どこの国にもイジメはあるのに、日本だけで不登校が起きる根本原因
プレジデントオンライン / 2021年5月26日 9時15分
※本稿は、武田信子『やりすぎ教育』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■いじめはどこの国でもあるが…
私は不登校や引きこもりの問題がほとんど起きていない海外の学校をたくさん訪問してきました。世界各国から日本に子どもの専門家を招き、日本の学校を見学してもらい、さまざまなコメントをいただきました。
アジア圏には日本に似た競争的な教育を行っている国がいくつかありましたが、それ以外の海外の学校では、多様な子どもたちが多彩な学習方法で学んでいました。先生や授業への不満をゲストに言うことも許されていました。多くの学校で宿題や画一的な評価はほとんどなく、受験も厳しくなく、生徒たちの比較は行われていませんでした。いじめはどこの国でもありましたが、不登校や引きこもりの現象はほぼありませんでした。
オランダのアムステルダム自由大学では、2006年に日本とオランダの教育の比較をレクチャーする機会をいただきましたが、日本の受験を取り巻く状況を説明すると、皆さん信じられないという顔をしておられました。
また、日本によく来ることがあるというカナダの教師教育者は、日本の学校教育についてはコメントすることができないし、何かアドバイスしようという気はないと首を横に振るのみでした。
ここでは、日本の学校教育の中で問題を抱えた子どもたちの事例(事実を改変して構成)をいくつか挙げてみましょう。
■問題は子どもではなく環境にあるかもしれない
高校1年生女子。入学してみたらとても規則が厳しくて先生たちの言うことが理不尽で納得できないから退学したいと言います。話を聞いてみると本当に学校の対応は非合理で、退学したいと思うのももっともに思われました。でも母親はせっかく入学した学校を退学したいという自分の子どもが理解できません。不登校状態が続いているので、心の問題ということで、親子でカウンセリングに来たわけです。
私はこの「クライエント」は非常に健康な方だと思いましたので、カウンセリング終了後に先輩にそう言いました。そして叱られました。高校生にとって学校という場所は友達に出会ったり勉強したりする大切な場所で、カウンセラーはそこに行けるようにするのが仕事だろう。子どもの言うことを鵜吞みにしてどうするのだということでした。
彼女は自分にはカウンセリングは必要ないと言って3回目から来なくなりました。のちに学校は退学し、母親のカウンセリングが継続されました。私は今でも、女子生徒の退学は正しい選択で彼女は健全な方だったと思っています。
事例2
ある高校生の男の子は、有名進学校に入学したものの学校に行けなくなってしまい、家に引きこもってずっとネットにはまっていました。知人に紹介された発展途上国でのワークキャンプに参加したところ、徐々に自分の知らない熱い人間関係の中で心の傷が癒やされ、人と自分への信頼を取り戻し、帰国してからもキャンプで知り合った仲間たちとの関係を続けて勉強を始め、希望する大学に入りました。
彼に必要だったのは、カウンセリングや医療よりも、広い世界を知り、温かい人たちに出会い、汗を流して働く体験だったようです。
事例3
ある小学校1年生の男の子は、コロナ禍で4月からしばらく学校に行くことができず、夏前に登校が始まってから先生や友達との関係がうまく築けないまま、まもなく学校に行けなくなってしまいました。家で暴れたり親から離そうとすると泣き叫んで手がつけられなくなったりしたため、カウンセリングを受けたところ、発達障害と言われて投薬され、療育を勧められました。
たまたま私と出会う機会があって親子の様子を見ていたら、お母さんがとても優しい方で、彼の言い分を聞いて何とか対応しようとしています。いいお母さんでいよう、彼を傷つけないようにしよう、叱らないようにしようと必死の様子を見て、学校の担任の対応との落差が激しかったのだろうと思いました。そして、男の子が自立できるようにお母さんのほうから離れていくことや環境要因の調整などを数分アドバイスしたところ、2週間後に連絡があり、子どもが自己コントロールができるようになってきて、薬も療育も必要なくなったとのことでした。
これらの事例からわかることは何でしょうか。心の問題や発達の障害であると言われていることが、実はその子どもの問題というよりも「環境調整」で改善する問題である場合があるということです。
■マルトリートメントは社会構造の中で発生している
カウンセラーたちは話を聴くトレーニングを受けてはいても、必ずしも環境調整の技法は学んでいません。カウンセラー自身の価値観が現在の日本の状況から自由でないと、話は閉じてしまって解決の方向には向かわないし、現象や症状を抑えることに気が向いて、子どもが育つプロセスで子どもの心と現実とのズレやマルトリートメント(日本語では時に「虐待」と訳されます)が起きていることに気づくことができないのです。
問題を抱えた親子と接する機会の多い対人援助専門職が、個人の問題が社会のどんな構造の中で起きているのかを分析して改革への提言を発信しなければ、あちこちで起きているマルトリートメントは、個別の問題として対応されるだけで、社会的に継続してしまうのではないかと思います。
人は生きている限り、あらゆるところで学んでいます。赤ちゃんは胎内にいるときから学びを重ねているのです。そして出会ったあらゆる人、こと、ものから生涯学び続けます。就学以降の学びは、それ以前の乳幼児期の発達の上に乗る形で進みます。
でも、多くの人が、子どもは学校に入学したときから学び始め、学校を卒業すると学びが一段落すると思っています。少なくとも、学校での学びについていけるように準備して、宿題で追いついて、補習で定着させなければと思うのです。
■大人たちの「よかれと思って」が子どもを苦しめる
たしかに学校は子どもの社会化のために必要なことを勉強する場であり、国民として生活を始めていくために必要なことを仲間と共に学ぶ場です。でも人の学びはそれに留まりません。子どもたちは24時間、家庭と学校と地域の3領域の生活の中で何かを学んでおり、学校を修了して大人になっても死ぬまで学び続けます。
とはいえ、今は地域で過ごす時間がなくなって、家庭と学校の往復になっている子どもたちが少なくありません。さらに家庭では十分に養育できないということで、学校が託児所のようになって、部活や放課後子ども教室も含めて、あらゆることを引き受けるようになっています。
大人が人間の体と心と脳の発達の流れを理解していれば、短い学校教育期間にすべてのコンテンツを詰め込もうとはしないはずですが、この情報化社会において、あらゆる人たちが、自分が大切だと思うこと、たとえば、英語、ICT、キャリア教育、福祉、ボランティア活動、金融教育、消費者教育、育児、昔遊び、読み聞かせ……を学校教育のコンテンツとして必須だと主張し、入れ込もうとします。
それらが必要でないとは思いません。でも、そんなに詰め込まれても、ただ先生の話が長くなって休み時間が短くなるだけで、家庭や地域で実体験の少ない子どもたちには必要性の実感がわかず、迷惑なのです。子どもたちはフォアグラを作るために強制給餌されるアヒルにはなりたくないのです。
子どもへのマルトリートメントが継続してきたのは、誰か個人の悪者がいるということではなく、社会の急速な流れの中で大人たちがよかれと思ってやってきたことが少しずつズレたり、問題に気がつかないまま進んできてしまったりした結果であるということが、おわかりいただけたでしょうか。
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臨床心理士
ジェイス代表理事。元武蔵大学人文学部教授。臨床心理学、教師教育学を専門とし、長年、子どもの養育環境の改善に取り組む。東京大学大学院教育学研究科満期退学。トロント大学、アムステルダム自由大学大学院で客員教授、東京大学等で非常勤講師を歴任。著書に『社会で子どもを育てる』(平凡社新書)、編著に『教育相談』(学文社)、共編著に『子ども家庭福祉の世界』(有斐閣アルマ)、『教員のためのリフレクション・ワークブック』(学事出版)、監訳に『ダイレクト・ソーシャルワークハンドブック』(明石書店)など。
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(臨床心理士 武田 信子)
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