「中東やアフリカで中国人が狙われる」アルカイダの次の標的は中国である
プレジデントオンライン / 2021年6月1日 11時15分
パキスタン西部クエッタの高級ホテルで発生した爆弾テロの現場。5人が死亡、10人あまりが負傷した。このホテルには在パキスタンの中国大使が宿泊していたが、爆発当時はホテルにいなかったため難を逃れた。(2021年4月21日) - 写真=AFP/アフロ
■ウイグル独立運動を「国際テロ」の一環としてきた中国
バイデン政権になってから、米メディアではウイグル問題を扱う回数が劇的に増えている。このウイグル問題を巡っては、アメリカとイギリス、カナダが中国に制裁を発動して政治的な亀裂が深まるだけでなく、アパレル大手H&Mやスポーツ用品大手ナイキが新疆ウイグル産の綿花を使用しないなどと発表。一方で中国国内では、これら企業への不買運動を求める声がネット上で拡散した。
まさにウイグル問題が経済安全保障のテーマとなった形だが、ウイグル問題を巡る最近の動向をテロ研究の視点からみると、また別の変化が見えてくる。
古代中国で「西域」と呼ばれていた新疆ウイグル自治区は、イスラム教を信仰するウイグル人約980万人を擁し、19世紀から20世紀にかけて何度か短期間の独立経験をもつ地域である。中華人民共和国の成立後も、分離独立や高度な自治を求める運動は続き、1980年代の末からはデモや漢民族との衝突が頻発するようになった。
中国共産党政権はこれらの運動を厳しく弾圧してきたが、とくに2001年9月11日の米同時多発テロ事件以降、ウイグル問題と国際テロ問題を関連づける動きを活発化させた。事件直後、中国はアメリカへ哀悼の意を伝えるとともに、アフガニスタンでの対テロ掃討作戦に全面的に賛同。一方で、新疆ウイグル自治区の分離独立を目指すイスラム過激派「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」と、アルカイダなどの国際テロ組織の関連を強調するようになった。
■対テロ戦争に追われるアメリカも黙認
当時、アメリカのブッシュ政権は国際テロ組織アルカイダとそれをかくまうタリバン政権の打倒に全神経を集中させていたこともあり、イスラム過激派の動きに非常に敏感で、専門家も含めアルカイダとの関連が少しでも疑われれば即国際テロの視点で考える風潮があった。中国は外交レベルで対テロ戦争に賛同しつつ、ETIMの国際テロ化を強調することで、国内でのウイグル系過激勢力への締め付けを正当化しようとしたわけだ。
ブッシュ政権はウイグルの人権問題を知りながらも、テロ抑止の観点から2004年にETIMを国際テロ組織認定リストに指定。中国当局による弾圧を黙認する結果となった。結果的にはそれが、今日のウイグル市民への人権侵害や弾圧にもつながっている。
ETIMは1997年に、ハッサン・マフスームとアブドゥカディル・ヤプケンという人物によって設立された。2003年に指導者マフスームがパキスタンで殺害されるまでの間、アルカイダやタリバンなどと協力関係にあったとされる(この点については、専門家の間でも意見は分かれる)。
同組織が関係するテロ事件としては、2013年10月の北京・天安門前広場における車両突入事件、2014年3月の雲南省昆明市にある昆明駅で発生した刃物による無差別殺傷事件、2014年4月の新疆ウイグル自治区ウルムチ市のウルムチ南駅における爆破事件などがある。これら事件で声明を出したのは「トルキスタン・イスラム党(TIP)」を名乗る組織だが、実質的にはETIMと同組織とされる。
■ウイグル独立派の訴えを無視したウサマ・ビン・ラディン
しかし時間の経過とともに、対テロ専門家や米政府関係者の間では、ETIMとアルカイダの関係性に疑いを抱く見方が強まっていった。
例えば、ニューアメリカ財団などの米シンクタンクでフェローを務めるテロ対策研究者のブライアン・フィッシュマンは、2011年に発表した論文「アルカイダと中国の勃興:ポストヘゲモニー世界のジハード地政学」(*1)の中でこう指摘している。「ウサマ・ビン・ラディンはアメリカを悪とすることに熱心なあまり、ウイグルの反乱についての情報を無視し、むしろ『中国はアメリカの真の天敵である』という見解を表明した」。ETIMがタリバン支配下のアフガニスタンでアルカイダの近くにキャンプを作り、軍事訓練を行っていたのは事実だが、アフガニスタンを拠点に中国へ攻撃を実施することはタリバンに禁じられていたともいう。
■「何の援助も受けたことはない」
さらにフィッシュマンの上記論文によれば、ETIMのリーダー、マフスームは2002年のラジオインタビューで、タリバンもアルカイダも中国との摩擦は望んでおらず、(それが真実であるかどうかは別にして)ETIMは「ウサマ・ビン・ラディンとは全く関係がなく、何の援助も受けたことはない」と述べていた(*2)。
トランプ政権は2020年11月、ETIMを指定テロ組織のリストから除外。米軍によるウサマ・ビン・ラディンの殺害などで、アルカイダ自身の存在力が大きく低下したこともあり、ETIMとアルカイダの関係性を指摘する声は研究者や米政府関係者の世界からほぼ消えた。
今年発足したバイデン政権は、中国政府によるウイグルでの人権弾圧を正面から非難し、欧州やオーストラリアなど同盟国との多国間協調で中国に圧力を掛ける姿勢を見せている。さらにETIMを国際テロと結びつけ、それがアメリカにとっても安全保障上の脅威であると吹き込んできた中国自身が、今度はアメリカから最大の安全保障上の脅威として名指しされるようになっている(*3)。
■イスラム諸国の現体制打倒に目的がシフト
9.11同時多発テロ事件以降、アフガニスタンでアルカイダは組織的に弱体化した一方、各地に分散化するフランチャイズへと変化していった。反米主義のイデオロギーに変化はないが、その活動は遠く欧米諸国を狙う国際テロから、より攻撃しやすいイスラム諸国の現体制を転覆させ、原理主義的なイスラム国家の樹立を狙うものへとシフトしている。イスラム過激派に影響力をもつ論客の中には、中国の台頭やアフリカ進出が、アメリカのプレゼンスを相対的に低下させ、そうした活動への追い風になると主張する向きもある(*4)。
しかし中長期的には、中国がイスラム過激派の標的になる恐れは高まっているといった方がいい。中国は巨大経済圏構想「一帯一路」によってアジアやアフリカ、中南米や南太平洋など各地で影響力を高めているが、それに抵抗・反発する「反一帯一路」的な動きもみられる。当面は中国本土を狙ったテロを実施できる態勢にはないとしても、先に述べたように中東やアフリカ諸国の現体制を打倒することが当面の目標になれば、それらの体制を経済的にバックアップする中国の現地権益が、攻撃の対象となる可能性は十分にある。
■パキスタンではすでに「対中テロ」が何度も発生
反一帯一路運動の多くは市民による抗議デモだが、武装勢力によるテロ行為として現れるケースもある。例えば、2019年5月にパキスタン南西部のグワダルで起きた、パキスタンのバルチスタン解放軍(BLA)による高級ホテル襲撃事件(筆者も以前本誌で取り上げた)はその典型的な例だ。
つい最近(2021年4月21日)も、パキスタン西部バルチスタン州の州都クエッタにある高級ホテル「セレナホテル」で爆発物を用いたテロ事件が発生。5人が死亡、10人あまりが負傷した。このホテルには在パキスタンの中国大使が宿泊していたが、爆発当時はホテルにいなかったため難を逃れた。
事件後、イスラム過激派組織「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が犯行声明を出した。今回の声明には中国権益を狙ったと明言する文言はなかったが、TTPが2012年にペシャワルで中国人観光客を殺害した際には、“中国政府がわれわれの兄弟である新疆ウイグルのムスリムを殺害していることへの報復だ”という声明を出したことがある。
■北アフリカのアルカイダ系組織の声明
TTPの戦闘員たちはアフガニスタンでも活動し、アルカイダとも協力関係にあるというが、主な活動範囲はパキスタン北西部のワジリスタン地域だ。しかし、今回のテロ現場はそこから200km以上離れたクエッタであり、専門家の間ではTTPが活動範囲を広げ、インド洋に面するグアダルなどで中国権益への攻撃を続けてきたBLAとも関係を密にしているという声が上がっている。
ETIMらウイグル独立派をあまり支援してこなかったとされるアルカイダも、中国への攻撃を掲げたことがある。例えば、2009年7月に新疆ウイグル自治区の首都ウルムチで起きたウイグル騒乱の後、AQIM(マグレブ諸国のアルカイダ)は報復として北アフリカにいる中国人・中国企業を狙うとする声明を発表(*5)。2014年10月には、アルカイダのオンライン英語雑誌”Resurgence”に「東トルキスタンの10の事実」と題するトピックが掲載され(*6)、北京へのジハードが強調された。
■ISILもジハードを宣言
一方、イラク・レバントのイスラム国(ISIL)でも、2014年7月に当時の指導者アブ・バクル・アル・バクダディが、中国へのジハードを宣言(*7)。さらに今回のコロナ禍について、ISILは機関誌「アルナバ」上で中国の初動対応を非難している(*8)
アルカイダやISIL、それに関連するテロ組織ネットワークの動きは、米軍などによる大規模な掃討作戦の結果、以前ほどの脅威ではなくなっている。とはいえ、彼らは今でも活動を継続しており、今年9月11日までに行われる米軍の完全撤退によってアフガニスタンの治安が悪化すれば、中長期的にはアルカイダをはじめとするテロ組織が再び息を吹き返しかねない。
国際的なテロ組織ネットワークが、中国国内でウイグル人の独立を支援するようなテロを起こすことは、各組織の現状やこれまでの経緯をみても考えにくい。だが中国が「一帯一路」路線を続ける限り、今パキスタンで散発的に起きているような現地の中国権益を狙ったテロが、中東やアフリカの各国で表面化する可能性はあると言わざるを得ない。
(*1)Brian Fishman “Al-Qaeda and the Rise of China: Jihadi Geopolitics in a Post-Hegemonic World”, The Washington Quarterly • 34:3 pp. 47-62. Copyright # 2011 Center for Strategic and International Studies.
(*2)上記P49
(*3)“「中国、6年以内に台湾侵攻の恐れ」米インド太平洋軍司令官“, AFP BB News, 2021年3月10日
(*4)Hamid al-Ali, “Post 9/11 World,” Ana al-Muslim, September 11, 2008, etc.
(*5)Jean-Pierre Filiu, “Al-Qaeda in the Islamic Maghreb: Algerian Challenge or Global Threat?”, Carnegie Papers Middle East Program Number 104 October 2009
(*6)Christina Lin, “Al Qaeda and ISIS have declared war on China -- will Beijing now arm the Kurds?”, The Times of Israel, OCT 28, 2014
(*7)Elliot Stewart “The Islamic State stopped talking about China”, warontherocks.com, January 19, 2021
(*8)Bridget Johnson “ISIS Tells Followers to Pray to Avoid Coronavirus, Slams China Over Outbreak Response”, Homeland Security Today, February 10, 2020
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OSCアドバイザー/清和大学講師(非常勤)
岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会 主任研究員、言論NPO地球規模課題10分野評価委員などを兼務、安全保障分野を研究者と実務家の両面から仕事に従事する。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞(2014年5月)。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』(創成社)、『技術が変える戦争と平和』(芙蓉書房出版)、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。
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(OSCアドバイザー/清和大学講師(非常勤) 和田 大樹)
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