「ヒットの要素が見当たらない」資金難だった映画を大化けさせた秘策
プレジデントオンライン / 2021年5月21日 8時15分
※本稿は、坊垣佳奈『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「誰が買ったか」がデータ化される
従来の販路のようなリアル店舗での接客・購買においては、不特定多数の顧客に対してアピールし、その多くが不特定多数のまま売買が完了してきました。
つまり、リアルでの販売しかできない場合、購買に紐づく顧客データが取得できず、仮に新商品や新製品ができたとしても再訪のアプローチのしようがありません。不特定多数に向けた戦略を打ち続け、たくさんの人に売ることを前提としたビジネスを志向せざるを得なくなります。
一方で、ECサイトなどオンライン販売の時代では、「誰が、いつ、どの商品を買ったか」という顧客情報がデータ化されます。そのデータをもとに、既存顧客をある一定のゾーンとして定義することで、ゾーンに合わせた再度のアプローチも可能です。たとえば、ID登録時に取得したメールアドレスへキャンペーンのご案内を送るというのも一つの手法です。リピーターを判別するために「初回購入特典」をつける、「次回購入以降の割引率を変える」といった購入歴に基づく施策も、プログラムによって自動的に割り振れます。
これはリアル販売とネット販売で、大きく差がつく要因の一つです。仮に商品が10個売れた場合、買ってくれたのが「10人の新規顧客が1個ずつ買った」のか、「1人が10個買った」のかで、今後のアプローチが全く異なることは想像しやすいはずです。そして、後者のような購買行動を起こしてくれる方は、まさにサポーターとみなすこともできるでしょう。
サポーターをあなたのプロジェクトに巻き込んでいくには、商品の発売前やプロジェクト開始前からの動きが重要です。それだけの関係を事前に築いておかなくてはなりません。
■資金調達に苦戦した『この世界の片隅に』
Makuakeでサポーターの存在が大きく働いた例でいうと、まず印象的だったのはアニメーション映画『この世界の片隅に』製作委員会によるプロジェクトです。
今でこそ、第40回日本アカデミー賞の「最優秀アニメーション作品賞」に輝いた他、数多の映画賞を受賞して、テレビドラマ化もされるなど、確かな評価を得ている作品ですが、資金調達には苦労しました。
映画の原作は『夕凪の街 桜の国』『ぼおるぺん古事記』などで知られるマンガ家のこうの史代さんが、自らの代表作と認める同名のマンガ作品です。第13回文化庁メディア芸術祭で優秀賞も受賞しています。
マンガ『この世界の片隅に』を原作に、長編アニメーション映画化を試みた片渕須直監督も、『マイマイ新子と千年の魔法』といった作品で評価を得た、日本を代表するアニメ監督の一人です。ところが、企画段階で業界のプロたちから「ヒットの要素が見当たらない」と評価され、製作資金の調達は難航します。
■自らの手で資金集め
こうの史代さんと片渕須直監督は、それぞれが知る人ぞ知る存在であり、このコラボレーションには大きな期待が持てるものの、一般的な認知までは得られてはいませんでした。映画として配給するには、配給会社が決まって製作費も捻出されていくのが一般的ですから、もちろん「作品としてのヒット」が見込めなくてはなりません。ところが、『この世界の片隅に』をご覧になった方はわかるかとは思いますが、太平洋戦争中の広島市と呉市を舞台にした主婦の日常を淡々と描くという、“いわゆるアニメーションらしさ”からは程遠い内容でした。
製作準備に4年を費やし、シナリオと絵コンテを完成させるところまではたどり着いたものの、作品を次のステップへ進めていくためのスタッフの確保や、パイロットフィルム(営業用)の製作にあてるための資金を必要としている状況でした。そこで、Makuakeを活用し、自らの手で資金を集めることになったのです。
■公開初日から映画館に行列
現実的な資金もなく、広報的な手段も持たない。けれど、ファンを巻き込んで話題化し、ファンの力を借りて製作しようという発想です。そのため、リターンの内容も「製作支援メンバーとしての登録」を前提に、「エンドロールに氏名をクレジット」や「片渕須直監督を囲んで行う製作支援メンバーミーティングへの参加権」などが設定され、ファンを巻き込む設計になっています。
プロジェクトが公開されると、こうのさんのファン、原作マンガのファン、片渕監督のファン、広島にお住まいの方……と、すでにそれぞれで存在していたコアなファンたちや関わりのある人、言わば「既存顧客」が率先して応援購入を始めてくれました。
彼らサポーターによって生まれた勢いは凄まじく、目標金額は2160万円と高い設定でありながら、最終的には3900万円以上が集まりました。そして、それだけの期待を集めているという実績が説得材料となり、映画の配給会社も決定。既存顧客がベースとなったサポーターたち、その勢いに巻き込まれて新たにサポーターとなった人たちにより、封切り日には立ち見が出るほどの盛況ぶりだったといいます。もちろん、映画そのものも大きな楽しみでしたが、「自分の名前がエンドロールにクレジットされているのをいち早く見たい」と思った人も多かったようです。
さらに、その封切り日の盛況が「公開初日から映画館に行列ができている」と、ニュースで報道されると、これまで得られなかった一般認知の層にまで情報が行き渡りました。こうして、サポーターの存在を超えた人々にまで魅力が伝わり、大ヒット作になったのです。
■既存顧客を巻き込み応援団に
また、『この世界の片隅に』は、テーマである「戦時下の広島での日々の暮らし」と真摯に向き合っていたのも重要なポイントだったと考えます。舞台となる広島の町並みなどを精巧に描画しようと、現地視察が繰り返され、作品当時の世界のあらゆる細部を知るため、スタッフルームにはたくさんの資料も集められました。
その徹底したこだわりが、舞台となった広島の地で暮らす人々の心もつかみました。映画で主人公たちが暮らす呉市ではスクリーンに描かれたスポットを訪れる「聖地巡礼」が流行し、街の活性にもつながったといいます。
『この世界の片隅に』プロジェクトが教えてくれるのは、何かを始めようとするとき、すでに関係のあるファン=既存顧客がいるケースでは、彼らをいかに巻き込んで、“初速の勢い”を生む着火剤とするかを考えることの大切さです。新規顧客ばかりに気を取られずに、既存顧客をうまく巻き込み、自分事化してもらい、応援団として一緒に盛り上げてもらう。
インターネットやSNSというツールが増えてきた中で、その取り組みやすさは格段に上がりました。実は、そういったサポーターとの向き合い方に実直に取り組んだのが、『この世界の片隅に』プロジェクトだったのだと思います。
■オーディオマニアの声優が開発に参加
もう一つ、サポーターを巻き込むことによって驚異的な記録を作ったのが、ワイヤレスイヤホン「KPro01(ケープロゼロワン)」の開発プロジェクトです。このイヤホンは、音楽を聞くときには無線接続、ゲームを楽しむときには遅延が起きない有線接続といったように、シーンによって接続方式を変更できる画期的な商品です。
製造は国内有数のデジタルアクセサリーメーカーであるオウルテックが担当し、品質面は担保されています。ただ、このプロジェクトは、商品企画者である安藤省吾さんと一緒に、共同商品企画者としてコラボレーションした、声優の小岩井ことりさんの存在を抜きにして語ることはできません。
小岩井さんは声優だけではなく、作詞家・作曲家としても活動。コンピュータを活用した音楽制作の技能を問うMIDI検定1級も取得しています。この1級はプロレベルの力量を持つことの証として、合格率5割を切る難度といわれます。その兼ね合いもあり、デジタル環境での音楽制作やオーディオ機材へ深い造詣を持ち、専門メディアでの連載を担当するまでに。声優としてだけでなく、一人のオーディオマニアとしても、知る人ぞ知る存在でした。
「KPro01」の開発プロジェクトは、メーカーが小岩井さんのオーディオマニアとしての側面からコラボレーションを持ちかけると、小岩井さんから「開発者として携わりたい」と逆オファーを受けるような形で、共にゼロからの商品企画がスタートしたといいます。
■ファンらの応援購入で1億6600万円超
この企画に小岩井さんのファンをはじめ、オーディオファンたちも反応。各種ニュースサイトでも取り上げられました。そして、プロジェクトが公開されると一斉に応援購入が集まり、目標金額に掲げていた300万円どころか、1億6600万円超という驚異的な総額を達成しました。
プロジェクトが始まる前から、小岩井さん自身が積極的に開発プロセスを明かす活動をしていたのは見逃せないポイントです。動画配信サイトでの生放送を通じて、ユーザーとの「生会議」といった企画を開いて意見や感想を募るなど、コミュニケーションの機会を持ち続けていました。
また、プロジェクトページのメインビジュアルを途中で変更したというのも、ユニークな例でした。3カ月の応援購入期間中、最初の頃は小岩井さんがイヤホンを装着している姿をキービジュアルに採用していました。ただ、このイヤホンそのものが有線・無線を切り替えられる機能性の高いものである点をアピールしたいということ、小岩井さんのファン層が初期段階に応援購入をしてくれたことなどから、より広い層にアプローチすべく、イヤホン単体の写真をメインビジュアルに変更。これによって「小岩井さんのことは知らないオーディオファン」という新たな層を呼び込み、応援購入にさらなる弾みをつけられたのです。
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株式会社マクアケ 共同創業者、取締役
同志社大学卒業後、2006年にサイバーエージェント入社。サイバー・バスほかゲーム子会社2社を経て、2013年マクアケの立ち上げに共同創業者・取締役として参画。主にキュレーター部門、広報プロモーション、流通販売連携関連の責任者として「アタラシイものや体験の応援購入サービス『Makuake』」事業拡大に従事。著書に『Makuake式「売れる」の新法則』
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(株式会社マクアケ 共同創業者、取締役 坊垣 佳奈)
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