりが日常茶飯事の職場だったようだ。どうりで給与がほかよりもよかったわけだ。しばらく考えて私は保留にした。
ハローワークの相談員も困り顔で、「正直、あなたのやる気をそぐようであえて話しませんでしたが、あの施設は短期間の離職率も相当……ですね」と、彼は言葉を濁した。
■採用前提で話を進める施設の事務局長
求人募集していた2番目の施設もすぐに面接の日取りが決まった。電話に出た事務局長の話し方はとても人あたりがよく、私はこの施設ならいけるかも、と彼の声を聴きながら期待を膨らませた。
面接当日、市街地から離れた山奥の施設に出向くと満面笑顔の年輩者(彼が事務局長だった)と、彼とは対照的にこわばった顔の40代くらいの施設責任者という男性が面接に応じてくれた。思ったよりはるかに大きな病院に併設された介護施設だった。
履歴書を見ながら事務局長は、「君、体格がいいね、何か運動していたの?」とか、「このあたりは冬場は雪が積もるから運転がたいへんだけど、そのうち慣れるよ」などとすでに採用が決まったような物言いだった。
ところが隣の男性はどうもさえない表情をしている。
「もし働けるとしたらいつごろから来られそうですか? たとえば……」。事務局長が言い終わらないうちに話をさえぎり、40代くらいの男性が怒ったような声で言った。
「その前に、ひとまず施設の中を案内します」。そして私に立つように促し、私はそのまま彼のあとに続いた。
■「正直に言いますけど、うち、やめたほうがいいと思いますよ」
いったいなぜ彼は不機嫌なのだろう?
これで半年ぶりに仕事に就けるという明るい気持ちの一方で彼の態度のほうが気になり始めていた。思い切って背後から彼に尋ねた。
「ぶっちゃけ、どうなんですか?」
今思うと採用権限者かもしれない相手に対して私は砕けた物言いをしてしまっていた。「真山さん、ほかも当たったのですか?」。意外な返答だった。
「いえ、ここが2件目ですけど……」
「ここだけの話、正直に言いますけど、うち、やめたほうがいいと思いますよ」
「えっ? なぜですか」
「あの事務局長、役所からの天下りで、実務のことなどまったくわかってない一時の腰かけです。それなのに誰でも簡単に採用するし、辞める相手にも、『あっそ』だけでろくに引き留めもしない」
「だからといって……」
「いや、今までの経験でだいたいわかります。彼が即決で入れたがる人は、だいたい2カ月以内に辞めます」
「どうしてでしょうか?」
「彼があまりにも無責任すぎるからです。どんな事態が発生しても相談になんかまったく乗りませんよ。役所に長くいると、ああなるのですかね。私もいつ辞めようかとチャンスをうかがっているくらいですから。ここ絶対やめたほうがいいですよ。真山さんは年齢的にあとがなさそうだから多少条件が悪くても食いついてくると、彼は高をくくっているのです。下手すると冬場なんて彼の送迎までさせられますから」
もう黙るしかなかった。
■もらった名刺をまとめて捨てる担当課長
私も建設コンサルタント業に従事していたころ、役所の担当者の理不尽な要求や仕打ちに何度にがい思いをさせられたことか。
公共事業の受注機会を増やすために、役所回りをしていた時期がある。夕方ごろになると、役所の担当者の机の上には一面に営業で訪れた人の名刺が置かれていた。私が空いた隙間に名刺を差し出したそのとき土木部担当のM係長が帰ってきた。
「名刺よろしいでしょうか?」。本人がいる手前、ひとまず挨拶すると彼が顎で置けと合図した。私が机の上に名刺を置いたのを見届けると、彼は机の上のすべての名刺をかき集め輪ゴムでくくると、そのままポイとゴミ箱に投げ捨てた。当然、私の名刺も。
彼はその後、何事もなかったようにタオルで顔の汗を拭いていた。それから4カ月経った年明けの2月、土木事務所の人事課の課長から私の会社に電話があった。どうしても3名ほど、退職後の受け入れ先、つまり天下り先が決まらない人がいるという。あなたの会社で雇ってもらえないか、という打診だった。
一般に役所OBを雇うと、その会社の入札指名数が増える。それは官と民の間にある暗黙のルールだった。OBの面倒をみてくれた見返りに、お土産と称して入札の機会を増やすという決まりごと。それが何十年も悪しき慣例として続いてきたのである。
■経験は人を鈍感にさせてしまうケースがある
3名の名前を聞いてすぐに合点した。業者いじめは当たり前、自分の仕事が遅いことを棚に上げて、業者に責任を押しつける、そのくせいつも威張っている評判の悪い役人たち。その中に例の名刺を捨てたM係長も入っていた。
「うちみたいな小さな会社じゃ、恐れ多くてM係長みたいな立派なOBは雇えないです」。皮肉たっぷりに断った。ところがそれから2カ月後、周りの退職者にひと月以上遅れて彼はある建設コンサルタントに天下っていた。
というよりもその会社は役所から余り物の彼を押しつけられた恰好だった。その会社の入札指名が増えることはなかった。いやむしろ減ったくらいだ。
彼は役所の現職の後輩からも評判が悪かったらしい。そんな煮ても焼いても食えない人間はどの業界にもいる。だから私は多少、施設の老人たちから無理を言われても笑ってやりすごす自信がある。経験が人を育てるのではなく、むしろ鈍感にしてしまうケースもあるのだと私は感じている。
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介護職員
1960年生まれ。鹿児島県出身。大学卒業後、デザイン事務所勤務、建設コンサルタント役員、居酒屋経営などを経て、56歳のときに「介護職員初任者研修」を取得し、介護の世界へ。以来4年のキャリアを積む、九州の介護施設に勤務する現役介護職員。
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(介護職員 真山 剛)
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