「私は低学歴の人たちが好きだ」このひと言がトランプを大統領に導いた
プレジデントオンライン / 2021年5月30日 11時15分
※本稿は、佐藤優『悪の処世術』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
■大統領選に敗れたものの約7400万票を集めたドナルド・トランプ
アメリカ合衆国第45代大統領、ドナルド・トランプ。民主主義を標榜するかの地において、これほど「独裁者」の枕詞が似合う大統領は近年いなかったのではないだろうか。
現職に有利といわれる2期目を目指す2020年の大統領選挙では民主党候補のジョー・バイデンに敗れたものの、実に7400万もの票を集めた。
当初、トランプ陣営は負けを認めず「票が盗まれた」可能性を主張、投票結果の確定阻止の訴訟を次々と起こすもすべて棄却され、ついに負けが確定した。ホワイトハウスの去り際もきわめて特異だった。
2021年1月6日、ホワイトハウス前の抗議集会で「この選挙は盗まれた」と訴えるトランプに背中を押されるように、支持者たちは選挙結果の確認手続を行っていた連邦議会議事堂に乱入、警官隊と激しく衝突して死者を出す惨事となった。
大統領が呼びかけた抗議行動に連なる議会襲撃は、アメリカ国民に少なからずショックを与えた。暴動を扇動したとして、トランプは残り任期わずか1週間を残して弾劾訴追された。
ウクライナのゼレンスキー大統領に、軍事支援と引き換えにバイデンの不正疑惑の調査協力を要請したとされる「ウクライナ疑惑」に続いて二度目の弾劾訴追という前代未聞の事態である。
今回は上院での付託が大統領在任中には間に合わず、トランプがホワイトハウスを去ったあとも上院での弾劾裁判が続いた。この弾劾訴追、結果的には上院で無罪評決となったが、支持者にとってはエスタブリッシュメントに本音の戦いを挑み追放されたという英雄譚(えいゆうたん)の様相を呈していた。
トランプを支えた熱狂は何だったのか。国民の実に7000万人以上が、今回もトランプに票を投じていたという事実は何を意味するのか。
■「私は低学歴の人たちが好きだ」
2期目をめぐる大統領選挙で大接戦を展開したトランプだが、そもそも、2016年の選挙の時、彼が大統領になると断言していた日本の有識者はほとんどいなかった。
ヒラリー・クリントン候補が優勢だろうと考えていた人が多かったはずだ。しかし、評論家の副島隆彦は少し違う視点でトランプ当選の可能性を捉えていた。
英語に堪能な副島は、与件(よけん)の中で最悪の状況を分析するインテリジェンス能力に長けている。公開されている情報の中から、状況の動因となっている事柄を的確に探し当てる。
彼は、2016年の大統領選挙運動の最中、ネバダ州でのトランプの次の一言に焦点を当てている。
「私は低学歴の人たちが好きだ」
これを聞いた共和党員たちからは拍手と歓声が巻き起こったという。低学歴が好きだといわれ、熱狂する支持者たち。この時、副島はトランプの勝利を確信する。
今度の米大統領選挙の醍醐味は、この正直な言論だ。トランプ旋風の中に表れた正直な指導者からの訴えかけだ。自分たちの指導者になる者が、本気で、体を張って本音の言論をやってみせると、大衆はそれに応える。それが「あなたを支持するよ、応援するよ」ということだ。
本場の大阪漫才(吉本興業の難波花月劇場)でも、最高級の芸を極めた漫才師は、「あんたらアホなお客がいてくれるからワシの漫才が冴えるんや」という観客罵倒芸をやる。客はゲラゲラと笑う。アメリカの大衆・庶民の感情の勘どころを、しっかりと自分のアメリカ・テレビ出演漫才芸で40年間も(30歳の頃からもう40年)みっちり自分の体で仕込んできたドナルド・トランプに勝てる者はいない。(副島隆彦『トランプ大統領とアメリカの真実』日本文芸社)
日本におけるネトウヨ的言論の増殖には、格差社会が進行するなかで、エスタブリッシュメント層に対するルサンチマンが原動力になっていると見る向きも少なくないが、同様の視点である。果たして、トランプは2016年の大統領選挙に当選した。
■トランプの強烈な選民思想
トランプがまず掲げたのは「アメリカ・ファースト」である。就任演説の時から、外交にも「自国第一主義」を適用することを明確にした。では、トランプはこれを実現させたくて大統領となったのか。
彼を政治の舞台へと向かわせた動機とは何だったのか。トランプを分析するにあたっては、彼が大統領になったあとで書かれたものよりも、それ以前に書かれた本のほうが参考になる情報が多い。
米国で2006年に出版されたロバート・キヨサキとの共著の中で、トランプはこう述べている。
自分のビジネスを持ちたいと思ったら、一つの目的に向かって献身することが必要だ。例えば、ビジネスオーナーには労働時間に制限はない。何日も休まずに働くことさえある。それに、最終的な責任はすべてオーナーにかかってくる。私はそういう責任を負うのが好きだ。
自信が湧いてくるからだ。疲れるどころか、エネルギーを与えてくれる。そういうプレッシャーを楽しめないという人もいるが、そういう人は従業員のままでいた方がいい。(ドナルド・トランプ/ロバート・キヨサキ/メレディス・マカイヴァー/シャロン・レクター『あなたに金持ちになってほしい』筑摩書房)
実は、トランプは「低学歴の人が好きだ」と大衆に呼びかけながら、強烈な選民思想を持っている。不眠不休の努力ができる人、最終的にすべての責任を負うというプレッシャーに耐えられる人。
そういう人しかビジネスオーナーになれないし、自分がまさにそうである、と胸を張る。それができなければ、ずっと従業員のままでいればいい、ということだ。
■「ビジネスも一つの芸術」というトランプの哲学
さらに彼は言う。
ビジネスも季節の変化や嵐を乗り越え、美しい夏の日や冬の猛吹雪を経験して生きる生命体だ。それは成長を続けるものであり、文字通り自分自身を表現するものでもある。私が、自分のやることの品質管理に細心の注意を払っている理由の一つがここにある。
自分を表現するものが何かあったら、自分の知るかぎり、あるいは達成できるかぎりそれを最良のものにしておきたいそうすれば、自分に対するハードルをどんどん高くすることができるし、決して退屈しなくてすむ。そのことは保証してもいい。これも、自分のビジネスを持つことのすばらしさの一つだ。
あなたがもし退屈しているとしたら、その責任はほかの誰でもなくあなた自身にある。そして、そういう状態は長くは続かない。会社勤めをしていて退屈な仕事があったとしても、会社をやめる以外にできることはほとんどない。でも、自分のビジネスならば自分でコントロールすることができるし、それはより多くの自由があることを意味する。
「自由」というのはなかなか興味深い言葉だ。なぜなら自由にはふつう代価が伴うからだ。ビジネスオーナーのほとんどは従業員よりも何時間も多く働いているが、他人のために働く方がましだと言う起業家に私はお目にかかったことがない! ただの一度も……。
「自分を表現する」という話は、特に芸術や文学に関して、みんなどこかで聞いたことがあるだろう。ビジネスでも自己表現が可能だ。私はビジネスも一つの芸術だと思っている。鍛錬、技術、忍耐力など、ビジネスと芸術には多くの共通点がある。(前掲書)
ここに、トランプの本質がある。
彼は、いかに「自己を表現するか」ということに究極の目標がある。自分の自信を高め、ハードルを高め、退屈せずに済むための「自己表現」のひとつであるビジネス。それがそっくりそのまま、政治に入れ替わっただけのことだ。
裏を返せば、トランプには政治家になって実現したい具体的な事柄が存在していない。
「アメリカ・ファースト」は、そのような国づくりを理想としているのではなく、そうぶち上げることで成し得る自己表現のひとつにすぎない。そこに、彼が好きだといった「低学歴」の社会的弱者へのまなざしはない。
この人たちは、トランプの自己表現のステージである「トランプ劇場」の演出小道具のひとつなのである。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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