「靴を磨かない人がいるとは思わなかった」京セラ会長が入社1年目から続ける習慣
プレジデントオンライン / 2021年5月30日 11時15分
■コロナで閉店、「仕事をください」を言って回った
私は、靴磨きの世界チャンピオンである長谷川裕也さんと出会い、「靴磨き」の世界に飛び込みました。2018年から品川駅で、念願だった靴磨きスタンド「BRIFT STAND」(ブリフトスタンド)を開くことができました。当時は仮設店舗でしたが、2019年9月には東京駅の地下に常設店をオープンさせることができました。
ところが、新型コロナで状況が一変しました。
やっとスタートできたと思った矢先、新型コロナによる緊急事態宣言が発出され、駅から人の姿が消えました。東京駅の店は、開設からわずか約半年で売り上げを失い、撤退に追い込まれてしまいました。
出勤すべき店が無くなり、自宅で自分や妻の靴を磨きながら、私は「これからどうしたらいいのか」と悩みました。
状況は絶望的でしたが、不思議と内面から沸き起ってくる想いがありました。私は「『待ち』がだめなら『攻め』しかない。こちらから出張訪問して、靴磨きの仕事を開拓していこう」と決意。当時は格好つけている場合ではなくて、本当にプライドをかなぐり捨てて「仕事ください」と言って回っていました。
あらゆる伝手をたどって靴磨きの紹介をお願いし、「磨いてほしい」という要望があれば、企業でも個人でも、1足だけでも出向いて靴を磨きました。
■靴を磨き続ける一流ビジネスパーソンとの出会い
そんな中で、出会ったのが京セラの山口悟郎会長です。
山口会長のオフィスで靴を磨かせていただいた時、靴磨きを広げたいという私の話に、会長は、「靴を磨かない人がそんなにいるとは思わなかった」とおっしゃっていました。会長は入社1年目から靴磨きを欠かしたことがなく、「靴は磨いて当然」という感覚なのです。
「足元はその人の信用の証し。ぼくは仕事のときは必ずその人の足元を見る。足元の汚い人間はまず仕事もできない」とおっしゃって、靴を磨くことがビジネスにいかにプラスになるかを、かつて営業で駆け回っていた経験を引きながら話してくださいました。
私はそれを伺って、「こういう一流の方が実践されているのを見ても、『靴を磨く』という習慣はやはりすばらしいことなのだ」と再認識しました。一流のビジネスパーソンの方は靴を当然のように、習慣として磨いているのです。
■「今こそ、自分の足元を見直す絶好の機会だ」
コロナ禍で始めた「出張靴磨き」は経営者の方々から、企業にもじわじわと広がっています。とある保険会社の社員向けセミナーでお話をする機会をいただきました。社長さんは「『足元は営業の基本』と言います。若い社員にそういうことを伝えてください」とおっしゃっていました。
思い返すと私の父も「営業の基本や」と言いながら、よく靴を磨いていたものです。そして社長さんは、こう話を続けました。
「保険会社では今、コロナ禍で家を訪問することができなくなり、営業の社員たちが悩んでいます。ですからあなたの、『コロナ禍で店を失い仕事もなくなった中で、こうやって出張靴磨きに切り替えてがんばっています』という話は、きっと刺さると思います」
コロナ禍で気軽に人に会えなくなりました。セミナーでお話した営業職の方々も、大変な状況に置かれています。さらに世間では在宅勤務が一般化し、「革靴はいらない」という風潮も出てきています。が、むしろ人に会えない今こそ、自分の足元を見直す絶好の機会なのだと確信しました。
その中で改めて気づいたのが、
「靴磨きをすることで人は変わる」
という事実でした。
セミナーで靴磨きの実演をすると、そこには自分の靴がピカピカに磨かれていくのを見て、本当にうれしそうに顔を輝かせている参加者のみなさんの姿がありました。
企業の社長さんからは、「靴磨きが習慣になっている社員が増えた」「目から一番遠い足元のことにも気がつくようになれば、仕事も必ずできるようになる」と声をかけていただきます。これは本当にうれしいことで、コロナ禍でも靴磨きは必要だと実感することができました。
■靴磨きから得られる本当のメリット
靴磨きにはさまざまなメリットがあります。たとえば「靴磨きを始めると身だしなみがよくなる」とは、みなさんおっしゃることです。
靴磨きでは細かなところにまで注意を向けます。それを続けていると、注意する対象が靴だけにとどまらず、服や髪型にまで広がっていくのだと思います。
私もかつてはパンツのクリース(センターライン)が全然ついていなかったり、髪の毛もボサボサだったりでしたが、靴磨きが習慣になり、常によりきれいな状態を目指して磨き続けるうちに、これまで無頓着だった身だしなみが気になりはじめ、自分でシャツにアイロンをかけたり、毎日髪をブラッシングするようになりました。
私だけではありません。私が所属している食品ブランド支援会社の社内で「靴磨き部」という活動を始め、職場の人たちの靴を磨いているのですが、そこでも人がどんどん変わっていく様子を目の当たりにしています。
たとえば社長にしても、靴を磨いてもらうようになったら、靴に似合う靴下を買ったり、ノーネクタイ派だったのにネクタイをつけ出したりと、服装がどんどんおしゃれになってきました。頭にはパーマをかけ、ヒゲまで生やす変わりようです。
私の場合は身だしなみだけでなく、コミュニケーションのスタイルも変わったと感じています。以前は一方的に自分の言い分を伝えていたのが、相手の気持ちを慮って、丁寧に接するようになりました。それは「これまで無意識にしていた自分の言動が、いかに雑だったか」と気づくようになったからです。
■靴磨きが自分を変える出発点になる
食品ブランドの立ち上げや拡大に携わっていた頃の私は、仕事の成果が思うように上がらないと、チームメンバーに強く当たって信頼を失ってしまったり、メールを出すときにも安易に前に使った文章のコピペで済ませて、悪い印象を与えたりしていました。
当時も自分ではコミュニケーションに手を抜いていたつもりはなかったのですが、今から見ると非常に「あら」が多く、その「あら」に目が行くようになったのです。
どうしてそうなったのかは、自分でもよくわかりません。靴磨きをやっているうちに、気づいたらそうなっていた感じです。
私の場合「靴を磨く」ことは、単に靴をきれいにするだけでなく、身だしなみ、人とのコミュニケーション、仕事の仕方など「自分を磨く」ことにつながっていったのです。一度靴磨きをしたというだけではなく、それが習慣になったことで、小さな変化が積み重なって大きな進歩が起きていったのでしょう。
■「靴を磨けば本物の『自信』が得られる」
靴磨きをする一番のメリットは、「靴を磨けば本物の『自信』が得られる」ことだと思います。
私は大学卒業後、コンサルティング会社に就職し、食品メーカーの販売支援を行う会社でさまざまな食品ブランドの立ち上げや拡大に関わってきました。大学受験の失敗体験で自信をなくしていた私は、仕事の実績を上げてなんとか自信を取り戻そうとしてきました。他人から評価されなければ満足できないという状態だったんです。
そんな時に私は、靴磨きの世界チャンピオンである「Brift H(ブリフトアッシュ)」の長谷川裕也さんと出会いました。
長谷川さんの靴磨きをそばで見ていて感じたことがあります。それは、自分の「こだわり」を突き詰めて仕事に取り組む人は、「周りに評価されたい」と思ってがんばっている人に比べ、いい仕事をする。結果として多くの方から高く評価されるということです。
他人からの評価を気にせず、自分の「こだわり」を突き詰める。私自身、靴磨きを通じて「こだわり」を持てるようになり、それを突き詰めていくことが大切だと気付かされました。結果的に、「こだわり」の対象はおのずと広がり、服装やコミュニケーションのスタイルも変わりました。仕事もいい方向に進んで好循環が生まれていると思います。そして、「外からの評価により与えられた自信」ではなく、「自らの内面で培われた本当の自信」を持てるようになりました。
苦労して立ち上げた店が新型コロナで吹き飛んでしまったとき、ブランドビジネスの拡大にかかりきりだった頃の自分であれば、きっとそこで心が折れていたでしょう。そうならなかったのは、靴磨きを通じて私自身の内面が変わっていたからだと思うのです。
■「靴磨きで人生は変えられる」
靴磨きは慣れれば1回10分ほどで終わり、回数も月に1度でかまいません。手軽で費用もかからず、その割に心や生き方に与える効果はとても大きいと思います。私自身も生き方が大きく変わるきっかけを靴磨きから得ることができました。どなたにもぜひ、お勧めしたい習慣です。
テレワークで人の目を気にしなくてよくなり、だらしなくなりがちな今だからこそ、日々の小さな心がけが大切になってきます。「靴を磨くために靴を買いなさい」ぐらいの気持ちで、靴磨きを強くお勧めしたいと思います。
私はコロナ禍の今こそ、この「靴磨きの習慣」を日本中に広げたいと思っています。
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BRIFT STAND 代表
1984年、横浜市生まれ。中小企業の経営支援を手掛けるベンチャー・リンクに新卒で入社し、現在は生産者直売のれん会に所属。食品ブランド「八天堂」などの立ち上げ・拡大に携わった後、2018年に社内起業し、長谷川裕也氏がオーナーを務める靴磨き専門店「Brift H」(ブリフトアッシュ)と業務提携。新ブランド『BRIFT STAND』(ブリフトスタンド)を立ち上げ、代表に就任。JR東京駅の構内に靴磨き店を構えるも、新型コロナウイルスの影響で撤退。現在は企業向けに靴磨きセミナーや出張靴磨きを展開している。
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(BRIFT STAND 代表 濱岡 洋)
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