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市川海老蔵×自己研鑽「オレは歌舞伎になるんだ」

プレジデントオンライン / 2021年6月10日 9時15分

歌舞伎俳優 市川海老蔵氏

たとえ分野が違えども、一流は一流だ。歌舞伎界を牽引する市川海老蔵丈に「芸能における学び」について聞いた。自らを磨き続けてきたトップランナーの学び方を知ることで、学びの本質についてヒントをつかむことができるはずだ。聞き手は、市川海老蔵丈と親交があり、仕事上のパートナーでもあるワントゥーテン代表の澤邊芳明氏が務める。

■市川海老蔵×自己研鑽「オレは歌舞伎になるんだ」

──芸を磨くヒントになる知識は、どのように得ていますか? 「芸の肥やし」なんて言葉があるけれど……。

特に何にもしていません。必要な情報は、アンテナにパッとひっかかってくる感じで、勝手に入ってくる。

ちなみに、昔は「女遊びは芸の肥やし」なんて言い方をしたけれど、それは江戸時代、最新情報が集まるところが遊郭だったからで、今はナンセンスな言葉だよ。昔の役者はふらっと吉原に出かけて、各界の一流の人たちから得た情報を花魁から聞き出し、芸のヒントにしていたから。

──今はSNSがその代わり?

そうだな、Clubhouseは芸の肥やしになると思う。僕の場合、InstagramやYouTubeは発信するだけだけれど、Clubhouseは情報の受け手になれるから。参加したルームで、誰かが一言、二言口にした重要な情報を聞き逃さずに、いかに自分のビジネスに生かせるか。クローズとオープンの使い分けができて、「芸の構築」もできることがポイントですね。

■自分自身をピュアな状態にしておけば勝手に情報が入ってくる

──海老蔵さんは歌舞伎俳優として多忙な中、Earth & Humanでの環境保全活動や異ジャンルとのコラボレーションまで、1人で何人分も活躍している印象があるけれど、時間の使い方で意識していることは?

あえて言えば「子どもが起きる前に起きる」かな。子どもたちが6時までには起きるから、その前に締め切りのある仕事を片づけ、タスクを整理しておく。そうしないとその日はぐちゃぐちゃになるから。

市川海老蔵氏のアップ

──1日の睡眠時間はどのくらい?

今は5、6時間。移動時間でも、レストランで注文を待つ間も5分あれば爆睡できる。昨夜は3時半まで、今朝は7時過ぎからClubhouseやってて、その後、InstagramとYouTubeでライブもやってきたよ(笑)。

──忙しいね。海老蔵さんが目指す理想の歌舞伎俳優とは?

歌舞伎は伝統をひたすら伝えていくだけだと思っている人が多いけど、そうじゃない。歌舞伎とは、つねに変化していく演劇です。語源である「傾(かぶ)く」という言葉が表すとおり。伝統文化を継承しつつ、情熱を持って新しい歌舞伎を構築し続けることが僕のミッションだと思っています。

僕が目指すのは、「傾く」=市川海老蔵、という存在になること。今の歌舞伎俳優の中で、「傾く」にいちばん近い状況にいるのが十一代目市川海老蔵だと思うから、それを実現して後輩につなげたい。

──では、その理想に近づくために取り組んでいることは?

理想の根幹は「自分」。だから、自分自身をできる限りピュアな状態に持っていくこと。そうすると、自分にとって今何が必要かがパッとわかるし、必要な知識も情報も勝手に入ってくる。人間ってみんな受信機なんです。でも、その受信する力を弱らせるのが現代の環境だし、固定的教育だと思うんだ。

──自分にとって何が理想か、わかっていない人が多いということ?

そう。「何事もない日常が幸せです」とか、本気で思っていないのに言う人が多いでしょ。かと思えば、「お金はこのくらいほしい」「SNSの発言はこのくらい注目されたい」とかさ。世間で言われている価値観や幸せの尺度に自分を当てはめてるだけなんだよ。

本当は、理想も、その理想に近づくための環境も、全員違うはず。一人ひとりの才能に応じて、最適と思える環境とカリキュラムを与える教育を、日本もやるべきだと僕は思っています。

──海老蔵さんは自分の芸を磨くと同時に次世代に伝える立場にあるけれど、子どもたちに教えるとき、心がけていることは?

僕は、子どもは最強の敵と見ています。子どもは未知だから。たいていの人間には攻略法があって、僕は闘ったら勝つ自信がある。でも子どもはガラクタみたいな固定観念のないピュアな状態だから無敵です。何をしでかすかわからない天才たちなんですよ。

しかも、自分の子には責任がある。いわば中長期の投資です。1億円の資産を5000万円にしちゃったら悲しいでしょう。それと同じで、子どもたちの資質はできるだけ伸ばして成功させてあげたい。「この子にはどんな言い方が向いてるかな」と考えながら教えています。

でも、子どものことは本当にわからない。これは、僕自身が相当頑張らないと育てられないと思いました。

──子どもたちのギフトを削ることなく、伸ばしてあげるためには?

暗中模索(笑)。ただ、大事なのは、子どもがすることをちゃんと見てあげること。いいことをしたら「いいよ」「こうするともっといいよ」としっかり言ってあげる。どうでもいいことをやっているときは、見ない。そうすると、「パパが見ないってことは、これはダメなんだな」と自分で気づくから。

──では、叱ることはしない?

ほぼ叱りません。ゲームをしすぎても、家中散らかしてもおおいにけっこう。ただし、人を傷つけることだけは絶対にダメ。人の体や心を傷つけるようなことをしたら、ものすごく怖い「叱る」パフォーマンスをします。理詰めと大声で雷を落として、もう生きていけないってくらい(笑)。

──お父様の十二代目市川團十郎さんは厳しかった?

いや、のびのび育ててくれたよ。

■多くの人が「型」を学んで満足し、本質をつかめない

──市川團十郎家の芸は、具体的にはどのように継承されてきたの?

天保時代に七代目市川團十郎が家に伝わる芸を「歌舞伎十八番」としてまとめ、さらに明治に入って、九代目が「新歌舞伎十八番」を加えています。これらの演目を受け継ぐことが、市川團十郎家の宗主として最低限のこと。僕は父からそれらを一つひとつ教わって、預かっている状況です。「歌舞伎十八番」の中でも『助六』や『鳴神』、『毛抜』などはすごく面白いからよく演じられるけれど、忘れられた演目もある。現代人が見ても面白い作品としてそれらを復活させるのが長年の野望だったんだけど、あと1作品でコンプリートかな。

──2020年5月、市川團十郎襲名の予定だったけれど、延期になった。

僕の襲名と長男の新之助襲名披露のために時間をかけて準備していたから、お客様にも関係者の方々にも申し訳なくて。気持ちの整理がつくまでに長い時間がかかりました。でも、稽古は毎日していたよ。学ぶというより、そぎ落とす作業。いらないものを捨てて、本質だけを残す芸の「断捨離」みたいなことをやっていました。

──「断捨離」を通して、芸に対する考え方も変わった?

すごく変わりました。でも、言葉では説明できないな。こればかりは芸を見ていただかないとわからないと思います。

──芸を磨くうえで、「細部まで理詰めで考える」ことと「直感に従う」こと、どちらが大切?

両方。準備期間は理詰めだけど、本番になったら理を外す。お客様の求めるものも、舞台で感覚として入ってくるから。

──芸の継承における「型」の意義について、どう考えているのかな?

一般的に「型」といえば教科書だよね。教科書の奥には本質があるけど、教科書=本質ではない。だから、多くの人が「型」を学ぶことで満足し、本質を見失う。その奥にある本質を学べなければ、型は型でしかない。

歌舞伎で「型」といえば、家ごとに伝わる表現技法を指すので、武道などでいう「型」とは少し意味が違います。同じ演目でも表現に違いがあって「成田屋の型」「成駒屋の型」なんて言い方をする。

──その「型」はどのように身につけてきたの?

手取り足取り。歌舞伎の家には、幼稚園から小学校5年生くらいまでに一通りの型を身につけるカリキュラムがあります。その後も日々稽古し、家に伝わる演目を一つひとつマスターし、舞台で披露していく。それが一生続くわけです。言ってみれば一生「型」の稽古だよ。

──その過程で本質に迫る。ということ?

本質にたどり着くのはごく少数だと思う。型の稽古は一見つまらないことの積み重ねだけど、人との出会いや経験の中で感じたことが、何らかのスイッチを入れてくれる。そのスイッチが入らなければ、その先には行けない。

■「わかってるけどやらない」はダメ

──逆境も経験したと思うけど、その中から学びもあった?

そりゃあ、あるよ。世間からの風当たりなんか追い風でしかない。アンチ=ファンだから。面と向かって悪いことを言ってくれる人は、こちらのことを本気で考えてくれている。そして、課題の解決法を教えてくれているわけです。そういう意見は真剣に聞きます。

でも、名前も出さずに陰でコソコソ言っているような馬の骨の悪口には、絶対影響されちゃいけない。そういう奴と面と向かったら、俺絶対に論破する自信があるもの。「つまらない」って言われても、「君の意識が低いからだろう」と思って、放っておけばいい。僕もあなた(澤邊氏)にけっこうズバズバ言うよね(笑)。

──僕が海老蔵さんと一緒に仕事をする一番の理由はそこなんだよ。自分でも半分わかっていた弱みを突かれるとグサッとくる。だからこそ成長できるというか。

「わかってるけどやらない」はダメ。「わかってることはやる」なの(笑)。

──そろそろ、まとめに入ろうかな。海老蔵さんが考える理想の海老蔵とは?

繰り返しになるけど、自分に素直であること。妥協せず自分を律して最高値の素直さに向かい、そこで思いのままに行動すること。それが「理想の海老蔵」をクリエイトすることだと思います。

──今、理想への達成度はどのくらい?

40年かけて、今やっと3合目。でも、あと10年で7合目まで行くつもりです。

──そこまで自分に厳しくなれるのはなぜなんだろう?

目指すものが明快だから。自信がないわけでも、謙遜しているわけでもない。収入や知名度といった外からの評価には、僕は興味がないんです。

──舞台=人生という感じなのかな?

舞台は、お客様に夢の世界を提供するもので、人生じゃない。若い頃は舞台がすべてで、日常生活はいらないと思っていました。でも、違うんです。現実の生活を大切にしないと、舞台という「夢」をつくることもできない。

──最後の質問です。舞台の後で「今日は100点だ!」と思ったことは?

ないない! 自分が知っていることを出せたから100点なんてカッコ悪いじゃないですか。僕の知識なんて世界全体から見ればわずかだし、長い歴史を持つ歌舞伎のすべてを学びつくすこともできない。「100%の舞台」は永遠にたどり着けない理想かもしれません。でも、やることが無限にあるからこそ面白いし、取り組む価値があるよね。

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市川 海老蔵(いちかわ・えびぞう)
歌舞伎俳優
1977年生まれ。十二代目市川團十郎の長男として生まれる。83年に初お目見えし、2004年に十一代目市川海老蔵を襲名。19年に市川團十郎を襲名することが発表された。植樹活動をはじめとした環境問題に対する取り組みや自身のYouTubeチャンネルを開設するなど、歌舞伎以外にも活躍の場を広げている。

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澤邊 芳明(さわべ・よしあき)
ワントゥーテン代表取締役社長
1973年生まれ。24歳でワントゥーテンを創業。市川海老蔵丈が主演を務め最先端のリアルタイム映像演出でライブ配信した「Earth & Human」by 1→10を成功させるなど、XRとAIに強みを持つワントゥーテンを率いて、エンターテインメントによる地方創生や社会課題解決を推進している。

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(歌舞伎俳優 市川 海老蔵、ワントゥーテン代表取締役社長 澤邊 芳明 構成=坂口香野 撮影=小田駿一)

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