やり手経営者だった「紀州のドン・ファン」は、なぜ55歳年下妻の愛を信じたのか
プレジデントオンライン / 2021年5月19日 15時15分
■誰もが「55歳下美人妻」が犯人だと思った
和歌山県田辺市で2018年、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた会社社長、野崎幸助さん(当時77歳)が急死した事件は、3年後の今年4月、急展開を見せました。やはりというか、元妻の須藤早貴容疑者(25)が逮捕されるに至りました。
5月4日付の毎日新聞はこう報じています。
関係者によると、逮捕前、須藤容疑者は任意での事情聴取に「身に覚えがない」などと死亡への関与を否定。県警は逮捕後の認否を明らかにしていなかった。
これまでの捜査では、須藤容疑者が事件前、インターネットで覚醒剤について検索し、密売人と接触した形跡がスマートフォンに残っていることが分かっている。一方、殺害の目撃証言はなく、覚醒剤をどうやって飲ませたかなども判明しておらず、県警は慎重に裏付けを進めている。
国民のほとんどが「あの人が犯人にちがいない」とは思ったはずでしょう。が、かくも時間がかかったということは、「この人しかその犯罪を起こせる人はいない」という状況証拠の気の遠くなるような積み重ねゆえだったのでしょう。
さて、まだまだどうなるかの展開が注目される事件ではありますが、この事件、「55歳の年齢差」「元モデル美人妻」「遺産総額13億」などの大衆の興味をそそる興味本位の情報が先走った形となり格好のワイドショーネタともなりました。
亡くなった方への追悼の気持ちは無論持ちつつも、「落語」で分析できないかと考えた場合、ピタリと当てはまる演目がありました。
それが「文違い」です。
■男女の騙し合いは永遠のテーマ
あらすじは――遊女のお杉が、「お父っつぁんのためにカネを工面して」と嘘をつき、なじみ客の半七に迫ります。半七はその半分しか持っていないため、応じることができません。
そこでお杉は、同じくなじみ客で、隣の部屋に待つ田舎者の金持ちの角蔵のもとへ行き、「おっ母さんが病気で、高麗人参を買ってやりたい」とまた嘘をつき、角蔵が取引のために持っていたカネをもらい、半七からもらった分を合わせて、「お父っつぁんに渡してくる」と言って、半七や角蔵の部屋から離れたさらに別の一室に向かいます。
そこには目を布で押さえている色男が座っています。
男の名前は芳次郎(よしじろう)。実はお杉の本当の恋人で、お杉に金を無心した本当の相手だったのです。「ありがてぇ、これで目の治療ができる」と去ってゆきます。
ところが、お杉は置き忘れられた芳次郎宛の手紙を見つけてしまいます。読んでみると、小筆(こふで)という名の別の遊女が芳次郎に宛てたもので、「田舎の大尽(金持ち)の身請けを断ったが、代わりに大金を要求されている。眼病と偽り、お杉をだましておくれ」という驚愕の内容。お杉は悔し泣きをしながら、半七の部屋に戻って行こうとします。
実は同じころ、半七もお杉が落としていった手紙を見つけてしまっていたのです。読むと芳次郎の名で「眼病をわずらい、このままでは目が見えなくなってしまう。薬代として大金がいる。父親に要求されたと偽り、半七をだましてくれないか」と書かれていたので、怒り狂います。お杉が半七の部屋に戻るやいなや、互いにだまされ合って怒りに燃えた者同士大喧嘩に発展します。
お杉と半七の激しい口論を聞いた角蔵は、従業員を呼びつけ、「早く止めろや! 間夫(まぶ=浮気相手)から金を受け取ったとか渡したとかで、お杉が殴られている。あれは色でも欲でもなく、お杉のかかさま(母親)の病のために、おらが恵んだものだ」と言うが、すぐに向かおうとする従業員を押しとどめてつぶやく。
「いや、やめておこう。それを言ったら、おらが間夫だとわかっちまう」。
「男と女が騙し騙される」というネタは人類の永遠のテーマなのでしょうか。
■「55歳下美人妻」も誰かに貢いでいた?
今回の事件とすり合わせてみます。
もうおわかりですよね。この「お杉」という遊女が、須藤容疑者で、「77歳で殺された被害者」は角蔵であります。落語の「文違い」の方はあくまでもこの角蔵が最後まで「自分だけはモテている」と思い込むオチを言って笑いを誘っていますが、よくよく吟味してみますと半七にしても、お杉にしても、また芳次郎にしても、小筆にしてもやはり「自分はモテている」と思っていると推察できる点がこの落語を聞き終えた後、読後感的にズシンと響いてくるような感じがしませんでしょうか?
もしかしたら、この小筆にも実は芳次郎より上位に、本当の恋人がいるのかもしれません。そしてさらにその恋人にも実は別の女性が……というもっと先の展開も考えられますよねえ。
■中年男性のお金はイケメンホストに流れる
おそらく、かような「自分だけはモテている」と思い込む男と女の事件などは、密集地帯の江戸では山ほどあったのでしょう。そしてそれらをスケッチした戯作者たちの作品が、落語家たちによって面白おかしく語られ、また語り継がれることによって洗練されて、令和の今でも残っているのがこの「文違い」なのです。
何が言いたいのかと言うと、ここからは幾分、牽強付会(けんきょうふかい)(自分のいいように解釈する)的ではありますが、現代のわれわれの目線を座標軸にして見つめ直すと、この落語は、「われわれの子孫たちもきっとわれわれと同じしくじりをやるだろう」というご先祖様からの予言ではないかと考えられないでしょうか?
いや、もっというとこれは「子孫たちよ、俺たち先祖は男と女でこんな失敗をしてきちまったぞ。お前ら、気をつけろよ」という時空を超えたメッセージではないか、と。
実際、キャバ嬢に入れ込んだ中年男性から搾り取ったお金は、イケメンホストとの遊興費に充てられているというのは昨今よくある事例でありますもの。
■品とはカネで物事を解決しないこと
「カネで結びついた男と女」はかくも悲しい結末が待っているのです。
「紀州のドンファン」がその財産を築いた働きぶりなどはお見事で、立身出世物語としては十分過ぎるほど読み応えはあります。
が、やはり「美女4000人を抱いた」と公言するのは下品なのではないかと。わが師匠・談志は「欲望の解決をカネで行うのを下品という。つまり品とはカネで物事を解決しようとしないこと」とずばり定義していました。「俺は乱暴なだけで下品ではない」とも言っていました。そして「落語は江戸っ子の品を語るものだ」とも明言していました。たしかに「三方一両損」や「井戸の茶碗」をはじめ、「意図しないで手に入るようなカネ」を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う江戸っ子たちが主人公の落語がたくさんあります。
この事件が報道された時、我が家では高3の次男坊から「パパ、殺されるような財産がなくてよかったな」としみじみ言われました(笑)。まさにその通りであります。
■おまえがそんなにモテるわけない
改めて、提案します。
「気をつけろよ。カネですべてを解決しようとするなよ。カネの切れ目が縁の切れ目だぞ。いいか、そもそもお前がそんなにモテるわけないんだから」という人類への普遍的なメッセージを、落語を聞きながら笑いながら感じ取ってみてはいかがでしょうか。
そんな落語の世界観がたっぷり描かれた初小説『花は咲けども噺せども』は5月12日より発売開始です。なかなか満席でのリアルな落語会が開催できない環境下ではありますが、しばし文芸の世界でお楽しみください。
改めて亡くなった方のご冥福をこの場を借りてお祈り申し上げます。
あくまでも今回は「その言動」をネタとさせていただいただけで、人格攻撃を含めたそれ以上の意図はまったくありませんのでご理解いただきますようよろしくお願い申し上げます。合掌。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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