「コロナ相場はもう終わり」米国の金融引き締めで日本経済は地獄を見る
プレジデントオンライン / 2021年5月19日 9時15分
■インフレ懸念で株式市場は大揺れ
5月13日の日経新聞夕刊1面トップの大きな記事は「米市場、インフレ加速警戒」というタイトルだった。「金融市場が米国のインフレ懸念加速に警戒を強めている」というのだ。このインフレ懸念のせいで、米長期金利が上昇、数日間の動きではあったもののIT株を中心に株安が起きた。
その一方、連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、「物価上昇は一時的的だ」とのコメントを何度も繰り返している。長期金利の上昇を抑えるために市場の懸念を打ち消したいのだろう。
市場のメイントピックとなりつつあるインフレ懸念だが、インフレ進行の理由のひとつは、半導体や木材等の供給が不足している反面、コロナ禍で後ずれした需要が爆発しつつあるという需給の悪化だ。それが主因のインフレならFEDの「物価上昇は一時的」とのコメントも、それなりに納得がいく。
■巨大な財政出動の大きな反動
しかし、米国でインフレ懸念が広がっている最大の理由はコロナ対策にための巨大財政出動を、中央銀行が国債を買い取ることによってファイナンスしたことだ。すなわちお金をジャブジャブにしたことだ。
5月15日の日経新聞「FRB、来年にかけ利上げ」というタイトルの導入部にも「米国の物価上昇が世界の市場を揺さぶっている。大規模な財政出動や金融緩和の継続が、経済に何をもたらすのか不透明感が強まってきたためだ」と記されている。
ジャブジャブになったお金が、株、不動産、絵画、実物資産に投機資金として流れ込んだ。お金がジャブジャブに供給されれば、他の商品の需給と同様、その値段(=価値)は下がる。法定通貨の価値が下落する(=インフレ)のだから、その前に株、不動産、実物資産等のインフレに強い資産へのシフトは当然の動きといえる。
流れ込んだお金で資産価格が上昇すると資産効果で景気も上昇。それに伴い、木材、銅、鉄鉱石などの原材料の需要が増え、値段は上がる。投機としての需要に加え、実需も増えるのだから原材料価格は、さらに上がるわけだ。
■米国の今は「30年前の日本と同じだ」
今、米国で今起きていることは、まさに1985年から90年までの日本のバブルの時に起きたのと全く同じ現象だ。そして、その後の「バブルの崩壊」で、多くの日本人投資家は、散々な目に遭った。
また日本経済は「失われた30年」を経験してしまった。日本がこの40年間で、世界ダントツのビリ成長国家だった一大要因でもある。その意味でも「バブルの反省/復習」は、これから起こる悲劇を回避するためにも極めて重要なのだ。
1985年から1990年までのバブル時の日本の経済は狂乱経済とまで言われたものだ。建築ラッシュで建設資材を積んだトラックが東京中を走り回る。若い社員でさえ毎晩、接待づけ。深夜の盛り場にはタクシーを拾う長蛇の列ができた。
飲んだ後にタクシーを捕まえるのは一仕事だった。お立ち台でミニスカートの女性たちが踊りまくるディスコは深夜までにぎわい、バブルの象徴といわれた。皆、浮かれていた。株の値段は5年間で3倍になり史上最高値(1989年12月に3万8915円)を記録。その時でさえ「日経平均は8万円に行くぞ」とか「10万円に行くぞ」とか景気のいい話が飛び交った。
土地は公的数字には明確に表れなかったもののちまたでは約10倍に跳ね上がったといわれた。千代田区六番町の1種住専の土地が坪6000万円で売れたとの話もあったほどだ。
■日銀と同じ間違いを繰り返す米国の中央銀行
しかし、日銀はバブル時代、消費者物価指数(CPI)のみに目を向け、こうした資産価格の高騰に目を向けようとしなかった。
バブルの最後の最後に資産価格高騰の弊害に気づき、金利を急速に引きあげた。その結果、現在に至る経済の長期停滞を引き起こした。以前(「バブル崩壊に今すぐ備えよ」ワクチン接種開始で高まる日本株リスク)の記事で紹介したように、当時の澄田日銀総裁は判断の誤りを認め、著書『<真説>バブル』(日経BP社)で反省を述べている。
そして私は、今のFRBは、当時の澄田日銀総裁と同じ間違いをしていると考えている。FRBが、現在、資産高騰の意味に気づかず、引き締めが遅れているのは当時の日銀と同じである。
先の著書で澄田元総裁が「消費者物価などの指標があまり過熱していないのに、のちのバブルと呼ばれる資産価格だけが上昇する現象は、日本では初めてのことで、世界でもそれまで指摘されていなかった現象でした」と述べているように、FRBにとっても「過去に経験のない事態」なので、その重要性に気がついていないのではないかと思う。
■バブル期の日本よりさらに危険な米国の状況
日本のバブル時、資産効果で経済が狂乱したのにCPI(全国総合。生鮮食品を除く)が、1986年から88年の3年間、0.5%と安定していたのは、狂乱経済という強烈なインフレ要因を円高という強烈なデフレ要因が相殺していたからだ。
黒田東彦日銀総裁も一橋大学大学院教授時代に著された『元切り上げ』(日経BP社:2004年1月刊)という本の中で「経済は87年前半には着実に回復し始めた。しかし、大幅な円高の影響から物価はきわめて安定しており86年末から87年初めにかけて幾分下落さえしていた」(p41)と書かれている。
黒田総裁も認識されているように、円高にはデフレ効果があるが、当時は強烈な円高が進んでいたからデフレ効果も強烈だったのだ。ドル/円は1984年末1ドル=251.58円、85年末200.60円、86年末160.10円、87年末122.00円と3年間で129.58円も円高が進行した。この強烈なデフレ要因が相殺していなかったら、当時のCPIは爆上がりしていたと思われる。
たしかに今の米国の資産価格の上昇は、まだ当時の日本ほどではない。しかし、当時の日本と同様、株価は史上最高値を更新している。これはならして言えば、株を保有している人は皆、儲かっているということ。そして米国人は、日本よりはるかに多くの国民が株を保有している。この資産効果は強烈だと思う。
そのうえに、ドルは安定しており強烈なデフレ要因が今の米国には存在していない。ゆえに私は米国のCPI上昇は強烈なものとなると思うのだ。
■専門家は次々と“警告”を発している
米国ではサマーズ元米財務長官がインフレ懸念を公言している。彼は「1970年代に直面した試練に向かっていることを認識できていない」と、米連邦準備理事会(FRB)がインフレリスクを軽視していることを非難しているそうだ(5月8日付け日経新聞「セミが告げる『大きな政府』の賭け」)。
なお、1970年代に直面した試練の結果、1980年に米長期金利は20%、政策金利は24%まで上昇したことを忘れてはならない。
サマーズ氏のほかにも、私の知る限り、IMF(国際通貨基金)の元チーフエコノミストOlivier Blanchard氏、プリンストン大学のHarold James教授、Markus Brunnermeier教授も、同じような警告を発している。
彼らのインフレ警戒は、米政府が1.9兆ドル(約200兆円)もの経済対策による現金給付を行い、さらにはバイデン大統領がインフラなどに今後8年間で2兆ドル超(約220兆円)を投じる「米国雇用計画」をぶち上げていることに起因している。しかし日本のバブルを研究すれば、彼らの危機感はさらに高まると思っている。
※編集部註:初出時、米国の経済対策と追加経済対策案について、日本円での金額表示に誤りがありました。訂正します。(5月19日14時10分)
■予想以上のインフレが起きた時、FRBはなにをするか
日本のバブルを十分に研究していたとは思えないFRBの対応が遅れ、米国はものすごいインフレになると私は思っている。その時の対処方法は「強烈な金利引き上げ」と、「強烈なドル高政策」しかない。
米国はインフレ抑制のために「ドル高政策」を宣言せざるを得ないとも思っている。では、米国がドル高政策を選択すると、日本はどうなるか?
このような米国市場の動き、米国の為替政策の変化が起これば、日本は地獄を迎えてしまう。日米金利差急拡大でドル高/円安が進行する。それによって日本の景気も急回復し、インフレ率も遅ればせながら上昇する。
一見望ましいシナリオに思えるが、そうではない。日銀は異次元緩和のツケでインフレ率が上昇すると窮地に陥る。
引き締めへの転換が不可欠だが、手法が無い。引締めを行えば日銀が債務超過に陥ってしまうのだ。保有国債の利回りが著しく低いので、長期金利が少しでも上昇すると、評価損が発生する。
しかも保有額が巨額ゆえに評価損は半端な数字ではなく、時価評価で巨大な債務超過に陥る。また短期金利を引き上げれば、損の垂れ流しで簿価会計でも簡単に債務超過に陥ってしまう。
■「金利引き上げ」と「ドル高」から資産を守る方法
インフレが加速するリスクが多少なりともある限り、自分の資産を円資産のみで保有するのはあまりに危険だと言わざるを得ない。たとえ起こる確率が小さくても、万が一起こった時に自己破産するような資産運用はまずい。
やはり世界最強国家、アメリカの資産を多少でも買うのが鉄則だ。米国は経済・政治・軍事力でいまだ世界最強国家だ。コロナ禍からの回復も早いし、世界の二大資源であるエネルギーとIT産業を握っている。
インフレが米国で加速するのならドルを持つのは不合理ではないか? とおっしゃるかもしれない。
しかし、今回のインフレは米国だけの話ではない。前述したように、日本にも波及するだろうし、世界中を巻き込んだインフレとなりそうだ。すなわち世界中のすべての法定通貨の価値が下落する。
すべての法定通貨の価値が下落したところで、暗号資産が世界を圧倒しない限り、または物々交換の世界に戻らない限り、世界で最低一つの法定通貨は生き残る。それは世界の基軸通貨ドルだと思う。
しかしも為替とは相対的な話で、どちらの通貨がより弱くなるか? という話だ。ドルが弱くなっても、円が、より弱くなるのならドル/円は上昇する。それがゆえに、ドル資産購入を私はお勧めしている。
■ドル資産でも長期債投資はダメ、では暗号資産は?
ただドル資産の中でも、インフレが加速し金利が上昇するのなら、長期国債への投資は避けなければならない。同じ1%の金利上昇でも、値段で見ると長期債の価格の下落は短期債に比べてはるかに大きいからだ。私はドルのMMF(マネー・マーケット・ファンド)への投資がいいと思っている。米株も日本の混乱に巻き込まれないような銘柄なら考えていいだろう。
すべての法定通貨の価値が下がるのなら、法定通貨以外の資産への分散投資も考えねばならない。その観点から暗号資産も選択肢になりうる。ボラティリティーが大きいことを考えると、資産の大部分を暗号資産で運用するのは考えものだが、一定割合を振り分けるのはヘッジの意味でも賢明だ。
TMV(米国の長期金利が上昇すると儲かる投資信託)はレバレッジ(てこの原理)を効かせている投資信託なので値動きが激しい。
その意味でリスキーだと感じる方もいるかもしれないが、この稿で書いた事態が起きるのなら、大いにヘッジ機能を果たす商品でもある。保有金融資産全体に対する保険と考えておくのが賢明だと私は思う。
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フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。
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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)
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