「出世のために残業して頑張る」そういう人ほど出世から遠ざかるワケ
プレジデントオンライン / 2021年5月21日 9時15分
※本稿は、隅田貫『ドイツではそんなに働かない』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■ドイツの上司が教えてくれた「その日の花を摘め」
メッツラー社(筆者が2005年から勤務したドイツ老舗プライベートバンク)の上司の机の上には、石の置物が置いてありました。
ある日、上司から「この石に刻まれている言葉の意味がわかるか」と聞かれました。
そこに彫ってあったのは「Carpe diem(カルペ・ディエム)」という文字。当時の私はさっぱり意味がわからなかったのでそう告げると、それはラテン語なのだと教えてくれました。
紀元前の古代ローマ時代の詩人ホラティウスの詩にある一句で、「その日の花を摘め」と解釈されるようです。
「その日の花を摘め」とは、今のこの時間を大切にせよ、今を楽しめ、という意味で、「課題を先送りすることなく、今取り組もう」「効率的に働こう」と解釈しているのだと、上司は話してくれました。ハードワーカーの上司らしいな、と感じたエピソードです。
■アウトバーンで電話会議するドイツ流「隙間時間」の使い方
効率的に働くことに情熱を燃やすドイツでは、就業時間中は隙間時間も最大限に活用します。
欧米の映画やドラマを観ていると、車を運転するときにハンズフリーイヤフォンをつけて、取引先と会話をするようなシーンが出てきます。私もメッツラー社に入って、これを体験しました。社用車にハンズフリーの電話が装備され、アウトバーン(高速道路)を運転しながら電話会議に参加したこともあります。移動時間でも効率的に仕事ができる環境を整備する会社の方針です。
ちなみに、日本ではハンズフリーで電話しながらの運転は禁止している自治体が多いようです。理由は集中力が落ちて事故が起きやすくなるから。
ドイツは日本と違って首都圏に主要企業が集中していないので、地方への出張は頻繁にあります。フォルクスワーゲンやライカの本社も周りに何もないような地方都市にあるのです。アウトバーンを使っての移動が多いので、その時間もムダにしないという考え方なのです。
この移動中の電話会議はたいへん効率的です。たとえば日本だったら商談のときは担当者以外に課長や部長も出席し、新人社員も参加して、互いに4~5人ずつ並んで話をすることはよくあります。しかし、発言をするのはたいてい1人か2人。新人社員は一言も発しないので、参加するだけ時間のムダです。これも生産性を奪っている日本の習慣だといえます。
電話会議なら担当者同士のやりとりで済むので、他の社員の時間を奪うことはありません。車に乗りながら話すのはともかくとして、日本でも電話会議で済むような場面はかなりあるでしょう。電話なら相手に見えないので、ランチをしながらでもできます。これも効率的な仕事の進め方の一つです。
■残業を常態化しないための「労働時間貯蓄制度」
時は金なり。
この考え方は古今東西同じのようで、ドイツ語でも「Zeit ist Geld(時間はお金である)」ということわざがあります。
そして面白いことに、ドイツには本当に「時間をお金に換える」ような法律があります。それは「労働時間貯蓄制度」です。
ドイツ人も残業をまったくしないわけではありません。ただ、その残業を常態化しないために仕組みをしっかりつくってあるのです。
労働時間貯蓄制度は残業した時間を労働時間貯蓄口座に貯めておき、ある程度貯まったらたとえば有給休暇として使える制度です。まさに時間をお金として考えているのだといえるでしょう。
■「より少ない労働で、より多い業績を」
口座に貯められる残業時間や清算するための期間は企業ごとに異なり、なかには育児や介護のためにまとめて使う人もいます。ダイムラーでは子どものいる女性がキャリアを諦めないためにこの制度を利用するそうです。あるマネージャーの女性は、出産後はフレックスと短時間勤務を組み合わせて週4日働き、残業することがあれば口座に貯めて他の日に使うそうです(NIKKEI STYLE 出世ナビ「残業した時間『ためて休む』ドイツ先進職場の働き方」2015年12月7日)。
この口座があれば、子どもの授業参観や運動会などの行事の時にちょっと仕事を抜け出して戻ってくることもできるでしょう。日本にも是非導入してもらいたい制度です。
ドイツも元々は残業代を支払っていたのですが、1990年代に労働時間貯蓄制度にシフトしていきました。
企業としては、残業代はなるべく支払いたくない。働く側としては、残業代をもらえないのならさっさと帰りたい。両者のニーズが合致して、定時になったら即帰る習慣が身についたようです。
そして、定時に帰るためには就業時間内に仕事を終えなくてはならないので、自然と生産性が高くなります。残業代をもらえないなら、サービス残業に甘んじる日本とは大きな違いです。
サービス残業は、言葉は悪いですがタダ働きなので、会社にお金を支払っているのと同じです。給料は変わらないのではなく、実質減っているのです。
ドイツには生産性を向上するという意味で「より少ない労働で、より多い業績を(Weniger Arbeit, mehr Leistung)」という標語があります。「より少なく働き、より業績をあげる(Weniger arbeiten, mehr leisten)」という言葉もあり、最小限の時間で最大限の結果を出すことがドイツではよしとされているのです。
■「時間は無制限」と思っていると生産性は落ちる
お金の浪費は稼げば取り戻せますが、人生の浪費は取り戻せません。
皆さんも、これ以上自分の人生を浪費しないために、“時間ケチ”になり、より少ない時間で労働できるように働き方を見直してみてください。時間が無制限にあると考えると、どうしても生産性は落ちます。
日本電産の永守重信会長は以前「2020年度までに残業ゼロを目指す」と公言されていましたが、もともと永守氏は「土曜も日曜も朝も夜もない、起業家は人の何倍も働かないといけない」と考え、朝は4時に起き、1日16時間も働いていたことで有名です。
ところが、企業が成長し、海外企業を買収するようになってから、外国人の働き方が日本とはまったく違うことに気付いたのです。欧米では定時になると誰もいなくなるし、ドイツ人は1カ月ぐらい休暇を取ってしまう。それでも利益をしっかり出すので、日本も海外のような働き方に変えないと世界で勝てないと悟ったのです。
■今後は残業を減らせないと評価が下がる恐れも
永守氏自身が会社にいるとみんな帰らないので、早く帰るようになったといいます。最初は奥様に「早く帰ってこられたら困る」と迷惑がられていたそうですが、今は理解してもらえたとインタビューで語っていました。
結局長い目で見ると、労働時間が長くて労働条件が悪いと社員の士気は落ち、評判も悪くなって企業は衰退していきます。
既に大企業は海外でも事業を展開している関係で、残業ゼロにするよう積極的に取り組んでいます。その波は、中小企業にも必ず来るでしょう。
その時になってから残業を減らせないとなると、評価が下がる恐れもあります。今から「残業をしない習慣」を身につけておいたほうが、ゆくゆくは自分を助けることになるのではないでしょうか。
■時間に「流される」ことがないように
“時間に厳しい”ドイツでは、時間管理が国の政策にも関係しています。
育児休暇を定めた「親時間法」、介護のために労働時間を減らすことを定めた「家族介護時間法」など、法律の名前に“時間”がついているのです。これは国民には個人の時間を確保する権利があるという表れかもしれません。
ドイツでは、会社でも店でも公共施設でも、始業時間も終業時間もきっちり守ります。
閉店間際の店に入ると、露骨に嫌な顔をされることもあります。日本なら、そこで「このお客様に買ってもらったらさらに利益が出る」と考えるところですが、ドイツ人は利益よりも自分の時間のほうが大事なのかと感じる場面が多々ありました。
1994年に施行された「労働時間法」によると、1日の労働時間は8時間を超えてはならないと定められています。企業の状況によっては、1日に最大10時間まで、週に60時間まで働いてもいいということになっています。
■“労基法”に違反した経営者は罰金200万円弱を負う
一般企業だけではなく、農家やベーカリーなどの生産者であっても1日8時間労働を守らなくてはなりません。ただ、雇用する側としては繁忙期などはそうも言っていられないのが実情で、8時間を超えて働くこともあります。しかし、それすらも問題視されているのです。
ドイツがそこまできっちり時間を守るのは、やはり法律で定められているからでしょう。時間のルールを守ることに関しては、ドイツは世界有数かもしれません。
これを聞く限りでは、日本でも1日8時間労働、週に40時間と決まっているので同じだと思うかもしれません。
違うのは、企業がそれに違反した場合の罰則です。
ドイツでは労働安全局が抜き打ちで検査して、企業が労働時間法に違反していたら経営者は最高1万5000ユーロ(200万円弱)の罰金を払わなくてはいけないのです。場合によっては、経営者は最高1年間の禁固刑を科されます。
一方日本でも労働基準監督署があります。労働基準法に違反した場合の罰則は罰金から懲役まであります。しかし、労働量を減らすことを考えずに、規制を強化することだけでは労働時間の効率化が図れるとは思えません。
多くの日本人は時間に流されているのではないか、と私は感じています。仕事に追われている時点で、受け身になっているのではないでしょうか。
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メッツラー・アセットマネジメント シニアアドバイザー、日独産業協会特別顧問
1959年、京都生まれ。82年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、MUFG(旧東京銀行)に入行。3回にわたるドイツ・フランクフルト勤務を経て2005年よりドイツ地場老舗プライベートバンクであるメッツラー・グループフランクフルト本社で日系機関投資家を対象とした投資顧問業務を担当。著書に『ドイツではそんなに働かない』(KADOKAWA)ほか。
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(メッツラー・アセットマネジメント シニアアドバイザー、日独産業協会特別顧問 隅田 貫)
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