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「コロナで瀕死の母のため、父子が肺を差し出す」この事例を美談にしてはいけない

プレジデントオンライン / 2021年5月25日 9時15分

新型コロナウイルス感染で肺障害を負った女性に対する生体肺移植の手術=2021年4月7日、京都市左京区の京都大医学部付属病院[同病院提供] - 写真=時事通信フォト

■新型コロナ患者への「生体肺移植」は世界初

京都大学医学部附属病院(京都市)が4月8日、新型コロナに感染した女性患者に生体肺移植の手術を施した、と発表した。京大病院によると、新型コロナ感染で肺の機能を失った患者への生体肺移植は世界初だ。記者会見で執刀医は「重篤な肺障害を起こした患者にとって生体肺移植は希望のある治療法だ」と語った。

健康な人の肺の一部を患者に移植する生体肺移植は究極の選択である。生体からの移植はドナー(臓器提供者)の健康な体を傷付ける。摘出後にドナーの肺は元通りにはならず、肺活量は2割も低下する。京大病院の生体肺移植ではドナーとなった夫と子供に、今後も大きな負担が残る。

望ましい移植は、脳死した人をドナーとする脳死移植だ。新型コロナ患者に対する肺移植は、欧米や中国でも実施されているが、すべて脳死移植である。どうして日本では脳死移植ができないのか。

後遺症で左右の肺が硬く小さくなって機能しなくなった

■病院から「命を助けるには肺移植しかない」と告げられ…

女性患者は昨年12月に新型コロナに感染し、呼吸の機能が低下した。関西地区の病院に入院し、ECMO(エクモ、体外式膜型人工肺)を使った治療が施された。この治療でいったんは回復したものの、その後、再び肺の状態が悪化。さらにPCR検査では陰性となったものの、後遺症で左右両方の肺が硬く小さくなってほとんど機能しなくなった。

病院側が女性患者の夫に「命を助けるには肺移植しかない」と告げると、ドナーとなって肺を提供するとの申し出があり、京大病院で夫の左肺の一部と息子の右肺の一部をそれぞれ女性患者に移植することが決まった。女性は肺以外の臓器には障害はなく、意識もはっきりしていた。

4月5日に女性を京大病院に運び、7日に生体肺移植の手術を行った。手術は11時間かかったが、無事終了した。

これまでにも生体肺移植の過酷さは指摘されてきた。

たとえば、岡山大病院(岡山市)は、2013年7月1日、3歳の男児に母親から摘出した左肺の一部(中葉)の移植をしている。手術は成功し、記者会見で執刀医は「生体での中葉移植の成功は世界初で、男児は国内最年少の肺移植患者だ」と胸を張った。

しかし、男児は成長すると、移植された肺の容量が不足する。このため脳死ドナーが現れるのを待つか、父親の肺の一部を移植しなければならない。男児は肺移植を2度も受けなければならず、しかも母親の次は父親から肺を譲り受ける必要も出てくる。

■岡山大病院は世界初の「ハイブリッド肺移植」を実施済み

岡山大病院は2015年4月4日には、当時59歳の男性患者の左右両方の肺移植で、世界初の「ハイブリッド移植」に成功した、と発表している。これは、脳死したドナーと健康な生体ドナーの双方から肺の提供を受ける移植手術だ。

男性患者は肺が硬くなり縮んで機能しなくなる特発性間質性肺炎を患っていた。岡山大病院は、脳死ドナーから提供された左肺だけでは十分に呼吸できないと判断し、男性患者の息子の右肺下部も移植した。

岡山大病院は2016年7月17日にも、世界2例目のハイブリッド肺移植に成功した、と発表している。患者は特発性間質性肺炎と診断された60歳代の男性だった。右肺は脳死ドナーから移植し、男性患者の息子が左肺の一部を提供した。

この生体移植と脳死移植を組み合わせたハイブリッド肺移植は、昨年、京大病院でも行われている。

■「脳死ドナー」は欧米では年1万人、日本では年75人

ここで考えてみよう。生体肺移植でもあるハイブリッド肺移植では、健康な人をドナーにしてその人の胸を切り開いて肺の一部を摘出し、患者に移植する。肺の一部を摘出されることでドナーのその後の健康に問題が生じないとは言い切れない。新型コロナの感染で重症化する危険性もある。そもそも生体移植手術は、やむを得ない緊急避難の措置なのである。

1997年10月に臓器移植法が施行されるまで、脳死者をドナーとすることができず、健康な人から肝臓の一部や片方の腎臓の提供を受ける生体移植が盛んに行われてきたが、法的に脳死移植が認められるようになっても緊急避難であるはずの生体移植が日常的に行われている。

肺の模型を手のひらで包むように持つ親子
写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat

なぜだろうか。年間1万人近い脳死ドナーの出る欧米と違い、日本は脳死ドナーが少ないからだ。日本臓器移植ネットワークによると、昨年までの5年間の脳死ドナーの数は年平均75人にすぎない。今年は新型コロナの感染拡大の影響でさらに少なくなりそうだ。この少ない脳死ドナーに対し、移植を希望して移植ネットに登録している患者(今年4月30日現在)は心臓916人、肺484人、肝臓327人、腎臓13128人と多く、登録しても移植の順番はなかなか回って来ない。

生体移植の苛酷さを自覚し、生体ドナーを少しでも減らし、脳死ドナーを増やしていく必要がある。

■「地域に根ざす診療所が、より多くの役割を担う」と朝日社説

この連載では全国紙の社説を読み比べているが、前述した京大病院のコロナ患者の生体肺移植を直接取り上げた社説はなかった。ただ、どの社説も病床の逼迫(ひっぱく)を回避し、医療態勢を強化することを呼びかけている。肺移植を受けなければならないほど重篤化する前に適切な治療を施せる態勢を整えておくことが大切だ。

5月11日付の朝日新聞の社説は「施設での感染 診療所の役割をさらに」との見出しを付けてこう書き出す。

「根本にあるのは、入院すべき患者が入院できないほどの病床の逼迫である。地域を支える診療所をはじめ、医療機関と自治体、国が協力して検査・診療態勢を強化し、病床を少しでも増やす具体策を急ぐべきだ」

感染力が強いといわれるN501Y変異ウイルスが感染の主流を占めてきた。感染者が増えれば、重症患者も増える。だからこそ、病床の確保が求められるのだ。

■日本医師会の会長はこっそり「政治資金パーティー」に参加

朝日社説は「期待したいのは、規模は小さくても地域に根ざす診療所が、より多くの役割を担うことだ」と指摘し、「往診を含めて積極的に患者に向き合うのはもちろん、医療が手薄な施設への支援など業務は少なくない。入院待ちが多い地域では、自治体からの連絡で医師が遠隔診療にあたったり、患者の自宅に赴いたりする仕組みが見られる。医師会と自治体が協力し、連携を広げてほしい」と訴える。

日本医師会が都道府県の医師会に対し、自治体に進んで協力するよう強く呼びかけるべきだ。まん延防止等重点措置のさなかの4月20日、日本医師会の会長が後援会長を務める自民党参院議員の政治資金パーティーに医師会幹部ら100人とともに参加していたと週刊文春が報じている。これは医師会の存在意義が問われる愚行である。猛省し、コロナ対策に全力を尽くすべきだ。

後半で朝日社説は「病床の積み増しは病院が中心になる」と指摘したうえで、「設備を改修しコロナ感染者を受け入れるほか、それが難しい場合は、ある程度回復し他人を感染させる恐れがなくなった人向けの病床を提供することも逼迫緩和につながる」と書き、「そうした努力を財政面などで支えるのは国や自治体の役割だ」と主張する。

国と自治体の援助資金の原資は、私たちの血税である。財源には限界もある。国と自治体は資金を有効に使わなければならない。

■「コロナ病床 逼迫回避へ総力を挙げる時だ」と読売社説

4月7日付の読売新聞の社説も「コロナ病床 逼迫回避へ総力を挙げる時だ」との見出しを付けて病床の確保を訴え、書き出しでは「変異ウイルスの拡大に備え、患者を受け入れる病床を早急に増やさねばならない。都道府県知事が主導し、医療機関に強く働きかけるべきだ」と主張し、次のように指摘する。

「初の緊急事態宣言から7日で1年を迎えるが、医療体制の脆弱さは一向に改善されていない」
「医療法は、都道府県が医療計画を策定すると定めている。地域の実情に応じて必要な病床を確保するのは、知事の責務である」

確かに病床が逼迫する原因の1つには、知事の指導力不足がある。隣接し合う自治体同士が足りないところを補い合いながら協力することも欠かせない。

■医師会がもっと強く傘下の診療所に協力を求めるべきだ

読売社説は「厚労省は3月下旬、病床確保計画の見直しを都道府県に要請した」と書き、次のように訴える。

「拠点となる病院が重症者の治療に専念できるよう、医療機関の役割分担を徹底することが急務だ。回復した患者のリハビリや療養を担う後方支援病院をもっと増やし、円滑な転院を促したい」
「都道府県は、積極的に病院間の調整を進め、入退院の目詰まりを解消することが肝要である」

読売社説が主張するように「病院の役割分担」「後方支援病院の増設」「症状が良くなった患者の転院」によって重症患者の病床を確保し、新型コロナの犠牲者を減らしたい。

そのためにも医師会がもっと強く傘下のクリニックや診療所に協力を求め、病床の提供と医師や看護師の新型コロナ拠点病院への派遣を押し進めるべきである。

その点について読売社説もこう指摘する。

「多くの病院や医師会に協力を求め、着実に体制を整えることが重要だ」
「都道府県がコロナ向けに確保した病床は約3万床で、依然として既存病床の約3%にとどまっている。その背景には、民間病院の多さや医療従事者の偏在といった構造的な課題があろう」

病床が逼迫して患者が適切な治療を受けられなくなると、重症患者が増え、過酷な生体肺移植を受けなければ、生命を維持できない患者も出てくる。そうならないためにも早期に医療の態勢を整えるべきだ。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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