性風俗をめぐる炎上騒ぎに「当事者」がちっとも出てこないワケ
プレジデントオンライン / 2021年5月24日 15時15分
■性風俗の世界には「業界」が存在しない
——初めての緊急事態宣言から1年が過ぎ、いままた緊急事態宣言下にありますが、風テラスによせられる相談に変化はありますか?
コロナの影響で収入が減り、路頭に迷っている人の相談がずっと続いている状況です。この1年、事情を聞き、支援情報を伝え、場合によっては生活保護の申請を勧めるという対応を繰り返してきました。
いま日本全国に約3万店舗の事業所があると言われています。しかしコロナ禍の1年を振り返ってみて感じたのは、性風俗の世界は本当に「業界」と呼べるのかという疑問です。
昨年4月、初めての緊急事態宣言が出されるにあたり、休業補償制度の対象から「接待をともなう飲食店」と「風俗業」が除外されたことがSNSなどで話題になりました。
性風俗に社会的な注目が集まるなか、風テラスでは「風俗営業等を、休業補償の不支給要件から外してください!」と名付けた署名キャンペーンをはじめました。
■当事者たちで団結できず、集団訴訟が頓挫
私たちは「性風俗で働くリスクを減らす」「性風俗と公助をつなぐ」などを目標に掲げて、活動を続けてきました。性暴力や性感染症などの身体的リスクだけではなく、福祉や支援につながりにくいという社会的リスクも減らしていく必要があります。こうした目標を実現するチャンスなのではないかと考えたのです。その後、約1万筆の署名が集まり、風俗店への休業補償が正式に決まりました。
そこまではよかったのですが、性風俗事業者は持続化給付金の対象からは外されてしまった。関係者が「職業差別ではないか」と抗議しましたが、政府の担当者は「過去の政策との整合性がとれない」と繰り返すだけ。私たちも署名キャンペーンや、メディアを通した広報などを行いましたが、国の決定を変えることはできなかった。
そこで持続化給付金の支給対象外になった性風俗関係の事業者で原告団を結成し、国を相手に集団訴訟を起こせないかという可能性を探りました。コロナという非常時に当事者がまとまることができれば、性風俗で働く人たちにとって大きなプラスになるのではないか、と。
でも結果から言えば、集団訴訟は頓挫してしまいました。業界として、ひとつにまとまり、声をあげようという事業者がほとんどいなかったのです。
■「業界全体の利益」という発想がない
——コロナ禍で、ホストやホステスの業界団体が政府に支援を求めて話題になりましたが、性風俗の世界ではそうした動きにならなかった。その原因はなんだったのでしょう。
風俗店で働く女性だけでなく、運営側の入れ替わりも激しい。事業者も女性も長期間、働こうと考えていない……。いろいろな原因が考えられますが、シンプルに「業界全体の利益」や「業界の未来」という発想や視点がない。
性風俗の世界では、ほとんどの人が身元を隠して働いているでしょう。みな風俗嬢である以前に、学生であり、母親であり、主婦であるという意識を持っている。当事者意識を持ちたくないし、持てないし、持ちにくい世界なのではないかと思います。そのせいか、いままでも当事者が社会に向けて声をあげるケースはほとんどなかった。それに「自分たちの仕事は差別されても仕方ない」という意識が浸透しているのも見逃せません。
また風俗店と言っても、激安店から高級ソープまでさまざま。サービスも多様だし、女性の収入にも大きな格差がある。
一部の高級店に勤務する女性たちは、コロナ禍でもダメージが少なかった。常連客の指名だけでやっていける。収入を投資や経営資金に回す女性も少なくありません。なかには、困っている女性の支援に使ってください、と風テラスに多額の寄付金をくださった高級ソープで働く女性もいたほどです。一方、激安店で働く女性は、今日食べるもの、住む場所もないほどに追い詰められていた。
働き方、生き方、考え方が全く異なる人たちを、「当事者」「風俗嬢」と一緒くたにすることに無理があったのかもしれません。
■性風俗は炎上要素が詰まった火薬庫
——だからこそ個別支援を続ける風テラスのような団体の活動が大切になってきますね。
実は、そのあたりも難しい問題なんです。先ほども話したように、性風俗の世界では、基本的に当事者が発信しない。そこで登場するのが、当事者の声を代弁する人たちです。
当事者がほとんどいない「当事者団体」や、実績のない「支援団体」の活動家が、SNSで、当事者の声を代弁し、立場の違う意見に反発したり、ほかの団体を批判したりする。
しかも性風俗ってさまざまな論点が詰まっているでしょう。風俗店で働くこと、利用することの是非にはじまり、性差別や職業差別、性的搾取、フェミニズム、男女の経済格差……。議論はつきない。なにかのきっかけで、すぐに炎上する火薬庫のようだと感じます。
■当事者のほとんどが岡村発言に無関心だった
——性の話題が炎上しやすい理由がわかったような気がします。コロナと性風俗での炎上と言えば、昨年、ナインティナインの岡村隆史さんがラジオ番組で「コロナが明けたら美人さんが風俗嬢やります」などと発言し、ニッポン放送が謝罪しました。
岡村さんが話したように、コロナのような非常時で、経済的に困窮した人が性風俗の世界に入ってくる人が増えるのは事実です。
あの発言については私も容認できませんでしたが、深夜ラジオでのタレントの発言をあそこまでたたく必要があるのかと違和感も覚えました。擁護派と批判派がいくら意見を戦わせても、議論を繰り返しても、いままさに苦しんでいる人たちは救われませんから。
私は大学時代から20年ほど、性風俗の世界にたずさわってきましたが、性風俗で働くことの是非に関する議論からは距離をおいて、基本的にスルーしてきました。
炎上騒動でひとつ興味深かったのは、性風俗店で働く女性や、関係者のほとんどが岡村さんの発言に無関心だったことです。
——当事者ではない人たちが盛り上がっていたわけですか?
そんな印象でしたね。これは岡村さんの発言に限った話ではないのですが、性風俗に関する投稿は意見が分かれて、バズりやすい。注目を集めたくて、あえて性風俗をテーマに発言する人もいる。
ただ騒動のさなか思いがけない動きがありました。
「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン」のリスナーの方々が「岡村さんが非難されてばかりで、何も解決しない状況がつらいです」と風テラスにたくさんの寄付をしてくださったのです。
性風俗を肯定する。あるいは否定する。性風俗の是非をいくら問うても、困っている人は減りません。さまざまな意見があるのはわかりますが、それはいったん脇に置いておいて、現場で追い詰められている人を支えていく――それが、風テラスの姿勢なんですよ。
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ホワイトハンズ代表理事
1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」の開催など、社会的な切り口で、現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に、『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館新書)、『男子の貞操』(ちくま新書)など。
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(ホワイトハンズ代表理事 坂爪 真吾 聞き手・構成=山川徹)
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