未成年の家出少女が「子どもシェルター」を拒んで風俗店の面接を受けるワケ
プレジデントオンライン / 2021年5月23日 11時15分
■「いま手元に50円しかない」
——緊急事態宣言下で、性風俗の世界にはどんな変化があったのでしょう。
コロナ禍以前から、性風俗の世界では、昼の仕事を見つけられなかったり、お金が必要な事情がある人たちが、短期間に高収入を得て、生活を建て直そうと働いていました。女性たちは、単なる貧困以外にも、DVや虐待、介護や育児、ワーキングプア、若者の貧困、知的障害や精神疾患など、さまざまな問題を抱えています。性風俗の世界は、基本的に現金日払いの仕事です。表社会の福祉や支援制度から取り残され、金銭的に困窮した人たちにとって、共助の場と言える役割を果たしていました。
しかし、昨年4月7日に1回目の緊急事態宣言が発令され、状況が一変しました。月30万円、50万円を稼いでいた女性たちの収入が突然ストップしてしまった。
風テラスには、切羽詰まった女性たちから、次々と相談がよせられました。
「暴力を振るう親から逃げてホテル暮らしをしていたのですが、コロナの影響で収入がなくなり、所持金は数千円しかありません。保険証も住民票も何もないので、コロナ給付金も受けられそうにありません」
「これまでは毎月80万近く稼ぐことができていたので、500万円ほどの借金を問題なく返済できていたのですが、コロナの影響で収入がなくなり、返済ができなくなりました。カードが止められたら生活ができません」……。
なかには「いま手元に50円しかない」「食べるものも、住む場所もない」という切実な状況に置かれた人たちもいました。
私たちが、性風俗で働くリスクをひとつでも減らすために「風テラス」を立ち上げてから5年。これほどの数の相談がよせられたのは、初めてでした。
■1カ月で800人の風俗嬢から相談が寄せられた
——どのくらいの数の相談がよせられたのですか?
コロナ以前の相談者は毎月60人から80人ほどで、1日10人を超えることはまずありませんでした。しかし、感染が広まりはじめた2020年2月に、風テラスが相談窓口を開設してから、初めて月100人に達しました。緊急事態宣言が出た4月には1日60人を超える日もあり、1カ月の相談者が800人以上にのぼりました。性風俗の収入に頼って生きている人が、それだけたくさんいたのです。
風テラスのウリは、弁護士やソーシャルワーカーなどの専門家が時間をかけて、相談者の話をじっくり聞くこと。
けれども相談が殺到した結果、それができなくなってしまった。ライン通話で30分程度、情報を聞き取る。顔も見えない。身元を明かしたくない人がほとんどだから、名前も源氏名や偽名。ただ、スマホ越しに聞こえる女性たちの声色だけで、彼女たちがいかに追い詰められているかが、ひしひしと伝わってきました。
私たちは断片的な情報を聞き取り、生活保護や緊急小口資金の申請を案内したり、福祉制度や支援情報のURLをラインでお送りしたりしました。非常時だからこれしかやりようがないと割り切りつつ、もどかしさも感じていました。
■「福祉や行政に頼るよりも、自分のことは自分でやった方がまし」
——それだけ性風俗で働く女性たちの間で、風テラスの活動が知られているわけですね。
風俗店の求人はネット上で行うし、女性たちもツイッターなどのSNSで出勤情報を投稿し、宣伝をする。彼女たちは常にネットにアクセスできる状況にいる。だから、ツイッターなどで、風テラスの活動を知った人が多いようでした。
コロナ期間中、未成年の女性から相談がありました。彼女は家出をして夜の町を徘徊(はいかい)していました。私たちは、彼女の話を聴いた上で、最寄りの地域にある子どもシェルターを紹介できることを伝えました。児童虐待やネグレクトを受ける子どもを保護する施設に、一時的に避難して、今後について落ち着いて考えるという選択肢もある、とアドバイスしたのです。
でも、彼女は、子どもシェルターや児童相談所には、いい思い出がない。自分でなんとかする、とネット上で見つけた怪しい裏風俗の店に面接に行ってしまった。彼女は、家族だけでなく、学校や行政にも不信感を抱くような体験をしていた。そんな積み重ねが、福祉や行政に頼るよりも、自分のことは自分でやった方がまし、と考える素地(そじ)になっていた。
意外に思う人もいるかもしれませんが、性風俗で働く女性は、困っても自分のことは自分でなんとかしなければ、と考える傾向があります。自己責任論を内面化していると言えばいいでしょうか。しかし自助では――自分の力だけでは、どうしようもできなくなった人たちが、風テラスを頼ってくれた。
■風俗は究極の自己責任ワールド
——性風俗で働く女性の生活困窮に対して自己責任、自業自得と批判する声はよく聞きますが、彼女たち自身がそう感じているということですか?
そうなんです。性風俗はある意味、他者から自己責任を押しつけられるだけでなく、自分自身にも自己責任を強いる究極の自己責任ワールドだと言えます。
話を聞いていくと、子どもの頃から自己責任のなかで育ってきた女性も少なくありません。何かあっても親や周囲の大人は助けてくれない。トラブルに巻き込まれたり、問題に直面したりしても自分で解決するしかなかった。その結果、性風俗で働く選択をする……。罪悪感や後ろめたさからか「私が悪いのですが……」と前置きしてから相談をはじめる女性がたくさんいるのは、そんな環境で生きてきた影響かもしれません。
——性風俗で働くことに対する後ろめたさですか?
いえ、そこにいたるまでの背景やプロセスに対する後ろめたさだと思います。借金やホストの売り掛けなどをきっかけに性風俗で働きはじめた。困窮した原因は自分にある。人には頼れない……。そう考えているんです。だからといって、彼女たちが置かれた状況は、自己責任でもなんでもない。緊急事態宣言下の相談に対応していて、再認識したのはパニック障害や精神疾患を抱えながら性風俗で働く女性の多さです。
同時に、サポートを必要とする人たちがたくさんいる性風俗の世界に、福祉や医療の専門家がほとんど入り込めていない現状にも危機感を覚えました。
■自己責任を問う前に社会のあり方を見つめ直す必要がある
そうしたさまざまな背景や問題を抱える相談者に対し、アドバイスや解決策を伝える前に重要なのは、相手の気持ちに寄り添って、話をしっかり受け止める姿勢です。
事情を聞き、精神障害者保健福祉手帳の取得を勧めたケースもありました。手帳があれば、障害者雇用枠で就労できます。性風俗以外の仕事をはじめるきっかけになるかもしれません。一方で福祉的な就労でえられるお金は、最低賃金ギリギリか、それ以下。性風俗では、少なくても時給換算で3000円は稼げる。だから性風俗が女性たちの選択肢になるわけです。
そもそも自分がどんな問題を抱えているのか、社会的にどんな立ち位置にいるのか、把握し切れていない人もいる。
自分が会社員なのか、自営業者なのか、意識せずに毎日出勤し、仕事をして、報酬を手渡される。確定申告と言われても、なんのことかわからない。
ただし、税金や確定申告のことなんて、公教育ではほとんど教えてくれないでしょう。生活保護もそう。自己責任を問う前に、生きていく上で大切な知識も教えず、必要な人に公助が行き届かない社会のあり方を見つめ直す必要があると思うのです。
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ホワイトハンズ代表理事
1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」の開催など、社会的な切り口で、現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に、『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館新書)、『男子の貞操』(ちくま新書)など。
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(ホワイトハンズ代表理事 坂爪 真吾 聞き手・構成=山川徹)
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