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「国の未来を国民投票で決めるとヤバい」大混乱が続く英国政治の教訓

プレジデントオンライン / 2021年5月15日 9時15分

2021年5月7日、英スコットランド民族党(SNP)の議席獲得を喜ぶニコラ・スタージョン党首(イギリス・グラスゴー) - 写真=EPA/時事通信フォト

■「スコットランドで独立運動が再燃」総選挙で支持派が過半数に

5月6日、英国を構成するスコットランドで議会選(定数129)が実施され、スタージョン行政府首相が率いる与党スコットランド民族党(SNP)が獲得した議席は64にとどまり、単独過半数に1議席届かなかった。しかし環境政党である緑の党の8議席と合わせて、英国からの独立を支持する勢力が議会の過半数を得ることになった。

スタージョン行政府首相は選挙結果を受けて、喫緊の課題は新型コロナウイルス対応にあるとしながらも、スコットランド独立の是非を問う2回目の住民投票を実施する用意があることを表明した。他方で英国のジョンソン首相は住民投票の実施を認めないという姿勢を改めて示し、スタージョン行政府首相に対して牽制した。

英国がいくらそれを阻もうと、スコットランドが民意を確認したうえで独立を宣言すること自体は可能だ。しかしながら、スコットランドを第三国が独立国家として容認するかどうかはまた別問題となる。例えば2008年にセルビアの反対を押し切って独立したコソボの場合、日本をはじめとする第三国が承認したからこそ、独立国家になり得た。

2016年6月の国民投票で離脱派が僅差で勝利したことを受けて、英国は2020年1月にEUから離脱した。そのEU離脱を主導したジョンソン首相が、今度は同様に住民投票での意思を確認したうえで英国から離脱しようとするスコットランドの指導者を批判する。なんとも皮肉めいた状況に陥っているのが、今の英国の実情である。

■独自通貨を導入する必要性

現実的には、スコットランドが独立するうえでの障壁はさまざまある。そのうち経済の観点からは、とりわけ独自通貨の導入が大きな論点となる。現在スコットランドで使われている通貨は英国のポンドであり、スコットランド銀行、RBS(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)、クライズデール銀行という三大民間銀行によって発行されている。

しかしスコットランドが英国から独立すれば、おのずと独自の通貨を持つ必要に迫られる。そのため発券機能を持つスコットランド独自の中央銀行を設立しなければならない。そして新設された中銀は、スコットランド政府の信用力に基づき、通貨を発行することになる。ここで意味するスコットランド政府の信用力とは、財政の健全性にほかならない。

コロナ禍で英国の公的債務は国内総生産(GDP)の規模を60年ぶりに上回ったが、スコットランドは独立に当たり、最終的にはその経済規模に応じた公的債務を引き継ぐ必要がある。それに英国は経常赤字、つまり貯蓄不足の国であるが、スコットランドもまた同様だ。保守的な財政運営に努めないと、新たに発行する国債の買い手など見つからない。

それにスコットランドは人口わずか500万人強にすぎず、内需も厚みに欠ける。つまり需給の両面で、スコットランド経済は成長の余力に乏しい。よほどタイトな財政運営をしない限り、外国人投資家がスコットランド国債を好んで買うことは考えにくい。そうした状況では、中銀が新たに発行する独自通貨も投資家の信認を得ることができない。

グレート・ハイランド・バグパイプを演奏する男性たち
写真=iStock.com/SteveAllenPhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SteveAllenPhoto

■EU再加盟への道のりは極めて長い

それにスコットランドが独自通貨を導入しても、当面は交換性に乏しい状態が続く。つまりスコットランドで独自通貨を米ドルなど外貨に交換できても、外国ではそうした交換が成り立たない。皮肉なことに、スコットランド人が資産防衛のために独自通貨を国内で外貨にどんどん交換するため、固定相場制を導入したとしても維持できないだろう。

そうなると、スコットランドの独自通貨は早晩、通貨危機に陥ることになる。そうなれば、これまでスコットランド人が積み上げてきた金融資産の価値が大幅に目減りする。とりわけ年金受給者は悲惨であり、生活が貧しくなることは目に見えている。欧州債務危機の際にギリシャがユーロから離脱しなかった(できなかった)理由と同じだ。

またSNPは、スコットランドが独立したらEUに再加盟する方針を堅持している。英国は元々EUに加盟していたわけだから、EU加盟基準(コペンハーゲン基準)のうち政治的基準(民主主義、基本的人権の尊重など)や法的基準(国内法とEU法との整合)はほとんどクリアしているが、経済的基準となると、やはり話は変わってくる。

経済的基準とは、物価や金利などを中心に要するに安定したマクロ経済環境を維持することを意味する。物価や金利などを安定化させるためには、どうしても保守的な財政運営が欠かせない。スコットランドが独立した場合、少なくとも数年、マクロ経済は混乱を余儀なくされる。経済的基準を満たすためには最低でも10年はかかるだろう。

■他のEU加盟国が歓迎しない恐れ

先に述べたコソボの場合、アルバニア系住民の実効支配が続いており、セルビアとの関係が長らく緊張していたことなどから、EU各国はコソボを独立させた方が地域の安定に貢献すると判断し、その独立を容認した経緯がある。復興支援の観点からEUはコソボでのユーロ利用を黙認したため、コソボは独自通貨発行の問題を回避できた。

コソボの人口は200万人に満たず、また所得水準も4000米ドルを超える程度と低い。そして何より、セルビアがEUにまだ加盟しておらず、コソボの独立もEUにとってはある意味で対岸の火事であった。しかしながらスコットランドの場合、袂を分けたとはいえ近しい関係を維持したい英国との兼ね合いもあり、コソボのようにはいかない。

それにEU各国の中には、英国と同様に地方の独立問題を抱えている国が少なくない。非常に有名な例としてはスペインのカタルーニャ州があるが、スコットランドの独立がそうしたEUの中でくすぶる地域ナショナリズムを刺激する恐れは非常に大きい。つまり、スコットランドの独立を、EU各国は歓迎するどころか、忌避する恐れがある。

こうしたことを最も良く分かっているのは、実はSNPだろう。それだけに、スタージョン行政府首相らSNP指導部がいたずらに独立に向けた動きを仕掛けてくるとは、まず考えられない。今後は民意の動向を見極めつつ、スタージョン行政府首相は英国のジョンソン首相に対して、高度に政治的な駆け引きを展開することになるはずだ。

■国民投票が悲劇的な結果をもたらす教訓

しかしながら、われわれはすでに英国のEU離脱というショックを経験している。それは政治が国民投票という手段で民意を利用しようとした結果、その制御を放棄した末の悲劇ともいえる。経済的には極めて非合理な決断がスコットランドでなされたとすれば、それは英国、特に民意をもてあそんだ責任政党である保守党にとり、皮肉以外の何でもない。

なお日本では5月11日、国民投票法案が衆議院で可決された。国民の声が政治決定に反映され易くなると期待される一方で、政治がそれをもてあそぶような事態が生じる危険性もはらんでいる。国民投票や住民投票が悲劇的な結果をもたらす可能性があることについて、英国やスコットランドの動きからわれわれが学ぶことは多いといえよう。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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