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「コロナ交付金で巨大イカ建立」世界中からネタにされた能登町の公金感覚を問う

プレジデントオンライン / 2021年5月21日 9時15分

新型コロナウイルス感染症対策の臨時交付金約2500万円が充てられた全長13メートルのイカのモニュメント。2021年5月14日撮影。 - 撮影=加藤豊大

■イギリスのBBCが世界中に「巨大イカ」を発信

金沢市から北に車で2時間ほどの距離にある、石川県能登半島の先端部に近い能登町。この小さな漁師町の観光施設に、全長13メートル、高さ4メートルの巨大なイカのモニュメントが現れ、国内だけでなく世界で物議を醸している。

町が設置費3000万円のうち約2500万円を、国が新型コロナウイルス感染症対策で自治体に配る臨時交付金から充て、活用法が問題視されたからだ。税金の無駄遣いや感染症対策への「便乗」とも思えるこの巨大なイカは、地方自治体による不適切な予算計上を防ぐべき、地方議会のチェック機能不全の実態を浮き彫りにした。

「新型ウイルスのパンデミックが収束していない中で巨大イカに多額の資金を投じた行政には、一部から批判の声が上がっている」。イギリスのBBC放送は「能登町、新型ウイルス対策の交付金で『巨大イカ』設置」と題した英語と日本語のネット記事を、5月5日付で掲載。過疎化が進む人口1万6000人ほどの自治体が海外で注目を集める、過去に例を見ない事態となった。

■設置費3000万円のうち2500万円を、コロナ交付金から捻出

話題の舞台は、能登町越坂の「イカの駅つくモール」。日本百景の一つであり、釣り客らが多く訪れる波音静かなリアス式海岸・九十九湾を目の前に望む。北海道函館港、青森県八戸港と並び、スルメイカの日本三大漁港に数えられる同町小木港をPRしようと、町が昨年6月にオープンさせた。地元産のイカ料理が味わえるレストランやマリンレジャーの体験施設、小木港のイカ漁の歴史展示スペースを備える。

モニュメントは、この風光明媚な景勝地に今年3月末に出現した。「イカを食うか、イカに喰われるか」とのコンセプトで町が制作。家族連れやカップルらに写真を撮ってもらいSNSで発信してもらうよう、「写真映えするようなインパクトを重視した」(町ふるさと振興課担当者)という。

幅9メートルほどに触腕を大きく広げたピンクと白色の体色の巨大なイカについて、SNS上でさまざまな感想が飛び交う。ツイッターでは、触腕部に子どもが乗ったり、下から潜り込んで開口部から顔を出したりと、実際に訪れたユーザーらがそれぞれ撮影した写真を投稿。一方で「とめる人は、たぶんいたんじゃないの?」「2700万もかける意味が分からない。こんなトンデモな事がなぜまかり通るのか」といった懐疑的なツイートも目を引く。

賛否が分かれた主な要因は、町が設置費3000万円のうち2500万円もの巨額を、国が自治体に配る新型コロナウイルス感染症対策の地方創生臨時交付金から捻出したためだ。町は、昨年7月の町議会で設置費を盛った予算案を提出し、定数14の町議からの反対意見はなく可決された。

■町は「国の活用例メニューに合う」との説明に終始

直後は大きな話題にならなかったが、同12月の町議会で完成イメージ図を公表すると、新聞各紙や全国放送のワイドショー番組などで、各地のコロナとの関係が不透明な臨時交付金の使い道の一つとして取り上げられた。この時点で町民からは「コロナとイカのモニュメントにどんな関係があるのか」「医療従事者や介護施設など、コロナ禍で差し迫った支援が必要なところに手厚く使う道もあったのでは」といった設置に反対する意見が上がっていた。

「コロナ対策の臨時交付金でなぜイカの像に3000万円もの大金をかけるのか」。町の担当記者として、こうした率直な疑問がぬぐえなかった。町ふるさと振興課担当者は、完成前の取材に「新型コロナウイルス感染症収束後の観光誘致に効果が期待できる」と説明。国が示した臨時交付金の幅広い活用例のうち「地域の魅力の磨き上げ事業」に合致すると判断したという。

巨大イカのモニュメントが出迎える石川県能登町の観光施設「イカの駅つくモール」。2021年5月14日撮影。
撮影=加藤豊大
巨大イカのモニュメントが出迎える石川県能登町の観光施設「イカの駅つくモール」。2021年5月14日撮影。 - 撮影=加藤豊大

加えて、近年スルメイカ水揚げ量が急速に減少する小木港を守りたいとの思いもあったと強調した。長年主な漁場としてきた能登半島沖の日本海の好漁場「大和堆(やまとたい)」周辺では近年、中国や北朝鮮による違法操業が急増。資源量自体の減少もあり「コロナ禍で魚価も落ち込む中、消費の面から漁師を支える意義もある」と話した。

町側は「国の活用例メニューに合う」との説明に終始。必要性の低い事業に予算をつぎ込む無駄遣いや、コロナ禍への便乗ではないかとの疑念は晴れなかった。

■完成後の大型連休には4000組の観光客が来場

ただ各報道による予期せぬ「宣伝」効果もあったのか、完成後の4、5月の大型連休中は4000組ほどの観光客らが来場しにぎわった。しかし、BBCが冒頭のネット記事を、北陸中日新聞など日本国内の報道を引用する形で掲載すると、この問題が海外にまで知れ渡ることとなった。

追随するように、英紙ガーディアンやロイター通信など世界各国のメディアが、同趣旨の記事を写真や動画付きでネットなどで配信。町担当者にも取材し詳報した5月6日付の米ニューヨーク・タイムズのネット記事では「町民の一部は臨時交付金のより良い使い道がなかったのか、疑問視している」との見方を示した。

地方創生臨時交付金は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急経済対策として政府が創設した自治体向け交付金だ。2020年度第1~3次補正予算で総額4兆5000億円を計上し、申請があった自治体に配分。コロナ感染防止のほか地域経済の活性化などに幅広く使えるのが特徴で、感染症患者を受け入れた医療機関への支援金支給や宿泊施設を活用したテレワーク推進など、全国で多様な活用例がある。

■町議「しっかりとした議論なく決めてしまった」

一方で、このイカのモニュメントのように、各地で感染症対策との直接的な関連の有無や活用法の是非が問われるケースも見られた。千葉県白井市は、市内の公園39カ所に感染症対策への協力を呼びかける看板設置費に約3000万円を充てる予算を昨年12月の市議会に提案し可決。しかし「医療従事者支援など他に使い道がある」と反対する市民らのグループが中止を求める約1900人分の署名を市に提出している。

財務省の昨年11月の財政制度等審議会の分科会でも、問題視する声が上がった。国が示した活用例以外の「ユニークな」取り組み例として、ごみ袋配布、花火大会開催、スキー場のライトアップ、ランドセル配布、公用車購入、駅前広場への屋根設置などを列挙。有識者からは「地方議会がチェックを果たすべきだ」「適切に使われているか検証が必要」などの意見が相次いだ。

イカの駅つくモールが面する日本百景の九十九湾」2021年5月14日撮影。
撮影=加藤豊大
イカの駅つくモールが面する日本百景の九十九湾」2021年5月14日撮影。 - 撮影=加藤豊大

不適切な活用例が出た背景には、予算案を可決した地方議会のチェック機能の不全が大きな問題としてある。イカモニュメントの設置予算が可決された昨年7月の能登町議会一般質問では、町議らからモニュメントに関する話題が上がらなかった。ある町議は完成後「ここまで大ごとになるとは予想していなかった。国の活用例に合っていると判断し、しっかりとした議論なく決めてしまった」と反省した。

■「国からの交付金は、使えるものなら使ってしまおう」

別の町議も「町から出された予算案を、深く審議せず通してしまう雰囲気がこれまでもあった。当選を重ねる中で『なあなあ』になり、初心を忘れてしまった議員も多いのではないか」と打ち明ける。加えて「過疎化や人口減少が進み自主財源が縮小し続ける町では、『国からの交付金は使えるものなら、もらえるものなら使ってしまおう』との意識もあった」と言う。

地方自治体に巣くうこうしたモラルの欠如による慢性的なチェック機能不全が今回、露出した形だ。

全国で臨時交付金の使い道が議論となる中、この巨大イカのモニュメントがとりわけ海外に波及するまでの大騒ぎになったのはなぜか。SNSで話題を発信した都内の30代男性は、取材に「他の地味な活用事例と違って写真のインパクトもあり、ネットやテレビで『ネタ』にされやすい題材だったのでは」と分析する。

海外でも同様の視点があるようだ。5月上旬にイカの駅を取材に訪れた、ドイツのニュース制作会社「ラプリーTV」に所属する日本人の女性記者(43)も「ヨーロッパでは、感染症対策の交付金との是非としての論点に加え、フィギュア文化が根付く日本ならではのカルチャーとして捉えて面白がっている側面がある」と指摘した。

■「このような形で世界に知られるのは恥ずかしい」

こうした状況に、能登町民の心境は複雑だ。60代の女性は「能登は日本の原風景のような里山里海の自然が残る自然豊かな観光地。このような形で世界に知られるのは恥ずかしい」と憤る。40代の男性も「結果的に人が多く集まったとしても、今後は税金の使い方はしっかりと議論した上で決めないといけない」と注文した。

コロナ禍という未曽有の事態に対応するため各地に配分された臨時交付金は、地方自治体の予算の活用法の是非という本質的な課題を浮き彫りにした。

感染症拡大が全国で続く中、コロナとの関係性が不透明な巨大イカ像を設置する予算案を計上した能登町の判断は問題として厳しく追及されるべきだ。

■自治体の予算執行をチェックするのが地方議会の役目

そして目立ったのは、町議らの「ここまでの騒ぎになるとは」との反応だ。議会に根強く巣くう適切な予算執行に向けた緊張感の欠如を表していると感じた。

特に「国の財源ならばもらえるものならもらって使ってしまおうとの意識がある」との町議の発言は看過できない。こうした意識で、必要のない事業にこれまでも途方もないほどの巨額の税金が投入されてきたと類推できるからだ。適切な使途によっては感染症の犠牲者を直接救ったり被害を減少させたりすることにもつなげられると思われる今回の臨時交付金の性質を考えると、問題はいっそう深刻だ。

今回のケースを機に、地方議会にはさらに厳しい目が向けられる。自治体による適正な予算執行へ成熟した議論を通じたチェック機能を果たすことができるのか、世界中が注目している。

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加藤 豊大 北陸中日新聞 能登通信部 記者
1991年愛知県生まれ。2015年中日新聞入社。横浜支局で遊軍、警察担当などを経て、2018年から現職。

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(北陸中日新聞 能登通信部 記者 加藤 豊大)

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