「これなら民主党政権のほうがマシ」安倍内閣の元"知恵袋"がそう断言する理由
プレジデントオンライン / 2021年5月17日 11時15分
※本稿は、田原総一朗・藤井聡『こうすれば絶対よくなる!日本経済』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■「反緊縮」のアメリカは、成長率がいちばん高い
【田原】先進国では、アメリカがもっとも成長率が高い。
【藤井】リーマンショックの対応が典型的ですが、ああいうとき緊縮財政思想に縛られているとうまく対応できません。当時のオバマ大統領は、ここは徹底的な財政出動が必要だ、と90兆円規模の財政政策をやったんです。
【田原】公的資金を入れて一時、企業の国有化をやった。東西冷戦時代、ソ連がそうだから蛇蝎(だかつ)のごとく忌み嫌っていた国有化ね。
【藤井】そうです。徹底的な金融緩和と大規模な財政政策で、アメリカは成長を続けることができた。
【田原】日本がバブル崩壊で失敗した経験に学ぶ、みたいなことをいっていたね。
【藤井】いっていました。だから日本がやらなかった「不況脱出まで」の充分な財政政策を徹底的にやったんです。そもそもアメリカはニューディール政策をやったくらいですから、アメリカは反緊縮の中心国家といえます。
1929年の世界大恐慌のときは、フーバー大統領以下みんな緊縮思想で、恐慌で所得が下がり税収も下がったとき、財政規律を守って支出を削ろうとした。するとアメリカのGDPが、たった3年で半分近くまで減ってしまった。
1933年にフーバーに代わって登場したルーズベルト大統領にアドバイスしたのがマリナー・エクルズという銀行家です。後にFRB(連邦準備制度)議長になった人ですが、現場の経済を大局的な視点からわかっていて、この状況で政府が緊縮政策をすれば逆効果だということを的確に理解していた。ルーズベルトに盛んに進言しています。
【田原】ルーズベルトのニューディール。
【藤井】ニューディールは、一度ガラガラポンにしてやり直そうという新規巻き直し政策。ルーズベルトは就任直後は緊縮論者でしたが、それを改め、国債を発行し減税もやって、国民にカネが回るようにしたんです。
全国に失業者があふれていたから、たとえばテネシー川流域開発公社で公共事業を興して働かせた。3年ほど続けたら人びとのポケットにカネが入り、そこからは財政政策をある程度緩和しても、サイフォンで水が回るように、みんなカネを使えるようになった。
■「非常時は非常識をやれ」世界に先駆けた日本の積極財政
【田原】世界の先進国で、財政政策を最初に変えたのはアメリカなんだ。
【藤井】いや、じつはですね、1931(昭和6)年の犬養毅内閣で4度目の大蔵大臣になった高橋是清さんが、世界に先駆けた積極財政政策を断行しています。
1931年12月に金輸出再禁止・銀行券兌換(だかん)停止、1932年11月から日銀引き受けによる政府支出増額(軍事予算増)、1932~1934年に「時局匡救事業」という公共事業をやった。これで、世界恐慌が波及し混乱していた日本経済をデフレから脱出させました。
政府公債や満州事変公債を発行し、これを日本銀行が買うかたちで、政府が日銀から現金を引き出し、軍備増強や公共事業に使うという手法です。
【田原】公債発行と公共事業。高橋是清がやったことは、いまとほとんど変わらないんだ。違いは、政府が出した国債を日銀が直接買うか、いったん民間金融機関に買わせてからすぐ日銀が買うか、だけ。
【藤井】「国債の市中消化の原則」といって、いまは財政法で日銀は直接引き受けができません。これを認めると通貨発行に歯止めがかからなくなり、悪性インフレを招くという人たちがいるので、彼らに従うかたちで各国の中央銀行が禁止している。
当時は直接引き受けで、政府には「財政赤字が問題なのに、さらに加速度的に赤字を増やす公債発行とは、大蔵大臣は頭がおかしいんじゃないか」という声があった。高橋は「違う。この状況では非常識をやらねばならぬのだ」と突っぱねた。
高橋是清の政策はケインズ政策の走りで、ルーズベルトが米大統領に就任する前、ケインズが1936年に『雇用・利子および貨幣の一般理論』を書いてケインズ政策が世界に知られるようになる、はるか前でした。
■大蔵大臣・高橋是清の“非常識”が常識になった
【田原】なんで高橋是清は、日本の、いや、世界の常識を破ることができた?
【藤井】やっぱり金融の現場、つまりこのカネをめぐる「娑婆(しゃば)」の実態を、日銀での経験などを通じてよく知っている方だったからだと思います。
若いときアメリカに留学し季節奴隷として働いたり(本人はその契約とは知らなかった)、教師や官僚になったり、官僚を中断してペルーに渡って銀鉱事業を手がけてみたり、型破りな経験をしていますね。その後で日銀入りした。
【田原】ペルーで山師をやって大失敗、無一文になって帰ってきたとか。1936(昭和11)年二・二六事件で青年将校に殺された理由は、軍事予算を削ろうとしたから。でも、その軍事予算は高橋が公債を出して増強したもので、インフレ懸念が生じてきたから減らそうとした。将校たちは何もわかってなかったんだ。
【藤井】高橋是清やルーズベルトのやり方を、いま実践しているのは中国です。ケインズ経済学をずっと発展させた進化形ケインズ理論が、いまのMMT=現代貨幣理論。
習近平は事実上MMTと同様の内容を勉強し、MMTに基づいて財政政策を展開しているといいうる状況にあります。一帯一路で“中国版大ニューディール政策”をやっている。池田勇人の所得倍増計画や、田中角栄の列島改造論など、高度成長までの日本も、徹底的にインフラ政策をやって成長を目指す経済モデルでした。
■麻生太郎内閣と民主党内閣の共通点
【田原】そもそもプライマリーバランスを重視して、毎年その赤字を減らしていくべきだという考え方を、財務省はいつから始めたんですか?
【藤井】大蔵省時代には、その概念は明確にはありませんでした。言い出したのは、省庁再編で大蔵省が財務省になった翌2002年、当時小泉内閣で経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵さんです。
【田原】竹中さんは、GDPの5%程度(28兆円)を占めていたプライマリーバランスの赤字を「10年で黒字化する」といった。増税せずに、2007年にGDP比1%ちょっとの6兆円まで改善したんだけど、リーマンショックでダメになっちゃった。竹中さんは成長重視で増税反対。それを貫いてプライマリーバランスの黒字化目前まで持っていったことを誇りに思い、もうちょっとで実現できたのにと、とても残念がっていました。
【藤井】竹中さんの時代、たしかにプライマリーバランスの赤字はどんどん減っていましたが、それができたのは当時アメリカの景気が良く輸出が伸びたから。あのとき、プライマリーバランスの黒字化なんていわずに徹底的に財政政策をやっていたら、デフレ脱却ができたはず。竹中さんは誇りに思っているとしたら完全に状況認識を誤ってますね。プライマリーバランス赤字を減らすなんて最悪の手を打ったがゆえに、せっかくの輸出増という僥倖(ぎょうこう)をみすみす見過ごし、デフレが続く最悪の帰結をもたらしたのです。彼は誇りに思うのではなく、痛恨の思いを持つべきなんです。
ただ、そんなプライマリーバランス規律ですが、それを少なくともいったん解除することに成功したのが麻生政権。彼はリーマンショック対策で、積極財政を展開するために、プライマリーバランス規律を解除したのです。ここから積極的な財政出動が始まり、続く民主党政権もプライマリーバランスの縛りがなかった。民主党政権は、マニフェストを全部やるといって、すごくカネを使ったんです。結果的には、これが日本経済にとってよかった。
■プライマリーバランス復活…財務省の巻き返し
【田原】その経済によかったことを、やめちゃった?
【藤井】財務省は、プライマリーバランス規律がなくなって3年間、悔しくて悔しくてしょうがなかったんです。
そこで、第二次安倍内閣で麻生さんが財務大臣になったとき、徹底的にレクして、プライマリーバランス規律を復活させてください、と頼んだ。これが2013年1月で、6月の骨太の方針でプライマリーバランス規律が復活しました。消費税の10%への増税も、同時に決めたんです。
【田原】いま、プライマリーバランスはどうなっていますか?
【藤井】コロナ状況下ですから、赤字が非常に拡大しています。内閣府が2021年1月21日に経済財政諮問会議に提出した「中長期の経済財政に関する試算」の見込みによると、2020年度(2021年3月まで)のGDP成長率は実質マイナス5.2%で名目マイナス4.2%。2021年度(22年3月まで)は成長率実質4.0%で名目4.4%。2021年度中には、日本経済はコロナ前の水準に戻ると見ています。
プライマリーバランス赤字の対GDP比の見込みは、2020年度12.9%、21年7.2%です(以上、いずれも%に「程度」がつくがここでは略)。GDPの13%近いということは、額にして70兆円くらいですね。
内閣府の試算にはグラフがついていて、うまく成長するシナリオ(実質成長率が2025年以降2%近い)が実現したとして、プライマリーバランス黒字化は2029年度。早くて10年くらい先ということです。
■PBにとらわれ、コロナ対策もデフレ脱却も失敗した
【田原】内閣府の試算が出る直前の2021年1月18日、麻生財務相は財政演説で、2025年度のプライマリーバランス黒字化を目指すといった。コロナ禍がそろそろ1年なのに、前と同じことをいっている。なんで?
【藤井】まったくなにも考えず、ただ財務官僚の作文を読んだだけでしょう。
【田原】いずれにせよ、いつごろプライマリーバランス黒字化なんてことにこだわっていては話にならない、ということね?
【藤井】そうです。全然ダメです。それをやっている限り、日本はまともなコロナ対策も、防災対策も、防衛対策も、そしてデブレ脱却もみな、まったくできません。
【田原】これを続けている日本政府の責任者は誰?
【藤井】もちろん、菅義偉内閣総理大臣であり、麻生太郎財務大臣です。
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ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。
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京都大学大学院工学研究科教授 元内閣官房参与
京都大学大学院工学研究科(都市社会工学)教授、京都大学レジリエンス実践ユニット長。1968年、奈良県生まれ。京都大学卒業、同大学院修了後、同大学助教授、東京工業大学教授等を経て現職。2012年より2018年まで安倍内閣・内閣官房参与にて防災減災ニューディール政策を担当。専門は経済財政政策・インフラ政策等の公共政策論。文部科学大臣表彰・若手科学者賞、日本学術振興会賞等受賞多数。著書に『MMTによる令和「新」経済論』(晶文社)、『令和日本・再生計画』(小学館新書)など多数。「正義のミカタ」(朝日放送)、「東京ホンマもん教室」(東京MXテレビ)等のレギュラー解説者。2018年より「表現者クライテリオン」編集長。
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(ジャーナリスト 田原 総一朗、京都大学大学院工学研究科教授 元内閣官房参与 藤井 聡)
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