「まだ車買ってるんですか?」そんなキャッチコピーがトヨタ子会社から出てきたワケ
プレジデントオンライン / 2021年5月17日 9時30分
※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「KINTO小寺社長の経営哲学に、立教大学ビジネススクール田中道昭教授が迫る」を再編集したものです。
■「自動車の売り方に大変革を起こせ」
【田中】KINTOは小寺社長がトヨタ自動車の豊田章男社長の命を受けて始められたとうかがっています。豊田社長からどのようなミッションを受けたのでしょうか。
【小寺】私は2018年1月にトヨタ自動車からトヨタファイナンシャルサービスに移って、このサービスを立ち上げることになりました。その直前に豊田から呼ばれ、こういうミッションを与えられました。
「自動車業界は今100年に一度の大転換期。自動運転の開発やEVなど技術開発は進んでいるが、売り場は何も変わってない。売り方でも大変革を起こせ」
さまざまな分野で「保有から利活用へのシフト」が起きている。車も同じことが起きるに違いない。そうするとわれわれが車を保有してお客様に利用していただくアセットビジネスになるので、ファイナンスカンパニーが後ろ側にいたほうが新しい売り方をつくりやすい。それでトヨタファイナンシャルサービスに移って、新しい売り方にチャレンジしたという経緯です。
【田中】サブスクリプションというアイデアは、すぐ出てきたのですか。
【小寺】いや、移籍するまでの数カ月間は悶々としてましたね。最初は本当に何をすればいいのかわからなくて、自分はもしかするとクビになって外に追い出されたのかな、とすら思いました。だけど保有から利活用の世界に入って何かやるなら、やはりベースになるのはサブスクリプションだろう、と。そこから約1年かけて構想を練り、19年1月にこの会社を立ち上げました。そこから本格スタートしたのは2019年7月です。
■いち早くプラットフォームをつくった会社が勝つ
【田中】準備の期間は、どのようなところに苦心されたのでしょう?
【小寺】一番重視したのは、早く立ち上げることですね。われわれはトヨタの販売店から車を買ってきて、その車をお客様に借りていただく業態です。実はこの業態はわれわれじゃなくても誰でもできる。アマゾンが入ってきて先にプラットフォームを取られる怖さもあるわけです。
実際、中国ではアリババの子会社がこの業態で年間数十万台を売っていて、もはや形勢逆転は難しい。ですから、日本の市場は早くやりたかったのです。トヨタの販売店のネットワークは強固で、販売店とパートナーを組んで先にプラットフォームを作ってしまえば、あとからeコマース系がきても負けないぞと。
【田中】起案されてから1年ぐらいで立ち上げたのは、トヨタ自動車の事業としては、もう最短級の最短ですよね。そのスピードの秘訣はどこにあったのでしょうか。
【小寺】KINTOは本体ではなくトヨタファイナンシャルサービスから立ち上げました。それはファイナンスビジネスがベースになること以外にも、もう一つ理由がありました。トヨタのような大組織の中で新しいことをやろうとすると、ネガティブチェックを繰り返すので前に進めない。だから「外に行って勝手にやれ」というのが豊田の狙いだったのです。
■「まだ車買ってるんですか?」のCMが与えた衝撃
【田中】社内で叩かれそうな最たるものが、あのテレビCMですよね。「まだ車買ってるんですか?」というコピーは本当に衝撃的でした。よく社内で通りましたね。
【小寺】中では通らないです。ですから、あれはトヨタ自動車に見せずに出しました。出してから、方々から苦情が入りました。
【田中】経営者としてやり切るという勇気だったわけですね。
【小寺】CMの前まで、グループ内では「なにをやっているのか、よくわからない」という感じで見られていましたが、あの後は、「放っておくと変なことをするぞ」と監視の目が強くなりました。まあ、そんなのは知らないよと言って、いまもやっていますが。
【田中】豊田社長は、GAFAがモビリティ産業に入ってくるとゲームが変わるということをいち早く察知されていた経営者で、非常に強い危機感をお持ちです。CMを見て苦笑いしたかもしれませんが、心の中では、自らを破壊する打ち出し方を評価しているのではないですか。
【小寺】最後の最後は豊田が味方についてくれてるに違いないと思っていたから、あのCMはできたんです。そこがなければ踏み込めなかったでしょう。
■自らが「ディスラプター=破壊者」になる覚悟を持て
【小寺】もっとも、外に出てやった成果はCMだけではありません。最初はノウハウが何もないので、プライスを大きく左右する保険については保険会社さんに手伝ってもらったし、住友三井オートサービスからリースのプロに来てもらったり、広告代理店にも助けてもらって、混合で立ち上げました。トヨタ自動車は自前主義の会社だったので、そういう展開は中だと想定できなかった。外だからできたのです。
【田中】すごい話ですね。私が連想するのはアマゾンです。アマゾンはもともと世界一の書店でしたが、Kindleで電子書籍を始めるとき、ジェフ・ベソスはKindleの責任者に「本業を破壊するつもりでやれ」と言って立ち上げました。小寺社長の場合は、豊田社長から直接、破壊を命じられたのではないかもしれません。ただ、豊田社長との信頼関係がベースにあって、「きっと経営者の本質はこうだろう」と真意を汲んだからこそ、勇気を振り絞ってやられたのではないかと。
【小寺】そうですね。要は逆張りです。トヨタ自動車の中で新しいことができない原因はたくさんありましたから、それを全部潰しこんでいけばできるし、豊田もそこに期待しているのだろうと思っていました。
■「変わった仕事は小寺に回せ」
【田中】小寺社長の経営者としての勇気の原点を探りたいと思います。まずトヨタ自動車における略歴をお聞かせいただけますか。
【小寺】私は昭和59年の入社です。自販と自工の合併が57年なので、トヨタ自動車二期生ですね。そこからずっと営業部門が多くて。企画系の仕事をほぼ一貫してやってきました。部長になる手前ぐらいから、「変わった仕事は小寺に回せ」という見方をされるようになって、短期のプロジェクトを転々とする仕事ぶりを10年ぐらいしていました。
【田中】なぜ変わった仕事が小寺さんのところに?
【小寺】人間がちょっと変わってるからということかと。実は私は小難しいことが得意で、簡単なことが下手。ゴルフでも、木の下からのリカバリーショットはうまく打つのですが、フェアウェイから打つとシャンクして横にボールが飛んでいってしまう。仕事ぶりもそのような感じなので、会社はそういう私の性質を活かしてやろうとしたのだと思います。
【田中】トヨタがテスラと一緒にやったプロジェクトもご担当されたとか。小寺社長はテスラをどのように評価されてますか。
【小寺】今は経営陣がほぼ入れ替わっているのでわかりませんが、当時はすごく意欲的な会社でしたね。雰囲気は昭和の高度成長期の日本の会社で、みなさんパッションを持ってめちゃくちゃ働いていました。経営陣と飲みに行くと、「最近の若い奴らは面白くない。誘っても飲みにこない」。シリコンバレーの人たちがこんなこと言うんだって驚きました。
【田中】イーロン・マスク自身もハードワーカーで有名です。やはりハードワークも時によっては必要なのでしょう。そうしたご経歴の中で、今回のKINTO立ち上げにつながる勇気や情熱をどうやって培われていったのですか。
【小寺】あまり思い当たることがないんです。私自身は、トヨタ自動車に育ててもらったという思いが強い。短期のプロジェクトを数多くやる中で身につけたものを、今全部使ってビジネスをしているといったところです。
■KINTOの社名から「トヨタ」を外した理由
【田中】今後の展開を教えてください。
【小寺】KINTOは若い人を中心に一定層の支持を受けるようになりましたが、まだボリュームは小さい。トヨタのビジネスのマジョリティの中には入りこめていないので、これから長い戦いが続きます。
ボリュームを増やすために必要なのは、お客様に意識を変えていただくこと。車は買うものだと思っている方がほとんどなので、そうではない車の持ち方があることをわれわれがうまく伝えていかなければいけません。最初は販売店の店頭でお客様にご説明するとき、内容を理解していただくのに30分かかりました。いまは少し浸透して、10~15分で身を乗り出してくれるようになった。プロモーションのやり方に加えて、商品を魅力的なものにつくりこんで、さらに魅力を伝えていきます。
【田中】利用可能な車種がすごく増えてますよね。もともと5車種で始まったのが、2020年1月に31車種になり、レクサスまでラインアップに加わりました。対象車種の拡大は魅力づくりに貢献していると思いますが、今後、トヨタ以外の車を加えることもあるのでしょうか。
【小寺】メディアの方には「はい、その通りです」と言っています。社名がトヨタKINTOではないのも、そのような狙いがあるから。豊田からも「トヨタの名前をつけるんじゃないよ」と厳命されました。
【田中】スケジュール的にはどのようなイメージですか。
【小寺】早くやりたいですが、まずわれわれ自身のサービスを拡充させるほうが先です。サブスクはお客様の利用後に車が戻ってくるので、中古になった車をどのように活用するのかをセットで考えなくてはいけません。われわれはトヨタの販売ネットワークがあるのでそのビジネスモデルをつくりやすいのですが、ホンダさんや日産さんの車を扱うとなると、やはり一緒に組まないとできない。そこにエネルギーがかかることは覚悟しています。
■大企業でもスタートアップ的なやり方はできる
【田中】最後に、新しいビジネスに挑戦しようとしている読者にメッセージをいただけますか。
【小寺】KINTOを立ち上げるとき、スタートアップのみなさんから「大企業では新しいビジネスなんてできないでしょ」と散々言われましてね。僕はそれが悔しくて悔しくて。
新しいことに対する慎重さは、リスクの大きさに比例すべきです。ですから、大きくなった事業にさまざまなネガティブチェックが入るのは当然です。しかしKINTOがやってきたビジネスは本当に小さなもので、仮に大失敗をしても2~3年で畳めば誰も傷つかない。そのように発想を切り替えれば、大企業だって、トライ&エラーのスタートアップ的なやり方ができるはずです。
そう信じてやってきて、ようやくここまできました。そういう意味ではスタートアップの方々に少しだけ認めてほしいし、大企業の中で新しいことに挑戦しようとされている方々の後押しになればうれしいですね。
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KINTO 社長
1984年トヨタ自動車に入社。営業などの経験を積んだ後、経営企画部明日のトヨタ準備室主査、営業企画部中長期計画室室長、次世代環境車事業室室長、営業企画部部長、新興国企画部部長、常務役員、第2トヨタPresident、東アジア・オセアニア本部本部長などを歴任。「トヨタウェイ2001」策定プロジェクト、トヨタIMVプロジェクト、テスラとの共同開発プロジェクトなどを担当。2018年より、トヨタファイナンシャルサービス取締役上級副社長(現在も兼任)。2019年より現職。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(KINTO 社長 小寺 信也、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 構成=村上敬)
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