「自粛要請を拒否したら黒字に転換」緊急事態宣言に従う人ほど損している
プレジデントオンライン / 2021年5月20日 9時15分
■「無観客なら営業可能」という謎の要請
4月25日から発令され、その後に期間や対象地域を拡大しながら継続している緊急事態宣言——その宣言のある内容について、ざわめきの声があがっていた。
というのも、遊園地などの娯楽施設に対して「無観客で開場するのであれば営業可能」という通達が含まれていたことだ。
いちおう断っておくが、私が文章を書き間違えているわけではない。実際にそのように書かれていたのだ。人入りが前提となっているような業態である娯楽施設は「緊急事態宣言中は人を入れなければ営業してもよい」ということなのである。
これに対して、「なにを言っているのかよくわからない」と関係各所から疑問の声があがっていた。そのような反応は至極当然だ。客を呼ばなければ利益の生じえない事業者に向かって「無観客でなら営業してよい」というのは、たちの悪い冗談か、あるいは馬鹿にしているのかと思われても仕方がないものであった。
■「経済活動の自由を尊重している」建前を崩したくない
日本最古の遊園地「浅草花やしき」(東京都台東区)は24日朝、緊急事態宣言期間中の休園を決めた。都は遊園地への「無観客開催」を求めており、事実上の休業要請と受け止めた。肥後修施設運営部長は「うちは遊園地。お客さんがいてこそ意味がある」と都の要請に首をかしげ「あまりに急な決定で、来園者にも迷惑がかかる。もう少し早く決めてほしかった」と漏らした。
毎日新聞『遊園地に「無観客開催を」? ナゾ過ぎる「都の要請」に施設困惑』(2021年4月24日)より引用
5月12日からの緊急事態宣言延長で、政府からの大型商業施設やイベントに対する制限は一部緩和された(浅草花やしきは「2021年5月12日(水)より、一部のアトラクション・施設を除き、十分な感染予防対策を実施した上で再開(浅草花やしき公式サイト)」としていることは付言しておきたい)ものの、一見すれば不可解で理解不能としか言いようがない当初の言動には、実際にはそれなりの意味があった。
すなわち、国や自治体側はあくまで「条件を守ってもらえるかぎり、こちらは皆さんの経済活動の自由を最大限尊重しています(自由を制限していません)」という建前を堅守したいからこそ、このような奇怪な表現を用いていたのだ。
■「最終的責任」を取りたくない国や自治体
もっとわかりやすく言えば、緊急事態宣言において「休業しろ(休業命令/営業禁止)とはいっさい言明しておらず、あくまで『無観客でなら開場可能』であると言ったのだから、事業者が休業したり営業自粛したりしたとしても、それはあくまで事業者側の自主的な判断によるものであり、われわれは一切関知していない」と主張できる余地を残し、その後の事業者たちから結果責任を追及されることがあっても、究極的な責任は事業者側にあると強弁できる根拠を残しておきたいのだ。
国や自治体が現在行っている補償は、あくまで「道義的責任(≒温情)」として行っているものであり、憲法で国民に保障された基本的人権を公権力が制限・侵害したことによる「賠償」の名目で行っているわけではない——という建前を、かれらはなんとしても守り抜きたいという考えがあった。この1年間の感染対策においては、あくまで「自粛」「要請」という「お願いベース」の姿勢を徹底して守ってきたのは、この建前を潰さないためだ。
■全責任を負わずに済む「要請」という便利な言葉
感染対策のために国民の人権(移動の自由や経済活動の自由)を制限する「命令」を下してしまえば、それにともなう損害の補償は「義務」として国や政府に100パーセント課せられることになる。しかし、たとえ実質的には命令しているのと相違なかったとしても(今回の『無観客なら開場してもOK』はまさにそれだが)、明文化されている文言が「命令」ではなくて「要請」であれば、それにともなう損害の補償は「自己責任である」と突き放す文脈が生まれ、必ずしも100パーセントの責任を負うことが求められない。
今後のコロナ禍の状況次第ではさらに補償や経済政策を行う必要に迫られ、財政的に追い込まれてしまうようなことがあったとしても、しかし究極的には「あくまで皆さんの自主的な判断に委ねたのですから、すべての責任がわれわれにあるわけではないのですよ?」と言ってのけるためのとっておきのカードがまだ国や自治体には残されている。
この「切り札」を手元に残しておきたいからこそ、国はこの1年間にわたって、「命令」「禁止」など憲法上の人権侵害を行ったとする言質がとられうる表現をなにがなんでも回避してきたのだ。
■「お願い」なら従わなくてもいいのではないか
しかしながら、市民社会も政府や自治体の「文学的表現」に、やられっぱなしというわけでもない。「休業要請」や「営業自粛」は、文字どおり国や自治体からの「お願い」にすぎないのだから、市民社会はその「お願い」を断る権利があると考え、実際にそうするような者たちも現れはじめた。
たとえば、「カフェ ラ・ボエム」などを運営するグローバルダイニングは、緊急事態宣言による休業や営業時間の短縮、酒類の提供自粛などの要請には一切応じない方針を示して通常営業を続け、業績は黒字転換している。もし市民社会が「外食はしない、休業や時短要請に応じず、酒類を提供する店は社会悪である」というコンセンサスを持っていたなら、グローバルダイニングの好調はありえなかっただろう。多くの人が内心ではこの「非日常」にすっかり辟易していて、ゆっくり時間をかけて会食や飲酒を楽しみたいからこそ、グローバルダイニングは「儲け」を出している。
人権侵害を厭わず断行し、100パーセントの責任を負うことを回避し続けながら「お願い」ベースに終始してきたのだから、その「お願い」が聞き入れられなかったとしても、文句は言えまいというのがグローバルダイニングの理屈である(グローバルダイニング社は『命令』であれば従うと明言していることからも、おそらく同社は国や自治体の『文学』をすでに見抜いている)。彼らが堂々とそう主張したのは、会社や自分たちの生活を成り立たせるために必要に迫られたということもあるが、なにより自分たちの「要請を拒否する」という決断を支持する人は、すでに潜在的には多くなっているだろうという追い風を感じたからに違いない。そしてその読みは的中した。
■同調圧力を使った「神通力」の効力が落ちてきた
国や自治体はこの1年間、自分たちの「お願い」を聞き入れてくれない者には、市民社会で「私的制裁」が速やかに起こるように最大限の工夫を凝らしてきた(事業者名や店舗名を公表するなど)。いわゆる「自粛警察」の活躍に期待してきたのである。
昨年を振り返ってみると、その考えは首尾よく運んでいた。戦時中よろしく「非国民」をあぶりだし、これをリンチしてくれる国民の「自発性」によって、自らは命令を下さずにして、ほとんど命令と同じ効力の「お願い」を実現してきたのだから。
だが、同調圧力の強い国民性を利用した「神通力」も、いよいよその力が薄れつつあるようだ。街を見れば「路上呑み」に溢れかえっており、緊急事態宣言などどこ吹く風で「密」になって談笑する人びとがいる。
■国や自治体に従う忠誠心が使い果たされてしまった
むろん、これを不謹慎、不届き者だという人は少なくないだろう。しかし重要なことなので強調しておくと、このような光景は、かれらが不誠実で不道徳だからこそ生じたというわけではない。この1年あまりを徹底して「お願い」ベースで一貫し、究極的な責任を回避し続けながらも、国民同士の相互監視と叩き合いによって「事実上の命令」を行使しつづけた挙句(自分たちは会食してクラスターを出すなどの失態を交えつつ)、感染拡大を食い止められなかった国や自治体に対して、尽くすための忠誠心が使い果たされてしまっただけだ。
忠誠心が薄れていくにつれ、特に若者層からの反発は大きくなっていった。「なんで年寄りばかりが死ぬウイルスのために、自分たちがいまこのときにしかない楽しい時間を犠牲にしなければならない?」「なぜ高齢者の命のために、まだまだ先の長い私たち現役世代の仕事やプライベートを捧げなければならない?」という彼・彼女たち若年層の不満がいよいよ無視できないほどの大きさにまで拡大してきた。多くの方がお気づきのことだろうが、コロナ前まで若者たちでにぎわっていた街は、次第にかつての人出を回復しつつある。
いくら国や専門家が「第四波となるこれからは、若いからといって死なないとはかぎらないのだから自粛しろ」と脅し半分に申し立てても、「確たる証拠はどこにある?」「統計を見れば、結局は致命的リスクは高齢者に偏るのは変わらない」「若者はむしろコロナよりもコロナによる社会的停滞による自殺に追い込まれている」といった反発が各所で生じている。
実際、こうしたロジックに反論することは、現時点のエビデンスでは相当に難しいと言わざるをえない。「もう俺たちにそんな脅しは通じないぞ」と態度を翻されても無理はない。
■職業間、世代間の分断だけが深まり続ける
3度目の緊急事態宣言は、おそらくは失敗に終わる。映画館やイベント会場を閉じたところで、感染防止に期待するほど奏功することはないだろう(そもそも変異型の感染力が従来よりはるかに高いのであれば、お願いベースでのゆるやかな自粛要請では限界がある)。
国や自治体への不信感が募り、自粛を続けても生活や財産を守れる者と、自粛していたら生活や人生が破綻してしまう者との軋轢や分断は深まる。致死リスクの高い高齢者とそうでない若者との世代間対立も激化する。
緊急事態宣言のさなか、すべての人がバラバラに引き裂かれながら、全国民へのワクチン接種という最後の希望にすべてを託すことになるだろう。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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