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「米中はもう景気回復へ」日本だけがコロナ不景気に苦しんでいる3つの要因

プレジデントオンライン / 2021年5月24日 11時15分

2021年5月14日、首相官邸で記者会見を行う菅義偉首相。新型コロナウイルスの第4波に対処するため、5月16日から緊急事態宣言を北海道、岡山、広島の各県に拡大することを発表した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■米中が景気回復する一方で…

世界的に見て、ワクチン接種の進み方と景気回復には明確な関係がありそうだ。ワクチン接種が進んでいる米国では、多くの地域で経済活動は正常化に向かって進み始めている。また、感染を抑え込んだ中国では、ここへきて、景気回復のペースが速まっている。

一方、わが国の新型コロナウイルスワクチン接種の遅れは深刻だ。また、今までのところ、緊急事態宣言の発出などによる感染対策も期待したほどの効果を発揮できていない。海外からの来訪客(インバウンド)需要も蒸発している。それが、わが国経済の回復のペースを遅らせている。

コロナ感染克服に時間がかかればかかるほど、人々の動線の抑制や寸断が続き景気の回復は遅れる。それに伴い、経済が低迷すれば社会心理も悪化する。ワクチン接種の遅れは、わが国の経済と社会に大きく影響する。日経平均株価が軟調なのは、そうした展開を懸念する投資家が増えている証拠とも考えられる。

見方を変えれば、政府が取り組むべき政策ははっきりしている。菅政権は、何よりもワクチンの迅速な接種を実現して、コロナウイルス感染を抑え込む方策を実行に移すことが優先課題だ。それは、ワクチン接種の増加によって経済が正常化に向かう米国経済の状況を見ればよく分かる。

■日本経済が低迷する3つの要因

1~3月期、わが国の実質GDP(国内総生産)の速報値は、前期比年率で5.1%減少した。国内経済は低迷している。その背景にはいくつかの要因がある。

まず1つ目はワクチン接種が遅れていることだ。2月から、わが国では医療従事者への優先接種が始まった。4月以降は高齢者へのワクチン接種が開始された。7月末までに高齢者への接種を完了するのが政府の当初計画だった。

しかし、5月12日の総務省の発表によると、7月末時点で希望する高齢者への接種が完了すると報告した自治体は全体の85.6%だ。遅れの原因の一つは、現場の混乱だ。政府・自治体が“先着順”でワクチンの接種を進めた結果、われ先にワクチンを打とうとする人が殺到して電話回線やインターネット回線がつながらなくなった。また、ワクチンの廃棄、管理の指針も一貫していない。

それが接種の遅れの原因だ。5月20日時点で、ワクチンの接種が完了(2回接種)した人が人口に占める割合は、1.85%であり、主要先進国中最低だ。

■緊急事態宣言が機能しづらくなっている

2つ目は、緊急事態宣言などの感染対策が、今のところ期待されたほどの効果を発揮していないことだ。足元で、緊急事態宣言が適用される都道府県は増えている。ワクチン接種が進まない中で、感染対策の効果が効きづらい状況が続けば、政府や各自治体は、より強い感染対策をとらざるを得ないだろう。

それは、わが国経済にとって追加的な下押し要因だ。その一方で、飲食業界では休業要請への反発が強まっている。社会心理が悪化し始めていることは軽視できない。

3つ目として、インバウンド需要(観光などのために海外からわが国を訪れる人)が蒸発した影響も大きい。特に、地方の温泉街などの観光地にとって、中国などからの観光客の増加は、地域産業の活性化に不可欠な要素だった。その蒸発は、わが国の所得・雇用環境に無視できない影響を与える。

夕暮れ時の大阪・新世界
写真=iStock.com/Eloi_Omella
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eloi_Omella

これらの要因の中でも、ワクチン接種の遅れがわが国の株式市場に与えた影響は大きい。国内で高齢者へのワクチン接種が始まった4月12日から5月19日まで、日経平均株価は約5.8%下落した。接種の遅れを理由に、わが国経済の先行き懸念を強める投資家は増えている。

■米のスピード接種を実現させた「ナッジ」

同じ期間、主に在来分野の企業から構成される米国のS&P500インデックスは0.3%下落した。日米の株価の差を生んだのは、ワクチン接種の差だ。5月21日時点の米国で、ワクチンの接種が完了した人が全人口に占める割合は、37.51%だ。米国の接種完了ペースは英国を上回る。ワクチン接種が米国経済を正常化させ、在来分野の企業に追い風が吹くとの投資家の予想が、S&P500インデックスの下値を支えた。

ポイントは、バイデン政権が、人々が手間、わずらわしさ、抵抗感を感じることなく、効率的にワクチン接種を受けられる体制を、スピード感をもって整備したことだ。その象徴的なケースの一つが、シアトル・マリナーズの本拠地「Tモバイル・パーク」で、来場者に無料のワクチン接種が実施されたことだ。

その背景には、行動経済学の“ナッジ”の知見を活かした側面がある。ナッジとは、人々がより良い選択ができるよう、強制するのではなく、自発的な意思決定をそっと後押しする取り組みをいう。わが国では、野球場でワクチン接種をすることはできない。しかし、米国はそれを実現した。

■生活動線の延長線上に設置すればいい

見方を変えると、米国は、既存の動線の延長線上に接種会場を設け、より多くの人が気軽に接種を受けられる環境の整備に取り組んだ。ニューヨーク州は試験的に、地下鉄の駅などに予約不要の接種会場を設けた。日常の通勤経路の中で接種できれば便利だ。便利であるから人はそのサービスを使う。反対に、手続きが面倒だったり、時間がかかったりすると、サービスは敬遠される。

ワクチン接種を受ける男性
写真=iStock.com/Geber86
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Geber86

バイデン政権は、ナッジの知見を取り入れて迅速な接種の増加を目指したといえる。それに加えて、ワクチンを接種できる職種を拡大するなど必要なルールの改正も迅速に実行した。その結果、5月13日には、疾病予防管理センター(CDC)が、決められたワクチン接種を受けたうえで2週間経過した人はパンデミック発生以前の生活様式に戻って構わないとの指針を公表した。

なお、バスなど公共交通機関の利用時は接種完了者もマスク着用が義務付けられる。目先、ワクチン接種によって米国経済の回復の勢いが増す可能性は高まっている。

■「接種か五輪か」優先順位が分かっていない

重要なことは、政府が、政策の優先順位を明確化できているか否かだ。理論的に考えると、政府は、まず、集中して感染対策を徹底する。一時的な経済の落ち込みには、財政政策や金融緩和などでしっかりと対応する。それが、医療の逼迫(ひっぱく)を回避し、ワクチン接種体制を支える。ワクチンの接種が進み集団免疫が獲得されれば、経済は正常化に向かう。それが新型の感染症に対応する政策の基本スタンスだ。

足許の菅政権の政策運営は、そうなっていない。政府の五輪開催への意識は強い。見方を変えれば、ワクチン接種が重視されなければならない中で、五輪の開催にこだわるあまり、どちらに集中すべきか優先順位が分からなくなっている。それが、ワクチン接種が遅れ、国内の感染抑制もままならない状況を生んだ。

5月中旬時点のワクチン接種と感染の状況を前提とした場合、五輪開催はさらに社会心理を悪化させる可能性が高い。海外に目を向けると、インドでは感染が深刻だ。インドの感染拡大は、新興国へのワクチン供給の不足を生んでいる。感染対策の優等生といわれてきた台湾、シンガポールでも感染が増加している。

7月23日の五輪開催までにその状況がどう変化しているかは分からない。現状を前提にすれば、海外からの入国者増加に国内世論が反発するのは当然だ。

■“日本一人負け”の状況が見えてくる

政策の優先順位の崩れは、今回が初めてではない。昨年、政府は国内の観光需要などを喚起するために“Go Toトラベルキャンペーン”などを実施し、結果的に年末にかけて感染が再拡大した。接種システムのパンクに関しては、昨年の特別定額給付金を巡る自治体の混乱があったにもかかわらず、そうした教訓を政府は活かすことができていない。

足許、政府は五輪開催とワクチン接種の優先順位を明確化できず、政策運営は汲々(きゅうきゅう)としている。その状況が続けば、社会心理の悪化に拍車がかかり、国内の需要は一段と落ち込むだろう。それに加えて、もしワクチン接種がさらに遅れれば、インバウンド需要の蒸発も長期化する。

4~6月のGDP成長率を考えると、わが国と米国の成長率の差は一段と拡大する可能性が高い。やや長めの目線で考えると、主要国の中でわが国経済が一人負けの状況が鮮明となる展開も排除できない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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