「副社長が来ても作業員がヘコヘコしない」トヨタの工場にある"異質"な風景
プレジデントオンライン / 2021年5月19日 9時15分
※本稿は、野地秩嘉さんのnote「小山薫堂さんが読み解く「トヨタの強さ」|『トヨタ物語』続編執筆にあたって 第12回」の一部を再編集したものです。完全版はこちら。
■工場に足を運び続け70回
【柳井】今日は『トヨタ物語』の著者、ノンフィクション作家の野地秩嘉さんをお迎えしました。
【小山】これまで野地さんが書いたものはどれも抜群におもしろいんですよ。僕が『キャンティ物語』という野地さんが書かれたものをドラマにさせていただいたのが、もう10年以上前ですかね(2004年「あの日にかえりたい。~東京キャンティ物語~」)。ですから、本を書かれたのはもうちょっと前だったと思うんですけど。
【野地】1994年です。
【小山】野地さんを見ていると、あんまり忙しそうじゃなくて、ゴルフばっかりしている印象がありますけれど、いったい、いつ取材しているんですか。だって、この『トヨタ物語』は、70回も工場に行かれてるんですよね。
【野地】そうなんですよ、70回。トヨタだけじゃなくその他の自動車会社も見に行きました。書く時はあまり考えてません。大したことないんです。調べたことをただ書いてるだけですから。
【小山】野地さんは調べているものを書いてるだけとおっしゃいますけど、読んでいると、野地さんという主人公が旅をしている私小説のようにいつも感じるんです。
【野地】鋭い(笑)。
【小山】影武者となって物語を書いてるだけじゃなく、本のなかに野地さんがいるんですよ。そして、もうひとつ、思うのはこの物語、ドラマにしやすいんです。
■カローラ、アルファード…の後ろにパトカー
【野地】ありがとうございます。ドラマにしやすいのはトヨタの工場がとても面白かったからなのでは。トヨタの工場はミュージアムみたいでした。工場の照明が他社とは全然違って、手元が見やすい、明るい照明でした。それに見学路から作業者を眺めるのも見やすかった。現場を見ながら、書くことをずっと考えてました。
【小山】他にも他社の工場と違うところはありましたか。
【野地】トヨタの工場がほかの工場と違うところっていくつかあります。僕らの頭のなかにある工場の風景とは同じクルマ、黄色なら黄色いクルマが続々と出てくるというイメージです。でも、トヨタの工場にはそういうことはない。カローラの後ろにアルファードが流れてきたり、車種も色も違う。
そして、後ろにパトカーが流れてきたりするんですよ。2、3台後にはタクシーが流れてくる。すごいことをやってるんだなとひと目でわかる。部品だって、車種が違えば変わるわけですから。
【小山】確かに作業する人が戸惑いますよね、クルマが違うと。
■他社の工場といちばん違うのは
【野地】それと僕がほかの工場とトヨタの工場のいちばんの違いだと思ったのは、働いてる人がものすごくふてぶてしいんですよ(笑)。
【小山】トヨタの人が(笑)。
【柳井】えっ、どういうことですか。
【野地】たとえば、ある会社に取材に行くとします。どこの会社であれ、オフィス内に入っていくと、働いている人は「早く帰れ」「来てほしくない」という念力を背中から出します(笑)。もう早く帰れって、みんな考えている。
【小山】ところがトヨタは違う?
【野地】はい、「おまえら、いくらでも見て帰れ」みたいな、ふてぶてしさがある。
【小山】親方みたいな、大工の棟梁みたいな。
【野地】余裕があるんでしょう。河合(満)さんって中学からトヨタ工業学園に入って、大学卒ではない元副社長がいるんですけど、すごくおもしろい。その人と一緒に工場に行ったことがあります。普通、副社長が一緒だったらみんな、へへーって感じですよね。ところが、副社長が「おはよう」って言っても、現場の若造は「オッス」(笑)。ぜんぜん動じていない。副社長の前だからといって緊張していない。
■「日本人が勤勉」は嘘だ
【小山】野地さんの本には、今みたいなというか、ドラマになったら、ここ一つの見せ場だなというのがちょこちょこ挟んである。
で、僕もまずおもしろいなと思ったのは現場の話でした。(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんがなかで言ってます。
「日本人が勤勉だというのは嘘だ。工場に視察に行くと、みんなが働くフリをする。目を合わせないようにしてそそくさと仕事を一生懸命やってるんだ、とアピールをする。だが、アメリカのワーカーは『やあ』と声をかけると、ニコニコ笑ったりする」
あれは戦後すぐの話ですよね。
【野地】はい。日本の自動車会社が吹けば飛ぶようなちっちゃな時の話です。
【小山】工場長が訓示するんでしょうね。「今日は本社から偉い人がいらっしゃるから、みんな気を引き締めて」
【野地】小学校の先生が「今日は父兄参観だからみんな手を挙げて」と言うようなもんですよ。
■タバコを吸っていた人間に後ろから…
【野地】大野さんには、おもしろい話があるんです。大野さんはこわいので有名な人で、現場はみんなビリビリしていた。あるときに、現場でタバコを吸っている人間がいた。上司が「大野さんが来たら雷が落ちるぞ。早くタバコを消せ」と怒ったら、後ろに大野さんがいた(笑)。
怒られると思ったら、大野さんは言った。
「いいじゃないか。タバコの1本ぐらい。タバコを吸いながら仕事をするのが俺たちの理想だろ」
【小山】たぶんそのイズムが今も受け継がれてるから、その作業者の方はふてぶてしくなってるんですね(笑)。
【野地】でも、ふてぶてしいって、僕はいい言葉だなと思ってます。ビジネスマンにとっては。
【小山】まあ、誇りがあるとか、自分の中に自信があったりっていうことなんでしょうね、ふてぶてしいというのは。
【野地】小山さんもね、そういう印象を時々受ける(笑)。
【小山】そうですか(笑)。そんなことないですよ。
【柳井】ほめ言葉ですね(笑)。
【小山】いやいや、僕はもう常に謙虚に、人々の意見に従うようにしておりますけれども(笑)。
【柳井】それと自信があるのとはまた別じゃないですか、誇りを持ってるという。
■ZARAが取り入れたトヨタ生産方式
【野地】それで、トヨタ生産方式って、多くの人がすごい難しいものだと思ってるけれど、ふたつの例を挙げます。トヨタ生産方式を研究すると、自分の仕事にプラスになるという例です。
ZARAってファストファッションの会社(インディテックス)がありますね。創業者が一番研究したのがトヨタ生産方式だった。在庫をなくして売ろうと思ったわけです。
洋服っていっぱい作って、サイズもいっぱい揃えて、売れないのは全部セールにまわして、それでも売れ残る。在庫があるから儲からない。そこで、ZARAは売り切りにした。トヨタ生産方式を勉強して、新しい業態を作ったわけです。これトヨタの人も知らないでしょう。
【柳井】たしかに。ZARAはどんどん商品が変わっていきますね。2週間ごとに変わってる。だから前に売ってたやつを見に行くともうない。次のデザインのものが出ていたりする。
【小山】そう、もう今すぐ買わないとなくなるよ、みたいな。
【野地】在庫って悪なんです。在庫を持つと倉庫が要る。倉庫を作ると倉庫を管理する人がいる。半年に1回は帳面を付けたりする。帳面付けるって古いけど(笑)。そういうコストが洋服に乗っかるわけなんですよ、普通は。そうじゃないのがZARA。
■東京五輪でも活用できる?
もう一つ、トヨタ生産方式を勉強した病院があります。小山さんも柳井さんも人間ドックに行ったことありますよね。
【小山】僕は毎年やってます。
【野地】そうすると、身長とか体重の測定は早く終わるけれど、バリウム飲むあたりで必ず滞留が起きる。おじさんが6人ぐらいダラダラしてて立ち止まってたりする。ところが、トヨタ生産方式を研究した病院だと、測定の順番を変えたり、早めにバリウム飲ませたりみたいなことをして、滞留がなくなる。人間ドックが早く終わる。
【柳井】それ、ありがたい。
【野地】ありがたいでしょう。トヨタ生産方式の応用ってそういうことができる。だから今度の東京オリンピックでも絶対、会場の周りに行列ができるじゃない、夏なのに。僕はトヨタの人にあれをカイゼンしてほしいと言っています。
【小山】トヨタ生産方式をオリンピックの開会式に用いるとか。
【野地】そうですよ。
【柳井】すごい、いろんなものの土台というか、基礎になるんですね。
■「ADから放送作家へ」スキルアップになる
【小山】僕もこの『トヨタ物語』を読んで、FMヨコハマでも応用できると思いました。
番組では、例えばAD(アシスタント・ディレクター)は普通の業務を日々淡々とやっているけれど、自分で考えるとカイゼンできることがたくさんある。番組で紹介するメールも、来た順に置くんじゃなくて、自分なりに構成を考えながら、並べ替えてみる。
このメールがおもしろいから、これを先に紹介した方が番組がおもしろくなるぞ、と。そうすると、番組のクオリティがよくなるだけではなく、その人自身にスキルがついていって、やがて放送作家的なこともできるようになる。進化していく気がするんですよ。
【野地】ものすごくよく理解されてます(笑)。
【小山】トヨタ生産方式を(笑)。
【野地】いつでもトヨタに入れる(笑)。
■「今日の成功は明日の失敗になるかもしれない」
【小山】あとユニクロの柳井(正・ファーストリテイリング会長兼社長)さんの帯もいいですよね。「今日の成功は明日の失敗になるかもしれない。」って。よく逆は、今日の失敗は明日の成功に、失敗は成功のもととかって言いますけど、逆ですよね、たしかに。
【野地】そうですね。
【小山】それと、トヨタの改革をした人たちは現場上がりだから、現場の気持ちをわかりながらやってるのがすごいと思うんですよ。
【野地】トヨタの社長ってよく現場に行っていて、(第5代社長の)豊田英二さんは、誰よりも工場の配管に詳しかったって(笑)。この辺にはこういうパイプが走ってるとかって、現場の人より詳しかったというぐらいよく行っていた。
今の豊田章男さんもよく現場に行っているんですよ。そして、経営者は見学が終わったあと、帽子を脱いで深々と最敬礼するんですって。「今日はありがとうございました」。そういうことってなかなか知られてないですよね。
【柳井】でも、そういうところが品質、アウトプットに表現されていくんでしょうね、皆さんの気持ちがそこに集約されて。
■企画は最初の1行で決まる
【野地】小山さんと何度か仕事しましたね。いろいろ、勉強になりました。
【小山】ああ、そうだ、『企画書は1行』(光文社新書)という本をお書きになったときに、僕、インタビューされましたね。
【野地】あれは小山さんのアイディアなんですよ。
【柳井】そうなんですか。
【小山】そうだ、思い出した、そうですよ。僕、企画書はどうやって書くんですかとインタビューされたときに、企画書はいつも最初のページをめくったときにどれだけのインパクトを与えられるか、相手の魂をわしづかみにするにはどうすればいいかという話をしたんです。
「お厚いのがお好き?」という昔フジテレビの深夜番組でやっていたのを例に挙げました。それは難しい本をやさしく読み解く番組なんですが、企画書の最初の1行は、「君はキルケゴールも読んだことがないのか?」ってひとこと。それを言ったら、野地さんがとたんに「それだ、本にしましょう」と言って、本になった。
【野地】でしたね。今度は「君はトヨタ物語も読んだことがないのか」というキャッチコピーにします。
【小山】勢いで、本のタイトルが決まったという例ですね。それでいろんな方に企画の話を聞きにいったんですよね。
■なぜ「在庫を持たない方法」を思いついたのか
【野地】秋元康さんとか。みんな企画の上手な方ばっかりで。勉強になりました。
そういえばトヨタ生産方式を調べていて、わかったことがあります。「ジャスト・イン・タイム」というのがこの方式の根幹なのですが、なぜ、創業者の豊田喜一郎さんだけがジャスト・イン・タイムという知恵に気づいたか。それはトヨタが繊維産業から出発したからだと、張(富士夫・元名誉会長)さんが教えてくれました。
ベンツとかヨーロッパの自動車会社ってみんな馬車を作っていたところから出発している。アメリカの自動車会社はフォードみたいに、元は機械工だったとか。どこも在庫を持って、自動車を作っていた。
ところが、紡績工場へ行くと、原綿から綿の糸にするまでは一貫生産で、途中に在庫を持っているわけではない。何もなく流れるように作っていく……。豊田喜一郎という人は紡績工場も織機の工場もよく知っていた。だから、ジャスト・イン・タイムを考えついたのだろうって。ああ、たしかにそうだなって思いました。
■どの企業にも物語がある
そしたらユニクロの柳井さんが、日本の繊維産業は世界一だったから、現場にはものすごく知恵があると言ってました。そして、インドのタタというのも、韓国のサムスンも繊維から始まっている、と。
【小山】でも、面白い本ですよね。小説じゃないかというぐらいおもしろいエピソードがたくさん出てくる。
【野地】もう自由に書いてますよね。それでいいんだなと思いました。
【小山】この後、何かやってみたテーマはあるんですか。このテーマでやりたいとか。
【野地】いちおう次のオリンピックの物語は取材を始めています。それこそまた小山さん、柳井さんの知恵をいただきたいぐらいです。あとトヨタの本出してから、ホンダを書かないかとか、ヤマハやらないかとか(笑)、書店員さんから言われました。
【柳井】でも、それもおもしろいかもしれない。またいろんなエピソードが隠されてるかもしれないし。
■日本はサービスで中国に抜かれる
【小山】そうですね。僕は野地さんに中国のサービスマンの話をやってほしいです。
この『トヨタ物語』でトヨタ生産方式のことを読んでいて思ったんですけど、現場の人がどれだけ自分で工夫をするかが大事なんですね。そうしないと会社は成長しない。
先日驚いたのは、中国のいわゆる配達員の人たちが自分のサービス力を競ってるらしいんですよ。例えば、ピザを運ぶ人とかですけれど、その人が届け先に電話して、今からあと何分後に届けます。なので家庭で出したいゴミがあったら、ゴミを準備しといてくださいって言う。ピザの配達なのに、帰りにゴミを持って帰ってくれるサービスを自分で考え付いたと聞きました。すごいですよ。
いま、おもてなしの日本とか、サービス力は日本が強いとかって言っているけれど、僕は中国にすぐ追い越されんじゃないかなと思ってしまう。
【野地】それだ、また本にしましょう。タイトルお願いします。『中国のサービスの達人たち』とか(笑)。
【小山】いやいや(笑)。
■「うちの社長室は部室だ」の意味
【柳井】そうだ、最後にいつも、背中を押してもらう言葉を教えてくださいってうかがってるんですけど、野地さんは何かありますか?
【野地】この取材で、今のトヨタの社長、豊田章男さんのスピーチをずいぶん読んだんですけど、すごくいい、けっこうやるなってスピーチですよ。例えば「うちの社長室は部室だ」ってスピーチで言うんですよ。「お墨付きの場じゃない、上下関係なんかないんだ。時にはそこで酒飲んだっていいじゃないか」みたいなスピーチを公式の場でしてるんですよ。
僕は言ったんです。このスピーチ、ジョン・レノンの『イマジン』みたいなもんですねと。理想を語るスピーチでしょう。ビジネスマンの文章でも、ちまちましたことを書いちゃいかんのだなと思いました。だって理想は社長しか書けないのだから。
「うちの社長室は部室だ」って。秘書はそんなこと書けません。「自分にしか書けない理想を書く」。それがポイントですよ。文章を書く上では。
【小山】自分にしか書けない理想。
【柳井】じゃ、小山さんの社長室も部室にしていただいて(笑)。
【小山】でも、部室はもう豊田章男さんが言ってますからね、僕は違う表現を。
【野地】それと中国のサービスのタイトルも考えてくださいね。急ぎませんから(笑)。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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