児童1人1台のデジタル時代でも教員が「これだけはノート&ペン」を譲らない"あの勉強"
プレジデントオンライン / 2021年5月21日 11時15分
※本稿は、『プレデントFamily2021年春号』の一部を再編集したものです。
■コロナ禍で早まった学校のICT環境整備
文部科学省がGIGAスクール構想を掲げたのは、2019年12月のこと。GIGAとは「Global and Innovation Gateway for All」の略で、これからの社会(※1)を生きる子供たちに必要な教育をするために、ICT(情報通信技術)の効果的活用を目指す構想だ。
当初の計画では、学校のインターネット環境を整えながら、23年度までに児童・生徒に1人1台端末を整備していくことになっていた。
そんな矢先、教育現場に突如降りかかったのが、20年3月からの新型コロナウイルス感染拡大予防のための休校要請だ。ICT環境が整っていた私立校がオンライン教育へ切り替えて授業を再開できた一方で、多くの公立校は、なすすべもなかった。これを重く受け止めた文科省は、「教育を止めてはいけない」と20年度中に計画を前倒しして環境整備に取り組んできた。
進捗状況について、文科省の初等中等教育局情報教育・外国語教育課の今井裕一課長に伺った。
「20年8月に実施した調査では、全国の自治体で端末の選定が進み、21年3月末までにほぼすべての自治体で納品完了予定となっています。春には1人1台の端末を届けることができそうです」
■無限に広がる授業方法の選択肢
ICT端末を使うと、授業はどのように変わっていくのか。
「大前提として、20年春から小学校において『知識・技能』『思考力・判断力・表現力等』『学びに向かう力、人間性等』の三つの資質・能力を育む新学習指導要領が全面実施されたことがあります。また、21年1月にまとめられた中央教育審議会の答申では、『個別最適な学び』と『協働的な学び』を一体的に充実することで、すべての子供たちの可能性を引き出す『令和の日本型学校教育』の構築を目指すとされました。これらをしっかりと実施していくために、従来の教材に加えてICTも積極的に活用してもらうというのが一番のポイントです」(今井課長)
ICTはあくまで道具。それをどう使うかは先生次第だという。ICTの使い方や使用頻度は先生によって大きく差があると考えておこう。
「授業でやれることが格段に増えるのは間違いありません。技術的には世界中の教室をつなぐこともできるのですから、工夫の余地はいくらでもあるといえるでしょう」(今井課長)
■学校ではどのように使われているのか?
早い学校では、20年のうちに1人1台の端末を使った授業を展開している。東京都狛江市の狛江第五小学校の2年生のクラスでは、同年10月に1人1台のiPadが届き、かけ算の学習で使った。
「箱の中に並んだチョコレートの数の数え方を、かけ算の仕組みを踏まえて、パワーポイント上で考えてもらいました。チョコレートは、画面上で動かすことができます。移動してまとまりをつくったり、ブロックに分けてかけ算したあと、足したり。その考え方と式をそれぞれの児童がパワーポイント上に記入して、チームズ上で共有し合いました」
![算数の授業風景](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/3/670/img_23a8cbc62e7ed07b52743e33bf846692846274.jpg)
こう語るのは、クラス担任の柏原直子先生。子供たちが夢中で取り組んでいるのが印象的だったという。
「画面上で動かせるので、試行錯誤ができ、何通りも思いつくようでした。じっくり考えたりする子もいれば、早くできた子は友達が共有したものを見て、『いいね』を押したりする。これまでにも同じような授業を紙でやってきたのですが、皆が書き終わってから発表していたので、長く待たせることもありました。しかし、端末を使うとそれぞれのペースで学習でき、集中できていた点が、とてもいいと思いました」(柏原先生)
複数人での協働学習も端末を使うとスムーズだったと語るのは、愛知県春日井市の高森台中学校、社会科教諭の小川晋先生だ。
「当校ではクロームブックを使っているのですが、ジャムボードというデジタルホワイトボードを使って、2人一組になって『オセアニアはどのように発展したのか』について考え、発表してもらいました」
2人で一つのスライド(ホワイトボード)を共有し、各自が教科書を見ながら、課題に合う情報を「付箋」機能を使って書き出していく。そして、その情報を、「昔」と「今」に整理し、言語化していく。
「授業では、他グループのスライドも見られるようにしました。すると、やり方がわからない子は別グループを参考にしながら、自分たちで進めることができた。付箋を使って試行錯誤させる授業は以前も紙でやっていたのですが、1人に説明している間、ほかの生徒を待たせたり、紙ゴミが大量に出たりして、ロスが大きかったんです。それが『試行錯誤する』といういい点だけを残してスムーズに実践できたのは驚きでした。これなら授業中に思考力や判断力、表現力を育む取り組みがたくさんできそうです」(小川先生)
狛江第五小学校の富岡佑太先生も同様の感想を語っていた。
「国語の授業の感想や社会科の調査発表で、付箋機能を使って考えを整理したり、友達の考えを見て、自分の考えを深めたりすることができています。授業のなかで思考方法を身に付けられるようになったところが、素晴らしいと思いました」
![国語の授業風景](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/6/670/img_46b8f02ef0a11f90a8fa2e3249f72e18655110.jpg)
新学習指導要領の「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」。そして「個別最適な学び」と「協働的な学び」。これらを実現するために、ICTは効果的だと、先生たちは確かな手ごたえを感じている。
■今後、加速していく学校のデジタル化
文科省では20年末、先生に参考にしてほしいと、ICT活用事例を紹介するサイト「スタディーエックス スタイル」(※2)を開設した。
「令和の教育のスタンダードとして、ICTを当たり前のように使ってほしいと思っています。先生向けの研修に活用できるコンテンツを公表したり、『GIGAスクールサポーター』や『ICT支援員』の配置も促進しています」(今井課長)
![社会の授業風景](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/a/670/img_ea1225c056dac3413bf0a59a0124dec5689124.jpg)
さらに、文科省は20年3月末時点で約8%と低い「学習者用デジタル教科書」の普及率向上を目指して、21年度において全国の半数程度の小学校5、6年生と中学校全学年の児童・生徒に無償提供する予算も確保した。
文部科学省初等中等教育局教科書課、課長補佐の度會友哉さんは次のように説明する。
「デジタル教科書は紙の教科書と違って有償であることなどの事情から、普及が進んでいませんでした。1人1台の端末環境が整っても、ハードだけでは意味がありません。教育コンテンツとしてデジタル教科書の普及に力を入れていきます」
デジタル教科書は、検定済教科書をデジタル化したもので電子書籍のイメージに近いが、音声が出たり、リンクが貼られていたりする。そのほかの教育コンテンツでは、AI(人工知能)によって子供の学習到達度に合わせた問題を提供できる「デジタルドリル」の利用も進みそうだ。
19年末にGIGAスクール構想を打ち上げたときの文科大臣メッセージには次のような言葉がある。
「新たな教育の技術革新は、多様な子供たちを誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり、特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものです」
これまでは「落ちこぼれ」や「吹きこぼれ」(勉強ができて授業が退屈な子)、識字障害などハンディキャップのある子に学校が個別対応するのは、マンパワーの問題で大変だった。
だが、デジタルドリルで最適な問題を出したり、板書をうつすのが苦手な子には端末のカメラで撮影させたりするなど、柔軟な対応ができるようになったのは間違いない。
■家庭でのサポートは何をすればいい?
ここまでGIGAスクールのメリットを紹介してきたが、大きな環境変化には当然、心配な点もある。
文科省の今井課長は言う。
「子供たちがICTに接する機会は増えるので、ネット上に個人情報を出してはいけないことや誹謗中傷をしてはいけないことなど、情報モラル教育をしっかりしていかないといけません。学校においてもしっかりと取り組んでまいりますが、家庭でもお子様の安全を第一にインターネットやスマートフォンなどの使い方を話し合っていただければと思います」
視力への影響も心配される。
「学習者用デジタル教科書を使用するに当たってのガイドラインをつくっています。たとえば、画面との距離を30cm以上あけることや30分に1回は目を休憩させるなど、家庭でも留意いただければと思います」(度會課長補佐)
端末を使って学習すること自体を心配するのは、脳科学者で東北大学教授の川島隆太さんだ。
「私たちの研究では、端末使用時に前頭前野に抑制がかかることがわかっています(※3)。端末は動画や音声が使えるので、学習に興味を持たせることには長けているのです。でも、端末上で漢字練習をさせたり、計算させたりするようになった場合、学習内容が頭にしっかり残っていくのか疑わしいです」
文科省はデジタル教科書の普及を後押しするため、これまで設けられていた各教科などの授業時数の2分の1までという使用基準を撤廃する予定だ。
「使いたい先生が利用しやすいようにするための撤廃」(度會課長補佐)だが、ICTに積極的な先生がいれば2分の1を超えてデジタル教科書を使った授業を行うことも可能になる。
「親御さんはお子さんが学校で、どのように学習しているかをしっかり確認することが大事です。そして、デジタルの学習が多ければ、家庭でアナログな学習を補いましょう。脳科学でわかっていることは、紙のノートに書いたり、紙の本を読むときには前頭前野が活性化すること。空間情報(本のどのへんに書かれている、など)や触覚情報を使えるから、記憶に残りやすいんです。家に帰ったら、なるべくデジタル端末は触らせず、家族で読書を楽しんだりする時間をつくりましょう」(川島さん)
先述した学校の先生たちも、アナログ学習の大切さを口にしていた。
![ノートとペン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/d/670/img_dd36269325d00d91c83464736f9113bf720667.jpg)
「授業でみんなの意見を共有することに端末を活用していますが、一人で考えをまとめるときには、ノートに書かせています。デジタルとアナログ、それぞれのいい面を利用していきたいです」(小川先生)
学校教育がデジタルに大きく舵を切った今、アナログとデジタルのバランスの最適解を学校と親が協力しながら探していくことが大切だ。
※1 国はSociety5.0として、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会と定義する。
※2 https://oetc.jp/ict/studxstyle/
※3「齟齬(そご)」や「鷹揚(おうよう)」など、読めるけれど意味を説明するのが難しい言葉について、紙の辞書とスマホでの検索を行い脳の活動を調べた。前者は活性化したが、後者は抑制されていた。LINEなどのメッセージアプリのやりとりでも同様に前頭前野の抑制がみられた。
整備される端末とソフト一覧
端末は、クラウド活用(端末上ではなくインターネット上にあるソフトを使ったり、データを蓄積したりする)を前提にWindows(マイクロソフト)、iPadOS(アップル)、ChromeOS(グーグル)の3つのOSが標準仕様例として示されている。各OSでは教育用に無償で学習用ツールが提供されている(下記参照)。これらを授業で使えるようになった。
●Windows
Word、Excel、PowerPoint、Forms(アンケート・小テスト機能)、Sway(発表ツール)、Teams(課題の作成・配布・回収・採点・評価)、OneNote(クラス全員のノート管理)など●iPadOS
Pages(文書作成)、Numbers(表計算)、Keynote(プレゼン)、クラスルーム(課題配布、授業管理など)、Swift Playgrounds(プログラミング教材)など●ChromeOS
Googleドキュメント(文書作成)、Googleスプレッドシート(表計算)、Googleスライド(プレゼン)、Google Classroom(課題の作成・配布・回収・採点・評価)など(プレジデントFamily編集部)
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