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米陸上代表も合宿中止…それでも日本が五輪中止を言い出せない"不平等条約"の中身

プレジデントオンライン / 2021年5月20日 15時15分

東京五輪・パラリンピック組織委員会の5者協議後の記者会見に臨む橋本聖子会長(右)と武藤敏郎CEO(2021年4月28日、日本・東京)。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■日本はIOCから賠償請求される?

もはや「コロナに打ち勝つ」どころか、「安全・安心な大会を実現」さえも危ぶまれている東京五輪。開幕まで10週間を切る中、東京都をはじめ全国各地は連日のように過去最多の新型コロナ感染者数を更新している。

客観的に見て、2020年春に東京五輪・パラリンピックの開催延期を決めた頃と比べ、5月に入ってからの感染状況は明らかに悪化している。国民の6割以上が五輪の中止を求めているにもかかわらず、依然として、国際オリンピック委員会(IOC)からも東京五輪大会組織委員会からも「延期や中止」に向かう声がまるで聞こえてこない。

こうした状況のさなか、組織委の武藤敏郎事務総長は5月13日に行われた会見で「仮に東京大会が中止となった場合、IOCから賠償請求されるかどうか」という記者の質問に対し、「そういう質問が増えているが、考えたことはない。あるのかどうかも、ちょっと見当つかない」との見解を示した。

この見解を報じた毎日新聞の記事を読み進めていくと、こんな記述がある。「東京都などとIOCは開催都市契約を結んでいるが、大会中止などの決定はIOCが単独で判断できると規定」「中止となってもIOCは損害賠償や補償の責任を負わない仕組み」だというのだ。未曾有の事態にもなおIOCが開催に突き進むのには、こうした事情がある。

■来日見送りに「いよいよ中止か」との声もあるが…

17日に予定されていたバッハIOC会長の来日は、緊急事態宣言がゴールデンウィーク(GW)前に発令されるやいなや見送りが決まった。五輪中止を求める人々の中には「これで五輪もいよいよ中止決定か」と色めきたつ声も聞かれたが、その後7月に来日することが決まった。

そうした中、GWには札幌市で外国人選手も参加するマラソンテスト大会、その後東京の国立競技場では陸上のテスト大会がそれぞれ実施された。この際、視察に訪れていたのはワールドアスレティックス(世界陸連)のセバスチャン・コー会長だった。IOC委員の要職にある同氏は、もともとは「過去、最も順調かつ儲(もう)かった夏季五輪」と評される2012年ロンドン五輪の組織委委員長だ。つまり、成功した五輪の実践者として、「下見の人選」としてはバッハ会長よりも適任と見るべきだろう。

しかも、コー氏はバッハ氏引退後のIOC会長職を引き継ぐことが確実視されている。札幌のテスト大会を視察したコー氏は「今日、札幌そして北海道は最高レベルの大会を運営する力があることを示し、証明された」と絶賛しており、欧州にとどまっているバッハ会長にもその様子は伝わったはずだ。バッハ会長がわざわざ来日せずとも、コー氏がその役割を十分に果たしている。

■本当に日本に決定権はないのか

では、本当に五輪中止の決定権は日本側にないのだろうか。誘致が成功した直後に東京都とIOCが結んだ「開催都市契約」を改めて読んでみた。以下に、東京都が発表した訳文を記してみたい。

XI.解除
66.契約の解除
a)IOCは、以下のいずれかに該当する場合、本契約を解除して、開催都市における本大会を中止する権利を有する。
i)開催国が開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず、いつでも、戦争状態、内乱、ボイコット、国際社会によって定められた禁輸措置の対象、または交戦の一種として公式に認められる状況にある場合、またはIOCがその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合。

なお、契約書には予測できない不当な困難が生じた場合についても条項があり、その際OCOG(組織委)は「合理的な変更を考慮するようにIOCに要求できる」とあるが、その後に「ただし」と続く。

変更は本大会またはIOCに対して悪影響を与えないことが前提条件であり、その裁量はIOCのみに委ねられている。そしてIOCがその変更を考慮したり、対応したりする義務を負わないことでも同意しているのだ。

つまり、本大会を開催できないような状況に陥った場合、東京の組織委は大会中止のお伺いをIOCにすることは可能だが、それを検討さえしてもらえない、門前払いになる可能性がある。

新国立競技場
写真=iStock.com/Ryosei Watanabe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ryosei Watanabe

■まるで不平等条約だ

中止の権利については、IOCは第66条でその権利を有しているものの、開催都市や国が中止を申し出る権利はどこを読んでも記されていない。あまりの不公平さに驚き、英語原文を読み直してみたが、確かにそう記されている。

これでは、開催地が「本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠」に晒(さら)されているとIOCが判断しない限り、中止に向かうことはない。ある時点でコロナ感染状況が極めて悪化し、厳しい感染防止措置をとってもそれに実効性がなく、関係者にも蔓延が進む……という日本にとって悲惨な状況が訪れて、ようやく重い腰をあげてIOCは「中止」とでも言い出すのだろうか。

目下、日本国内では「五輪中止を」という声が日増しに大きくなっているが、以上に述べたように、開催都市が中止是非の判断を行うことは不可能だ。言うなれば、幕末に外国列強に開国を求められた時に日本が結んだ不平等条約のようにも読める。

■理論上「無限に賠償請求される」が…

次に、東京五輪が仮に中止となった場合の損害賠償についてみてみよう。武藤事務総長は「分からない」と濁したが、「項目66」をさらに読み進めると、このような記述がある。

(ii)IOCが合理的に満足するように是正されない場合、IOCは次に、さらなる通知をすることなく、開催都市、NOCおよびOCOGによる本大会の組織を即座に中止し、すべての損害賠償およびその他の利用可能な権利や救済を請求するIOCの権利を害することなく、即時に本契約を解除する権利を有するものとする。

米国企業弁護士で企業間の契約などの交渉に詳しい照井公基氏は、この(ii)について、「IOCは、自身が東京都とJOC(日本オリンピック委員会)に対して保有している特定及びすべての損害賠償金請求権、またその他のあらゆる法的権利及び救済権利を放棄するものではない」と、一般的な見方を示す。

「IOCは『損害賠償の請求権を放棄しない』と読めるので、東京都またはJOCが五輪を中止した場合、IOCが日本側に対し無限的に賠償を求める可能性も理論的にはありえる」としながらも、英語で書かれている内容のトーンが「妙にのんきなのが気になる」という。

照井氏は「本当に無限責任を負わせたいならば、IOCはもっと強権的な文面を盛り込んできたはず」と指摘。「開催都市契約」について、仮に「IOCが中止を決定したとしても、東京都に対する損害賠償の請求権利は留保しているものの、法外な罰則や損害賠償を要求する可能性は低いのではないか」との見方を示している。

■東京都が補償を求めることは可能?

では逆に、東京都がIOCに対して補償を求めることはできるのか。中止した際の免責に関する内容は以下の通り記されている。

・理由の如何を問わずIOCによる本大会の中止またはIOCによる本契約の解除が生じた場合、開催都市(この場合は東京都)、NOC(同、日本オリンピック委員会)およびOCOGは、ここにいかなる形態の補償、損害賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄
・当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断からIOC被賠償者を補償し、無害に保つものとする。(以下略)

この項目についても照井氏に解説してもらった。いわく、「IOCが大会を中止しても、東京都とJOCはIOCに対してすべての補償請求権、損害賠償請求権、救済権、および他のすべての要求権を放棄させられる」とする反面、「中止となったことにより発生しかねない第三者からの訴訟などが起きた際は、IOCは免責になるが東京都とJOCはこれらに対し補償の必要がある」ということだ。

簡単に言うと、IOCが大会を中止しても東京都とJOCは一切の文句を言えず、それに加えて、中止に関してIOCに文句を言ってくる第三者との係争も東京都とJOCが担当しろということである。

以上の通り、開催都市契約でがんじがらめになっている日本側が中止を決めることは事実上不可能に近い。

■リオ、平昌も…開催地に残る“お荷物”

だが忘れてはならないのは、もし開催したとしても、出来上がっている競技施設を閉会後にどうやって維持するか、という問題だ。

前回の夏季大会を実施したブラジルのリオデジャネイロは、IOCのプランに沿って競技施設を建設したが、メイン会場となったオリンピックパークでは、行政の資金難などの理由で競技施設もろとも廃墟と化している。2018年冬季大会の韓国・平昌(ピョンチャン)でも計885億円をかけて整備した競技場の数々が惨状を呈しており、主要会場の江陵オリンピック公園は閑散。同公園内にある競技会場も使用されず放置されたままだ。

平昌オリンピックスタジアムのファサード(2018年2月6日)
写真=iStock.com/emson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/emson

IOCは「各国から観客が大勢来るから」と、開催都市に対し、しかるべき水準と規模の競技施設の整備を要求したり、観覧席の拡張を求めたりすることが常態化している。30以上ある五輪競技の中には、欧米では人気でも日本では愛好者が少ない競技もあり、不相応な施設整備を押しつけられてはいないだろうか。今後の利用メドが立たないインフラが残ることは、日本にとって「明らかな未来へのお荷物」となる。

■「五輪の華」陸上米代表も合宿中止に

昨春、東京五輪の延期が決まる直前、カナダの五輪委は正式に不参加を表明したほか、オーストラリア選手団は参加を拒否する、といった動きが起きていた。両チームはいずれも新型コロナ感染へのリスクを挙げていた。こうしたムーブメントが世界各国で広がり、IOCは1年後の延期を決めたという経緯がある。

開幕までの期間を考えると、感染を抑えるにしても残された時間が少ないなか、日本の感染状況に対する各国の評定は厳しい。

例えば、こんなケースが起きている。アメリカ陸上チームは千葉県内で予定されていた事前合宿を中止した。5月12日に千葉県が発表した。陸上は五輪競技でも「最高の華」といえるが、その中でもアメリカは世界最強の一角だ。千葉県は2016年から受け入れ準備を進めてきており、大きな落胆が広がっている。

中止理由が「新型コロナウイルスの世界的流行が続き、今後も感染症収束の見通しが立たない中で、選手の安全面に関して懸念が生じているため」と、日本国内の感染リスクをアメリカ側が明確に指摘したことは、政府や組織委にとって大きなダメージとなったのではないか。

■このままでは「内部崩壊」必至

ちなみに、全国に目を向けると54もの自治体がすでに事前合宿の取りやめを決めた。うち、8割については外国チーム側が市中での感染を危惧、選手村に直接向かう決断をした結果となっている。

筆者の記事「練習所がワクチン会場に転用…全国で広がる「五輪合宿辞退ドミノ」の実態」で述べた「事前合宿のドミノ倒し」だが、5月に入ってさらに深刻化しており、国内各地から取りやめのニュースが連日、止まない状態だ。今後、本戦そのものへの辞退につながり、ついには有力国による五輪不参加表明が積み重なることも十分に考えられる。

これまで述べてきた通り、開催可否の決定権はIOCに委ねられている。だが、感染拡大と参加国の合宿中止に歯止めがかからない今の状況は「五輪の内部崩壊」につながりかねない。今夏の実施を断念するのか、IOCはどんな決断を下すのだろう。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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