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「接客の中心は聴覚障害のある人たち」スタバが国立駅に異例の新店を開いたワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月9日 11時15分

nonowa国立店の店頭。ストアマネージャー(当時)の伊藤真也さんに手話で“スターバックス”を表してもらった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

スターバックスは昨年6月、国立駅直結のビルに新店舗をオープンした。従業員22人中16人は聴覚に障害があるが、全員が接客業務に当たっている。駅周辺の主力エリアに出店した狙いを取材した――。

■駅直結のビルにある「手話を使う」店

「あの店で手話を覚えたんです。『ありがとう』って手話で伝えたら、店の人がすごく喜んでくれた」

スターバックスの新店「nonowa 国立店」に週2回ペースで通う美容師の男性はそう言う。2020年6月、JR国立駅直結のビルに開いたこの店は、従業員22人のうち16人が聴覚に障害をもつ。期間限定ではなく、駅周辺エリアの主力に位置付けられる常設店舗だ。

3月中旬、昼時の店内は8割がた席が埋まっていた。編集者と2人でコーヒーを頼むために列に並んだら、パートナー(従業員)の野村恒平さんが「ソーシャルディスタンスをとって!」とジェスチャーで伝えてくれた。意味はすぐに分かった。

■ジェスチャーと指差しで注文完了

レジカウンターでは、「指差しメニュー」に書かれたメニューを指しながらコーヒーのサイズ、ホットかアイスかなどを伝える。野村さんは手でマルをつくり「OK」サインを出し、慣れた様子でレジに打ち込んでいく。「領収書をください」という言葉は伝わらなかったので、差し出されたタブレット端末に電子ペンで書いた。

nonowa国立店には、客が指差しで注文できるよう独自のメニュー表がある
撮影=プレジデントオンライン編集部
nonowa国立店には、客が指差しで注文できるよう独自のメニュー表がある - 撮影=プレジデントオンライン編集部

nonowa国立店では、聴覚に障害のあるパートナーが働きやすく、お客も戸惑うことがないように、店内にさまざまな工夫を凝らしている。

例えば、パートナーが腕につけるデジタルウォッチは、コーヒー豆の交換タイミングなどを音の代わりに振動で知らせる。客が受け取るレシートには注文番号が書かれている。店内のデジタルサイネージに番号を表示して、ドリンクができたことを知らせるためだ。

■自分たちも活躍できる店をもちたい

nonowa国立店が生まれたきっかけは2017年8月に本社で開いた、聴覚に障害のあるパートナーを対象にしたグループワークだった。グループごとに自分たちがやりたいことをまとめたところ、全グループが「『サイニングストア』をやりたい」と希望した。サイニングストアとは、手話を第一言語とする店だ。当時、マレーシアで初のスターバックスのサイニングストアがオープンしていた。

「本当にできるのかな、という気持ちはありました」。社内のダイバーシティ&インクルージョンを担当し、サイニングストアの立ち上げに関わったマーケティング本部Social Impactチームの林絢子さんは言う。

この時はまだ新店舗を出すまでの構想はなかった。でも、希望を叶えようと2018年3月、鎌倉市内の店舗で夕方2時間だけ、手話だけで接客をする「イベント」を開いた。希望した聴覚に障害のあるパートナー7人が、接客した。

皆が生き生きと働く姿を見て、林さんは思った。「障がいのあるパートナーが100%の力を出し切れる職場を会社としてつくれているだろうか」と。

「聴覚障がいのあるパートナーは以前から健聴者と同じ接客業務をしていました。ただ、一つの店舗に1人、多くても2人というケースが多く、マイノリティー(少数派)です。サイニングストアを望む声が上がった背景には、マイノリティーとして働く中で感じた、疲れやもっとできるという気持ちがあったのだと思います」(林さん)。

店舗立ち上げに関わったマーケティング本部Social Impactチームの林絢子さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
店舗立ち上げに関わったマーケティング本部Social Impactチームの林絢子さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「何を話しているんだろう」店長の戸惑い

nonowa国立店のストアマネージャー(店長、取材当時)、伊藤真也さんはマイノリティーとして仕事をするしんどさを体験した。伊藤さんは健聴者で、nonowa国立店がストアマネージャーとして働く4店舗目の店だ。

ストアマネージャーの伊藤さん。当初はデフパートナーとのやりとりに苦労したこともあった
撮影=プレジデントオンライン編集部
ストアマネージャーを務めた伊藤さん。当初はパートナーとのやりとりに苦労したこともあった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「鎌倉でサイニングストアを時間限定で開いた時、健聴者が店長の僕1人だったんです。当時は手話もできなかったから、彼らが手話で雑談して笑い合う姿を見て『何を話しているんだろう』とすごく気になり、業務に集中できなかった。疲労感がありました」。聴覚に障害のあるパートナーから「なんで伝わらないんだろう」と思われているのでは、と疑心暗鬼にもなった。

会社としてもサイニングストアオープンに挑戦したい、という思いが募り始めた。最初は2時間、次は半日、そして一日やったらどうなるか――。少しずつトライアルの時間を長くし、場所も住宅街からオフィス街の西新宿までさまざまなところで計7回試した。

最初のトライアルから約1年後の2019年3月、サイニングストアオープンに向けたプロジェクトチームができた。店舗開発や人事、営業といった社内のほぼ全ての部署が関わり、新店の詳細を詰めていった。

サイニングストアを構える街は国立を選んだ。新宿から快速列車で30分ほど、一橋大学など文教地区としても知られる。そして、市内には立川ろう学校がある。林さんはろう学校に行き、生徒たちがどんな進路を歩むのか、聞き取りも行った。将来、接客業に就きたいと考える生徒が、サイニングストアで働く従業員を見て、可能性を感じてほしいという願いもある。

nonowa国立店の様子。お昼時は満席になることも多い
撮影=プレジデントオンライン編集部
nonowa国立店の様子。お昼時は満席になることも多い - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■怒り出す人、マスクで口の動きが読めない…

聴覚に障害がある人にとって、接客の難しさはある。nonowa国立店で働く野村恒平さんは「私が聞こえないことを知らない人もたくさんいるので、なかなかやり取りがスムーズにいかず、接客中に怒りだしてしまうお客さんもいた」と振り返る。筆談ボードを差し出しても書かない人もいる。

デフパートナーとして働く野村恒平さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
聴覚障害のあるパートナーとして働く野村恒平さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

コロナ禍でマスク着用になり、来店客の口の動きを読むことができないもどかしさもある。

野村さんはこうした状況に難しさは感じているが、悲観はしていない。同僚たちから助言を受けながら、できるだけ分かりやすいジェスチャーを取り入れた。テイクアウトかイートインか、テイクアウトなら紙袋は必要か、不要か、こういったことを身振り手振りで聞いている。

■英語や日本語と同じ、一つの言語だから

野村さんは福岡から上京することを考えていた時、たまたま見たスタバのサイトで、nonowa国立店の求人を見つけて応募した。

接客では手話のほか、タブレットでの筆談も行っている
撮影=プレジデントオンライン編集部
接客では手話のほか、タブレットでの筆談も行っている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

この店で働くことで地域やお客さんにどんなことを伝えたいですか、と聞いた。「手話は、英語や日本語などと並ぶ一つの言語だということを知って、関心を持ってほしい」と野村さんは答えた。聞けば「ヤバい」などの若者言葉や流行語を表現する手話もあって、高齢のろう者は分からない場合もあるという。

書店の中には、手話の本が福祉コーナーに置かれ、人の目に触れにくいケースもある。英語や中国語と同じように語学コーナーで扱えばもっと多くの人に目にとまるはず。野村さんはそう考えている。

■障害者雇用の現状はまだまだ厳しい

日本の企業全体に目を転じると、障害者の雇用は厳しい。国は3月、働き手の一定割合以上、障害者を雇うことを義務づける法定雇用率を引き上げた。民間企業は0.1ポイント上がり、2.3%になった。障害者を1人雇う義務が生じる企業は、従業員45.5人以上から43.5人以上に対象が広がった。

nonowa国立店では、出来上がったドリンクをサイネージで知らせている
撮影=プレジデントオンライン編集部
nonowa国立店では、出来上がったドリンクをサイネージで知らせている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

厚生労働省によると、2020年6月1日時点で、企業での雇用者数は57万8292人となり17年連続で増えている。ただ、法定雇用率を達成している企業は48.6%にとどまる。

ちなみにスターバックス コーヒー ジャパンの障害者雇用率は3.15%だ。「ダイバーシティの最前線」であるnonowa国立店を参考にしたいと、企業や自治体からの視察も増えた。

林さんは「人材の循環を通じて、サイニングストアのインパクトを全店に広げていきたい」と言う。手話が第1言語のパートナーにとって居心地の良い場所で自分の能力を発揮し、自信を持った後は、他店でスキルを活かしてほしいという考えだ。全国に約1600店舗あるスタバで、nonowa国立店と同じような多様性が当たり前の店を作ることが最終的なゴールだという。

■この店は社会のロールモデルの一つです

nonowa国立店は6月、開店1周年を迎える。この1年で、地域で広く知られるようになり、さまざまな人が来店する。車椅子の人、高齢者、読んだり書いたりすることに困難を抱える「ディスレクシア」の人――。「多様性を大事にする店が、国立の街にできて誇らしい」。店長の伊藤さんは、地元の人からこんな声をかけてもらうことが増えた。

パートナー同士のやりとりも手話が基本。野村さんは「この店は多様性社会のロールモデルだ」と話す
撮影=プレジデントオンライン編集部
パートナー同士のやりとりも手話が基本。野村さんは「この店は多様性社会のロールモデルだ」と話す - 撮影=プレジデントオンライン編集部

最近、伊藤さんはうれしい瞬間があった。「グランデのドリップコーヒーを手話で表現するにはどうしたらいいのか、ということで何人かの常連さんで盛り上がっていたんです。その場に聴覚に障がいのある方は一人もいなかった。この店がなければなかった会話だなぁ、と思うとうれしかったですね」

聴覚に障害のあるパートナーとの関係にも変化を感じている。オープン当初、伊藤さんは手話の文法にこだわりすぎて、ミーティングなどの場でパートナーに言いたいことを伝えきれないことがあった。しかし、ともに働く中で信頼関係を深め、今は相手に伝わっていないと感じた時は遠慮なく確認し合うことができ、意思疎通がスムーズになった。

野村さんが言う。「毎日来てくれる常連さんとの会話や、一緒に接客するパートナーたちの存在に支えられて、今の私がいる。この店は多様性がある社会のロールモデルの一つだと思う」

お互いを認め合い、誰もが居場所を感じることができる文化をつくる。こんな取り組みの積み重ねが、多様性が当たり前になる社会に近づくのかもしれない。

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国分 瑠衣子(こくぶん・るいこ)
ライター
北海道新聞社、繊維専門紙「繊維ニュース」の記者を経て2019年に独立。北海道新聞社では事件・事故、司法、地方行政、地域医療を担当。繊維ニュースでは学校制服と企業用ユニフォームを専門に、スポーツアパレルや繊維メーカー・商社を取材。

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(ライター 国分 瑠衣子)

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