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「うつ病で苦しむ著名人の子供や孫たち」そんな人生は成功だといえるのか

プレジデントオンライン / 2021年5月28日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

子どもは名門校や大企業に入れたほうがいいのか。臨床心理士の武田信子さんは「私が関わっていた精神神経科思春期病棟には、各界で活躍する著名人の子どもや孫たちが少なくない数、通院、入院していた。そうした人生は成功といえるのだろうか」という――。

※本稿は武田信子『やりすぎ教育』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■大人になることが不安

子どもたちは今、いい子であること、成功することを求められています。「身につけなければならないコンピテンシー」を優先して身につけるように求められ、何が身についたかを評価されます。小学校6年生の半数近くが、土日も含めて放課後に1日平均2時間以上勉強していますが、これはつまり、その分、日常の生活体験や遊びの時間、自分で自由に考えて動く時間が少なくなっているということです。それで彼らの思考力や対人コミュニケーション能力の不足が指摘されるのは理不尽です。

テレビでは、めざすべき成功者である政治家や官僚が嘘をつき居眠りし質問に答えず、我を通しても忖度される様子を日々見ているのに、道徳の授業ではあるべき姿を教えられています。今、日本で進行していることをちゃんと思考したら、大人になることが不安になるのも希望が持てないのも無理はありません。

それでも、自分で養育環境を作ることも情報収集することもできない子どもたちは、育ててくれる人の価値観を信じて生きていくしかありません。自分の身近な大人がよかれと思って提案してくることを拒否できません。きちんとしなさい、学校に入りなさい、就職しなさい、スポーツができなければいけません、習いごとに通ってダンスだって踊れるようになりましょうと言われますが、誰もがすべてをできるわけはありません。

■悩める子どもだったからこそ安全なレールに乗せてしまう

少なくない子どもたちは、自分に示されている状況に割り切れない気持ちを抱えたまま、大人社会のひずみを反映するようないじめに巻き込まれ、不登校、うつ、引きこもり、精神障害、非行、そして自殺に向かっていってしまうのです。メディアに依存してしまうのはそこが唯一逃げ込める場所だからなのです。

かつて悩める子どもだった大人たちはこのような状況だからこそ、逆説的に、この社会を生き抜いていくための少しでも安全なレールに自分の子どもたちを乗せてあげたいと思うのでしょう。悪循環が起きています。子どもたちは大人によって決められた予定調和の世界の中を走って、大人の想定範囲内で自分の希望を述べ、大人の意思によって育てられていきます。

■究極の「商品化教育」で育てられるとどうなるか

たとえば、こんなふうに育てられるのはどうでしょうか。

「育ちに関する基本設計を作成して、マニュアルに沿って必要な要素を適宜投入しつつ、無駄を省いたその子に最適な一貫性のあるカリキュラムで、効率よく基礎学力をつけ、その上で個人プログラムとチームプロジェクトとを並行させながら、子どもの余裕に応じて個性を伸ばす自由課題にゲーム感覚で取り組ませる。課題の中には、泥遊びもキャンプといった自然体験も組み込み、じゃれつき遊びやチームスポーツ、インプロビゼーションを取り入れたさまざまなジャンルの音楽に演劇、もの作り体験、地元の高齢者や障がい者とのふれあいボランティアも組み込む」

そうしてすくすく育った若者は「世界各国の若者とインターネットでつながって社会課題の解決に取り組み、持続可能な地球のために安全保障の問題や環境問題を解決していく。この養育プランのプレミアムコースには偶然性も組み込まれ、理不尽な体験や傷つき体験も回避できないようになっている。それらを止揚して乗り越えていくことが課せられ、オプショナルとして万が一の場合の救済カウンセリングもつけられている。もちろん、このコースには、途中で自分の好きな時期に休みを取って自由な時間を過ごす特別休暇制度も含まれている」

マークシート式テストに記入する人
写真=iStock.com/mediaphotos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mediaphotos

■受験を勝ち抜いてもやりたいことがない

このように、作り込まれたロールプレイングゲームのような育てられ方で成功する子どもたちも一定数いるかもしれません。でも、このゲームをクリアできる子どもは多くはないでしょう。また、子どもたちの人生をこのように最後までうまくコントロールできる大人が多いとは思えません。そもそも、これほど大人の掌の上で踊らされて、子どもたちは自分の人生をわくわく生きていくことができるのでしょうか。

有名高校や大学の相談室には、大人の言う通り頑張って勉強して入学してきた生徒や学生たちが、やりたいことがわからなくなったと悩んでやって来ます。合格している彼らはまだよいほうで、不合格になって深い傷を負ったまま大人になっていく者たちがいます。若い頃にコンプレックスを持った人たちがそのまま大人になると、次の世代の子どもたちが代理競争のように勉強させられることになります。あるいは、親兄弟やパートナーや友人たちが成功者で自分はそうでないと感じている大人が、理想を投影した子どもを代理に立てて勉強させるという例は後を絶ちません。

たとえ、学校をうまく通過して、無事に有名企業や官庁に就職しても、そこには過労死や自殺のリスクが待っています。近年、過労死や過労自殺の数は年間200件前後で推移していますが、その何百倍ものうつ状態が存在していると思われます。

■成功者の周辺で苦しむ家族

私の知人の中には出世したけれど脳卒中で倒れて寝たきりになった人がいます。うつ病になった人もいます。ある知人は、毎日残業続きの生活を送っていましたが、ゴールデンウィークに実家に戻り家族団らんで過ごしたら、連休明けにうつ状態になって会社に行けなくなりました。会社を辞めて地元で家族とゆっくりと暮らしたいと言い出したのです。

上司はびっくりして精神科に連れていきました。精神科医は、あなたは病気ではないですよ。自分の生活がおかしいことに気づいてしまったんですねと言いましたが、上司はせっかくのキャリアを棒に振るのかと本人を説得し、知人はすっかり「よくなって」仕事に戻ったそうです。

かつて私が関わっていた精神神経科思春期病棟には、各界で活躍する著名人の子どもや孫たちが少なくない数、通院、入院していました。成功者が自分中心の発想で生きている周辺で家族が苦しんでいましたが、子どもや孫が不登校やうつ病や自らの生育環境に対するやり場のない感情で苦しんでいても、彼らの人生は成功といえるのでしょうか。

■いとも簡単に「発達障害」とラベリングされるようになった

ここ30年増加している発達障害についても考えてみましょう。発達障害の増加理由は、環境化学物質、メディア視聴、睡眠、ストレスなどいろいろと推測されていますが、私はこれらの要因以外に、近年の養育環境の変化も原因ではないかと推察しています。

人は生まれてきたときに誰でもどこかに脆弱(ぜいじゃく)性を持っているものです。それが、豊かな自然の中で育ち、適度な刺激を受けて周囲の人々との対人関係の中で揉(も)まれるうちに修正され、社会の中で特に問題なく過ごせるようになったり、逆に持ち味や強みになったりしていきます。

でも、脆弱な部分がもともと顕著な場合や、自然に補完がなされていくような養育環境に恵まれない場合、脆弱性がそのまま、あるいは強化されて、バランスを欠いた発達をせざるを得なくなります。脆弱性を減じるような養育環境がなくなれば、必然的に発達障害が増加することになるでしょう。

かつては、子どもの頃に「落ち着きのなさ」「コミュニケーションの取りにくさ」を指摘されていた子どもたちも、大半は大人になれば立派な仕事をするようになりました。あるいはそのまま大人になったとしても、「地域コミュニティ」はそういう子どもや大人を含めた多彩なメンバーで支え合って共同体を構成していました。

でも、今の時代においては、そのような発達のバランスの差異が顕著な人たちは、規律を強く求める学校生活や社会生活で悪目立ちし、いとも簡単に障害とラベリングされるようになったのです。

■集団の中で育てていけば負担が分散される

子どもがどんな状態であろうと、それを周囲の人間が丸のまま受け止めれば、子どもは自分と自分を受け止めてくれる他人を肯定することができます。「かわいい」とか「利発だ」とか「礼儀正しい」といった価値観で子どもを値踏みせず、親が子どもをありのままで受け容れられるようになるまで誰かが親子を支えられる社会を作りたいものです。

武田信子『やりすぎ教育』(ポプラ新書)
武田信子『やりすぎ教育』(ポプラ新書)

ある発達障害の子どもはすぐにかんしゃくを起こす子どもだったので、親は嘆き困り切っていました。でもよく様子を見ていると、かんしゃくを起こすのは、自分の大好きな友達が他の子にいじめられそうになったときなど、きちんと理由があったのです。

親は「うちの子が迷惑をかけないようにしなければ」という責任感で一杯一杯で、子どもを客観的に見られなくなって状況を悪化させていました。周囲の大人たちがこのことに気づいて間に入ることで、その子どもの状態は次第に落ち着いていきました。生まれつき育てにくい子どもも、親が一人で育てれば大変ですが、みんなで見守って集団の中で育てていけば負担が分散されて育てられるでしょう。

■オランダでは選択肢がたくさんある

また、残念なことに、よりよい環境についてよく学び考えている親の子どもたちが理不尽な要求をする学校に行けなくなったり、子どもの環境が心配で親自身がうつになってしまったりする例が後を絶ちません。親の理想とする世界と学校や子育ての世界とのギャップが親子を混乱させてしまうようです。

子どもたちのためには、家庭と家庭外の2つの文化の間に橋渡しが必要ですが、親は理想を掲げた手を下ろせず、学校は親子の苦しみを理解できません。でもそのギャップの間に落ちてしまうのは、子どもたちなのです。

こういうときは親子に多様な学校の選択肢があるオランダを思い出します。自転車通学が可能な範囲に特徴のある小さな学校がいくつもあり、公立も私立も学費が無料で転校が容易なため心理的負担もあまりありません。どうしてもこの学校この学級に行かなければならないというプレッシャーが少なくなれば、不登校による傷つきも深くならずに済むように思います。

■子育てに正解も不正解もない

子育ての世界は、実は何が正解で何が不正解かわかりません。人生に正解不正解はなくて、常に試行錯誤で、ある年齢が来たらおしまいということです。完全に回復不能なまでに(それを私は子どもの受忍限度というのですが)傷ついてしまった場合は別として、回復可能なぎりぎりまで不利な条件で育った人たちは、その経験をもとにむしろ社会を変えるトリックスター(神話の世界に出てくる新旧2つの世界をつなぐきっかけをもたらす賢いいたずらをする者)になりうるのです。幸せな人たちばかりの社会だったら、不幸だったり苦しかったりする人たちのことまで配慮できなくなるおそれがあります。

たとえば、子育て支援の場で素晴らしい活動をしている方たちの中には、ご自身が何かの困難を抱えていた経験があったり、重複障害者と過ごした経験があったり、ご家族に障がい者がいらしたりする方が少なくありません。大変な経験をしたり、している人と接したりすることは、よりよい社会を作ろうとする意欲を持つ人を育てるのではないかと思います。

そういうことは私たちの社会にとってとても必要なことで、どんな人生がよくて、どんな人生が悪いかなどと言えないように思うのです。当人は苦しいかもしれないけれど、その苦しみが人を救う原動力になることもあるように思います。

このように、一人の人間を一人で、あるいは一家族で、ある方向に向けてまっすぐによく育てようとしても子どもはうまく育たなくて、何人もの多様な人間の中で迷いながら育つのだということ、迷いのない子育てはむしろマルトリートメントになりかねないということを、私たちはしっかりと認識しなければならないと思います。

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武田 信子(たけだ・のぶこ)
臨床心理士
ジェイス代表理事。元武蔵大学人文学部教授。臨床心理学、教師教育学を専門とし、長年、子どもの養育環境の改善に取り組む。東京大学大学院教育学研究科満期退学。トロント大学、アムステルダム自由大学大学院で客員教授、東京大学等で非常勤講師を歴任。著書に『社会で子どもを育てる』(平凡社新書)、編著に『教育相談』(学文社)、共編著に『子ども家庭福祉の世界』(有斐閣アルマ)、『教員のためのリフレクション・ワークブック』(学事出版)、監訳に『ダイレクト・ソーシャルワークハンドブック』(明石書店)など。

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(臨床心理士 武田 信子)

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